第6章 その6
「サニィ。俺、今夜は酔っ払う予定だから出番は早めにしてもらっていいかな?」
パーティが始まってすぐにレインが放った言葉に、アタシは驚きを隠せなかった。
「レイン。今夜…回すの?」
「うん。レコード持ってきたよ。」
彼はそう言って、入り口に立て掛けられたレコードバッグを指さした。
「早めじゃダメかな?」
「…いや、そんなことないよ。もちろん、お願い。みんなレインのDJを楽しみにしてるんだから。」
そう言いながら、まだ自分の耳が信じられない。
確かにアタシは“いつかレインとここで共演できたら”と密かに願っていた。夢に見たことさえあった。
思いがけず今夜、それが実現する。ある意味、初共演より嬉しいかもしれない。
でも、どうして?
「クラブでは回さない」と公言していたレインが?
自分の言葉を簡単に撤回するような人じゃないはずのレインが?
彼の心にどんな変化があったんだろう。何かが変だ。
そんなアタシの思いをよそに、レインは早いタイミングで自らブースに立った。
そして回し始めたのは…歌謡曲やテレビの主題歌、80年代ロックやアニソン。
アタシはますますビックリした。正統派パンクDJのレインにそんな引き出しがあるなんて思いもしなかったし、何よりこんな「おふざけ」をするレインなんて見たことない!
仲間たちはそんな彼の姿に驚きつつ、「裏レイン」といって大いにはやし立て楽しんでいる。繋ぎやMCはさすがのひと言で、テンポ良いセットにフロアは大盛り上がり。これはこれで、アリなんだけど…。
隣にいたナミがつぶやく。
「いいね~。彼、弾けてるじゃん。」
「うん、そうだね…。」
「これだけレインが楽しんでくれたら、サニィも企画した甲斐があるんじゃない?これをきっかけに、クラブでも回すようになったりして。正直うちにも出て欲しいわ。」
アタシはレインの笑顔で旅立ってもらうために今夜のパーティを開いた。そういう意味では今夜は大成功。
大成功、なんだけど。
以前とはどこか違うレインの姿に、アタシはまるでピッチのずれみたいな違和感を覚えていた。
仲間のDJが、入れ替わり立ち代わり熱いプレイを響かせた。はるよしさんもブースに立ち、リクエスト通りの“ソニック・リデューサー”にジャンプの連続とエアギターでアタシを5年前の気持ちに戻してくれた。その他の選曲もじっくりと聴かせてもらったけど…うーん、マニアック!
ゴンさんがアコギを弾き、アイヴィーちゃんが歌った。アンプラグドなアレンジもサマになってて、アタシの好きな曲も演奏されたし密かにレインより楽しんじゃったかも。
他のパンクスたちも、クラブの限られた機材で可能な限りの熱い演奏を披露して、場を大いに盛り上げてくれた。
ニー・ストライクの目つきの鋭いギタリストもふらりとやってきた。確か、彼がアイヴィーちゃんの彼氏だ。
恐い人だと勝手に決めつけていたんだけど…レインと無言の固い抱擁を交わす姿に、アタシは込み上げるものを覚えて慌てて目をそむけた。
ナミの旦那…彼氏はいつものように酔っ払って裸になりかけ、ナミにこっぴどく叱られた。
とってもいい夜。
全ての中心にはレインがいた。彼は終始ご機嫌で終始酔っ払い、終始リラックスしていた。そこに憂いの陰は微塵も存在しなかった。
パーティの最後はBtoB(DJがお題に合わせメドレー形式で曲を繋いでいくスタイル)で締める予定。
ここまでアタシの出番はなかった。出演者が多くなりすぎて、自分の枠が確保できなかったから。
実現しかけたレインとの共演は、結局は夢のまま終わる。残念だけど、また彼が帰ってきたら…。
「はいどうも大四股です。みなさん楽しんでますかー?」
はるよしさんが唐突にマイクを握った。
守田屋のあちこちから同意の声が上がる。
「何かさっき聞いたんだけど、トリはBtoBなんだってさー。でも、今夜いっちばん、がんばってるのに出演してないDJがいるよねー。」
フロアのあちこちから「サニィ!」の声が上がる。
嬉しいけど…アタシがトリなんて、そんな主催者特権みたいなことは今夜はダメ。
「まずレイン君のために今夜、これだけ素敵なパーティーを主催してくれたサニィちゃんに、はい大きな拍手をー。」
みんなが歓声と割れんばかりの拍手を送ってくれた。何よりのご褒美だ!でもトリはやりません。
「俺は、今夜のトリはレイン君とサニィちゃん、二人のBtoBで締めてもらいたいと思うんだけどおー。はい皆さんはどう思いますか!どうですか、はい!」
アタシが反論する前にナミが「だいっさんせえー!」と叫んだ。周りからも「いいぞ、やれやれ!」「待ってました!」「ヒューヒュー!」という声が飛ぶ。
…なに、それ。みんな何なのよ!ヒューヒューって何よ!
と、誰かに片手を掴まれた。
「よしサニィ、やるぞ!」
完全に千鳥足のレインがアタシをブースに引っ張っていく。
「ちょっとレイン、酔っ払い過ぎだから!」
慌ててアタシはテーブルから自分のレコードバッグを拾い上げた。
ふと見ると、はるよしさんがイタズラっぽい顔をしてこっちを見ていた。その隣ではナミがニヤニヤしている。ゴンさんとアイヴィーちゃんは片隅でこっちを指さして話している。
アタシは悟った。コイツら、グルだな!
誰が首謀者だろう?たぶんナミだ。まあ誰でもいいけどさ。いいんだけどさ。まったく…。
アタシは心の中で思った。
ありがとう。ホントにありがとう。
ホンットにありがとう!
夢が現実になりかけ、また夢で終わる寸前に現実になった。
みんなのおかげだよ。
レインはブースの左側に立った。アタシは右側。
BtoBとは「掛け合い」。アタシが最初に回した曲から連想を膨らませ、レインが次の選曲をする。それを受けてまたアタシが…と順々に曲を繋げていく。
本来なら主役であるレインが1曲目を回すべきなんだけど、彼は左側に立ってしまった。ターンテーブルもCDJも通常は右→左の順番で使用する。アタシに1曲目をやれ、という意思表示。
酔っ払っていても、レインはレイン。これは今夜アタシがしたことへの敬意なんだ。
ならアタシは、敬意以上の感情を込めて選曲をする。
二人の息が合わなければ、とっ散らかった中途半端なセットになる。また、最後にやらかしちゃう?
いや。
アタシとレイン。
出会ってから紡ぎ続けてきた友情。信頼。そして愛情。
どんなセンスよりも大切なものが、二人の間にある。
アタシは静かに1曲目を滑らせた。
ギターの音色に続いて心地よいリズムがフロアに響く。
“今夜最終列車に揺られて この街にサヨナラ…”
セレクトしたのは、ラフィンノーズの“何とかなるさ”。新天地へ旅立つ気持ちを歌った、ミドル・テンポのロード・ソング。
レインへのはなむけ。オープニングはこの曲しか考えられなかった。サビのパートに入ると、守田屋が“何とかなるさ”の大合唱に包まれる。みんな、分かってる。
レインはブースでフラフラと揺れていた。下を向いているせいか、その表情は読み取れない。
最後の部分で曲をフェイドアウト、レインがカットインする。そのタイミングは、はかったようにピッタリ。
ドラムの音に続いて、またもミドルなギターが鳴る。
ノッカーズの“人生はジャーニー”。
やっぱりロード・ソングで、彼が向かう札幌で活動するバンドの曲でもある。絶妙なアンサー。
“そんなもんいらねえぜ 傷ついたらいいぜ それでお前に会えたんだ…”
DJを通じて、アタシたちは会話を続ける。
アタシは一転してアップテンポなナンバーを送り込んだ。
横浜のバンド、ザ・タコメーターズの“続きがあるんだ”。ノッカーズの仲間のバンドだけど、選曲の理由はそれだけじゃない。
“この夢にはまだ続きが 続きがあるんだ”
そう、アタシたちは今夜で終わりじゃない。このDJにもまだ続きがあるんだ。アタシは信じてる。
耳に馴染んだフレーズがフロアにこだました。
レインが返したのは…ザ・ブルーハーツの“終わらない歌”!湿った空気を吹き飛ばせとばかりにパンクスやDJたちが飛び跳ね始める。
そう、しんみりしても始まらない。レインも他のみんなも、今夜は笑顔で楽しませなくちゃ!
チラッとレインの方を見ると、彼は眠っているみたいに目を閉じて身体を揺らし続けていた。
今まで見たことないくらいに酔っ払っているけど。
その顔は穏やかに微笑んでいる。
そんなレインの表情が、今夜アタシへの何よりのご褒美。
二人だけのBtoBは止まることなく続いた。
ポップにはメロウで返す。
速い曲を回せば、さらに速い曲で追いかける。
感傷的なバラードには底抜けの明るい曲で際立たせる。
曲調を合わせる時も変える時も、急なノリの変化に慌てて曲を変えるような場面は一切なかった。お互いの考え、気持ち、感情が手に取るように理解できた。
打ち合わせも何もないアドリブのメドレーで、アタシたちは思いを一つにしながら合わせ鏡のような選曲を繋ぎ続けた。
喜怒哀楽、全ての感情を今夜のセットに込めて。
それは、アタシとレインが紡いできた物語の集大成だった。




