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記憶喪失の転生者  作者: 川咲鋏
第二章
30/33

全ての決壊

ミーシャ視点

※トラウマを引き起こす可能性のある胸糞な描写あり。苦手な方は避けてください

ルベウス家で過ごした最後の日を、今でも忘れられない。


突撃してきたサッピールス軍が邸を攻めてきた時の、私をベッドの下に隠したレイヴァン様は、アレンの率いる軍に連行されていった。

その後には、私が隠れていることを分かっていたのか、アレンが私との本当の出会いと、それまで何を思って生きていたのかを全て教えてくれた。


今はもう拒絶されたことで、私を嫌いになっているかもしれない。あの日がアレンとの最後の会話になる可能性も否定できない。それでも、最後にアレンのことを知れて良かったと思える。


その翌日、反乱の処理が行われた。


レイヴァン様はどこかに幽閉されることになり、妻のマリアンヌ様は、三ヶ月後に母国に帰されることになった。反乱を起こした張本人のヴィクトワール公爵は、爵位剥奪と終身刑を受けた。

まだレイヴァン様に出会う前で、ヴィクトワール公爵と話す前の私だったら、素直に喜べることだった。

しかし、今は違う。幽閉によって不自由を強いられることになる友人のレイヴァン様や、妹達にもう会えなくなるであろうヴィクトワール公爵のことを思うと、胸が痛くなる。


(トニーから逃げられたら…二人とはまたどこかで話をしたいと思ってたのに…)


こうして迎えたお別れ同然の知らせは、あまりにあっけなく悲しいものだった。だからこそ、またいつか会えることを信じたい。ついに王位を邪魔する者がいなくなったことで、アレンは王として復位した。

一方で、同じように反乱の共謀を疑われたトニーは、反乱の意思はなくても積極的にルベウス家に行ったという事実により、一ヶ月禁錮となった。


トニーが禁錮刑を受ける一ヶ月間、国王の命令で送り込まれた見張りの兵士により、クローズ家の従者と侍女はしばらく監視されていた。

自分は対象外だと分かっていても、謎の緊張感はあった。だが、トニーによる辱めだけでなくその従者達から陰口を叩かれたり、わざと転ばされることがないだけで、居心地の良さを味わうのに時間はかからなかった。


しかし、一ヶ月経つのは意外と早いもので、いつの間にか今はトニーが帰ってくる日を迎えていた。

見張りの兵士達は、今日トニーが戻るのを見届けた後、すぐ宮廷に戻ることになっている。

その前に、今まで監視という形でクローズ家の従者や侍女から守ってくれたことへのお礼を言いたくて、サラやグレイと一緒に見張りの兵士達を見送ろうと思った。

「では私共はクローズ伯爵が帰還されるのを見届けた後に宮廷に戻ります。何かあればすぐに私共に連絡ください。陛下は必ず対処すると仰ってましたので」

「本っっ当に助かりました…!貴方がたも含め、陛下には感謝の言葉も出ません」

「それと、気が立ってるクローズ伯爵が何かしでかすといけませんので、ミーシャ様はできるだけ部屋にいてください」

「は、はい!あの、今までありがとうございました。帰る時も…気をつけてください」

拙いながらも感謝の言葉を伝えると、見張りの一人が強面の口元を緩ませて頷いてくれた。

見た目は怖かったものの、皆良い人ばかりだと改めて思った。この人達だけじゃなくて、昨日も入れ替わりで見張りに来た人が、私の18歳になった誕生日を密かに祝ってくれた人もいる。

その見張りの兵士達も、今日からはいなくなるんだと思うと寂しさを抱いた。そんなしんみりとした気持ちを抱いたまま、私は寝室に戻った。

その直後に窓の外からトニーの喚くうるさい声がすぐに聞こえてきて、憂鬱のあまり溜め息を吐きたくなった。バレないように窓の外を覗き込むと、不機嫌そうなトニーの元にカンナが早足で迎えにきているのが見えた。


「クソッ!!!あの男は何度俺の邪魔をすれば気が済むんだ…!!無実にも関わらず禁錮刑にするだけでなくミーシャとの結婚も認めないだと!?!?アレキサンドラめ…!!!!」

「おかえりなさいませトニー様!嗚呼、なんというおいたわしい目に…!!貴方の苦しみを思うと私の悲しみは止まりません…陛下の仕打ちには怒りすら覚えますわ…!!」

「カンナ…お前だけだ…俺の悲しみを理解してくれるのは…」

「早く部屋に戻りましょう、私が話を全てお聞きします…!」


怒ったりしおらしくなったりと忙しいトニーを慰めるかのように、金髪の侍女カンナは顔に大きい胸を押し付けながらトニーを抱きしめていた。


「…………なんだあのクソみたいな茶番は」

「お嬢様、これ以上見てはなりません」


グレイに吐き捨てられたトニーとカンナのやり取りは、サラに目隠しをされたことでそれ以上見ることはなかった。



しかし、夜を迎えてもトニーはまだ不平不満をぐちぐちとカンナに聞かせて騒いでいた。

主に、ミーシャとの結婚を認めないと言ったアレキサンドラを許さない、俺に一ヶ月でも禁錮刑という判断を下したジルコニア公爵は無能だと喚いてばかりだった。

私との結婚を認めないアレンは王のままという、トニーにとっては今回の反乱で一番望まぬ結果を迎えた怒りは凄まじく、壁だけでなく物にまで当たり散らしていた。

その音があまりにうるさく恐ろしさすら感じて、部屋から出ようとすら思えなかった。もし対面すれば、怒りに任せたトニーに寝室まで引き摺り込まれて、前より酷い性的な辱めを与えてくるかもしれないという、一番の恐怖まで覚えてしまっていた。


こんな状況でも、アレンが国王として私とトニーの結婚を認めるつもりはないと分かったことで、ほんの少しだけ希望を見出せていた。

最後に会った日に拒絶して以来、アレンにはもう嫌われていると思っていた私は、それはそれとしてこのように色々と対策を打ってくれたことには非常に感謝している。

トニーがいるという恐ろしさはまだ残っているが、結婚とその先の一番恐れていることは起きないだろうという安心感は、アレンが国王でなかったら存在すらしないものだったかもしれない。

正体を知ったばかりの頃は騙されていたと嘆いていたが、今ではアレンが国王で良かったと思っている。

部屋の外はずっとうるさいが、希望による安心によって余計な力が抜け、私はベッドで眠りにつきかけていた。


(ほっとしたらなんか眠くなってきた……もう夜だしそろそろ寝よう……)



      ーーーーーーーーーー



ピチャ……グチャッ………グチャッ…



不快な水音が聞こえる。

身体に何かが這い回るような感覚が、気持ち悪くてたまらない。

その感触はやけに鮮明に感じるもので、ぼんやりとした頭はそれに対して段々と嫌な予感を覚える。


恐る恐る目を開けると、目を伏せたくなるものが目に入った。



「……………ッ〜〜〜〜!?ひっ………!!!」



夜着の裾を胸元まで捲り上げられ、見られてはいけない場所を晒されている私の酷い格好。

そんな私を見て、興奮したように荒々しく息を立てるトニーが胸元をれろれろと舐め回す姿。



何もかもが、恐ろしい光景だった。



「やっ…!!離してっ…!!何でこんな……!?」

「あの男が王である限り、俺とミーシャの結婚は認められないっ!!こうなったらもう既成事実を作るしかないんだ!!」

「き、既成事実って…まさか…」


いくら男女のことに疎い私でも、その単語がどういう意味なのかぐらい分かってしまった。


トニーは今から私を犯そうとしている。


そのせいで子供ができたら…否、犯された時点で私は傷物になってしまい、トニーがその責任を取る形で結婚しなければならないのだと。

「ミーシャ…俺のものになれ…!!立派な男児ができるまで孕ませてやるっ!!」

恐ろしい言葉と共に、トニーが両脚の間に顔を埋め、太腿に舌を這わせ始めた。

「いやぁッ…!ぁ、ぁあッ……やめ…てッ…ぅうッ……」

気持ち悪くてたまらないのに、逃げられないよう脚を掴まれているせいで、受け入れるしかできない。

ジュルジュルと音を鳴らしながら舐め回され、不快なくすぐったさに耐えられず、勝手にビクビクと揺れてしまう。


(この感覚…アレンにキスされた時と似てる…でもあの時のは…怖かったけどこんなに気持ち悪いものじゃなかった…)


もし今目の前にいるのがアレンだったら、怖いと思えど、トニーと同じように気持ち悪いと思っただろうか。

トニーだけじゃない。アレン以外の他の男の人にされると考えただけで吐き気がする。


(アレンは私が嫌だって泣いたら…最後までしなかった…それはグレイの言ったみたいに…アレンが私のことを本当に愛してくれてたから…?)


アレンのことと、グレイに言われたことを思い出してしまい、涙が次々と溢れてくる。

こんな時だからこそ、実感したくなかった。

何も考えなくて済む心地良い空間に逃げたくなるような苦しい想いを抱えてしまうぐらい、アレンを愛していることに。


(会いたい…っ…あの人に会いたい…!助けて……アレンッ…!!)


「…お前…今何を考えていた?まさかあの男のことを思い出していたわけではあるまいな?」

「ッ……!?そ、そんなことは…」

「ふん!!お前の見え透いた嘘はたくさんだ!!あんな男のことなんか忘れろ!!」

トニーはそう言って、逃げようとする私の両腕をまとめて押さえつけながら、紐で縛り始めた。最初に来た時とは違い、腕を縛られたらすぐに犯されるんだと悟ってしまう。

泣き叫びたいのに、声もまともに出てくれない。ただ涙を流して精一杯腕を縛られないように動くことしかできず、うめき声が小さく漏れるだけだった。


(いやぁっ……こんなの嫌ぁッ…!!嫌……嫌だ……っ…嫌だっ…!!触るなッ……!!ッ…………!?今のは…私…?私じゃない誰かが…言ったような…)


一瞬だけ、私の意思が誰かに奪われたような感覚を覚えた。

私が、()()()()()()()()()に。

同時に、以前にもこんなことがあったと思い出しかけていたことが、今ははっきりと分かる。

今目の前にいるクズは違い、まだ友達だと思ってたはずの"あいつ"に、醜い性欲を向けられて辱められたあの頃を。


(………もう二度とこんな"奴"の好きにはさせたくない…!!)


「ミーシャッ…!お前のその涙で潤んだ目が男を誘惑し、男の理性を破壊するんだ…!!恨むんならお前を産んだ親を恨むんだな!!」


夜着をビリッ!!と勢いよく破かれた途端、私の心は、一瞬のうちに持て余すほどの怒りで塗り潰された。


「触る……な………」

「何だ??もう一度言ってみろ!!少しぐらいなら聞いてやっても良」

『触るなぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!』


トニーの姿は、思い出したくなかったトラウマの元凶を彷彿とさせられる。

思い出す度に、過去に戻ってボコボコにしてやりたくなるほどの恨みは積もりに積もっていた。


その恨みを、今すぐ"こいつ"にぶつけたい。


『お前はどれだけ私の心をズタズタにすれば気が済むんだよ!!私が何も言えないからってこれ以上好き勝手するな!!!』

「うわっ!!は、離せ!!この俺に引っ掴むなんて生意気だ……」

『黙れッ!!!お前なんか今すぐ舌を噛み切って死ねば良いんだよ!!!』

「なッ……!?なんと野蛮なっ…」

『お前なんか……お前なんかッ……!!!」


こんな奴に、もうこれ以上私の心をズタズタにされてたまるか。

 


『消えろーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!』




バチンッ!!!



「っ……!?」


トニーに"いきなり"平手打ちされた瞬間、はっと我に帰った。

いつのまにか私はトニーの胸ぐらを掴んでいて、その手を離すとトニーは力が抜けたように尻餅をついた。


私は、今まで何をしていたんだろうか。


トニーに何か言ったような気がするが、それが何だったのか思い出せない。心の重みがすっと軽くなったような気分だ。

それでも、トニーになんらかの口答えをしたことを怒られるのは覚悟していたため、じっと身構えていた。


「…………お前は……誰だ??」


怒られると思っていたが、トニーから出た言葉は、私にとっては予想外のものだった。

「…………え?何…言って……?私は……ミーシャ・グレイスで…」

「ッ………!?何も覚えていないのか?」

「…?は、はい…」

問いかけに答えた途端、トニーは何故か顔を真っ青にさせた。

「悪魔………ッ!!」

「え?」

「お前は悪魔にでも取り憑かれたのか!?さっきのお前はおかしかった…俺に向かって怒鳴りつけながら掴みかかっていたんだぞ!!」

「ッ……!?」

私にとってはどれも全部記憶にない。

トニーが怒るようなことは、怖くてできるわけないのだから。

「………こうなったらお前が元に戻るまでここに閉じ込めてやる。サラやグレイも部屋から出さず、俺の侍女に世話をさせる。ああ…それにしてもこんな悪魔に取り憑かれた女を抱かずに済んで良かった…」

ここに監禁されると聞かされたのに、嫌だと口にすることを忘れてしまっていた。サラとグレイまで巻き込まないで欲しいと、訴えることも出来なかった。

トニーに悪魔に取り憑かれたと言われたことを、すぐに否定できなかった。


トニーの言っていたことは、あながち間違っていないと一瞬思ってしまったから。


私の本当の名前はミーシャ・グレイスではなく、"美加理"だということは既に分かっている。

"美加理"と呼ばれた頃に、トニーのような男から同じように性的な辱めを受けたこと。信じられると思っていた彼氏に突然裏切られたこと。裏切りの原因が、見た目の雰囲気だけ今の私に似た女性にあること。

その三つだけは、確かにあったことだ。

だが、私はそれ以上にもっと大事なことを、忘れているような気がしてならなかった。


(私は……なんでこの世界にいるの…?)


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