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第6章 その5

そこからアタシたちは怒涛の勢いで準備を始めた。

ナミが買ってきてくれた折り紙や模造紙を切り貼りして、学級会みたいにチープだけど心のこもった飾りつけを守田屋全体に施す。

守田屋のイーゼルをはじめ、絵を描く場所もたくさんある。イラストはアタシの得意とするところ。手描きは久しぶりでちょっと苦労したけど、いいデザインに仕上がった。

3人ではとても終わらないと思ったけど、3時ごろアイヴィーちゃんがひょっこり来てくれたのを皮切りにパンクスやDJたちが開始時間のかなり前から「何か手伝えることはないか」と続々とやって来た。

レイン、愛されてるなー。

大量の差し入れも集まり、それぞれが力仕事、飾りつけ、料理の盛り付けなんかで力を合わせ、思ったよりもずっと早く用意が整った。

そして、夕方には「DJレイン・追い出しパーティ」は主役を迎えるばかりになった。


「レイン、来たよー。」

誰かがそう言った。慌てて守田屋の入り口に駆け寄るアタシ。またも出遅れちゃった!

「うわ、すごい。」

ドアに手をかけたまま、レインは立ち尽していた。

店内は赤と銀の輪繋ぎ飾りで埋め尽くされ、あちこちに毒々しい黒と紫のペーパーフラワーが咲き乱れている。

DJブースのバックドロップにはレインへの寄せ書きを書く大きな赤い布が重ねられ、そして店の壁には大きなクラフト用紙にポスターカラーでアタシが書いたレインのイラスト。かなりデフォルメしてあるのは、本気で描くとカッコ良く描き過ぎちゃうから。

「Bye‐Byeレイン またね」という言葉は、切り抜いた段ボールにスタッド(飾り鋲)を一つ一つ打ち抜いて作ってある。

「レイン、気に入った?」

「うん、何というか…すごいね、サイコーだ。ありがとう。」

パンクロックの学芸会。そんな雰囲気がバッチリ出ている。

この作業をしている時は学生に戻ったみたいで無性に楽しく、寂しさを少し忘れていた。

そんな守田屋の中は、ひょっとしたら5周年の日よりも多いんじゃないかっていうくらいの人で埋め尽くされている。

髪を立てて完全武装してきたパンクスもいれば、仕事帰りの格好で手土産を片手に寄ってくれたDJもいる。みんな、思いは同じ。

大勢に囲まれ、レインは笑顔で仲間と談笑していた。

いつもの細身のスーツ。仕事が早く終わったんだろうか、オープンからいくらも経っていない。

来てくれて良かった。

アタシは少し離れたところでレインを見ていた。本当は真っ先に彼の所に駆け寄って、いつもみたいに彼を独り占めして残りの時間を過ごしたいけど。

でも、それはダメだ。

アタシは「DJレイン・追い出しパーティ」の主催者で、今夜はレインとみんなに心ゆくまで別れの時間を共有してもらうための会。

レインが喜んでくれて、みんなが喜んでくれたらアタシは幸せ。そう自分に言い聞かせて、アタシは裏方に徹した。


守田屋の扉が開く音に振り返った。レインの仲間がまた来てくれたみたい。

そして、アタシはその場で固まってしまった。

テンガロンハットをかぶった痩せぎすで長身の男。

ダークグレーのYシャツを着ているけど、その上は革のベストでジーンズにブーツ。丸い眼鏡をかけている。

5年前の記憶が一気によみがえった。

この人…!

「レイン!」

アタシの声のトーンに気づいたのか、レインが振り返った。何事かという緊張した表情が、彼を見ると一転して柔和になった。

「ああ、来た来た。」

長身の男とレインは人込みをかき分けるようにして、両サイドからアタシの方へ近づいてきた。

そばで見ると、長身の男はメガネの奥でつぶらな瞳が光っている。何事をも客観視しながら、どこかで全てを面白がっているような表情。

彼らはやんわりとした握手を交わした。

「レインくーん。彼女が噂のサニィちゃんかな?」

芝居がかっているような妙な口調。でも嫌な感じはしない。

「サニィ、この人がはるよしさんだよ。」

「あ、あの…初めまして、じゃないか。えっと…お会いできて嬉しいです!」

アタシが「DJになりたい」と感じさせてくれた、きっかけの人。はるよしさんを目の前にして、アタシは何とも不思議な気分を味わっていた。

「どうもどうも、大四股です。」

やっぱり大げさな言い方で挨拶しながら、はるよしさんはアタシに名刺をくれた。

「おおしこ…はるよし?」

「どうぞ、お見知りおきを。」

大四股はるよし…知ってる。

この人、パンク雑誌とか音楽雑誌で記事を書いてるライターさんだ。アタシ、彼の記事は何度も読んだことがある。

かなり緻密な検証記事を書く人で、ディスクガイドなんかは大いに参考にさせてもらっている。

大四股さん…はるよしさんが、アタシをDJに導いた人であり、レインの…先輩?師匠?

何だかよく分からなくなってきた。

「いやー、レイン君から連絡もらってさあ。転勤とか送別会とか急な話でビックリしたけど、とにかくお邪魔させてもらったよー。」

「わざわざ、ありがとうございます。あのーアタシ、はるよしさんのDJがきっかけで…。」

「レイン君から聞いたよ、いやー光栄だなあハッハッハ。」

そう言ってはるよしさんは、改めて握手のために差し出したアタシの手の甲に軽く口づけをした。

変な人!でも、面白いな。

「おいおいおっさん、その辺にしときなよ。」

レインにしては乱暴な口調。でも顔は「しょうがない」という風に笑っている。この二人、本当に仲がいいんだな。

「今日はオープンマイク(飛び入り参加可能なフリーライヴ)だっていうからさー。俺もレコード持ってきたんだけど…。」

「ホントですか?」

はるよしさんの言葉に思わず声が上ずってしまった。

「ひょっとしたら…。」

「もちろんデッド・ボーイズも持ってきましたよ~。」

アタシは手を叩いて喜んだ。

“ソニック・リデューサー”にここまで入れ込むなんて思ってもみなかったけど。

もはや、人生のテーマソングになりつつあるかも。

アタシはレインとはるよしさんの背中を押してカウンターに連れて行った。早く、みんなで乾杯しよう!


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