愚かな青年たちの戯れ
通常営業に今回から戻ります。
私が転生…正確には転生後に失われた記憶が突然戻ってから、約一年ほど経った。
あと一ヶ月で、この身体は19歳になる(中身はもう24歳)。
ここまでの一年は、長いようで短かった。
強制的にバッドエンドフラグが立ったから人生詰んだと思い、悪魔もどきのミカエラの言う方法で死ぬつもりだった。
しかし、思いの外ここでの生活を満喫してしまっており、なんだかんだで死ぬことすら忘れるほど楽しい日々を送れていた。
それても、アレキサンドラとこのまま一緒にいたとして、バッドエンドに進んでしまうのだけはどうしても避けたい。そう考えていても、ミカエルの言っていたように、転生後の記憶喪失が原因で私の魂はそのうち壊れてしまう。
そうなれば、折角ハッピーエンドを迎えたって全部水の泡だ。
いっそ平和なうちに死ぬ方法を探した方が良いのではないかと、今では何度も考えている。
(それにしても…ミカエラの言ってる死ぬ方法っていまいちどうすれば良いのか分かんないんだよなぁ…)
"ミーシャ"だった頃と今の私を受け入れ、自分の本当の気持ちを認めること。
そう言われても、性格擬態をして生きてきた自分としては、本当の気持ちすら分かるわけない。理解するまでどのくらいかかるのだろうか。
(本当の気持ちか…そもそも記憶が戻る前の私が何を思って生きてたのかがわからないんですけど)
ミカエラだけでなく、アレキサンドラからもその当時の私のことを聞いても、その時どう思ってたかは全く思い出せない。
というより、前世の記憶が戻ると同時に、その時までの記憶が全部なくなってしまったのが本当に不思議でならない。
少なくとも、アレキサンドラと結ばれた時が関係してるのは間違いない。その翌朝に私が目覚めたんだから。
(この身体が誰かとまぐわったら記憶が消える体質…?いや、それだったら既に私は何回か記憶喪失になってるはずだ…)
一番考えられるのは、トニーとの地獄生活から救われたことによる急な環境変化について行けずに、何らかの記憶障害が起きてしまったことだ。
しかし、もし仮にそうだったとしても、前世の記憶が戻る代わりに、その前までの記憶が全部消えるのはあまりに出来すぎている。本当に記憶障害が出ているのなら、前世の記憶すら所々あやふやになるか、そもそも覚えていない可能性がある。
もしかしたら、このあまりに出来過ぎた記憶喪失自体、誰かによって仕組まれたかもしれない。
「……っ…!!あ、頭…が…っ…」
脳の奥が、ズキッと痛む。
一瞬で終わった痛みだが、それを感じている時に、何かを思い出しそうになった気がする。
まだそれが映像化されているどころか、断片すら見えなかったが、何かとても悲しい気持ちになったことは、間違いなかった。
「はぁ……なんか嫌な気分になった…こういう時はロマンス小説でも読もう…」
かつて暇つぶしで借りた本をなんだかんだで気に入ってしまった私は、わざわざ書店まで行って全巻揃えてきた。
元オタクの私としては、ロマンス小説は娯楽として最高のものだと感じる。昨日やっと上編を見終わったところなので、今は中編を読もうとしているところだ。
「いやぁ〜…典型的な知的クール眼鏡の執事クレールが子供みたいに純粋な伯爵令嬢ミーナに振り回されてワタワタしてんの可愛いんだよなぁ〜」
中編は、明るくてキラキラしたタイプの第二皇子ジークが、意地悪してくる貴族にズバズバ言っちゃうミーナのある意味素直な所を面白がって婚約者にするって宣言して、みんなで『ええええ!?』ってざわざわするところから始まる。
「クレールがめっちゃ動揺してるのほんと良きですわぁ〜」
コンコン…
「ミーシャ様、王妃陛下がお呼びでございます。王女殿下の遊び相手としてではなく、二人でお話ししたいことがあるとのことです」
サラの伝達で、一気にテンションが下がった。
私が暗い気持ちを晴らすために小説を楽しんでるというのに、本当にタイミングの悪い王妃様だな。
「はい…わかりました………」
よりによって一番気になる展開のところで中断してしまったため、リナリア様との話を適当に聞き流してさっさと終わらせようと、心の底から思った。
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娯楽の邪魔をされたことばかり考えてしまっていたが、よく考えたらリナリア様に個人的に呼び出されるのは余程のことがあるのかもしれない。
(やっぱり邪魔くさいからって追い出される…!?まさかこれは別のバッドエンドが用意されるフラグなのでは…!?)
リナリア様に何を言われるんだろうと、別の意味でドキドキしながら向かっていると、通り道の途中でドルーゼが待ち構えていた。
最悪だ。姉はともかくドルーゼのことは苦手だからできるだけ話かけられたくない。しかし、声をかけないとダメな雰囲気が漂っているせいで逃げることもできない。
「………な、何でしょうか?」
「………どうしても貴女に陛下のことについて話しておきたいことがありまして、つい待ち伏せしてしまいました」
「は、はい…と言いますと…?」
姉のために愛妾を辞めて出て行けと命令されるか、アレキサンドラの愛妾だからと調子に乗るなと言われるかの2択しか考えられない。
まだ後者であって欲しい。
そう思いながら、ドルーゼの言葉を待った。
「もし貴女がいなかったら、宮廷は欲深くふしだらな女が我が者顔で王妃のように振る舞っていたでしょう。だからこそ、野心や欲がないだけまだマシなミーシャ嬢には愛妾として、陛下の御心を留めて欲しいのです」
「………………え?」
追い出されることも、何の警告もされなかった。
むしろ、愛妾として陛下の側にいてくれと頼まれてしまった。
「わ、私はそのようにおっしゃって頂ける程の者ではありません…それに…本当に陛下の御心を留めることができるなんてあり得ない………っ!?」
そんな重荷な役目は無理だと遠回しに言おうとすると、ドルーゼはゲーム内でも度々出てきたあの開眼した時の恐ろしい目で私を見ていた。
「もしや貴女は、姉上に陛下を愛するようにとでも言ってるのですか……??」
「そ、そんなつもりで言ったわけではないですっ…!!」
恐ろしい目をしたままじりじりと近づいて、怒気を隠して静かに聞いてくるドルーゼは、この世で一番恐ろしい。
「姉上は陛下を…あの男を愛したことなど一度もない。今は憎しみより子供を優先してあの男のことは特に何も思っていないようだが、僕は憎くてたまらない……だから姉さんがあの男を愛するだなんて悪夢など見たくもない!!」
「っ………!?」
ゲーム内でも、リナリア様はアレキサンドラを愛していないと言っていた。だが、あまりゲーム本編に出てこないドルーゼが、姉以上に憎しみを抱いているとは思っていなかった。
ただひたすら、口をひらけば嫌味ばかりの糸目野郎のドルーゼが初めて溢した本音に、私は言葉を失っていた。
「貴女がここに来る数年前、ルベウス王家はあの男が親玉のサッピールス家に負けてしまった…そのせいでルベウス王家に属していた父上と母上は、サッピールス家側にいただけの馬鹿な兵士どもに貧乏伯爵家の人間のくせにと罵倒されて殺され、残された僕と姉さんは路頭に迷っていたんです…憎しみに溢れた気持ちを知っているくせにあの男が姉さんに契約結婚を持ちかけて来た時は、本っっっ当に死ねば良いと思いましたよ」
たしかに、自分の親を侮辱した挙句に殺した奴の親玉から姉に対して契約結婚を持ちかける姿を見れば、誰だって虫唾が走るに決まっている。
当時のリナリア様の気持ちは勿論だが、ドルーゼの気持ちも分からないでもない。
しかし、ドルーゼがここまでアレキサンドラを憎む理由はどうしても掴めない。姉思いという理由にしては、まるで自分の欲望が叶えられなくて逆恨みしているようにも見える。
「ドルーゼ様は…なぜそこまで陛下のことを憎むのですか…?」
「っ……そんなことをいちいち言わせるな!!愛する姉さんを奪われたから憎いに決まってるだろ!!!」
「えっ…!?あ、愛する…!?」
口調を荒げたドルーゼから、予想外かつ理解不能な想いを聞かされ、頭の中が真っ白になった。
相手のアレキサンドラのことが心底憎いと思うほどリナリア様を愛しているということは、ドルーゼは最早シスコンの域を超えてるようにしか思えなくなる。
「口先では嫌なら断っても良いと言っておきながら…弟である僕のことを利用して結婚した方が良いと姉さんを誑かして…あのヴィクトワール公爵が止めてくれれば良かったのに、結局はアレキサンドラに言いくるめられ、認めてしまった…あの時は本気で彼奴らを殺してやろうかと思ったくらいだ!!」
ドルーゼは姉を奪われた憎しみで涙を流し、アレキサンドラだけでなくラルフへの恨みを吐き捨てた。
まだアレキサンドラと初めて対面して間もない頃だったら、まだドルーゼに同情する気持ちもあったかもしれない。しかし、アレキサンドラ本人がリナリア様と結婚した理由や、そこに至るまでどういう人生を歩んできたかをゲームで知ってしまったからこそ、ここまで憎まれているアレキサンドラのことが哀れに感じてしまう。
「姉さんがあの男に抱かれている時は…早く世継ぎが出来て夜伽から解放されることばかり考えていた…!今は姫と王子がいるどころか、野心もないお前が愛妾としてここにいる…姉さんを解放するためのこんな良い機会を逃してたまるものか…!!だからお前は一生アレキサンドラの愛妾でいろ!!」
正気を失ったように喋るドルーゼの言葉に、ふざけんなと怒るよりも呆れを覚える。
姉が世継ぎを産んで妻としての義務を果たしたから、アレキサンドラに私を押し付けたいだけなのだろう。その上、権力をふるいたいという野心もなく、害そのものはないため宮廷でも問題にならない私が愛妾であることは、非常に都合が良いらしい。
こんなの、ただ厄介事を押しつけられたようなものだ。
だが、アレキサンドラを一度哀れだと感じてしまった過去と今があるから、それを迷惑という一言では片付けられなかった。
「ミーシャ…いや、美加理。転生者だと名乗った時のように…あの男の愛妾を辞めるなどと二度と言うな…!またあの男が姉さんの元に戻るなど…考えただけでも吐き気がするんだ!!!」
アレキサンドラが、こんなにも一人の人間に嫌われている。それだけではない。妻となったリナリア様からも心から愛されておらず、自分そのものを愛してくれる人が、アレキサンドラにはいない。
ゲームで散々見て来たその事実を改めて目の前で実感した今、ドルーゼの怒りに圧倒されるよりも、アレキサンドラが可哀想で堪らなくなる。
「……王妃陛下のことでそこまで陛下を毛嫌いしているなんて………っ…………そんなの………"アレン"が……可哀想…」
「は?お前…今なんと言った??」
「……………っ……え?あ、あの…私何か言いました?何も覚えてないんですけど…」
「………それなら良いですが。くれぐれも妙なことだけは言わないで下さい。陛下だけでなく貴女まで憎むほど暇じゃないので」
ドルーゼに声をかけられるまで、一瞬だけ意識が消えていた気がする。
そんな状態で、私は何を喋ったのだろうか。
私の意思とは関係なしにそうなるなんて、もしや誰かに意識を乗っ取られたのではないかと考えてしまう。
「とにかく…貴女だけが頼りですから。陛下が心変わりするほどの失望を与えないようにお願いしますよ」
「は……はい…」
「時間を取らせてしまって申し訳ございません。姉上の呼び出しは全て嘘ですので、もう帰っても良いですよ」
ようやくリナリア様を利用して呼び出したドルーゼの話が終わった。
アレキサンドラの心を留めておけと言われて、その理由が恐ろしいものだと聞いたところまでは覚えていた。
そして、"そんなに嫌っているなんて"と言いかけたところから、急に意識がなくなった。
消された記憶について考えている途中で頭が痛くなった時と言い、今日は妙なことばかり起こる。
(はぁ…今日は厄日かもしれない。大人しくロマンス小説の続きでも読もう)
これ以上何も考えたくなくて、私はロマンス小説に現実逃避するのであった。
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「………もうそろそろ帰らないとか…はぁ…なんか億劫だな」
妻の実家に戻る予定の時間が迫っていることに、憂鬱を覚える。
グランディエは溜め息を吐きながら、元々実家として過ごしていた宮廷の自室で一人で葡萄酒を嗜んでいた。
今まではルイーズの元で過ごすことに対して、グランディエ自身は特に何も思うことはなかった。
というよりも、お互い周囲の圧に苦しんできた者同士でしか分からない複雑な気持ちを通じた同志という認識でしかなかった。
しかし、ヴィクトワール公爵領を全部我が物にするために排除しようとしたアリスがセルレウスの妻になって以来、野望が潰えたグランディエ本人よりもルイーズがピリピリした空気を出すようになった。
家では何事もなく過ごしたいグランディエにとって、ルイーズのその変化は面倒極まりないものだった。単にアリスを逃してしまったことを気にしているのなら、もう諦めたから気にするなとグランディエは宥めることができた。
だが、ルイーズの変化はアリスとは無関係のものな上に、グランディエにとっては理解しがたいとのだった。
ルイーズはグランディエに対して、まるで失望したとばかりに軽蔑の眼差しを向け、私情を抜いた世間話のつもりで国王の愛人の話をする度にピリついた空気を出してくる。
(まさか俺が愛妾になった"ミーシャ"のことを気にしてるって勘付いてるのか…?もしそうだとしても…俺たちはお互いそういう恋愛感情とか一切不干渉の関係でいるって決めたはずだ…ルイーズも俺が誰を好きになろうがどうでも良いって言ってただろ…)
自身の密かな劣情を棚上げして、ルイーズが"国王の愛人"という存在を軽蔑していることも知りもせずに空気の悪さをただ面倒臭がるグランディエは、妻の家に帰りたくなくてまた溜め息を吐いた。
心の安寧を求めるためにある存在を思い出しては、無意識に手に入れたいと渇望し始める。
("ミーシャ"…兄さんが連れて来たあの日から俺は…ずっと君のことが忘れられないんだ…あのブルーグレーの目を見てから…気を抜くとすぐに君のことを思い出してしまう…)
"ミーシャ"が兄の愛妾になると知ってしまった後も、簡単に諦めることもできなかったグランディエは、せめて忘れるためにと他の望みを叶えようとした。だが、アリスとセルレウスのせいでそれも潰えてしまった。
ルイーズへの不満を抱いているという言い訳までできてしまった今のグランディエは、突如心の安寧をもたらした"ミーシャ"のことが欲しくて堪らなくなっていた。
ブルーグレーの目を見た時の、胸の高鳴りと共に熱が身体中を支配し、じわじわと恐ろしくも心地良い程に脳内が蕩ける感覚を、もう一度味わいたい。誰かを滅多に特別扱いしない兄が側に置きたいほどの魅力があり、何より純粋な"ミーシャ"に自分も癒やされたいと。
転生者であることまでは知っていても、今のミーシャ・グレイスの中身は、今までの天使のような純粋さとはかけ離れた"天音美加理"だ。そんなことも露知らずに、グランディエは葡萄酒に酔いながら"ミーシャ"を求めていた。
第3章.end
次回から、第4章に入ります。グランディエが今後どんな行動に出るか、お楽しみください!




