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記憶喪失の転生者  作者: 川咲鋏
第3章
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小話2:そんな言葉、存在してはならない


「ミーシャ〜!お絵描きしたいからそこ座って!ミーシャのこと描いてあげるね!」

「わぁ〜楽しみです〜」


あの恐怖のモノマネ事件から数ヶ月経ち、寒い季節に突入した。今で言うともうクリスマスが終わったぐらいの頃だ。


今日はリナリア様にフェリシアの遊び相手を頼まれ、その移動中が寒くて仕方なかった。だが、実際にフェリシアと遊ぶとなったら、そんなイライラはすべて消え去った。


(やっぱり可愛いなぁ、フェリシアちゃんは)


私の絵をわざわざ描きたいって言うほど懐いてくれるのも、その絵が父のアレキサンドラ譲りの画伯レベルなのも。フェリシアは今私が立たされているバッドエンドルートに登場するキャラだったが、そんな不安すらすっかり忘れてしまうくらいだ。


(これは私をゾンビにしたやつかな…?子供の発想は本当に面白いなぁ)


「………んん?あれ…?」

描いている途中で、フェリシアが何故か首を傾げる。

「どうかしましたか?」

もしかしてなんか納得いかない絵になってしまったんだろうか。

いくら父譲りの画伯絵でも、父とは違ってなにかおかしいという自覚はあるのかと、謎の安心をしたその時だった。


「ミーシャ…なんか太った??」


フェリシアは純粋で真っ直ぐな目のまま、私にそう言い放った。


女性にとっては最大に凶悪な禁断のワードを。


「……ええええええ!?いや、そんなご冗談を…」

「嘘じゃないよ。なんかこう…膨らんだというか…」

「っ…!?ふ、膨らん…!?」


そんなに目に見えるほど体型が膨らんだとでも言いたいのだろうか。しかし、移動前に鏡で見た時は、全然前との変化はなかったはずだ。

もしかしたら私が今まで見てきた鏡は、真実ではなく虚実が映るものだったんだろうか。


「何かあったの?フェリシア」

騒いだのが聞こえていたのか、リナリア様がわざわざ様子を見に来た。リナリア様から見ても、私は今までと違いが出るほど太ったのだろうか。

「おおおお王妃陛下っ…!私…ふ、太…太っ…て…!?」

「太った……?私にはそう見えないけれど…」

「ですよね!?私が太るなんてない……です、よね…?」

リナリア様が判断できないレベルだったら、そんなに心配することはないだろう。


そう思っていたが、運命は残酷だった。


「うーん…でも、なんだか少し膨らんでる気がするのは否定できないわね…」


"膨らんだ"


そのワードだけはどうしても覆ることはなかった。

私は、仮にもヒロインなのにダイエットした方が良いのだろうか。


「ミーシャ〜、お菓子食べよ〜」

「追い打ちはおやめ下さいませフェリシア様…」


私が太ったことなど所詮他人事なフェリシアは、美味しそうなチョコチップクッキーを食べようと誘ってくる。


(ああ…可愛い顔した悪魔め…今ダイエット決意をしたというのに)


結局、純粋な悪魔には抗えず、クッキーを何枚も口に入れたのであった。



     ーーーーーーーーーー


翌日…


王弟であるセルレウスの妻として忙しいアリスに珍しく誘われた私は、嬉々としてアリスとセルレウスの住む家に向かった。

しかし、そこで待ち受けていたのは、セルレウスの実家(王家)御用達の高級な紅茶とお菓子が用意されたティータイムだった。

「ミーシャさん…もう食べないんですか?」

「うん…これ以上身体が膨らんだら困る…」

今日はご飯をいつもの倍ぐらい少なめにしてきたから、本当はものすごくお腹は空いている。

だが、ここでティータイムで出される悪魔的に美味しいお菓子を建前上の一個の後にまた食べてしまえば全て水の泡だ。


アリスには申し訳ないが、今だけ許して欲しい。


「私としては何も変わってないように見えますけど…」

「そう言ってくれるのはアリスだけだよ…」

フェリシアやリナリア様だけでなく、ユリアナにまでなんか膨らんだと指摘される中、お世辞でも変わってないって言ってくれるアリスはなんと良い子なのだろう。

「それでも…食べる量を減らすだけだとそのうち栄養失調になってしまいます。ここはいつも通り食べた上で運動をするのが一番良いと思いますよ!」

「………何をやれば良いのでしょうか」

「そうですね…すぐにやりやすいのは剣術とか…」

バスケとかバレーボールみたく、そういうスポーツらしいスポーツはこの世界にない。そもそも女性は皆その手の運動に関われないようになっている。

唯一できることは、護衛のために剣術をある程度やるぐらいだ。ただ、"ミーシャ"は絶望的に身体を動かすことが向いていなかったらしく、そのまま今に至ってしまったがために、私自身も全くやったことはない。

反対にアリスは護衛とか関係なしに剣術をするのが好きだから、それを提案したんだろう。


「……私やったことない」

「大丈夫です!ミーシャさんならすぐに出来るようになりますから!私が全部教えますので!」

「あ、アリス…っ…」


アリスの優しさに対する感動のあまり、思わず心の友よとか言いそうになった。某ガキ大将じゃあるまいし。


ということで、私はダイエットという名目で、アリスと一緒に剣術をやることになった。

剣術と言っても、互いに刀を交わすことはせず、木で作られたサンドバッグみたいなものにひたすら打ち込むというものだった。

「ふぅっ…ふんぬっ…!ふんっ…!!ぐっ……ぅう…剣が重いよぉ…っ」

だが、剣が劇的に重い。漫画やアニメ、ドラマでもあんなに軽々と振り上げたりしてるから、完全にナメていた。

「大丈夫です!!慣れれば軽く感じますから!」

そう励ましてくれるアリスは、本当に漫画やドラマみたいに剣を軽々と持ち上げていた。

作中でもアリスは女子キャラの中でもだいぶ筋力がバカ高かったが、それが本当だったのだと思い知らされる。

ゲーム内だと、兄の起こした反逆と同時期にグランディエとルイーズに幽閉されていてあまり元気がなさそうな印象しかなかった。しかし、段々と元気を取り戻して明るくなっている現実を考えれば、筋力ゴリラ系に戻っているのは良い傾向だと思う。


(…ていうかアリスが凄いのはわかるけど…単純に考えてこの身体が弱すぎるだけなんじゃないの…!?)


作中でもヒロインはか弱くて儚げって何回も攻略キャラに言われてきたけど、流石にこれは酷すぎる。

人のことをそこまで言えるほど運動神経に自信があるわけじゃないが、この身体に関しては一言物申したくなる。

「はぁっ…はぁっ…!!だ、だめだ…やる気がなくなる前に私の体力が死んでしまうっ…」

「だ、大丈夫ですか…?」

「すみません…頼んでおいてこんな有様で…」

折角アリスが協力してくれているのに、まともに成果も出せないどころか、振ることすら限界を迎えかけている。

「でも…このままだと『ますます膨らんでるじゃん(笑)』って言われっぱなしになる…だからもうちょっと頑張ります…」

真面目に考えて、本当に自分で見て分かるレベルで太ったら、フェリシアの遊び相手をする度に遭遇するドルーゼには、

『おやおや、陛下は随分貴女を甘やかしていらっしゃるようですねぇ。以前より丸々と…いえ、健康的になられたのは素晴らしいと思いますよ』

と嫌味を言われるだろう。

それだけならまだしも、アレキサンドラの愛妾の座を諦められないアメリもしくはマティルダに見られたら、

『陛下の愛妾だなんて到底信じがたいほどのだらしない姿ですわねぇ。儚げだなんて言われて調子に乗ってたんでしょうけど、こんな健康的になられた今は誰かに守られる必要なんてなさそうね。だから徹底的に貴女をいびって差し上げますわ!!』

と言われ、また私が懲らしめる前のようにアメリ又はマティルダに虐められてしまうかもしれない。

それだけは絶対に嫌だ。なんとかして膨らんだとか言われる前の体型に戻したい。


「では…これが終わった時のご褒美を考えながらやるのはどうでしょうか?」

「………それだ!!頑張れる気がしてきました!!」


頑張って立ち上がり、ご褒美を頭に思い浮かべる。

その思いを胸に、私は重い剣を振り上げ、的を叩きつける。


(ご褒美は…ロマンス小説を読みながらアレキサンドラが持ってきてくれたお菓子を食べるのが良いなぁ)


あの時間が一番の至福の時だ。


アレキサンドラが持ってきてくれるお菓子は毎回美味しいから、ついたくさん食べてしまう。甘いものが好きなセルレウス御用達のお菓子も美味かったが、あの人のはもっと格別だ。


(アレキサンドラは今度何持ってきてくれるんだろうな………………ん?)


気づいたら、アレキサンドラが来る度に持ってきてくれるお菓子のことばかり考えている。

そこで私は、真に重大な事実に気がついてしまった。



膨らんだとか言われてきたのは、アレキサンドラが持ってくるお菓子を毎回食べてきたせいだということに。



「あぁああああああ!!!なんでそのことに気づかなかったんだ私は!!」

「ミーシャさん!?どうかしたんですか!?」

「…………その…剣術よりも手っ取り早いダイエット方法見つけました」



     ーーーーーーーーーー


全ての元凶、アレキサンドラが私の部屋にやって来た。


「美加理、もう帰ってたのか。どこにも見当たらないから心配したぞ」

「…ちょっとアリスのところに長居していたんです」

アレキサンドラが散々持ってきてくれたお菓子で太ったと勘違いして、死にそうになりながら剣術をしたのに、結局単純な理由に気づいて損した気分になったことなど、考えてもいないのだろう。アレキサンドラは私とアリスとの関係を聞いて安心したような表情をしている。

「随分アリス嬢と仲良くなったようだな。良い友人ができて良かったな。そうだ、お前の好きそうな菓子を持ってきたんだ。明日にでも食べるか?」


何の屈託もない笑顔で苺などのフルーツがたっぷり乗った豪華なケーキを差し出された途端、ブチっと怒りが爆発した。


「貴方のせいで私は太ったとか膨らんだって言われたんですけど!!!!ほんっっっとどうしてくれるんですか!?!?」


私のブチ切れた姿に、アレキサンドラは目を点にさせた。


「み、美加理…?」

「フェリシア様だけじゃなくてリナリア様にまで言われたんです!!太ったとか膨らんだって!!貴方がそうやってお菓子食べさせてくるからそうなったんですよ!!」

お菓子を与えられるがままに食ってた私も私だけど、そもそもアレキサンドラが持ってこなければ太ることすらなかった。

それなのに、またこんな美味しそうなものを持ってくるなんて本当に空気が読めない男だ。


「大体、なんで貴方は私にお菓子ばっか………っ!?」


私が怒っているというのに、あろうことかアレキサンドラは私の胸を揉み始めた。


「な、なんでいきなり胸を触るんですか!?ほんとに見た目の割にデリカシーがな……」

「膨らんだというのはこのことではないのか?ちゃんと元気そうでなによりだ」

「っ…!?え…?じゃあ…みんなが言ってた膨らんだってのは…」


そういえば、太ったという表現にしては、みんなふっくらしたとか、オブラートに包んでふくよかになったみたいに言っていなかった。

アリスを除いた全員は、太ったのかと聞けば膨らんだような気がすると答えていた。


その膨らんだものというのは、全身のことではなく、胸のことだったらしい。


「…………なんかムカつく」


全てを理解した途端に、今度は別のことで段々腹が立ってきた。


ヒロインに太るなんて言葉は本当に存在しなかったことと、お菓子をたくさん食べたら何故か胸が成長するというアホみたいな体質に。


「ていうかもう触らないでもらえますか!?今度からお菓子をやたら持ってこないで下さいよ!?」

「それは幼い頃のミーシャがとても喜んでいたのが可愛くて忘れられなかったからついあげたくなって…」

「親バカの類ですか貴方は!せめて三回のうちに一回にしてください!!」


なんだかんだで嫌な太り方をしてた訳じゃなくて安心はした。だが、前世の自分より胸が成長するのはなんか腹が立つため、アレキサンドラには何度もお願いしてお菓子を持ってくる頻度を減らしてもらったのであった。


休憩ターンは今回で終わりです。

次回からは通常営業です笑

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