3.9. そんな世界は壊してみせる
――わたしの死で君が悲しむ世界なんて壊してやる。
わたしが体の変調を感じ始めたのは高校二年生になった夏の始まりだった。
体のだるさと微熱が続き、夏バテのせいかと思ったが一向によくなりそうもなかったので病院に行くことにした。
医者の先生から、検査が必要といわれ入院することになったときは、初めての入院ということにワクワクしたものだった。
入院2週間目、持ってきた本はあらかた読んでしまい、やることもなくヒマになってしまったので、病院に併設されているコンビニにいったりして時間を時間を潰すことにした。
もう少しするといつもの時間になり、慎也がやってくるので、それまでに戻ればいいと思いながら病院内をぶらついていた。
放課後になると慎也は毎日見舞いにやってきた。彼も飽きずに毎日よくこんな退屈な場所に来れるものだと感心する一方で、彼が来るのを一日の楽しみにしていた。
そろそろ慎也がくる頃だろうと自分の病室に向かう途中ナースステーションの横を通りがかった。そのとき、看護士さんたちが声を抑えるように話しているのが聞こえた。
「あの年でかわいそうにねぇ」
「ご家族もつらいでしょうに。友達の男の子も毎日がんばって見舞いに来ているっていうのに」
どうやらわたしの話をしているようだとわかり、気になり立ち止まって聞き耳を立てた。
「一万人に一人かかるような病気にかかるなんてね。先生もがんばってらっしゃるようだけれど、病状を緩和させるのが精一杯だなんて報われないわね」
「それでも、あと半年の命だなんて」
話を聞いた瞬間に、驚きよりも納得がいった。
入院してから検査と投薬ばかりで、一向に病状がよくなる気配がなかった。医者の先生に病状について聞いても、はぐらかされるばかりではっきりと教えてもらえることはなかった。
そして、今一番心配となるのは慎也のことだった。
毎日見舞いにくるようになってから、あいつはどこか妙な気遣いをしてくるようになり、態度がおかしかった。おそらく、わたしの余命のことを隠している後ろめたさから来るものだったのだろうと理解できた。
本人は必死にポーカーフェイスを気取っているようだったが、10年来の付き合いであるわたしからすれば隠し事をしているのはまるわかりだった。
「さて、どうしようか」
自室に戻ってきたわたしは、ベッドに腰掛け顎に手をやってどうするか考えた。
慎也を問い詰めて白状させることもできるが、それをすると彼のがんばりを無駄にさせてしまう。
そのとき、扉をノックする音が聞こえた。
「はい、どうぞ」
扉の音をおさえるように静かにあけて入ってきたのは慎也だった。
考えている間にいつの間にか時間が立っていたのか、いつもの慎也がやってくる時間になっていたようだ。
「やあ、よくきたね」
わたしはいつものように、慎也に対してむける笑みを浮かべながら話しかけた。
それから、お互いにばらさないようにしながら過ごす日々が続いた。だけど、その関係はぎこちなさを感じるものだった。
半年後、冬に入ったあたりから体のだるさが増し、薬の種類も増えていた。
余命であった半年という期間は過ぎていたが、まだわたしは生きていた。だが、もうわたしに残された時間は少ないということは自分で分かっていた。
そこで、かねてより考えていたことを実行に移すことにした。
いつもの時間になると、扉をノックする音が聞こえてきた。
わたしが返答をするとはいってくる慎也、この半年つづけられてきたことだった。
これから、慎也にいうことを考えるとワクワクしてきた。
「これから、世界を滅ぼそうと思うんだ」
案の定、変な目でわたしを見る慎也に、わたしは自然と笑みを浮かべていた。
それからの半年は慎也をからかい、慎也がわたしをやりこめようとする以前のような関係に戻っていた。
わたしの言葉におおげさに驚く慎也を見ながら、今度は何をして遊ぼうかと考えて、次の日が早く来ないかと待つようになっていた。
それでも、自分の先がないということを思い出すとやるせない気持ちになるのが止められないときがあった。
春が近づいてきた頃、担当の医者から一時帰宅の許可がもらえ、わたしはひさしぶりの自宅に帰ってきていた。半年以上あの病室ですごしてきていたため、自分の部屋に新鮮味を覚えた。
そんな中、今わたしは机に向かって手紙を書いていた。
「ふぅ、やれやれ」
机に向かって文字を書くだけの作業だというのに、ひどく疲れているのを感じた。
以前だったら、なんでもなかった作業が最近ではひどい重労働のように感じるようになっていた。この体の限界が近く、もう終わりも近いというのがひしひしと感じられた。
それでも、自分の余命が半年だと聞いていたのだから、わたしの体は十分がんばってくれているということだろう。
手紙の1枚目に、これまで慎也に仕掛けてきたイタズラの種明かしを書いた。彼が手紙を見て、ため息をつきながら苦笑する姿が想像でき、クスリと思わず笑みがこぼれた。
2枚目にとりかかり何を書こうか考えていると、まだ話したいことや一緒にやりたいことを山ほど思い浮かべていた。
気づくと、目の前の手紙には文体もめちゃくちゃで泣き言がつらつらと書かれていた。
「はぁ、これじゃだめだろ……」
わたしは書いた紙をまるめて、ゴミ箱に放り投げた。
「そうだ、いまこそあのネタを使うべきだろうな」
小学生の頃に慎也に取られたパンツのことについて書くことにしてやった。
あの日、慎也が帰ったあとお気に入りだったパンツがないことに気づいて、次の日慎也の様子が挙動不審だったので、こいつがとったんだなとわかった。
男友達のような関係だったのに、まさかわたしを女子として意識していたと知って、驚いたものだった。
手紙を書き終わり便箋にいれて封をした。わたしは、しっかりした字で便箋の表に
『世界を滅ぼしたくなったら、開けること』
と書いた。
わたしが死んだせいで慎也が悲しむなんて、そんな世界をこれで壊してやろう。
慎也がわたしのことを思い出すときは、変なやつもいたよなと笑ってしまうような存在でありたい。
机の上から二番目の引き出しを開けて手紙をそっと置き、引き出しをしっかり閉じた。
これで完結となります。ここまで読んでいただきありがとうございました。