エピローグ
白い光が消えた。
「――はい、いいね。そのまま!」
ヒロは渋谷の歩道に立っていた。
目の前には、カメラマンがいる。少し離れたところでは、通行人がいつも通り歩いている。大型ビジョンから音楽が流れ、車のクラクションが聞こえていた。
何も変わっていない。
ヒロが異世界へ消えてから、こちらでは数秒しか経っていなかった。
カメラマンは、ヒロが一瞬だけ目を閉じたと思ったらしい。ファインダーを覗きながら、首を傾げた。
「あれ? なんか雰囲気変わった?」
「そうか?」
「うん。前より、こう……」
カメラマンは言葉を探した。
ヒロの服装は、召喚される前と同じだった。くすんだ色のロングベスト、細身のタンクトップ、重ねたネックレス。髪も、アクセサリーも、何ひとつ変わっていない。
それでも、立っている姿には以前と違うものがあった。
「まあ、いいや。もう一回撮ろう」
「ああ」
ヒロはカメラの前に立った。
カシャッ、とシャッターが切られる。
カメラマンは何枚か撮ったあと、液晶画面を確認した。そこには、渋谷の雑踏を背にしたヒロが写っている。
異世界の王宮も、魔王軍も、聖剣も、魔王も写っていない。
ただ、どこか遠くを見ているような青年の姿だけがあった。
「いいじゃん。これ、使おうかな」
カメラマンは画面を拡大しながら言った。
「そういや、横にコピー入れたいんだけど。なんかいいのある?」
「コピー?」
「今の自分を一言で表す、みたいなやつ」
ヒロは黙った。
目を閉じる。
白い光。
王宮で頭を下げた王。
魔王領へ続く荒野。
十万の軍勢。
石の台座から抜いた聖剣。
喉元に剣を突きつけたヴェラ。
黒い炎。
床へ落ちた血。
沈んでいく太陽。
そして、帰ってきた渋谷。
ヒロは空を見上げた。
青い空の向こうに、何かがいるような気がした。
呼ばれた理由は分からない。
自分を異世界へ送り出したものが、何者だったのかも分からない。
ただ、ひとつだけ思い当たる言葉があった。
「……ガイアか~」
カメラマンが顔を上げた。
「ガイア?」
ヒロはカメラを見た。
そして、何でもないことのように言った。
**「ガイアが俺にもっと輝けと囁いている」**
沈黙が落ちた。
カメラマンはしばらくヒロを見ていたが、やがて液晶画面へ視線を戻した。
「…………それ、いいな」
数週間後。
書店の棚に並んだ『MEN'S BUCKLE』の誌面には、あの日撮影されたヒロの写真が載っていた。
その横には、大きくコピーが記されている。
> **ガイアが俺に**
>
> **もっと輝けと囁いている**
誰も知らない。
それが編集者の考えたキャッチコピーでも、若者の大言壮語でもないことを。
本当に異世界へ呼び出され、魔王を倒し、世界を救って帰ってきた男の言葉だということを。
渋谷の雑踏の中で、ヒロは今日も歩いている。
世界は、まだ彼を必要としている。
――完。




