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記憶喪失の転生者  作者: 川咲鋏
第2章
31/85

麻痺していく感覚

前回とは違うベクトルでの胸糞描写や物騒な表現がたくさんありますので、苦手な方はお逃げ下さい。

その代わりそういう描写は今回でほぼ最後になります

「いいかカンナ?ミーシャを絶対にこの部屋から出すんじゃないぞ!!」

「はい。私が責任を持ってあの小娘の身の回りの世話をいたします」


 命令するトニーと、それに淡々と答えるトニーの侍女カンナの声が部屋の外から聞こえて来る。

 悪魔だと疑われ、トニーの命令で完全な監禁をされてから、三日は経っただろうか。


 何となく朝が来たのが分かって目を覚ましても、目隠しのせいで何も見えない。

 カンナが外しに来るまで、私はずっとこのままベッドで横たわるか、ぼーっと座っているしかない。ベッドの柱から繋げた鎖付きの手錠を足首に付けられているから、逃げることもできない。

 入浴以外は一切外に出してもらえず、日が沈むのをここでひたすら待つだけで、眠る時には目隠しをされる。

 私の身の回りの世話は、サラやグレイではなく、カンナが行うことになっている。

 カンナは長い金髪を持ち、顔立ちは美しいが、ルビー色の冷たい目のせいでその美しさには恐ろしさも感じる。主人であるトニー以外には冷酷な性格で、サラみたいに明るく話しかけてくれることはなく淡々と冷たい対応で、怒ると大声で罵倒したり叩いてくる人だ。

 前までは、他のクローズ家の侍女や従者とは違い、特別虐めてくるわけじゃなかった。だが、カンナも結局クローズ家にいる人間なんだと、この三日間ではっきり分かった。

 トニーとは別の意味で、カンナは新たな恐怖の存在だった。


 もうすぐカンナがあの悪魔のような食事を持ってくると思うと、胃がキリキリと痛み、心がずっしりと重たくなってくる。

 悪魔だと疑われた日から、私には今まで最低限許されていた食事の自由は全部なくなった。代わりに、悪魔祓いのための薬草が入れ込まれたものを食べさせられるようになった。


 最初に食べさせられた時は、あまりの不味さに耐えられず全部吐き出してしまった。それを見て怒ったカンナに、食べ物を粗末にした罰として鞭で尻を叩かれた。

 その最中、私は様々な罵倒を受け続けた。特に一番頭に残っているのは、

『悍ましい悪魔』

『トニー様を誘惑した売女』

『混血の分際で人前に顔を晒してみっともない』

『穢れをこっちにまで移すな』

『汚いお前に生きる価値は無い』

といった罵倒だった。

 そんな罵倒を受けながら叩かれるのが痛くて、耐えられずに声を上げると、「その汚い口を開くな」と頭を押さえつけられて、まともに喋れなくされた。

 そのせいで息もまともにできず、呻き声すらも出なくなった私を見てカンナは気が済んだのか、そのまま無理やり薬草入りのパンを口に入れられるという苦痛を味わった。

 その時は痛くて苦しくて、サラやグレイ、アレンに助けて欲しいと何度も願った。だが、いつかこの苦しみも結局は慣れてしまうはずだと考え、吐きそうなのを我慢して全部飲み込んだ。


 あの日から、鞭で叩かれて結局無理やり食べさせられるぐらいなら食べてしまった方が良いと思うようになった。

 食べなければお腹が空いてしまい、そのうち死んでしまうという生存本能が働いてしまうせいかもしれない。どちらにせよ、ただ口に入れて飲み込む作業をするだけだと考えるしか、この苦しみを乗り越える方法は思いつかない。


 部屋の外から足音が聞こえてきて、悪夢の時間がやってくると悟った。


「食事の時間でございます、さっさと起きてください」


 部屋に入ってきたカンナに目隠しを外され、眩しさで目が眩みそうになる。

 その目で、今日はどんな食事なのかと確認する。


(っ………また薬草が入ってる…日に日に多くなってるような……)


 案の定、今日も柔らかいパンには無理やり薬草が刷り込まれていて、そのぐちゃぐちゃの見た目からして非常に不味そうだ。

 いつもの黄金色でコンソメの良い香りがする肉や野菜が入っていたはずスープは、薬草のせいで毒々しい緑色に染まっている。いつものサラダに関しては、ただの薬草の詰め合わせだった。

 その見た目の気持ち悪さで思わず、嗚咽しそうになった。

「さあ、早くお食べ下さい」

 気持ち悪くなっている私のことはお構いなしに、カンナはスープと薬草を口に運んできた。

 苦い。

 薬草が溶け込んでいないことによる異物感が、非常に不快だ。

 スープの肉や野菜を口にする時以外は、ただひたすら苦痛でしかない。

「……貴女のその無様な姿には見覚えがありますよ。ついこの間まで監禁されていたアレキサンドラ様とそっくりです」

「…………あの時のアレンのこと…見に行ってたの…?」

「旦那様がどうしてもその醜態を見たいとヴィクトワール公爵にわざわざ頼み込んでいたので、私も同行させていただきました」

「……なんであの人はそんな酷いことを…」

 私がトニーに引き取られて身体をいじめられていた時も、アレンも同じような酷いことをされていた。

 アレンの苦痛はどれ程のものだったかを考えるだけで、こんな状況でもトニーに腹立たしさを覚えた。

「そんなことは今はどうでも良いのです。さあ早く食べなさい」

 カンナは私の言葉も全然聞いてくれず、今一番嫌いな薬草入りのパンを無理やりを口に入れた。

「ッ……!?…ぅっ……んぅう……」

「全部飲み込みなさい、吐いたら鞭打ちです」

「ッ〜〜〜……んぐッ……ぅ……うぇッ…」


 不味い。

 全部吐き出したい。

 だが、ここで吐いたらまた鞭で叩かれる。

 それだけは嫌だ。

 これ以上痛い思いをしたくない。

 気持ち悪さで目の前が朦朧としながらも、何とかパンを飲み込んだ。


 やっとトニーに身体を虐められなくなったと思ったら、今度は人間扱いされない生活だ。

 最初に比べれば慣れてはきたが、いつまでこんな辛い思いをしなければならないのだろうと憂う気持ちは変わらない。

 悪魔祓いとやらが済んでトニーと結婚させられる前に、いっそこのまま力尽きて死んでしまいたいと、日に日に思うようになっている。

「………食べるだけなのにほんと鈍臭い小娘ね」

 苦痛な食事がやっと終わると、ぼそっとカンナに嫌味を呟かれた。

「そういえば、貴女のところの執事…グレイだったかしら?あの男、自分だけを拘束する代わりにサラとか言う芋女には何もしないように言ったらしいわよ」

「っ………グレイは…大丈夫……なの?」

「ああやってなんのメリットもないくせに人のために自分が身代わりになろうとする正義感ぶった男って本当に大っ嫌い。欲望に忠実に動けない男なんて、何の価値もないただのゴミだわ」

 サラだけはまだマシな待遇にするために身代わりになったグレイの事情を聞こうとする前に、カンナはため息を吐いてグレイを散々罵倒したと共に、さっさも部屋を出て行った。


 部屋で一人になった私は、なぜこんなことになったのかを考え始める。

 こうなったのは、私に取り憑いたという悪魔の存在を疑われているからだ。しかし、私はその悪魔に心当たりがあったため、否定もできずにこうして閉じ込められている。

 その悪魔は、初めてトニーに反抗した時に現れた、私に一番近い存在…恐らく、"美加理"のことかもしれない。取り憑く悪魔のフリをして、前世の私である"美加理"が助けてくれたのだろう。


《前世の"美加理"がアンタに一番近い存在…ねぇ。合ってるけどちょっとだけ間違ってるよ》


 目の前に、私にそっくりな女の子が現れた。


 髪や目の色は真っ黒で、丈が短めの漆黒のドレスを纏っているが、それ以外は全部今の私に酷似した見た目だ。

 その子は私を見て、ニヤリと笑っている。

「……誰…?」

《ふふふ…それはまだ教えられないよ。アンタが自分で気づくまでは》

「どういうこと…?もしかして貴方が私に取り憑いていた悪魔…!?」

《あははははッ!!悪魔だなんて人聞きの悪いこと言わないでよ!私は()()何もしてないし!けど、もうすぐアンタが自分は何者なのか分かる時が近づいている…ってことだけは伝えておくよ。じゃあ、その時にまた会いに来るね》

 そう言い残した悪魔のような女の子は、一瞬で姿を消した。

 不可解な現象が起きたことや、その原因の悪魔みたいな子がまた会いに来ることに警戒心を持つべきだとは分かっている。

 だが、警戒心よりも、自分に取り憑いたと言われる悪魔の正体や、自分の前世は"美加理"だったのかが、気になってしまっていた。



      ーーーーーーーーーー


 悪魔みたいな子や、自分に取り憑いたと考えられる"美加理"について色々考えている間にも、時間は過ぎていき、もうすっかり夜になってしまった。


「食事の時間でございます」


 また例の冷たい声と共に、カンナが入ってきた。

相変わらず薬草まみれで不味そうな食事を摂り、全て食べ終わったのを確認したカンナが、食事を片付けに部屋を去って行く。

 しばらく経って再びカンナが部屋に戻ると、鎖に繋がれた状態で入浴させられる。

 その間もずっとカンナや他の侍女達は皆無口で、私の身体を洗う時は何かの道具を手入れするような感じだった。雑に洗ったり、冷水をかけて終わりにしないのは、自分達の主人のために私を身綺麗な姿でいさせたいからだろう。そんな理由なら、いっそ雑に洗ってくれた方がマシだと感じる。そのせいで肌が荒れれば、トニーが嫌がって触ろうともしなくなるはずだから。

 入浴が済み、新しい夜着に着せ替えられると、またいつものように手錠と目隠しをされて強制的に就寝させられる。


 三日目ともなれば、この生活ルーティンでも少しずつ慣れてきていて、苦痛や気持ち悪さはあっても、このまま黙って従えば良いのだと思うようになってきていた。

 目隠しをされたまま、私は目を瞑り、眠りに誘われようとした。




 れろぉっ……グチャッ…



(…………っ…あの時と同じだ…またトニーか……)



 また、前と同じように不快な水音が聞こえてきた。

 目を開けても、誰がそこにいるのか分からない。首の辺りを生温かいものが這い回る感触が気持ち悪いが、下半身を舐められた時に比べれば、まだ耐えられる。

 どうせトニーが我慢できなくて、悪魔に取り憑かれたと蔑んでいながらこんなことをしに来たんだろう。

 あの人は私が泣いて嫌がったり、身体をビクビク反応させると喜ぶから、一ミリも身体を動かさないようにした。


 ただ人形のように黙ってじっといれば良い。



(処女さえ奪われなければ良い……どれだけ気持ち悪くて嫌だとしても……これぐらいはまだ……)




 ガチャッ…



 突然、扉が開く音がした。


 トニーとカンナ以外はここに入れないはずだから、入ってきたのはカンナだろう。


「だ、誰だ!?」


 カンナではないのなら、私は勿論のこと、トニーすら知らない誰かだろう。



 コツ…コツ…



 足音が、ゆっくりと近づいて来る。


「何だ貴様は!?今から良いところで…ゔぁ"ッ!?」

 誰かが人を蹴るような音が鳴り響いた。殴られたらしいトニーが、苦しそうに呻く声も聞こえる。

「げほっ…ぅ…なぜ…貴方がここに…うぐッ!!う、うぅ…………」

 今この部屋で何が起きてるのだろう。

 トニーからは、最後の殴る音と呻き声以降、ほとんど声が聞こえてこない。殴られて気絶してしまったらしい。


 ああ、私も巻き込まれるんだ。


 そう諦めたように覚悟を決めようとした時、目元に巻き付けられている目隠しを掴まれた。


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