武器商人を討つ老兵
老兵は、強くしたたかだ
「寒い……」
コートを羽織った良美の言葉にジャケットを羽織っただけの較がため息を吐く。
「空港を出る前に言ったよ。そんな薄着じゃ寒いって」
責めるような視線で較を見る良美。
「ヤヤがそんな薄着なのにあたし一人、分厚いコートを着れる訳ないでしょ」
較が軽くため息を吐いて、発動させる。
『シルフマフラー』
「寒くなくなった。何をしたの?」
良美の質問に較が歩きながら答える。
「気流の操作で、あちきの周囲の空気を暖めているんだよ」
「それって大変じゃないの?」
良美が気を使うと較が言う。
「風邪をひかれるより何倍も楽だから気にしないで」
「何か、言い方に棘を感じるぞ」
不満そうな良美に較が視線をそらす。
「気のせいだよ。それより、今回の相手だけど、少し面倒だよ」
資料を見せられた良美が驚く。
「元軍人で、実戦経験も豊富なんだ。そんな人が現実に居るんだね」
較が真面目な顔になって言う。
「平和な日本に居ると忘れがちだけど、人類の歴史に戦争が無い時なんて無いんだよ」
良美が眉を寄せる。
「人間の歴史って悲しいな」
較が一つのビルを見上げる。
「そんな悲しい歴史の成果の一つだよ」
「立派なビルだけど、何のビル?」
良美も見上げる中、ビルの一室で爆発が起こる。
次々とビルの中から人が逃げ出す中、較は、良美を抱きかかえながらビルの陰側から屋上に出る。
「壁走りの術?」
良美の突っ込みに較が平然と言う。
「空気を踏み台にして飛び上がるより何倍も楽だよ」
そんな事を話している間に、独りの中年がドアを開けて出てくる。
「お前たちは、何者だ?」(ロシア語)
ナイフを抜く中年、資料にあった男、クルーニンの質問に較が答える。
「止めに来たって言ったらどうする?」(ロシア語)
クルーニンは、笑みを浮かべる。
「私を殺したらどうなるのか知っているのか?」(ロシア語)
うんざりした顔で較が言う。
「大陸間弾道弾の一発が発射されるんでしょ? 正直、ロシア政府の事情なんて知ったこっちゃないって切り捨てたいけど、そうも言ってられないんだよね」(ロシア語)
渋い顔をする較に良美が驚く。
「捕まえないの?」
較が頷く。
「あいつは、自分が死ぬとアメリカに向けられている核ミサイルのどれか一つが発射されるんだってよ」
「それじゃ、大勢の被害者が出るって事!」
びっくりする良美に頬をかく較。
「多分、核ミサイルは、アメリカに着く前に破壊される。でも問題は、そんな事じゃない。発射されたって事実が戦争の引き金になる」
「だからロシア政府も私を止められない。おかしいと思わないか? 戦争をしていない国に向けたミサイルを発射できないようにすれば私を止めるなんて事は、簡単にできる筈だ」(ロシア語)
自傷気味に呟くクルーニンへ較が問う。
「そんな立場を使って、戦争に群がる金の亡者達を殺して回っているの?」(ロシア語)
悔しそうに拳を握り締めるクルーニンが告げる。
「そうだ。このビルを作った奴らは、私の部下達の命を掛けで手に入れた勝利すら金の為に売ったのだ、許しておけるものはか!」(ロシア語)
「こんな復讐に何の意味があるの?」(ロシア語)
較の言葉にクルーニンが真剣な目で答える。
「こいつらを放置すれば、これからも多くの兵士が無駄に命を失う事になる。それを止めるのだ」(ロシア語)
ため息を吐く較。
「完璧な正義酔いだ。どうしたものか?」
「いっそ手伝えば?」
良美の提案に較が嫌そうに顔をする。
「あちきは、無駄な事をするのは、嫌いなんだけどな」
「邪魔をするなら、お前も倒す」(ロシア語)
クルーニンの言葉に較が戦闘モードに移行する。
「勝てると思うのですか?」(ロシア語)
較の圧倒的な闘気に冷や汗を垂らすクルーニンだったが、ナイフを構えて告げる。
「お前が強いのは、解る。しかし、有利なのは、こちらだ」(ロシア語)
一気に詰めて来るクルーニン。
『アテナ』
較の首に当たったナイフが砕け散る。
しかし、クルーニンは、諦めずサブマシンガンを取り出し、腹に連射を決める。
当然の如く較は、ノーダメージだが、動きが止まった。
「これの後始末を頼むぞ」(ロシア語)
クルーニンは、大型の手榴弾を空中に放り上げた。
『ガルーダ』
慌てて更に上空に打ち上げる較。
「もう一つだ!」(ロシア語)
クルーニンが、良美に居る方向に向かって手榴弾を投げた。
『韋駄天』
高速で動き、手榴弾を爆発前に握りつぶす。
較の手の中で爆発する中、クルーニンは、姿を消していた。
「逃げられたみたいね」
良美の言葉に較が舌打ちする。
「流石に戦い慣れしているよ。最初から、ヨシに向かって手榴弾を投げられてたら、幾らでも処理できたのに、先の手榴弾の処理に一手使わされたのが致命的だったね」
「追いかける?」
良美の言葉に較が首を横に振る。
「追いつけない事は、無いけど、意味が無い」
「あいつのやってる事は、正しいかもね?」
良美の言葉に較が失笑する。
「無意味だよ。こいつらが居なくなっても別の誰かが軍を利用して金儲けをする。それだけだよ」
「それでも変えようとする意思は、大切だよ」
良美が真面目な顔で断言する。
「でも、このままやらせる訳にもいかないね」
較が見下ろすビルの下では、大量の死傷者が運ばれていくのであった。
政府高官の屋敷の前、本来なら軍人の警護があるはずだが、既に倒されていた。
「前回の決着をつけに来たよ」(ロシア語)
先に邪魔な軍人を排除しておいた較の言葉にクルーニンが苦笑する。
「何度やっても同じだ。私は、負けない。そして負けない限り何度でも挑戦出来るのだからな」(ロシア語)
較が笑みを浮かべる。
「だったら、この人達がどうなっても良いのかしらね?」(ロシア語)
較が指差した方向には、手榴弾を握らされた女子供が居た。
「人質をとるなんて悪役みたい」
人質の中で手榴弾を持っている良美の呟きは、無視された。
「部下達の家族だと! 人質をとるなんて卑怯だぞ!」(ロシア語)
クルーニンが激怒する中、較が淡々と言う。
「貴方がやってることと何処が違うの。貴方は、世界中の人間を人質にこんな事を続けている」(ロシア語)
悔しそうな顔をするクルーニン。
「私に降伏しろと言うのか?」(ロシア語)
較がリモコンを取り出して言う。
「このリモコンを壊せば、あの人達は、助けられるよ。だけど、十分以内に壊せなければ爆発信号をだす。それが嫌なら方法は、二つ。貴方の手で壊すか、貴方の死が発射スイッチになっている大陸間弾道弾を教えるかだよ」(ロシア語)
「この手で破壊してみせる!」(ロシア語)
クルーニンの拳銃がリモコンに向けて連射される。
較があっさりかわす中、クルーニンが近づき、膝蹴りを放つ。
較は、避けずに受け止める。
舌打ちをして、間合いを取るクルーニン。
「やり辛いでしょ? 今まで戦ってきた相手と違ってフェイントが通じないんだから」(ロシア語)
「方法なら幾らでもある」(ロシア語)
スモーク弾を爆発させて視界を潰す。
「無意味だね、元々目で相手を捉えてないから」(ロシア語)
較が余裕満々な態度で待っていると中、クルーニンが接近する。
「だから、目隠ししても意味が……」(ロシア語)
較の言葉は、手榴弾がクルーニンより後方に投げられる気配に途中で止まった。
慌てて、駆け手榴弾を抜け蹴り上げる。
銃弾がリモコンをかすった。
『ガルーダ』
較が生み出した突風が煙をかき消すと何故か通り過ぎた筈のクルーニンが較の方を向いていた。
「方法は、あると言った筈」(ロシア語)
「最初から、背中を向けながら接近していたんだね。奇策だけど、良い手」(ロシア語)
相手を殺す訳には、行かない較。
相手を殺す術を持たないクルーニン。
両者が相対する。
クルーニンが、組み付くと較が、組み返し、投げ技に繋げる。
受身を取らずにクルーニンが拳銃を打ち込みリモコンを較の手から弾き飛ばす。
較がリモコンに向かって手を伸ばそうとした時、クルーニンの銃口がリモコンに向けられる。
慌てて射線に割り込む較。
するとクルーニンが自分の近くの地面に手榴弾を捨てた。
『ナーガ』
較が地面を術で盛り上げ、手榴弾を押し上げる途中で手榴弾が爆発して、土煙が発生する。
較は、気を何時もより強く気を発し、詳細に周囲の状況を探り、クルーニンとリモコンの射線を塞ぎながらリモコンに近づく。
もう一歩でリモコンに手が届くといったところで、クルーニンが人質に近づいている事に気付いた較が怒鳴る。
「ルール違反だよ!」(ロシア語)
「十分経たずにリモコンのスイッチを押したらな」(ロシア語)
クルーニンの言葉に、較がリモコンを諦めて、クルーニンを止めに動いた。
人質とクルーニンの間に入った時、クルーニンの拳銃が咆えた。
「かけひきで負けてやんの」
良美の突っ込みに不機嫌そうな顔で較が破壊されたリモコンを見ながら質問する。
「何で、リモコンのスイッチを入れないと思ったんですか?」(ロシア語)
クルーニンが淡々と告げた。
「君は、今回のこともハッタリでなく、十分経って私が問題の場所を言わなければスイッチを押していただろう。逆に十分経たずにスイッチを押さない自分のルールを守る人間だと確信していた」(ロシア語)
肩を落とす較。
「性格を読まれきっていたみたい」
「決着は、ついたな? だったら、もう邪魔は、しないでくれ」(ロシア語)
「私とのは」(ロシア語)
較の言葉にクルーニンが眉をひそめる。
「どういう意味だ?」(ロシア語)
「クルーニンさん、こんな事は、止めてください!」(ロシア語)
人質だった女性の一人が真摯の表情で口火を切ると次々と人質達が、訴える。
「貴方には、返しきれない恩があります。こんな無謀な真似は、しないで下さい!」(ロシア語)
「俺に銃の撃ち方を教えてくれるって言うのは、嘘だったのかよ!」(ロシア語)
止まらない心からの懇願にクルーニンが戸惑う。
「しかし、このままでは、新たな悲劇が……」(ロシア語)
「人を殺しても変わりませんよ。空いた席に誰かが座るだけ。本気で変えたかったら、奴らが座って居る椅子自体を破壊する事です」(ロシア語)
較の言葉にクルーニンが戸惑う。
「そんな事が出来るわけが無い……」(ロシア語)
「方法だったらありますよ」(ロシア語)
較がそういって、一つの方法を提案するのであった。
「ピロシキって美味しいね」
熱々のピロシキを頬張る良美に較が日本語新聞の一面記事を見せる。
「上手くいったみたいだよ」
「『軍隊に新たな監視組織が発足。新たな組織は、主に金の流れをチェックして独自に制裁処置を決定できる』どうやって、こんな組織を発足させられたの?」
良美の質問に較苦笑する。
「所詮は、金なんだよ。今回の事で、旧体制の武器商人の類は、大ダメージを受けていた。詰まり、そいつらと繋がっていた政府の人間もダメージが大きかった。そこであちきが提案したの、弱った武器商人たちから資産を奪い取って自分の物にすれば良いと。そして、それをやるのにうってつけの人間が居ると教えてあげたの」
「よくそんな腐った政治家の手先みたいな真似をクルーニンさんが受け付けたね」
良美の疑問に較が背後で政党演説をしている人達を視線で示す。
「あの新政党が力をつけた時、今回のスキャンダルを暴露する予定だよ」
政治活動する人間の中には、あの時人質だった女性やクルーニンの部下の子供だった青年も居た。
「汚れ役の上、凄く危険な立場じゃん。金の為なら他人がどうなっても構わない奴らがクルーニンさんを殺そうとしない?」
良美の言葉に較が苦笑する。
「あちきがかけひきで負けた相手だよ? そんな奴らに殺されるわけ無いでしょうが」
「確かに、ヤヤがかけひきで負けた相手だもんね」
納得する良美に不機嫌そうな顔をする較だったが、その視界にイートコの分身が入ってくる。
「お見事でした。次は、アフリカのジャングルです」
ため息を吐く較。
「次は、ターザンでも相手にするの?」
「その通りです。頑張ってください」
消えていくイートコ。
「今度の相手は、密猟者と戦うジャングルの王者だね」
良美の言葉に較が怒鳴る。
「そんなのファンタジーの登場人物が居るわけ無いでしょ! もう、イートコの奴もあちきを馬鹿にして!」
憤慨している較を見ながら良美が小声で呟く。
「下手なファンタジーより、常識離れしてるくせに」
「何か言った!」
「何にも言ってないよ!」
睨む較から視線を逸らす良美であった。




