私の救世主
監禁生活の中、トニーにまた夜な夜な身体を触られていた時、誰かが侵入してきた。
その侵入者はトニーを二度ぐらい殴っていて、恐らく強盗なのではと思っていた。
その強盗なのかよく分からない人に殺されるかもしれないと、覚悟を決めようとした時、目元に巻き付けられている目隠しを掴まれた。
「ひっ…!!」
思わず小さく悲鳴を出してしまった。そのせいで、この強盗に殺されるかもしれない。
あれだけ死にたいと願っていたのに、生存本能は嫌でも働いてしまい、恐怖で身体が震え始めていた。
すると、震え出した手は何か温かいものに包まれた。
「……怖がらないでくれ、私はアレンだ。ミーシャ」
「ッ………!!」
懐かしい声が聞こえる。私がずっと聞きたかった優しい声だ。
「……………あ、アレ…ン…?」
そう問いかけると、目隠しを外される。
視界に入った姿を見た私は、心臓が止まるかと思った。
目の前に、会いたかったアレンがいる。
「……グレイス侯爵が亡くなられてからずっと心配でならなかったんだ。そこの卑しい男に何もされていないかと…今日グレイからの手紙を貰ってからここに来るまで…眠ることも出来なかった…」
手錠を外され、やっと自由に動けるようになった。久々の解放感に手の感覚が掴めず、身動きが取れずにいると、アレンが心配そうな顔をしていた。
「……ミーシャ、この男に何もされてはいないか?まさか純潔を穢されたなどという酷い目に…」
「ッ………」
何もかも全て、言っても良いのだろうか。
私が今までされてきた悍ましいことをアレンが聞いて、気持ち悪いと罵るかもしれないと思うと、話す気になれない。
「……大丈夫だ、全て受け入れる覚悟はできている」
「っ……処女は…奪われてない……結婚するまでは…そこまでしないって………」
私が身体を弄ばれる以上のことをされていないと知って、アレンは少しだけほっとした表情を見せた。
決して何もされてないわけじゃないが、深く心配させたくはない。だからこそ、アレンにもう大丈夫だと安心させるために、笑顔で全てを話すことにした。
「あの人には…サラやグレイの生活のためだって言って…身体を触られたり……っ…い、色んなところ…舐められたりしただけ……でも…私も悪い所はあったの…だって私の中にもう一人の私がいる気がして…その私が知らない間にトニーに怒鳴ったり、傷つけたりしたみたいだから…悪魔だって言われて、ここに…閉じ込められてっ…薬草が入ったご飯を…食べさせ…られ…て………っ」
アレンにこれ以上心配かけたくないのに、大丈夫だと思ってもらいたいのに、段々と身体も声も震えて、涙が次から次へと溢れてきてしまう。ちゃんと笑顔も作れず、むしろ歪んでいく。
処女自体はまだ奪われなかっただけ、ずっとマシだと分かっているのに。
そう思った途端、言葉の代わりに啜り泣く声しか出せなくなった。
「っ……ふ…ぅッ……うぅっ……!」
本当は怖かった。
クローズ家に来てから、ずっとそう思っていた。トニーに好き勝手身体を虐められたり、性的なことを覚えさせられた挙句、人間扱いすらされない日々を送ることが。
いずれ結婚して処女を奪われて、何度も子供を生まされるかもしれないと思うと、辛くて今すぐ死んでしまいたかった。
私に取り憑いたと言われた"悪魔"の存在が最早救世主にすら見えてきて、トニーにもそれを信じてもらったまま、力尽きて死ぬことができればとさえ思っていた。
「っ………ミーシャ…!!」
強く抱き締めてきたアレンの身体が、とても温かい。労わるように背を撫でられ、本当の安心を覚えたことで余計に涙が止まらなくなった。
「ぐすっ…ぅっ……ぅう〜〜ッ…」
「っ……辛かっただろう…もう大丈夫だ」
私の頭を撫でて落ち着かせようとするアレンの声が、少しだけ震えている。その震えた声のまま、アレンは謝罪をし始めた。
「すまない…レオンが亡くなった後から…クローズ家に引き取らせるぐらいならすぐにでも宮廷に住まわせた方が余程良かったと…今も後悔している…」
「っ!?アレンはあの日から私のことを嫌いになってたんじゃないの…?酷いこと言ったり…傷つけたのに…」
「その程度で嫌いになどなるものか。俺は…ミーシャを愛している。苦しみに沈んでいた俺を救ってくれた時から、ミーシャのことが忘れられなかったんだ…」
アレンにはすっかり嫌われたと思っていたから、そう言ってくれるのが嬉しくてまた泣きそうになる。私のことをずっと好きでいてくれたと知って、鼓動が激しくなっていく。
「私……は……」
自分も気持ちを伝えたいと、口を開こうとした時、ベッドの下から這いずる音が聞こえてきた。
「ふざけるなっ……!!ミーシャは俺の…っ…俺のもの…だ……絶対渡さない…っ!!」
トニーがベッドの下で這いずりながら、私に近づいて来た。今までの恐怖が一気に蘇って後退りしかけたが、アレンの肩に顔を埋めさせられたことで、トニーのことは何も見えなくなった。
「……お前のような卑劣で外道な男がミーシャの視界に入るな。トニー・クローズ、お前の処遇はこの男に任せる。全てを吐かせ、存分にミーシャの痛みを思い知らせてやれ」
「勿論です。このグレイ・ジルコニアに汚物…失礼、クローズ伯爵への罰の執行を任せていただけるとは、身に余るほどの光栄でございます」
扉から現れたのは、監禁されてから何日も会えなかったグレイだった。聞き覚えのあるジルコニアという言葉に疑問を持つ前に、グレイの様子が気になった。罰を与えられると聞いて、トニーに今までの恨みを向けるのではなく、何故か楽しみだったとばかりに良い笑顔をしているからだ。
「なっ…!?お前今俺を汚物って…!?それにジルコニアってまさか汚れ役公爵家の…ぉえ"ッ!?」
「顔も中身も腐り果てた汚物同然のてめぇが言うんじゃねぇよクソが。この俺に対して散っっっ々下僕だの何だの罵倒したり監禁までしやがって…身分を隠していたとはいえ、随分と舐めた真似してくれたじゃねぇか?あ"ぁ??」
「ひぃいっ…!!!だっ……だがお前…貴方様がサラという女を庇うために拘束されにいったではありませんか…!」
「庇うため?俺がそんなクサい正義感だけでわざわざサラの身代わりになる訳ねぇだろ。全部計算通りだ」
「へ……?ど、どゆことですか……?」
グレイが身代わりのようなことをしたのはサラのためだと思っていたが、どうやら別の理由もあるらしい。グレイに訳を聞こうとするトニーの顔は、分かりやすくほどに真っ青だった。
「ディアナ王国中ではこんな号外が出るだろうな。ジルコニア公爵の失踪した息子は、実はクローズ家で鎖に繋がれて拘束された状態で監禁されていた…ってな。要するに、俺は決定的に事件として取り上げられるための事実を作ったんだよ。お前の罪をはっきりさせ、確実に罰を与えるためなら、俺は拘束されるだけじゃなく、きったねぇ靴舐めたりしゃぶったりなんでもやってやる。お前とは全てにおいて覚悟が違うんだよ、温室育ちの甘ったれクソ坊ちゃん?」
清々しいほどの悪い顔のグレイに煽られて、トニーは悔しそうに拳を叩きつける。ただ、そうすることが精一杯のようで、もうすっかりグレイへの恐ろしさの方が勝っているのか、冷や汗をかきながらガタガタと震えていた。
「我が主人の…一人のいたいけな令嬢のミーシャ・グレイスに心身共に深い傷を付けておいて、タダで済むと思うなよ?お前みたいなろくでなしへの罰はこの俺が直々にしてやるから覚悟しろ。てめぇの○○引きちぎって、てめぇの○○○にブッ刺すのだけは絶対に実行してやるからな!!」
「ぐぇええッ…だ、誰か…」
トニーを踏んづけるグレイの顔はいつになく上機嫌かつ狂気的で、今までの溜まりに溜まったストレスをぶつけているようだ。
アレンに耳を塞がれているから、全部はよく聞こえないが。
「やはりお前はジルコニア家投手の器だな、グレイ。それとミーシャ、今の全部を聞いては駄目だ。耳が穢れるぞ」
「あの…グレイがあのジルコニア公爵の息子だったなんて知らなかったんですけど…それなのに私めちゃくちゃ生意気な態度取っちゃってました…」
いつのまにかサラまで来ていて、楽しそうにトニーを踏んづけるグレイを、呆れた目で見つめていた。
「グレイ、この男に一通り罪を吐かせて痛めつけたら、ジルコニア公爵の元に来なさい。改めて話したいことがあると、代わりに伝えておく」
「………愚息でありながらこんなやりがいのある初仕事をくださった分の対価はきっちり払いますと代わりに言っといてください、陛下」
アレンとグレイの会話を聞くと、グレイは本当にジルコニア公爵の息子なんだと思い知らされる。ここで過ごした記憶がない頃から父の執事として振る舞っていた人が、本当は父よりも身分の高い貴族だという事実は、未だに夢なんじゃないかと思うほどの衝撃だ。
「はは、親子共々で本当に素直じゃないな。まあ良い、私はミーシャを宮廷に連れて行くことにするから、お前は後から正式な姿で来い」
「え…!?アレン!?宮廷って…」
「はいはい…このクズ男への罰もそういう約束だと心得ております。お嬢様、陛下に泣かされたらいつでも我がジルコニア家に言って下さい。完膚なきまでボコボコにしておきますから」
「えっ…えっと……分かった…っじゃなくて…分かりました…?」
「グレイ、ミーシャに変なことを教えるんじゃない。サラは引き続き、ミーシャの侍女として着いてきなさい」
「へっ!?あ、分かりました!!」
グレイのことも含めて色々と混乱した状態でアレンに抱き上げられた私は、サラと一緒に突然宮廷に向かうことになった。
まだ好きだという返事も言えていないのに。
トニーへの罰の詳細は、後に書くグレイが主人公の話に出る予定です




