第5章 その14
先にレインのDJが全て終わった。彼は最初から最後まで変わらず、渾身のスピンでフロアを沸かせ続けた。
アタシはなんとか彼についていった、という感じ。
だけど!アタシには最後の大仕事が残っている。
トリのバンドの転換。
今日の主催者であり、圧倒的な動員と熱狂を誇ったこのイヴェントのメインを飾る実力派バンド。大トリを迎えるに相応しい、みんなが納得するプレイが求められている。
結局、ヴォーカルさんには会えなかった。ちょっとでも話せれば選曲のヒントがもらえたかもしれないんだけどな。仕方ない、これもタイミングだ。
あー、どうしよう!
今まで緊張してなかったわけじゃない。全ての転換で真剣な気持ちでプレイをしたし、有名・無名は関係ない。
このセットが特別なのは、ここをアタシが回すのは向こうからのご指名だから、ということ。
もちろん、彼らはレインからアタシの話を聞いて“面白そうだ”という好奇心から指名しただけ。アタシに特別な思いを抱いてるわけじゃない。
それでも。
名指しされたからには、彼らに「DJサニィ」という名前を覚えてもらいたい。引っ掛かりを、爪痕を残したい。
ここで生き残るために。そして堂々と守田屋に帰るために。
アタシは疲れ切った身体から最後の力を振り絞る。
隣にはレインが控えていてくれた。
彼の出番は終わったのに、まだレインは自分の音源を片づけていない。彼も、最後まで一緒に演ってくれるんだ。
彼の存在を今まで以上に近く感じながら、アタシは静かに自分の出番を待った。
トリ前のバンドが演奏を終えた。このバンドも相当の盛り上がりを見せていたけど、ライヴが終わった瞬間にミッション内の空気は明らかに変わった。
パンクスと「普通のファン」が入り混じって、もうこれ以上は入らないと思ったフロアにさらに限界まで人が詰め込まれた。
さあ、勝負だ。悔いの残らないように。
アタシは一瞬だけレインの方を見た。彼は黙って、ただこっちを見ていた。言葉はいらない。
アタシはCDJの再生ボタンを押した。
パンクとは明らかに異質なシンセ音から、柔らかいギターの調べがフロアを満たした。可憐だけどどこか歪みのある女性ヴォーカル。フロアがザワッとするのを肌で感じた。
コッコの“シング・ア・ソング”。
ありきたりのラヴソングとかじゃなく、女性のもっと深いところにある素っ裸な心を歌わせたら、日本でも最高峰のシンガーだとアタシは思ってる。
これから歌う女性ヴォーカルさんもそうだ。
彼女は早くもステージに姿を現し、マイクの高さを調節しながら、フロアの先…どこか遠くを見ていた。その佇まいだけで心を奪われる。アタシもあんな風に輝きたいな。
この曲に“ノー・ミュージック・ノー・ライフ”って歌詞が出てくる。どっかのレコード屋のキャッチフレーズみたいだけど…それも彼女に相応しい言葉だと思った。
パンクのライヴで、しかも最高潮に盛り上がってる状況での選曲としてはかなりの冒険。でも、アタシは迷わなかった。
自分の感覚を信じるんだ。
横にいるレインも何も言わず、フロアを観ていた。
暴れたいパンクスから野次の一つも出るかな、と思ったけど、フロアは意外に良い反応。みんなリラックスしてる。
“ノー・ミュージック・ノー・ライフ”の歌詞が出てくると、フロアの空気が変わった。アタシの意図が伝わったみたいに、おしゃべりが止み始めた。
この後の展開を考えていたアタシは、周りの雰囲気に変化を感じてふと目を上げた。
彼女がステージから消えている。
次の瞬間、彼女はDJブースの前にいた。
まるで瞬間移動してきたみたい。ギュウギュウのオーディエンスの中、隙間すらないフロアを横切ってきたはずなのに。
彼女は片手をブースにかけた。
怒られる!
瞬間的にそう感じた。この大事な転換でJ-POPとは雰囲気ぶち壊し、そう受け取られても仕方ない。
いいや、怒るなら怒ってよ。アタシはアタシなりに考えて選曲したこと。認められないなら仕方ない。
アタシは真正面から彼女を見つめた。
彼女はしばらくアタシの顔を面白そうに眺めていた。全てを見透かされそうな深い目。
その視線を、アタシはマトモに受け止めた。
この瞬間だけ、バンドもフロアも仲間のことも、レインのことさえも意識していなかった。
女と女。二人だけの無言の会話。
ただDJの音だけが、周りの空気を支配する。
彼女はゆっくりと手を挙げた。
そしてアタシに手を差し出した。
アタシはその手をしっかりと握った。
伝わった。
“泣き虫サニィ”が顔を出さないよう、グッと唇を噛みしめた。今日泣くのはもう終わり。
アタシはライヴDJ。
いまフロアを温めるのが、アタシの役目。
ここが、アタシのステージなんだ。
アタシと彼女は、腕を組み替えて男の人みたいなガッチリとした握手を交わした。
手を離した彼女がステージに戻ろうとするところで、アタシは2曲目をカットイン。
鋭いギター音と共に“ファッショーン!”の声が場内にこだまする。パンクスたちが雄叫びをあげた。
札幌のパンクバンド、ザ・ノッカーズの“ファッション”。
“生き方死に方誰かを真似ても退屈なだけさ!”
軽いモッシュが起きる中、彼女がまた振り向いた。
そして、アタシに向かってニヤッと笑いかけた。
「気に入ったね。」
その言葉を残して、彼女はステージに戻っていった。
まるで女神が通るみたいに、周りのオーディエンスはそろって彼女のために道を開けた。
アタシはそんな彼女の背中を見ていたけど、すぐに意識をミキサーに戻した。アタシのステージはまだ終わってない。
次はターンテーブルを使う。全神経を集中してサウンドチェックし、ピッタリのタイミングで曲をスライドインする。
みんなが知ってるこのイントロ。ザ・クラッシュの“シュッド・アイ・ステイ・オア・シュッド・アイ・ゴー”。
男女の揺れ動く感情を歌ったミドルナンバー。パンクでは有名な曲だけど、意外と歌詞はパンクっぽくないんだ。
“なあ教えてくれよ 俺たちはこのままでいいのかい? それとも違う道に進んだ方がいいいのかい?”
フロアが揺れている。大盛り上がりじゃないけど、確実に高まる熱量。アタシはアタシのやり方で、じっくりじっくりと…これでいいんだ。
ステージに戻ったヴォーカルさんが、こっちを見て自分の左腕を叩き、何かジェスチャーしている。その意味は分からなかったけど、選曲が気に入ってるのは確かだ。
ゴンさんもこっちに手を振ってくれた。ドラムのショージさんとベースの人も曲に合わせて身体を揺らしている。
ミッション全体が、アタシのDJで一つに染まっていく。初めて味わう大きな大きな一体感。
こんな景色をいつか見るために、アタシはDJになったんだ!
達成感に包まれるアタシの横で、レインはDJに合わせ、拳を突き上げながら歌っていた。




