小話:夏にふさわしい恐怖
名前だけですが久々にあの男が出ます
「小話:夏にふさわしい恐怖」
アリスとも友達になれた私は、アレキサンドラの愛妾という面倒な役目を担いつつも、しばらく平和な日々を過ごしていた。
今はと言うと、まだまだ続く暑い季節にげんなりしながら、ユリアナの家(サイネリア家)でアリスと一緒に過ごしていた。
「暑いぃ〜〜…」
「そうですね…ここのところ暑くて仕方ないです…」
「だらけてないでシャキッとしなさい、ミーシャ」
「無理〜〜…寒いのより暑い方が苦手なんです〜〜」
優雅にティータイムなんて言える空気などではなく、マジで暑過ぎてそんな優雅にしてられない。
前世の世界ではこれ以上に暑かったから、ここの世界の夏など大したことない。
そう呑気に構えていたら、いつの時代でも暑いのは変わらないことを思い知らされた。
しかも厄介なのは、貴族令嬢だから服装を露出多めにして暑さを凌ぐこともできないし、涼しくなれる便利な機械もない。
前世だったらこんな暑さであれば薄着にすれば良いし、クーラーもしくは扇風機を付けりゃ基本的には解決するというのに。
「あ〜〜〜もう水浴びしたいよぉ〜〜」
「何言ってんの、貴族令嬢としてあるまじき発言よ」
「なぁ〜〜にが貴族令嬢なんですかぁ〜!!こちとら熱中症が当たり前に存在する世界で生きてたんです〜!!熱中症という言葉が存在しない貴族社会にこの気持ちが分かるか〜〜!!」
暑さを根性で乗り越えろなんて言われたらバッシング喰らうような世の中で生きてきた私にとっては、暑いのを回避するという考えを持たないこの世界が信じられないくらいだ。
「ねぇ〜〜私の部屋にあるお風呂で水浴びしましょうよ〜〜〜〜」
「ミーシャ」
「濡れても良い格好すれば良いでしょ〜〜?」
「あのね…ミーシャ」
「もう暑いの無理〜〜耐えられない〜〜」
「ミーシャ!!暑い暑いって言うからこっちまで暑くなってきたじゃない!!」
流石にうるさくし過ぎたのか、ユリアナに怒られてしまった。
「あの、ミーシャさん。暑い時は怖い話をするのが良いって聞いているんですが…」
「ああ〜なるほどそれ良いかも!!なら…怪談とかじゃないけど肝が冷える話しても良い?」
「肝が冷えるって…ま、まあ怪談とかじゃないから別にいいけど」
ユリアナがあからさまに顔を引き攣らせている。実は怖い話が苦手で、ゲームの別時空での夏イベントでとっておきの恐ろしい話を聞かされて絶叫しまくるというギャップ萌えな面を持っている。
ユリアナが怖がるところを生で見たいので、後でアリスにも怖い話をさせてもらおうと思った。
「それでどういう話なんですか?」
「私がフェリシア様の遊び相手をしていた時の話なんだけど…」
ーーーーーーーーーー
これは、つい昨日のことだった。
フェリシアに髪を可愛くしてほしいとせがまれ、自分で髪をアレンジできない私は不器用なりにできる髪型を作っていた。
「ほんっとうに髪さらさらですねぇ、フェリシア様」
「髪は女の命だって母上に言われてるの。でも私髪の毛長いからいっつも髪洗うの時間かかってめんどくさいの!」
まだ純粋な娘にもうそんなこと教えてんのかあのお母様はと、一瞬思った。昔も母親から同じことを言われた身としては、フェリシアと同じ年頃の頃なら共感していた。だが、もう中身の実年齢だけは大人の私は、そう口酸っぱく言うぐらい髪の手入れをさせるリナリア様の気持ちは理解できる。
「まあまあ、髪はちゃんと手入れしないと将来的に恐ろしいことになりますから…」
「恐ろしいこと?」
「それは…………」
ーーーーーーーーーー
「ちょっと待って。フェリシア様に教えるその恐ろしいことが肝が冷える話だって言うの?」
まだ話の途中だと言うのに、ユリアナに中断されてしまった。
「いやいや最後まで聞いてよユリアナ」
「髪を手入れしないと枝毛だらけになって、そのうち禿げて丸坊主にするしかなくなると教えたのですか?」
「そこまで残酷なこと子供には教えられないですって。ちゃんとオブラートに包んで教えましたよ」
私が腹黒で悪意全開で言うタイプだとしたらアリスは天然で怖いこというタイプなんだろう。アリスの意外な面に、今肝が冷えた気がする。
「とりあえず…話を続けるよ」
ーーーーーーーーーー
「髪を手入れしないと、髪の毛が痛い痛い〜ってなって、こんな頭にいるの無理〜ってどんどん逃げてっちゃいますから、そうならないように髪は大事にする必要があるんですよ」
「そっか〜、ルイスおじちゃまは髪を大事にしなかったからカツラを被るしかなくなっちゃったんだね」
フェリシアの言うルイスおじちゃまというは、アレキサンドラの臣下の一人で、あのアメリの父親ガルシア侯爵だ。
顔だけはそれなりに可愛いアメリの父というだけあって、本人もそこまで悪く無い。だが、実際の髪の毛はほとんど死んでしまっており、それを誤魔化すためにかつらを被っている。
個人的には、絶世の美男子のアレキサンドラが美しい薔薇の花束なら、あの親父はその辺の雑草みたいな印象だ。言い過ぎかもしれないが、あのクソ女のアメリの親父なのでこれぐらいは良いだろう。
娘とは違って完全に悪い人というわけではない。しかし、まだ私が"ミーシャ"として振る舞ってた時に、やたらお尻触ってきたのは許していない。あの時たまたま居合わせたグランディエに助けてもらわなかったら、回し蹴りを喰らわせていたかもしれないレベルで憤っている。
「あはは…ご本人には内密にしておきましょうね」
禿げてるのは自業自得か天罰だと言いたいのを我慢して、お互い内緒の話ということにしておいた。
「可愛らしくしてもらえて良かったな、フェリシア」
やっとのことでアレンジしている髪を纏められたところで、アレキサンドラが部屋に入ってきた。
「お父ちゃま!これ可愛い?」
「ああ、フェリシアはいつも可愛いが、今日は一段と綺麗で可愛らしいぞ」
アレキサンドラの父親らしい面を見て、ちょっと微笑ましくなった。親バカモード入ってるとは思ったが。
「今言っておくが、ルイスの髪がないのはあの人の意志でしたことだ。だから髪の毛が勝手にいなくなったわけではないぞ。フェリシア」
思いっきりガルシア侯爵の話を聞かれてたらしい。あの親父の髪の毛に対し、天罰だなんて言ってごめんと心の中で謝っておこう。
「へぇ〜そうなんだ」
「今の話、ガルシア侯爵には言わないで下さいね?」
「大丈夫だ、ルイスはあれで一応寛大な方だからな。それにこういう内緒話を聞かれて一番恐ろしいのはラルフの方だぞ」
そりゃそうだと本気で思った。ラルフに内緒で妙な話をしているのを知られたら、牢獄から這い出てきてでも殺しに来そうなぐらい、ラルフは恐ろしい男だ。
「だが…今ぐらいはラルフも許すだろう」
「は?あのアレキサンドラ様?何話そうとしてるんですか?」
「お父ちゃま〜、ラルフおじちゃまのこと?私も聞きたい〜!」
フェリシアまで参加してしまったら、この親バカのアレキサンドラのことだ。ラルフおじちゃまの話をしてしまうに決まってる。
自分も聞きたいと父に強請る姿を見て、心の底から色々終わったと思った。ラルフの地獄耳がこんな遠く離れた場所でまで発揮して殺しに来ないことを本気で祈るしかない。
「フェリシア、いつも部屋の片付けをしないとラルフに怒られていただろう?」
「うん」
「だが、単に片付けをしない時よりも、一番怒る時があるんだ。私は何度もそれで怒られてしまったよ」
「え?お父ちゃまが怒られたの!?なんでなんで?」
「この暑い中、外で何時間も剣術をしたら汗をかいてしまうだろう?」
「うん、それは絶対暑いよね」
「子供の頃のお父様があまりの暑さに耐えられず脱いだ服をその辺に放置してベッドで寝転がっていたら、『王でありながら服をほったらかしてそのまま寝るなんて有り得ない』とラルフに怒られてしまった」
そりゃ怒られるだろうと思った。汗臭い服をその辺にポイってされた上にそのまま寝られたらラルフじゃなくても怒るに決まってる。というより、あのラルフが怒るだけで済んだのがすごいと感じた。なんだかんだでラルフも反乱前まではアレキサンドラに甘かったのだろう。
「お父様が怒られるの見てみたかったかも」
「ははは、フェリシアに格好悪い所は見せられないからそれは我慢してくれ。その代わりにどんな風に怒ってたかは教えてやれるぞ」
「っ……!?」
まさかモノマネでもする気なのかと、思わず背後に誰もいないかを確認してしまった。大体こういう誰かのモノマネしていると実は後ろにいたという恐ろしいオチがあるから。
「で、でもラルフ様のことだから…こんな感じじゃないですか?
『王太子ともあろう方が服を脱ぎ散らかしてうたた寝とは何事ですか?』……って感じですかね?」
「いや…ミーシャのは少し迫力が足りないな。もっとこう…『殿下ともあろう方が、脱ぎ散らかした服をいちいち片付ける者の気持ちも考えられないことなど、あり得ませんよね??』みたいな感じだったぞ」
「あははははははっ!!!声は普通なのになんか迫力すごいですね!!」
「ラルフにそっくり〜!!あはははっ!!」
声はそこまでラルフに似ていないのに、顔と喋り方はあまりに似ていて、フェリシアと一緒に腹を抱えて笑ってしまった。
「そんなに似ていたか?ならば、『王女殿下、出したものはすぐに片づけなさい。貴女はもうお姉様なのですよ??』…これは自信作だぞ?」
「あははははっ!!!あ〜〜もうお腹痛い…っ…」
まさかアレキサンドラが、モノマネがこんなに面白い人だったなんて思ってもいなかった。聞いてるだけでもう抱腹絶倒状態だ。
「お父ちゃまってほんと面白〜い!!あ、"ラルフおじちゃま"だ!!」
「…………………え?」
フェリシアの最後の言葉に、私はアレキサンドラと一緒に言葉を失った。
「っ……いやいやまさかラルフ様が近くにいるなんて有り得ませんよね?」
「そ、そうだな…ラルフは今頃……………っ」
アレキサンドラはそんなわけないと言い聞かせているものの、引き攣った顔のままだ。本人がいるなんて有り得ないとは分かっているが、覚悟を決めて、フェリシアが見つめている方を振り向いた。
すると、ドアの向こうには、ここにはいるはずのないラルフ・ヴィクトワールの鋭い目が、こちらを睨みつけるように光っていた。
ーーーーーーーーーー
「いやぁああああああっ!!!!」
ラルフの目が光っていたと聞いた瞬間に突然ユリアナが悲鳴を上げて、私とアリスはそっちの方にビクッと驚いた。
「ゆ、ユリアナ…急に大きい声出してびっくりさせないでよ!!」
「だっ…だって怖くてっ…それでどうなったのよ!!!」
「実はそのラルフ様なんですけど…ラルフ様の肖像画だったみたいです。目が光って見えたのも自然光の影響で…」
「な、なんだ……肖像画だったのね…良かった…」
すっかり涙目で怯えているユリアナは、真相を知ってほっとしている様子だ。今の話以上に肝の冷える話はいくらでもあるのに、これぐらいで恐怖を感じるとは、ユリアナの可愛らしい一面が見れて良かったと思った。
「いやぁ…あの敵はまさかラルフ様がいると思ってほんと怖かったです…」
「でも肖像画で良かったですね…もし本当にお兄様がいたらと思うと…」
「というか…私はガルシア侯爵の話にも軽く恐怖を感じてるわ…お尻触るなんて気持ち悪」
「その人に関しては私がこの本性出した瞬間にめっちゃ避けるようになったから少しは見逃してやりますよ。ただ、またやったら今度こそ誰かに言いつけますので」
あの時の私は、アレキサンドラに命じられるがまま、とにかくフェリシアを連れ、急いであの場から去った。
結局アレキサンドラが頼んで作らせたただの肖像画だったが、もし本人がいたら、私とアレキサンドラは無事ではなかったかもしれない。
こんな肝の冷える話を改めてしたおかげで、少しは涼しくなった気はする。でも、もっと涼しくなるには、それ以上のものがいる。
「次はアリスの怖い話聞きたいなぁ」
「え!?ちょっ…ミーシャ!?怖い話もういいでしょ!?アリスも怖い話なんてないわよね!?」
「ありますよ。とっておきの怖い話が」
やはり、提案してきただけあってアリスは恐ろしい話を持っていたみたいだ。
ユリアナの怖がる顔を見れるなんて最高すぎる。
「それでは…むかーしむかし…」
「いやぁあああちょっとまって!!」
「まだむかーしむかししか言ってないよ」
アリスの怖い話のおかげで、しばらくはこのクソ暑い夏をなんとか乗り越えられるようだ。
ちなみに、アレキサンドラはあの日から謎の体調不良で、次に私の所に来る日がまだ未定だ。
ただの偶然か、それとも地獄耳のラルフの怨念がアレキサンドラに伝わったのか。
その真相は、定かではない。
次回も休息ターン続きます。




