ノースリーブ爆弾
第2話をお読みいただきありがとうございます!
今回は、季節感を完全に置き去りにした「ノースリーブ爆弾」の投入です。
4月――。
北海道出身の俺からすれば、本州の春はすでに十分に温かい。だが、この狭い白鳥南店の調剤室では、季節感を遥かに置き去りにした熱いバトルが繰り広げられていた。
神坂玲奈(27歳)が、ピチピチのボルドーニットに身を包んだ新人・氷室涼香をまじまじと眺めながら、うんざりしたように額の汗を拭っている。
「あのさ……もう涼香ちゃん……見てるだけで熱いんだけど……なんとかならないの?」
「あの……神坂先生、今から暑がるとか大丈夫なんですの? 4月ですけど? 夏はどうやって過ごしていらっしゃるんですか?」
クールな顔で正論を叩きつける涼香。だが、暑さで理性が吹き飛びかけている神坂副薬局長に、そんなロジックは通用しなかった。
「あぁー、もう冷房の設定20度にするわ!!」
「「!?!?」」
調剤室に緊張が走る。エアコンの操作パネルに手を伸ばす神坂さんに、事務の桃井あかりが即座につっかかった。
「ちょっと神坂先生、絶対ヤダ!! 寒くて死んじゃいます!」
「ちょっ……20度とか! もう更年期なんですの!?」
「なによー失礼ね! こんな美人に向かって!!」
「なっ……薬局長は北大ですから! なんとなく寒さに強そうですけど? 今から20度設定とかバグってますわ!!」
静観を決め込んでいた俺――白鳥結月(28歳)は、心の中で猛烈に首を縦に振っていた。
(本当にそう!! 20度設定はバグりすぎだ……! あとあのノースリーブの腕!! バグりすぎだ!!)
白衣の隙間から露わになる、神坂さんの柔らかそうな二の腕。それが目の前でパタパタと動くたび、俺の視界はピンク色の煩悩で埋め尽くされる。
「そもそも神坂先生、どこ出身なんですの!?」
「はっ……驚けこのやろう……横浜薬科学大学! アーバンオシャレだオラァ!」
「はー、露出して男狙ってんのバレたくないから暑い暑い言ってんじゃないのー!?」
「ちーがーいーまーすー!!」
「ふん……見てなさい!! 私の実力を!!」
ドバババッと謎の対抗心を燃やす神坂さん。
次の瞬間、彼女はおもむろに俺へと近づいてくると、俺の指をすっと自分の生の二の腕に押し当てた。
(ドッピーーーー!!?? 何やってんだコイツゥー!!!)
ひんやりとした肌の触感。柔らかく吸い付くような生の肉体美。
俺の品行方正! 北大! 函館ラッサール卒のエリートブランドを、正面突破で破壊しに来てやがる!!!
確かに北の大地だって可愛かったさ! アオハルな思い出も悶々とした記憶もある(ふっ…付き合ったことはないがな)!
しかしこの横浜レディ……伊達ではない!! 攻撃力が跳ね上がりすぎている!!
(だが……しかし俺は品行方正キャラで来ているのだ! 負けるか!!)
旧帝大の知性が全力で駆動する。脳内でカッコいいセリフの構築が完了した。
よし、俺の脳は『はしたないよ……神坂君……やめ給え……』と冷徹に指示を出す準備が整った! 行くぞ俺の口!!
「ドゥっフェ……やっ……やめて……神坂さん……」
(ちょちょちょ!? 俺の随意筋!! 何やってんだコラァ!!!)
裏返った情けない声と、完全に挙動不審なキモい拒絶。品行方正の「ひ」の字もねぇ!!
神坂さんはドヤ顔の決まった表情で、涼香とあかりちゃんの二人を見下ろした。
「これが……アラサー美人の魔力だオラァ!!」
「いや、単に薬局長がキモい声出してるだけですわ」
涼香の冷ややかなツッコミが調剤室に虚しく響く。
白鳥結月……完全敗北。
(まだ4月だぞ……? これから1年、俺の理性はどうなってしまうんだ……?)
あまりの絶望に、俺は一人、調剤室の隅で途方に暮れるのだった。
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