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両親の思い

前を歩くナオと愛華が、手をつないで楽しそうに話していた。



「ナオさん、見て〜!葉っぱがハートの形〜!」



「ほんとだ。愛華ちゃん、よく見つけたね」



二人の笑い声が、重くなりかけた胸をそっとほぐしてくれる。



(……あぁ……この光景、好きだな)



ナオの大きな手に、


愛華の小さな手がすっぽり収まっている。



その後ろ姿を見ているだけで、


胸の奥がじんわり温かくなる。



でも——


その温かさのすぐ隣に、


冷たい緊張が静かに張りついていた。



(……このあと、行かなきゃいけない)



夫の実家。


義父母の顔。



胸がぎゅっと縮む。



(……怖い)



墓前よりも、ずっと。



夫の両親に会うことが、


私にとって一番の恐怖だった。



責められるかもしれない。


泣かれるかもしれない。


怒られるかもしれない。



(……“裏切り者”って思われるかもしれない)



そんな言葉が胸の奥で渦を巻く。



でも——


ナオが隣にいる。


愛華が手をつないで笑っている。



その二人の存在が、私の足を前に進ませてくれた。



やがて、見慣れた家が見えてきた。



夫と何度も帰った家。


結婚の挨拶をした家。


愛華が生まれて、抱っこしてもらった家。



玄関の前に立つと、足がすこし震えた。



(……大丈夫。大丈夫……)



自分に言い聞かせるように、


深く息を吸った。



ナオがそっと私の手を握った。


その温かさが、胸の奥に広がる。



「……香織。無理しなくていい」



その声が優しくて、涙が出そうになった。



でも、私は首を横に振った。



「……行く。ちゃんと……伝えなきゃ」



ナオは静かに頷いた。



愛華が私のスカートをつまんで、不安そうに見上げてくる。



「ママ……?」



私は愛華の頭をそっと撫でた。



「大丈夫よ。


 パパのおじいちゃんとおばあちゃんに……


 ご挨拶しようね」



愛華は小さく頷いた。



震える指で、玄関のチャイムに手を伸ばす。



(……どう思われるんだろう)



覚悟を込めて、チャイムを押した。



ピンポーン。



その音が、胸の奥に深く響いた。



————



香織さんから電話があったのは、


ちょうど一か月ほど前のことだった。



「今度……愛華を連れて、お墓参りに行きたいんです。


 そのあと……ご挨拶にも伺いたくて」



その声は、どこか震えていた。


でも、決意のようなものも感じた。


電話を切ったあと、夫婦でしばらく黙っていた。



「……香織さん、何かあったのかね?」



お父さんがぽつりと呟いた。



「年忌でもないのに、お墓参りに来るなんて……」



私もお父さんと同じ事を感じた。



でも、同時に思った。



(……香織さん、前に進もうとしているのかもしれない)



息子が亡くなってから、


香織さんは何度も家に来てくれたけれど、


そのたびにどこか無理をしているように見えた。



愛華の前では笑っていても、


目の奥に深い影があった。



(……あの子は、ずっと苦しんでいた)



私は何度も思った。



夫を失った悲しみ。


幼い子を抱えて生きる不安。


そして、自分を責める気持ち。



全部、痛いほど分かっていた。



だからこそ、


香織さんが「ご挨拶に行きたい」と言った時、


胸の奥が少しだけ温かくなった。



(……誰か、支えてくれる人ができたのかもしれない)



お父さんも同じことを考えていたみたいだった。



「香織さんが……誰かと一緒に来るのかもしれんな」



「そうね……


 もしそうなら……


 あの子が幸せになれるなら……


 それが一番いいわ」



私は静かに言った。



息子を失った悲しみは消えない。


でも、香織さんと愛華ちゃんが笑って生きてくれるなら、


それが息子の願いでもあるはずだ。



(……あの子が前に進むなら、私たちも背中を押してあげなきゃ)



そう思った。

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