心の声に耳を塞ぐ
アレキサンドラの愛妾を辞めてから、二週間経った。
愛妾という立場無しで接して欲しいとは言ったが、気まずさも相まって普通に話すのもままならなくなっている。
私がアレキサンドラと最近一緒にいないことを知った他の貴族女性達は、ここぞとばかりに愛妾の座を狙うのを再開し始めた。
それだけならまだ仕方ないと思えるが、謹慎が解けたらしいアメリまで、反省の色も見せず平然とアレキサンドラに媚びた声で話しかけている。あの手のタイプは一生治らないのだという、諦めの感情を覚える。
しかし、8月特有の暑い季節が巡ってきたこともあり、反省ゼロのアメリへの苛立ちが止まらず、暑さによって余計に油を注がれてる気分だ。
あらかさまに媚びた声で話しかけるアメリに対して拒絶することもなく、生返事ばかりしているアレキサンドラにも腹が立つ。
(はいはい前みたいに若い女に囲まれて良かったですね〜!私がいるせいでハーレムできなかったんでしょ〜?)
睨みながらアレキサンドラを見ていると、目が合ってしまった。
すると、あろうことかあの男は子供みたいにそっぽを向きやがった。
(はぁ〜〜〜〜〜!?!?なんだそのぷいってやつ!!ガキかよ!!仮にも身体だけは6歳年下相手にほんっっっと大人気ねぇな!!)
あまりにイラッとしたので、奴には見えないように扇の下で中指を立てながら、同じように顔を背けた。
(自分だって大人気ないくせにライヤのことを若造呼ばわりしてんじゃねぇよ!!こんな中身が子供な男だと分かる前に平和に愛妾辞められて良かったわ!!このクソボケキング!!エロ親父!!ド変態!!バカ!!アホ!!!)
アレキサンドラの愛妾辞める宣言(?)をした時に感じた胸の痛みなどなかったかのように、内心で罵りまくった。
そうでもしてないと、また胸の痛みが戻りそうなのが嫌だった。
「ミーシャ…アンタも相当大人気ないわよ…扇の影から見えてるんだけど…」
「ゆ、ユリアナ…!だって陛下が…自分だって大人気ないくせにライヤ様のことを若造呼びしたんだよ?しかも今じゃああやって女に囲まれても追い払おうともしないし!!」
丁度柚莉奈の里帰り先だったアイリス家に泊まりに言った日に、アレキサンドラのことを報告をした。
しかし、その翌日からアレキサンドラが口を聞かない、目があっても無視、挙句にはそっぽを向く。そういう大人気ない振る舞いをしてくるので、その度に愚痴っていた。
「………本当のこと言ったら喧嘩になるのは分かってたけど…それでも今のはないよ。あんなのただの子供の喧嘩にしか見えない」
「愛妾辞めてるから陛下には絶対謝らないもぉ〜〜〜〜ん」
謝りに行って関係が戻ってしまえば、アレキサンドラを好きになるかもしれないとまた悩む日々が始まる。
それに、私だけじゃなくサラやグレイ達の待遇が悪くなったわけではないから、正直謝りに行くメリットがない。
「はぁ…アンタって仲良い人との喧嘩にほんと慣れてないから向こうが折れるまで絶対謝らないタチなんだよね…」
「仲良くない!!ていうか謝って欲しいんならトニーみたくサラやグレイのことで脅すなりなんなりしろって話!!」
そう考えたら、もしかしたらアレキサンドラは本当に愛妾辞めるって言ったのを聞き入れてしまったのだろうか。サラとグレイを解雇すると脅してでも愛妾にさせる価値すら、私にはないとでも言いたいのか。
アレキサンドラは、本当に私のことを嫌いになってしまったのかもしれない。
そう思った瞬間、また喉に違和感を感じた。
「………げほっ…ごほっ…ぅえ…っ…え…げほっ…!!」
アレキサンドラのことを考えると、また咳が出てくる。主に、悲観的なことを考えた時に、そうなってしまう。
口の中は鉄の味が広がっているが、幸い口から血が溢れるほどではなかったおかげで、柚莉奈がびっくりして大騒ぎになることはなさそうだ。
「だ、大丈夫?ちょっと外出る?」
「ぅ……げほっ…ぅん…」
その原因が分からない私は、柚莉奈に連れられて、宮廷の外に出ようとする。
「いやですわぁ、あの女。仮病を装ってまで陛下の気を引こうだなんて」
「自分には物珍しさ以外なんの取り柄もないことをそろそろ弁えるべきだわ」
「そもそも混血の孤児というだけで卑しさが目に見えてるというのに、野蛮な転生者に乗っ取られている時点で愛妾の座に居座り続けるのは最初からおかしい話だったのよ!」
アメリを含め、アレキサンドラの愛妾になりたい女達は口々に私だけじゃなく、ミーシャ・グレイス本人に関わる悪口を言い始めた。
どうせアレキサンドラも、アメリのクソ女に便乗するんだろう。もう愛妾じゃない上に喧嘩別れした女の味方をする必要などなくなったのだから。
「陛下ぁ、私はあのような卑しい振る舞いなどしませんわ。だから私を…」
「……部屋に戻る。不愉快だ」
「え!?へ、陛下…!?お、お待ちくださいませ!!陛下!!」
流石に私が愛妾じゃなくなったという噂が広まっているためか、わざわざ庇ったりはしなかったものの、悪口に対して不快に思ってくれているのはよく分かった。しかし、今のやり取りに対して心のどこかでほっとしたことに対しては、気のせいだと思いたい。
「…なんだかんだで美加理のことは悪く言われたくないみたいね。それにしても…アレキサンドラにあしらわれた時のあの女達の顔…スカッとしたわ」
「……そうだね……」
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柚莉奈に連れられて、私は綺麗な花々が咲き誇る庭で、澄んだ空気を吸う。
花の匂いもいい香りで、気分を落ち着かせてくれる。
「どう?ちょっとは良くなった?」
「うん…あんま咳出なくなった…かな」
ここにいると、嫌なことも面倒なことも忘れられそうだ。
空気の良さに心が穏やかになっていると、柚莉奈が隣に座って、私の目を見る。
「……?何?」
「…美加理、私…この前幸せになって欲しいからってライヤを無理やり押し付けたみたいにしちゃったけど…美加理が本当はどう思ってるかを聞いてなかったよね…ほんとごめん」
「柚莉奈……ううん、いいよ。むしろ…色々考えてくれてありがとう」
そんなことを責めるつもりなんてない。
柚莉奈は柚理奈で、私のために色々考えてくれていたんだから。
「もう一回聞くけど…美加理は陛下の愛妾を本当にやめたいって思ってた…?」
「それは…辞めたいって思ってるよ!!だって…あのままだったら真佑の時みたいに裏切られる未来にビクビクしながら生きなきゃいけないし…それに…」
もし愛妾を続けているうちにアレキサンドラを好きになったら、そのうち訪れるであろう裏切りも、ミカエルが出した死ぬ条件を満たしてしまった時の別れも辛くなる。
《そんなことじゃ…済まされない……》
またこの前と同じ声が、頭の中に流れてきた。私が一番よく知っているこの声は、また泣き出しそうなくらいに震えている。
《だって…あの人を本当に好きになったら…貴女は……ッ…》
あの人が誰のことを示しているか、私には分かる。本気で好きになったら、私がどうなってしまうのかも。
そのことを知る時に、嫌でも忘れられないことを誰かに言われたはずなのに、どうしても思い出せない。
《でも……それ…でも……私は…………を…愛し………》
「……美加理!!美加理!!大丈夫!?」
「へ………?」
柚莉奈に呼ばれて、我に帰った。またその前の記憶がない。
さっきまでアレキサンドラの愛妾を辞めたい理由を言っていたことは覚えているが、柚理奈に呼ばれるまで何をしていたんだろうか。
「……大丈夫ですか?」
「………え?」
聞き覚えのある低く澄んだ声に振り向くと、ライヤ・ラズライトが私の近くに来ていた。
「陛下からグレイス侯爵令嬢の体調が優れないから様子を伺うように言われて来たのですが…」
「……だ、大丈夫…です。ユリアナに付き添っていただいたので…」
そんな話を聞いてしまうと、アレキサンドラがまだ私を気にかけてくれているんだと変な勘違いをしてしまいそうだ。
もう愛妾を辞めると言ってしまったから、今更戻れるわけがないのに。
「ライヤ様、私…急用ができてしまったのでミーシャの付き添いをお願いできますか?」
「え?は、はい…分かりました」
「ではミーシャをよろしくお願いいたします」
どうやら柚莉奈は、私とライヤを二人きりにしたいらしい。去り際に小声で頑張れと言われたけど、置いてけぼりにされるのはちょっも不安だ。
「……その、侯爵令嬢…」
「……ミーシャと呼び捨てで構いません。敬語も…いらないです」
緊張する。
男性と個人的な会話をするのは、アレキサンドラ以外ほとんどなかったから、何を話せば良いのか分からない。
沈黙が続いてしまう。
「……ミーシャ、気分転換に良い場所を知っているから、少し抜け出さないか?」
「……へ?」
ライヤとこのまま上手くいくか、それとも違う結末になるか…美加理の動向を見守ってください




