陰陽師3
妖狐が招集用のテントを襲ったのはまもなくのことだった。
テントに妖狐の足がのしかかり、結界術式は揺らいだ。結界術をかけていた術者たちがうめき声を上げた。手の空いている術者たちが結界術の補強に回っていく。カケルも結界術の補強に入る。
テントの中からでは、外で何が起きているのかわからなかった。みしみしとテントの天井が鳴っているだけである。
「妖狐見に行こうぜ」
足立がカケルを誘った。
「俺たち二人が抜けたところで、結界は大丈夫だろうよ」
カケルは足立に従った。
異国の妖狐とはどういう姿をしているのだろう。もしも、強そうなやつなら、式神の姿に選んでもいいかもしれない。
テントの出口をくぐると、目の前に妖狐の目があった。宝石のような光沢のある青色の目だった。表面はなめらかで、みずみずしい。草原のように映える毛並は青々としていて、風に吹かれると、炎が闇に散っているように見えた。
「やべ、こっち見た」
足立が狼狽える。
妖狐は足立の心を見透かし、狙いを定めて、前足を伸ばす。前足の先の爪は大剣のように銀色に尖っている。
一陣の金切風が吹きつけた。
鼓膜が破れたのではないか、とカケルは思った。
妖狐は警戒の手を止めなかった。
カケルの肩に青色の毛並が触れる。銀の刃はカケルの首にピンと添われている。逃げようと思うのだが、膝が震え、どうにもならない。足立は妖狐の前足の下になっていた。
「足立!!」
友の窮地がカケルの理性を吹き飛ばしていく。カケルは懐から、禁術の書を取り出し、無我夢中で紐をほどいた。
父から止められていたものだった。間に合うかわからない。けれども、何もしないままでいるのは嫌だった。
禁術の書を開くと、タオの紋章が地上に具現化して現れた。
黒と白の三日月を二つ合わせたような印が妖狐の前足にくっかりと浮かび上がる。
そしてその紋は、カケルの腕や膝の上にも浮かび上がっていた。
素人であるカケルが開いてはいけない代物だったのかもしれない。
蔵に入り込んだカケルに対し、父は言った。座禅を終えたら、俺のところに禁術の書をもってこい。禁術の書の説明をしてやろう、と。禁術の書を懐に入れたのはその時だ。
命を覚悟しろ。
父に戒められたとき、カケルは禁術の書をこのまま懐の中にいれ、現場まで持っていくことを考えた。
緊急事態が起きたとき、禁術を使う機会もあるのではないか。特に、命が脅かされる時分においては。何も、自分が紐をほどかなくてもいい。さっと、父に渡すだけでいい。父が禁術を使ってくれるかもしれない。そしたら、禁術をこの目で見ることができる。不注意な考えが脳裏をよぎったのだった。
術はカケルと妖狐を取り囲んだ。
黒い幕で視界が覆われていき、体がこわばって、動けなくなっていく。
足立はどうなるのだろう。妖狐の足に踏みつけられたまま、起き上がった姿を見ていない。
波が身体を包み込んで、押し流すように、カケルの体が引っ張られていく。
巨大な渦の中に飲み込まれていく感覚。空気さえ、胸の中からはぎ取られていくようで、やがて、カケルは苦しさに気絶した。
カケルの目が覚めたとき、そこはカケルの知っている町ではなかった。
とりあえずここまでです。




