24: 夢の終わり ーside ルネー
生まれた時から、あたしの人生は決められていた。
伯爵家の長女として生まれた瞬間から、あたしの未来は家のために嫁ぐという一点に収束していた。
家督を継ぐ弟とは違って、あたしはただ家門に利益をもたらすための駒。
花嫁修業と称して礼儀作法や舞踏をたたき込まれた。あたしに求められるのはどれも、誰かの妻になるための知識と技術。それから完璧な笑顔と従順な返事だけ。
本当は勉強が好きだったけれど、「女には必要ない」と言われて机から引き離された。
決められたレールを歩くだけのつまらない人生。それがあたしの未来だった。
しかし、十四歳の時、そんなあたしの人生に転機が訪れた。
洗礼の儀で、魔力があることがわかったのだ。
魔力持ちは全員、魔法学園に入学し、力の制御を学ばなければならないという決まりがあるため、あたしは魔法学園に入る事となった。
父は「婚期が遅れる」とぼやいていたが、あたしの心は違った。
たった四年間とはいえ、自由が手に入ったのだ。誰にも邪魔されることなく、誰のご機嫌を窺うこともなく勉強ができる。
その時は、浮き立つ心を抑えられなかった。
けれど、やっぱり現実は上手くいかないもので。学園に入ってみれば、学生のほとんどは貴族だった。
魔力は遺伝するという研究もあるから、特権階級が多いのは当然なのかもしれない。
学生寮はトラブルを避けるため、平民と貴族で分けられていた。あたしは当然、貴族寮で……ルームメイトは実家とつながりのある侯爵家の令嬢だった。
心底、落胆した。
結局、どこにも自由なんてなかった。ここでもまた愛想笑いを浮かべ、機嫌を取って、言うことを聞いて。そんな未来が容易に想像できた。
入学から三ヶ月ほど経った頃、ルームメイトの令嬢が友人と話しているのを聞いてしまった。
「ルネは便利よ。何でもいうことを聞いてくれるし、反抗もしない。兄に紹介して結婚させれば、結婚後も自由に使えるわ」
冗談めいた口調でそんな話をしていた。もしかしたら、彼女は本気ではなかったのかもしれない。ただ、他の令嬢の前で自分の方が立場が上なのだと誇示したかっただけかもしれない。
けれどあたしはその時、背筋が凍った。
あたしは一生こうやって誰かの言いなりになって生きていくのだということを実感してしまったのだ。わかっていたはずなのに、現実として突きつけられると、途端に怖くなった。
そんなとき、エチカを見つけた。
エチカは往来で、モンフォール公爵家のエリック様に堂々と愛の告白をしていた。
正直に言うと、初めて見たときはこの人はなんて身の程知らずなのだろうと思った。
だが、同時になんてまっすぐで、キラキラしているのだろうとも思った。
周囲の視線なんて気にしない。目の前の先輩だけを見ている。その真っ直ぐさが、あたしには眩しく、うらやましかった。
それから、あたしはエチカを目で追うようになった。
エチカは場所を選ばず先輩に告白して、そのたびに玉砕していた。
周囲は初めはそんなエチカに冷ややかな視線を向けていたが、気がつくと一人二人と、彼女の恋を応援する人が出てきた。きっと、一途でぶれない彼女のひたむきな姿に、絆されてしまったのだろう。
あたしも、その絆された人間の一人だった。
ある時、あたしはグループワークでエチカと同じ班になった。
エチカは意外と勉強熱心で魔法が好きだった。目をキラキラと輝かせて講義を受ける彼女の横顔はとてもまぶしかった。
好きなものに一直線なエチカに、あたしは強く憧れた。
――ねえ、ルネはどうしてルームメイトの言いなりになっているの?
いつだったか、不意にそんなことを聞かれた。誰にも何も言っていなかったのに、エチカはあたしとルームメイトの関係性に気づいていた。本当なら、いつもの作り笑顔で『気のせいじゃない?』と否定すべきだったのだろう。
だけど、あの時のあたしは何となくそんな気にはなれなくて、気がつくと自分の置かれた状況を話していた。
親が敷いたレールの上を歩くだけの人生なんて、本当は嫌だけど、どうしようもない。あたしがそうぼやくと、エチカはあっけらかんと言った。
――だったら脱線しちゃえばいいじゃん
難しいかもしれないけど、魔塔を目指せばいい。魔塔に入れればそれだけで名誉。結婚の駒として使われるより、ずっと実家の役に立つから、親も何もいわないんじゃないか、と。
それはいつも脳天気なエチカから出たとは思えないほど現実的で、けれど、まっとうな提案だった。
――ルネの人生はルネのものだよ。誰にも渡しちゃだめ
エチカはあたしの目をまっすぐ見て、そう言った。
その瞬間、視界が開けた気がした。灰色だった世界が急に色づいた。
――とりあえずさ、ルネはルームメイトの言いなりになるのをやめた方が良いよ。あ、そうだ!もし、ルネが嫌じゃなかったら平民寮の方に来なよ!私、今は二人部屋を一人で使っているの。部屋が広くてさみしいんだよね
エチカはそう言ってあたしの背中を押してくれた。
あたしは彼女の言葉に大きく頷き、その日のうちに、寮監に頼み込んで部屋を変えてもらった。
そこからの学園生活は、本当に楽しかった。
エチカは見ていて飽きなかった。
先輩へのまっすぐな気持ちを、恥ずかしげもなく伝える彼女は輝いていた。
あたしも、ああなりたいと思ったし、憧れた。
エチカの恋を応援するうちに、先輩がうらやましくなった。
こんなにまっすぐに思われているのに、なかなか応えない先輩に苛立ちもした。
泣かせたら許さない。あたしの太陽。
先輩がエチカの最後の告白に応えてくれたとき、少し寂しかったけれど、心から嬉しかった。
エチカが幸せになるなら、それでよかった。
……そう思っていたのに。
* * *
湿った石の匂いが鼻につく。薄暗い地下牢の中、松明の火がぱち、と小さく弾けて、あたしの影を歪ませた。
手枷の鎖が冷たく、肌に食い込む。
「エチカの笑顔を曇らせるなんて、許せなかった。だから……ちゃんと守れないなら、先輩には渡せないと思ったの」
あたしは俯いたまま言葉を落とした。尋問するシルヴァン様はしばらく沈黙する。その沈黙は、やけに重かった。
「……君は、エチカのことが好きだったのかい?」
しばらくすると、静かな問いが返ってきた。
それはあまりにも陳腐で、思わず鼻で笑ってしまった。
「好きですよ。でも、シルヴァン様が想像しているような浅いものじゃありません。恋愛なんて、そんな単純な言葉で片付けないでほしいわ」
顔を上げると、シルヴァン様がジッと真剣にあたしを見ていた。
その視線に、あたしはゆっくりと言葉を重ねた。
「エチカは……あたしの太陽なんです」
恋とか、愛とか、そんな枠じゃ足りない。
ただ笑ってくれるだけで、世界が明るくなる。
泣かせるくらいなら、あたしがもらう。不幸にするくらいなら、あたしが連れて行く。
あの笑顔を奪うなら、誰であろうと許せない。
松明の火が揺れ、影が震える。
あたしは少しだけ笑った。自分でも驚くほど乾いた、ひび割れた笑いだった。
「太陽に手を伸ばしたら……焼かれて終わるなんて、わかっていたのにね」
小さく、そう呟いた。
シルヴァン様は何も言わなかった。ただ、あたしの言葉を受け止めるように、静かに目を伏せた。




