10.地の果て巡礼4
ガイルさんの言っていた通り、2つ目の神殿に着いたころには早馬が到着しており、業務逼迫のためとかいう訳のわからない理由で、混合部隊の一部に帰還命令がなされました。
ギルバートさんは最後に目隠しをしたままの私に挨拶をしてくれ、そして言葉を選びつつも気を付けるようにと、もし地の果てに行くのがどうしても怖かったら、神殿に助けを求めるのも良いかもしれないとおっしゃいました。
他の人たちもいるため、生贄だとはっきりと伝えるわけにはいかなくても、危険を感じたら逃げろと言いたいのだなということは理解しました。とはいえ、神殿に助けを求めた先が全面戦争では、果たしてそれはどうなのかという気もしますが。
私もギルバートさん及び帰還される皆様の方に向けて、「お世話になりました。気を付けてお戻りください」と頭を下げました。彼らは休む間もなく、元来た道を戻ることになるらしいです。嫌がらせも兼ねているのかもしれませんね。途中で刺客などに襲われることなく、無事にお戻りできることをお祈りいたします。私が祈ったところで役に立つかはわかりませんが。
そうして私は、そのまま2つ目の神殿の中へと連れて行かれました。前の神殿から、私が聖遺物を光らせたことが伝わっているようで、下にも置かないおもてなしを受けました。私には力がないのだと告げてもご謙遜を、と言われる始末。最終的には神官長が殊更に声を潜めて、王家は貴女の命を狙っているのでここに身を隠した方が良いと、さも同情しているように囁き始めました。
困りましたね。私は、神殿に助けを求める気はないのです。勿論王家に肩入れする気もありませんが。ただ、ガイルさんの求めに応じて、地の果てまで行くだけなのです。そうして、彼らが私を本当に生贄として神に捧げようとするのかを見定めるだけ。その後は……、どうなるのかはまだわかりませんが。
なので、ここで迂闊に答えるわけにはいきません。私はあくまで、何も知らないはずなのですから。
「そんなわけはありません。護衛の方々も付けていただいて、良くしていただいておりますよ」
あくまで何も知らない小娘なふりをして――まあ世間知らずの小娘なのは事実でしょうが、ガイルさんのお陰で、そちらの情報は色々筒抜けです――、私はにっこりと微笑みます。
チッという小さな舌打ちが聞こえた気がしましたが、神官長は特に何も言いませんでした。使えないと思われたのか、傀儡にできないと踏んだのか。とりあえず、彼は私を説得するのを諦めたようです。
だって、思うのです。もし私が、神が触れたという祭服を光らせることができなかったら、おそらく神殿は私のために何かをしようとはしなかったでしょう。私が生贄になると分かっていても、見殺しにしようとしていたはずです。今だって、私が役に立たなそうだから、助けるのを止めようと思ったわけでしょう?
あくまで自分たちのためにしか、私を使おうと考えていない。王家も神殿も。私は、異世界から無理矢理誘拐された、右も左もわからない小娘なのですよ? どうして、何の力が無くても救おうとは考えてくれないのでしょうか。……少しでも考えてくれたのならば、最初から召喚という方法など取らなかったのでしょうから、今更言っても詮無いことなのですけれど。残念なことです。
困った人がいたら、救いの手を差し伸べる。理想論かもしれませんが、そんな優しさにあふれた世界に憧れているのです。私がみっちゃん家に救いの手を差し伸べてもらったように。
さて、ガイルさんは神殿の中には入って来ていないようですね。やはり神殿には、幽霊さんが入りづらい結界でも張ってあるのでしょうか。
さすがに神殿の中は私に不埒なことをする人もいないでしょうから、眠るのに問題はないと思いますが。
そう思っていたのに、部屋に神官見習いとおっしゃる方々がご挨拶に来られました。
声の感じではまだ若そうな方数名で、確かに神官という雰囲気はありません。勿論私に狼藉を働きに来たわけではなく、王家の非道さを知ってもらい、神殿は私を必ず守るつもりがあることを訴えたくて来たのだと告げられました。
これは神官長の指示でしょうか? 私と年のあまり変わらぬ方を集めて、説得させようと?
挙句の果てに、私に一目で心惹かれたと仰る方まで。目隠しをしているので、面差しはほぼ分かりませんよ? それに平凡な娘なので、一目惚れする要素は皆無かと思います。そうまでして私を神殿に繋ぎ止めたいですか。
「私が一切力を使うことができなくとも、同じように声を掛けてくださいましたか?」
勿論だと声高に答える方々。
それは今の私に力があると思っているから、有り得ない仮定だろうから、是と答えただけでしょう?
「私が祭服を光らせることができたのは、おそらく前の世界での神の力の残滓かと思われます。ですので、こちらで何かを行うことができる力ではありません。そんな一般人でしかない私を、あなた方は王家から守り通すと仰いますのね。勿論私を聖女として旗頭にはせずに」
実際に祭服が光った理由は分かりませんが、とりあえず私見を述べておきます。そんな私の言葉に、沈黙が落ちました。
来られた方々は、やはり私を王家へ対抗する旗頭として据えたかったようです。
「……聖女なのですから、そのお力を必要とする方へと差し伸べていただきたい」
ようやく帰ってきた言葉は、それでした。
「私は聖女だと自ら名乗ったことはありません。勝手に召喚したのは王家を筆頭とするこの国、聖女だと決めつけたのはあなた方ですよね。私は何の力もありませんが」
それでも守ると仰っていただけますか?
そう聞いた私に返事はなく、彼らは黙ってその場を辞しました。
やはり、力のない一般人は助けるに値しないということなのですね。
無理矢理異世界から召喚した娘の命は、役に立たなければ不要なのだと、あなたたちは今切って捨てたのだと理解していますか。自分や自分の大事な人が誘拐されて、同じような目に合ったらどう思うか、考えることはできないのでしょうか。
本当に、誰も彼も私の存在を何だと思っているのでしょう。
もやもやした気持ちが胸の中に燻って遣り切れない気分ではありますが、今日は神殿で鍵のかかる一室をいただいておりますし、しっかりと休むことにしましょう。
宿に泊まれるのは、明日で最後と言われておりますし。馬車もどんどん揺れが酷くなってきているので、道もかなり悪路となっているのでしょう。地の果てへと近づいているため、侵食された場所へと進む道は、整備されることなく放っておかれているせいなのでしょうね。
そして、最後の1日は野宿となるそうです。目の見えない中で野宿など、危険極まりない気しかしませんが、街がないのでそれは仕方が無いと思います。けれど、多少は良識のありそうだった方々には帰還命令が出てしまいましたし、以前夜這いを掛けた人たちが残っている中での野宿は、本音を言えば恐ろしすぎます。最終日は馬車の中に籠り、最悪寝ずの番をすることも考えると、今日はこれ以上悩むことはせずに、まずは休むことが肝要でしょうね。
明日になれば、またガイルさんが隣に来てくださるでしょう。そうしたら、お手を煩わせてしまいますが、ガイルさんに不埒な人たちから守ってもらえるようお願いしましょう。私一人では、何も見ることができませんから。
『明日になったらガイルさんが来てくれる』、そう思うことで何とか自分の心の平穏を保とうとしているのが、自分でわかります。
前回の神殿に泊まった時も思いましたが、一人でいるととても怖いのです。自分の存在が消えてしまいそうな気になります。宿に泊まっている時以上に、自分が最早死んでいるような、そんな遣り切れない思いが浮かんでは消えていきます。神殿という場所が、私を何故か死に近づけているような気がしてなりません。
きっと私の存在を、持ち上げられたり落とされたりしていることで、自尊心が著しく傷つけられているのでしょう。これ以上考えたら、涙が止まらなくなりそう。早く寝てしまわなくてはいけませんね。
おやすみなさい。
誤字報告いただきました。ありがとうございます。修正いたしました。




