1.姫君と人質王子
楽しんでもらえたら嬉しいです
全4話、一気に投稿します
シリアスの息抜きに書いたら意外と長くて笑ったわ…
乱暴に突き飛ばされ、よろめいて顔を上げ、私は彼を見た。
彼と目が合った瞬間、周囲の喧騒が遠退いたように感じた。
彼だ。
また巡り会えた。
ずっと会いたかった。
彼を思い出したのはたった今。
だけど、私の魂が叫ぶの。
会いたかった。ずっと貴方と出会うのを待ちわびていた、って。
私たち、同じ国、同じ種族に生まれ変わったのね。
願いは、叶ったのだけど。
だけど、ねえ? 皮肉すぎない?
なんでこんな出会い方をするのかしら。
私は裸足で後ろ手に縛られていて。
腕には魔力封じの冷たい腕輪。
長かった髪は雑に短く切られてザンバラ髪。
今から処刑される私。
でもね、冤罪なの。
私は、聖女様を毒殺しようとなんかしていない。
無罪を訴えたけど、私は首を落とされるのですって。
処刑台の上の私を、婚約者であった王太子殿下が見守っている。
その隣には聖女様がいらっしゃるわ。
二人で私の最期を見るのね。
彼らは今、どんなに清々しい気分でいるのかしら。
でも、そんなことはどうでもいい。
彼がそこにいる。
私はこれから、処刑される。
そしてそれをするのは、彼。
その手に握った大きな斧で、私の首を落とすのね。
刃が鈍く光っているわ。
◇◇◇◇◇
処刑台の上で、私は今世、生まれ変わるまでのすべてを思い出した。
むかし、むかし。
私たちは想い合っていた。
だけど、恋人同士だったことは一度もなかったわ。
そう。今の人生の前と、その前の人生。
二回とも、私たちは恋人にはなれなかった。
最初の人生は、遠い遠い昔のこと。
この国が建国される前にあった国での話。
その頃は大陸のあちこちに小さな国がいくつもあって。その大半が戦乱に明け暮れていた。
やがてひとつの強国が他の国々を併合して、現在、私が暮らしている国ができるのだけど。それはまだまだ先の話の、そんな時代。
現世の私は学生時代の授業でそのことを学んだ時、呑気に「こんな時代に生まれたら、きっと生きるのも大変ね」なんて言っていたけど。
生きてたのよ。
授業中の私に言ってあげたいわ。
とっても大変だったのよ、って。
その頃の私は小国の王女だったわ。
母は美しいと評判の舞姫で、王様に見初められて側室になり、私を産んですぐに亡くなってしまった。
王様のお妃様は公平な優しい方でね、身分の低い側室が産んだ私を、自分の子供と分け隔てなく育ててくれた。
正妃様のお子様は三人。全員王子様。
女の子は私だけってこともあって、正妃様には本当に可愛がってもらったわ。
王様である父上もね、母以外の側室は持たなかったの。
父上は母を愛していたのだと思う。
同時に正妃様も尊重していた。だから、私は母がいなくても疎外されることなく、何不自由なく暮らしていられたのだと思うわ。
そこはとっても感謝しているの。
だけどね。
だけど、もしかしたら。
父上や正妃様が私を冷遇していたのならば、私と彼の運命は変わっていたのかもしれないわね。
彼は隣国の王子だった。
王様の何番目の子供だったかは忘れてしまったけど、三とか四とか……とにかく兄弟でも末の方だったはず。
だから、ちょっと国力があって、周辺諸国同盟の盟主気取りだった私の国に来ていたのよ。
行儀見習いという名の人質。
同時期に他の国からも何人か幼い子供が来ていたわ。
私は難しいことは何も考えずに、同世代の彼らを友達だと思っていた。
彼らの中には、友達になろうと言う私に舌打ちをする子もいたし、やけに愛想よくしてくれる子もいたんだけど、彼はそのどちらでもなかったわ。
別に拒絶はしないけど、話しかけてくることもない。
私はそんな子にわざわざ声もかけなかった。
だからあの時も、素通りしようと思えばそうできたのよ。
だけど、彼の押し殺した鳴き声が、あまりに悲しくて。胸が痛くて。
私は気付いたら彼の隣りにいたわ。
彼は庭の隅にある茂みの陰で泣いていたから、ちょっと探してしまった。
軽く息を乱して隣に座った私に、彼は邪魔者を見る目を向けたわ。
今考えれば確かに邪魔だったよね、私。
「どうして泣いてるの? お腹が痛いの? お薬もらってこようか?」
場違いに呑気な私の声は、彼の神経を少なからず逆撫でたのでしょう。
真っ赤な目で私を睨みつけて、彼は顔を歪めたの。
「うるさい。お前に私の気持ちがわかるか!」
「わかるかどうかなんて、言ってみなくちゃわからないでしょう?」
なんて、偉そうによく言えたものよね。
幼い姫なんて、いつもたいして役に立たないんだから。
彼は生国から、母君が病でもう先が長くないようだと知らせる手紙を受け取ったそうなの。
私、しつこく食い下がって彼から無理やり聞き出したのよ。
我ながら呆れちゃうわ。デリカシーをどこに捨ててきたのよ、あの頃の私は。
子供だったのもあって、私にデリカシーなんてものは本当になかったわ。
でも行動力はあった。
私は、馬鹿なのかしら? と思うくらい真っ直ぐに動いたの。
「父上に帰してくれるように言ってくるわ!」
そう言い終えるなり駆け出して、私は父の執務室へと飛び込んだの。
「父上、お願いがあります! あの子を国に返してあげてください! 母上様に会わせてあげてください!」
許しもなく前置きもなく請願した私は、父に投げ飛ばされたわ。
慌てて後を追いかけてきた彼の足元まで転がってしまったから、相当飛ばされたわね。
父もちょっと驚いた顔をしていたから、そんなに強くしたつもりはなかったのかも。
父は「王の裁定すべきことに口を挟むな」と静かに私を諭したわ。
うん。先に諭すべきよね。
まあ、私がいきなり飛びついてお願いしちゃったから、びっくりして腕を振り払ったんでしょうけど。
あ、これは……悪いのは私だったみたい。
父はそんなに悪くないわね。
父は私を投げ飛ばしてしまったことは謝ってくれたけど、彼が国元に帰ることは許してくれなかった。
彼も立場を弁えているから、気にしないでほしいと父に言っていたわ。
私は彼の無表情が悲しくて、どうしてだかわからないけど無性に悲しくて。ボロボロと涙をこぼしてしまった。
私の手を引いて父の前から退出し、また庭の隅の茂みに戻った彼は、泣き続ける私を困ったように見ていたわ。
「どうして、いきなりあんなことをしたんだ? ちょっと考えても許されるはずがないって、わかるだろ?」
呆れと困惑が混じった彼の問いに、私は素直に答えた。
「だって、母上には会いたいよ、誰でもきっと。私の母上は私が赤ちゃんの頃に亡くなってしまったけど。私はなんにも覚えていないけど、でも会えるなら会いたいんだもん。だから、あなたはもっともっと、母上に会いたいんだろうと思ったんだもん」
彼は目を見開いたあと、クシャッと紙を丸めるみたいに顔をしわくちゃにした。私の答えは彼の涙腺を崩壊させてしまったのね。
二人して庭の隅で大泣きして、気が済むまで泣いて。
探しに来たお世話係に連れ戻されるまで泣き続けて、お互いに瞼をパンパンに腫らしたわ。
それぞれの部屋に連れ戻される前にお互いの顔を見て、私たちは笑ったの。大笑いだった。
だってすごい顔だったんだもの。
幼いながらも涼し気な顔立ちの彼が、開いてるか開いてないか判断つかないくらい細い目になっちゃってた。
部屋に帰って鏡を見たら、私の顔も大差なくてさらに笑ったわ。
それから、少しずつ私たちは話すようになった。
お互いの好きなものや嫌いなもの。
最近どんな勉強をしたかとか、ね。
私はあの日、父の執務室で無作法を、しこたまやらかしたから、課題が増えたのよね。
その話をしたら彼は「さもありなん」と言ったわ。
さもありなんってなに? と訊ねたら爆笑されて、頭をポンポン叩かれた。
「いっぱい勉強しなくちゃね、姫様は」
軽く馬鹿にされたことは、よくわかったわ。
彼は自分の国の話もしてくれた。
春が来ると花でいっぱいになる山の話が、私はお気に入りだった。
山の木の全部が、白い花の咲く木なんだって。
まるで山が雲でできてるみたいに綺麗だって彼は言うんだけど、私にはうまく想像できなかった。
「いつか、見てみたいなぁ」
と私が言うと、彼はさみしげに笑った。
「そうだね。いつか見せてあげるよ。きっと」
約束を口にする彼の青い瞳は、いつもよりも深い色をしていた。
彼はきっと思い出していたんだろう。
家族と見たその光景を。
それからしばらくして、彼は生国に帰ったわ。
父の計らいで。彼の母上が、亡くなる前に、と。
父は自分の考えるべきことだと私を窘めたけど、私の無謀で無作法な行いは、ちょっとは彼のためになったらしい。
私はそれが誇らしくて、少しだけ胸を反らして彼を見送ったわ。
「約束、必ず守るからね」
彼はそう言って微笑み、私の額に口付けした。
真っ赤になった私以上に、彼は真っ赤だった。私は私の顔を見ていないけど、そうだったはず。
だって、そうじゃなきゃ悔しいもの。
馬車に乗り込む、耳まで真っ赤な後ろ姿。
それが、私が彼を見た最後だった。
いつか彼が迎えに来る。
一緒に花でいっぱいの山を見に行くんだ。
私はそう信じて疑わなかった。
だから頑張った。彼がいつ迎えに来ても、がっかりさせないように。彼が見惚れるくらいの淑女になるんだって。
教養も礼儀作法も身につけて、私はお転婆な本性の上に淑女の皮を被った。
正妃様にお墨付きをもらえるくらい、上手にね。
私は王宮の中で、そうやって平穏に過ごしていたけど、外の情勢は目まぐるしく変わったわ。
周辺諸国が密かに力を付けて、同盟は崩壊。
……崩壊、というか、私の国以外の国が、手を組んだの。
私の国を滅ぼすために。
人質を取ってまで権力を誇示していた私の国は、当然のように恨まれていたのよ。
周り中が敵。
孤立無援の国。
絶体絶命!
そんな状況になったのは、私が十五歳になった頃のこと。
彼を見送ってから、七年が経っていた。
七年の間、彼からの手紙はなかったわ。
私も彼に手紙を出さなかった。
出しても届かなかったでしょうね。
私の父は、周囲の国を併呑するつもりだったから、私が彼と仲良くするのは反対だったでしょうし。
いずれ滅ぼす国の王子だから。
私が悲しむのは目に見えているから。
だけど、立場が逆転するなんて、夢にも思わなかったんじゃないのかな。
こんなはずじゃなかった、なんて言ってる暇もないくらいに、あっという間に情勢は悪化していった。
いくらそこそこ国力があっても、周り中が敵になっちゃったら抵抗しようがない。
開戦から負け続けて、敵が王都にまで侵入してきたのは、私が十六歳になる二ヶ月も前のことだった。
王城を攻めたのは彼だった。
彼は城の内部に詳しかったから。
つくづく、あの人質制度は悪手だったと思うわよ、父上。
私は心の中で父にそう言った。
父は今、玉座にいるそうだ。
国主として、敵を迎え撃つんだって。それが王としての矜持なんだって。
私は、正妃様と一緒にいたわ。
王城の奥の、正妃様の部屋で。
三人いた王子のうち、二人は戦で亡くなった。
残っていた王太子は父上と一緒に玉座の間にいる。
正妃様の部屋にいるのは、王子たちの婚約者だった令嬢二人と、王太子妃様と私。
落城寸前に、高貴な身分の女性が集まって何をするかって?
決まっているわ。
自決よ。
敵国の男たちに、酷い目に遭わされないように、ね。
死しても清く、美しくあれ。
戦国の世の習いってやつね。
私たちは、そうあるように教育されていたの。
まず、王太子妃様が毒を煽ったわ。
なるべく苦しまないで済む毒だって聞いていたけど、やっぱり苦しそうだった。
それを見て、婚約者の令嬢たちが泣き出して。一人は震える手で、それでも毒を飲んだけど、もう一人は無理だったみたい。
彼女は正妃様の手で。
細い刃の女性用の剣で胸を一突きだった。
私は、ためらった。
だって、約束があったから。
その時はまだ、彼が先頭に立って王城を攻めていたなんて、知らなかったしね。
彼がすぐ近くまで来ている。
それを知っていたら、どうしていたのかな。
死なずに彼を待っていたのかしら。
あぁ、でもやっぱり、死を選んでいたと思う。
だって、正妃様が死出の旅路を歩むのだもの。あの人を一人で行かせるわけにはいかないわ。
母がいない私を、慈しみ育ててくれた人だもの。顔も知らない母よりも、彼女は私の母だったの。
私は毒を飲んだけど、震える手は毒のほとんどをこぼしてしまった。
致死量に満たない毒で苦しむ私を、正妃様が楽にしてくれたわ。
それは、どんなに辛かったか。
情けない娘でごめんなさい、母上様。
正妃様の剣が私の胸を貫いて、私はすとんと楽になったわ。
急に軽くなった体を起こしてみたら、私は体を置き去りにしていたの。
死んだら魂が抜け出るのね。
正妃様は私を刺したあとに、自分の首を掻き切って果てたわ。
そうして、先に体から抜け出していた姉様たちと、私を集めて強い光の方へと進んで行ったの。
私はちょっと立ち止まって後ろを見ていた。
正妃様の部屋に、彼が駆け込んできたの。
血濡れた剣を片手に下げて、誰かの血で真っ赤に染まって。
まるで悪鬼のようだった。
ずいぶんと背が伸びて、大人の顔になっていたわ。
それでも幼い頃の面影があって、私はすぐに彼だと判った。
ようやく彼は来てくれた。
きっと約束を果たすつもりでいてくれたはず。
でも、遅かったわ。
私は、彼よりも家族を選んでしまった。
ごめんなさい。
待っていられなくて、ごめんなさい。
「どうして……! どうして待っていて………!!」
血を吐くような言葉。
あとに続いたのは獣のような咆哮。
ただひたすらに、私の体を抱きしめるあなた。
どうか。
どうか、許してね。
私は先に行って、あなたを待っているから。
来世があるのは、知っていた。
死んだ瞬間に、それを理解していたわ。
だから、私は届かない声を張り上げて彼に言ったの。
「来世で会いましょう! 私はあなたと同時に生まれるわ! きっと、きっと、来世でも私たちは巡り合うわ!」
私はその誓いを魂に刻み込んだのよ。
読んでいただき感謝です




