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第10膳 闘茶 ~大切なものを賭けて~

 ――それは唐突な出来事だった。


「なあ? お前、特進クラスの千寿(せんじゅ)だろ」

「ああ、そうだけど」


 ここ数日、北野さんが元気がない。

 何か甘いものでも差し入れしよう……。

 そう思い、購買部でパウンドケーキを買った帰りに声をかけてきたのは浅黒く、がっしりした体つきが特徴的な男子生徒。


 知り合いでも、同じクラスのメンバーでもない。

 その男子生徒の学章は……一般クラスのものだ。


 ギラギラと血走った彼の目。

 そして、体からうっすら漂う匂いは……煙草か?

 ――なんだか無性に胸がざわついてくる。


「聞いたんだけどお前と北野さん、付き合ってるらしいな?」

「ああ、お付き合いさせてもらってる……」


 ――ダンッッ!!


 次の瞬間、顔のすぐ横をかすめ、廊下の壁を打つ衝撃!


「お付き合いさせてもらってました、だろ?」


 よろよろと渡り廊下の壁に座り込んだ俺に、硬く握った拳を見せつける男子生徒。

 何故だろう、同年代のはずなのにヤツがとても大きく見える。


「それとも決闘でもするか? 負けたほうが北野さんを諦める……どうよ?」


 それだけを言い放ち、彼は笑いながら去っていった。

 そんな勇気などないだろうがなとばかりにこちらを見下しながら。


 あれ、おかしいな?

 テレビの朝の情報番組によるとみずがめ座の今日の運勢は一位

『人生有数のモテ期が到来します』だったはずなのに……。


(おいおい、あんなのにモテても仕方ないだろ!)


 ああまったくだ!

 俺はどうにか立ちあがる……。

 彼に踏まれ、ぺしゃんこになったパウンドケーキの袋を恨めしそうに見つめながら。


 ――自分の全身が震えているのがよく分かった。



 ――――――――――――――――――――――――――――



「ヒナ高にあんなのがいるなんて聞いたことないぞ!」


 いつものように茶道部トリオ、それに北野さんと一緒に学食で食事をとりながら……はぁ、とため息をつく。

 楽しみにしていた水曜限定ハンバーグがまったく喉を通らない。


 彼の名は読弦 丈(よみづる じょう)、元サッカー部。

 入学当時はその素質から未来のエースを嘱望されていたものの、素行の悪さと反則の多さから退部させられた人物。

 今では数少ないこの学校の問題児らしい。


「そりゃ普通は居ないさ……ほら、うちの学校って雰囲気独特じゃん?」

「ああ、みんな真面目っていうか――」

「……特に中等部上がり、ガキ多いしさ」


 じろりと美鈴(みすず)に睨まれる早馬(そうま)


「じゃ、わたしと付き合ってる早馬はロリコンだね! 近寄らないでロリコン!」

「い、いや、それは!」


 ……まあ早馬の気持ちもわからないわけでもない。

 例えば俺と美鈴、既に別々の恋人がいる二人が姉弟ごっこしている時点で特殊なケースなのは間違いない。


「この学校に馴染めなくてフツーは大体、一年目でやめるんだけどな、ああいう無駄にワイルドな奴は」


 つまり一年にはあんなのもたまにはいる、ってことか。


「キレイな女子を見つけては声をかけて後を付け回すし、そいつに彼氏が居ようものなら因縁つけて決闘を申し込む……」


 早馬の説明を聞きながらはぁとため息をつく北野さん。


「え、ひょっとして?」

「はい、あの人、ここ最近ずっと私の後を付けてきて――」

「とんでもないのに目を付けられたよね……二人ともさ」


 早馬の皿から付け合わせのポテトをひょいとつまみながら美鈴。


「あの、慶喜(よしのぶ)さん、ごめんなさい」

「え?」

「私のせいで怖い思いをさせてしまって……」

「いや、そんなことないよ」


 そう、確かに先ほどまで俺の心の中には怖れと戸惑いがあった。

 でも、今あるのはそれとは違う感情。


「私、もう元の身なりに戻そうって思うんです、そのほうが……安全ですよね」

「え? 似合ってるのに!」


 北野さんの目の奥からは強い怯えが見て取れた。

 そうだ、北野さんをこんな風に追い詰めるアイツは許せない。

 それに――パウンドケーキの恨みだって晴らしたいし。


「わかった……決闘を受けようと思う」

「「「えっ!?」」」


 同席している全員が大声を発する。

 周りのテーブルからの視線が冷たい。


「勝てば、北野さんには二度とちょっかいをかけてこないんだよな?」

「あ、ああそりゃそうだけど!」


 ――決闘は普通挑まれた側がルールを決める、それなら。


「例えば直接的な暴力ではなくてもスポーツでもいいだろう?」

「おいおい、スポーツってなぁ。ヨシノブ、自分の体育の成績思い出せよ」


 正直なところ、できれば思い出したくない。

 人には向き不向きがあるのだ。


「アイツ、元サッカー部員のくせにバスケ部の奴と1 on 1(ワンオンワン)で勝ったことあるんだぞ!」


 まあそこは問題ではない。

 どうせ元々、運動神経で彼に勝とうなどとは思ってもいないし。


「スポーツは例えだよ……そうだな、茶道部らしい方法でケリをつけようと思う」

「はぁ? 茶道部員が一体何の試合するんだよ!?」


 怪訝そうな表情を浮かべる早馬、まあ無理もないだろう。

 一方……ははぁと合点がいったかのようにうなずく女子二人。


「……日本史で習っただろ、"アレ"をやろうと思ってる」

「あー、あの室町幕府から禁止令が出たアレ?」

「確かにアレなら……慶喜さんの得意分野ですよね?」


 先ほどまで不安げな表情を浮かべていた北野さんの顔に、今では笑みが浮かんでいた。

 そう、この方法でアイツが乗ってきてくれるのであれば、たぶん俺に負けはない。


「はァ? 幕府に禁止された?……おいヨシノブ、危ないことやめろって!」


 ただし、この方法をやるには根回しが色々必要だ。

 正直、全然食欲が湧かないがハンバーグを何とか腹に押し込んで立ち上がる。


「ごめん、色々やらなきゃいけないことができた」


 俺はひとまず職員室に向かうことにした。

 といっても相談する相手は生活指導の先生ではない。

 望月 桜(もちづき さくら)、うちのクラスの担任で……そして茶道部の顧問を務める国語の先生だ。



 ――――――――――――――――――――――――――――



「さて、今日は千寿さんと読弦さんの私的なトラブルを闘茶で解決したいと……」


 にこやかな笑みを浮かべる二十代前半の女性。


「申し出があったので特別に茶道部の活動を変更して、闘茶ショーを開催することにしました!」


 だが、その顔には色濃く『新入部員、求む!』と書いてある。

 少なくとも今日の彼女からはいつものふんわりした雰囲気などまったく感じられない。


 一方……。


「おい、闘茶って何だよ!」


 付き合いきれるかとばかりに憮然とした表情で畳にあぐらをかいているのは読弦。

 まあ無理もないか、ヤツはもっと荒っぽい方法に訴えたかったはずなのだ。


 あの後、桜先生は何も深い事情も聞かずに、簡単に提案に乗ってくれた。


 闘茶での決闘ショー面白そうですね。

 最近、部活動もマンネリ気味でしたし、せっかくだから外部の人たちにアピールする時間にしましょう、と。


 条件はただ一つ。

 それは俺が部のイベントで男子の盛装として用意されている紋付袴に着替えるということだけ。

 そして、そこまで決まれば読弦をここに呼び出すのは簡単だった。


『茶道部室で待っている。あそこなら滅多に人が来ない。決着を付けたい』


 せめて茶道部の開催日を確認してから彼は来るべきだったが、もう遅い。

 のこのこ出てきた彼はここに引き出され、こうして『決闘』に臨むことになってしまったというわけだ。


「それでは闘茶のルール説明をします」


 それでも、流石に先生の前では暴れ出すわけにもいかないようで……。

 半ば退屈そうに説明を聞いている読弦。


「お二人にはこれから二服の茶を飲んでいただきます。どちらの茶葉がより高級か、あるいは同格かを当ててください」


 そう、闘茶などと難しい言葉を使ってはいるが今回のコレは相当に簡略化されている。

 言ってしまえば毎年の正月にテレビでやっている格付け対決のようなもの。

 抹茶ならヤツよりは飲み慣れているはずだし、味覚だって多少は自信がある……。


 大丈夫だよ、北野さん――。

 心の中で呼びかける。


 負ける戦いではないはずだから。


ちなみに闘茶の禁止令が出たのは別に危険なデスゲームをやる人が居たからでも

なんでもなく賭博が横行したことが主な理由とされているようです。

次回は闘茶回。

といってもマニアックな茶葉の知識などは必要ない方向でやろうと

思っていますのでご期待くださいませ。


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