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第九話

「みかちゃん、ずっとこうしてたいです。」


と自販機前で、後ろから抱きしめて、そう言ってみた。


「一緒に職員会議出る?」


と彼は冗談を言って笑った。


「それは嫌です。」


「じゃあ、離れて。」


渋々、彼から離れると、手を引かれて、職員室へ戻る通り道の物置部屋に入った。


「良い子だね。今日も頑張って。」


と首にキスされた。


「跡付けました?」


「もちろん。首絞め跡だとしても苛立つから。」


父親に首を締められた跡の近くに、新たに跡が付いた。


「嬉しいですけど、少し恥ずかしいです。」


「そう言うと思った。これで消してきなよ。優等生が台無しだから。」


とコンシーラーを渡された。


「ありがとうございます。」



教室に入ると何だかずっと緊張してしまって落ち着かない。

髪を上げてるのもあるし、キスマークを隠してるのもある。


「お砂糖ちゃん!にゃんこ!めっちゃ可愛い!」


出会った瞬間にハイテンションで飴が絡んできた。


「え、やばい。イケメン。可愛い。やばい。」


語彙力を失った飴が顔や髪を触っては、楽しそうにしている。


「似合ってる?」


と聞いてみると、「うんうんうんうん。」と首を縦に何回も振った。


「え、馨?どうしたんだよ?」


と心配そうにザキが声をかけてきた。


「格好良いでしょ?」


と瞳を指差してみる。


「うん、凄い格好良いけど…」


と戸惑った様子で返事をされた。


「あっ、お砂糖ちゃん。恋人と熱々なの?」


と飴が首の跡を指差した。


「分かっちゃうかな?」


と咄嗟に首の跡を隠した。


「ううん。よく見ないと分からないから、大丈夫だよ。」


「そっか。」


「馨、大丈夫なのか?」


とザキに耳打ちで言われた。

それにコクコクと少し頷いて答えた。



馨とは小学校からの幼なじみだ。

その頃は、今とは違い、凄く物静かで、休み時間には本を読んだり、絵を描いたりして過ごしていた。


「何で馨くんの目は灰色なの?」


と馨はよく言われていた。

自分とは違う身体的特徴を持つ馨が気になるのは、幼い俺らにとって、仕方の無い事だった。


それに対して馨は


「分からない。」


としか言っていなかった。


そのうち、


「馨の目を見た奴は呪われる。」


と馨の目の色を気味悪がって、ありもしない噂が広まり始めた。

誰も馨と目を合わせも、話しかけもしなくなった。

ずっと人から避けられ続けた馨の寂しさは俺には分からない。

漠然と、相当つらいのだろうとしか思えない。


「馨って弱そうだよな。」


と席が近くになった時に言ってみた。

これが俺らの初会話だった。


「は?」


と怒りがこもってそうな声で返された。


「いや、違うよ。人を呪えるほどの力が無さそうって。」


「それ、違くないじゃん。僕を馬鹿にしてんな?」


「じゃあ、呪えんの?」


「…それは。」


「ほら、出来ない。超安全だな。」


と馨をからかって遊んでいるうちに仲良くなった。

それから、クラスにこんな噂が広まった。


「柿崎は馨に呪われている。」


俺は馨に操られてて、ずっと一緒にさせられてるらしい。

いま思えば、確かに呪われてるかもしれないが、当時の俺はそれを面白がっていた。

わざと馨にずっと引っ付いて歩き回った。


「ザキ。」


と馨から何度も言われる日々が続いた。

体力の無い馨にバスケを教えた。

ゲームも教えたが、馨はてんで駄目だった。

それ以来、ゲームはあまりやらなくなった。

馨からは絵を教えて貰った。

「将来は漫画家になろうかな。」とも言っていた。

勉強も教えて貰った。

高い理解力がある馨が羨ましかった。

そのおかげで成績も高かった。


中学に進学してからは、同じバスケ部に入った。

毎日、汗水垂らして必死に練習する日々だった。

勉強も部活も効率良くこなす優等生の馨が俺の憧れであり、自慢だった。


ある日、


「ザキ、僕の目は気持ち悪いか?」


と馨が質問してきた。


「全然。凄く格好良い。」


と純粋に答えた。


「そっか。僕は自分の目をどうしても好きになれない。」


とそのとき馨の悩みを聞いた。

父親の事も聞いた。とても複雑だった。


「俺は恵まれているのだろうな。」


とただ思うしか無かった。

将来の夢が無いと言っていたのも、ちょうどその時からだ。

彼女が出来ても、すぐに「振られた。」って言って笑っていた。

これには彼女優先にしない馨が悪いと思っていた。

中学時代も馨の前髪はずっと長かった。


高校受験の時、一緒に同じ高校へ行こうと言われた。

校則が緩い高校だった。

きっと目の色を気にしての事だろう。

馨は余裕を持って入れそうだったが、俺には少し厳しかった。

ほぼ毎日、馨は俺の家に来ては一緒に勉強をしてくれた。

ほとんど家庭教師だった。

その甲斐あってか、俺の成績は鰻登りに伸びていった。

高校に合格した時は、二人でお菓子パーティーをした。

何故、彼が俺にここまでしてくれたかと言うと、彼いわく


「これも呪いだから。」


らしい。



「お砂糖ちゃん、お昼ジュースだけ?」


「うん、ダイエットしないとだから。」


「ん?彼女に裸見せるからか?」


とザキに横からちょっかいを出される。

危うく、口に含んだジュースを吹き出すところだった。


「…あっぶな。」


「ザキちん、デリカシー無さすぎー。」


「でも、そうだろ?馨。」


「まあ、そうだけどさ。」


「ねー知ってる?男は空腹時に性欲湧くらしーよ。」


「じゃあさ、馨、彼女に会いにいけよ。」


「え、ザキ。こんな猛暑の中で、さらに熱々とか死んじゃうよー。」


「あはっ、確かに。」


「んー、今からだと、五限休まないとかなー?」


と時計を見て、そう呟く。


「何?お砂糖ちゃん乗り気?」


「だって、日本史はどうせ自習でしょ?」


とちょっぴり本格的に考えてみた。


「碧ちゃんに何て報告しよっかー。お砂糖ちゃんはこの猛暑の中、恋人と熱々ですって言うの?」


「それ言うこっちも恥ずかしいよな。面白いけど。」


「いや、全然面白くないわ。絶対に放課後お説教コースじゃん。それ。」


「きっと、オーディエンスは大爆笑だよ。」


と飴に肩を叩かれた。


「え、何?行かないよ?」


と真剣に拒否した。


「えー、つまんねー。」


「行ってよ。お砂糖ちゃん、お願い!」


と謎のお願いまでされた。


「あっ、塩ちゃん。どうしたの?」


とクラスの女子の声が聞こえてきた。


「ちょっと碧先生に自習頼まれちゃって、暇だから早めに来ちゃった。」


と現れたのは僕の恋人。

正直、今一番来て欲しくなかった。


「お砂糖ちゃん、碧ちゃんからのお説教コースは回避できそうじゃん。」


と飴に言われたが、先生を連れ出して行くわけにもいかないだろう。


「もう、その話は無しだから。」


「じゃあ、なんか惚気話でも聞かせてよ。」


とザキが回避出来なさそうな話題を振ってきた。

近くに恋人がいないか、確認していると、


「何話してんの?」


と僕の恋人は横から笑顔で話しかけてきた。

僕は絶対に回避出来ない事を確信した。


「あっ、先生。聞いて下さいよー。この砂糖っていう奴、恋人がいるらしくて…」


「昼休み中に恋人を襲いに行くか迷ってるみたいなんですよ。」


と満面の笑みで一番言われたくない事を軽々と喋った。


「おい、ザキ。お前…」


と口元はぎこちなく笑ってはいたが、内心、冷や汗が止まらない。


「さすが、高校生は盛んだね。自分で責任取れるんなら、良いんじゃない?」


と否定も肯定もせずに判断を委ねられた。

実にみかちゃんらしいと思った。



授業が始まっても、休み時間の延長のような雰囲気が続いた。

自習をしたい人は自習をして、遊びたい人は遊んでいた。

五月蝿い音を出さないという条件で。


僕も絵を描いて遊んでいた。

勉強は疲れてやる気にならなかった。

それに、美しいモデルを目の前にしている。

絶好の機会だ。


飴が僕の方を振り返って見てきた。


「お砂糖ちゃん、また負けたー。」


と小声で伝えてきた。

ゲームが上手く出来ないらしい。


「頑張れ。」


僕はゲームが何も分からないので、それしか言えなかった。

微調整を繰り返しながら、シャーペンだけで描いていく。

絵を描くと対象物をより深く学ぶことが出来る。


手が綺麗。輪郭がシャープ。唇が艶やか。

あぁ、今すぐキスしたい。


と思いながら、五十分。

じっくりと恋人を観察した。

もっと描いていたかったが、無情にも終わりのチャイムが鳴った。


見てるだけで終わった。触れずに終わった。

みかちゃんが行ってしまう。

抱きしめて良いだろうか。

今すぐ抱きしめたい。


そんな気持ちが高ぶって、教室からみかちゃんを追いかけていった。

階段を降りている人を後ろから抱きしめたら危ないので、さりげなく横に並んでみた。


「どうしたの?馨。」


「少し甘えていいですか?」


「良いよ。」


階段を降りるのを途中でやめて、いつもの生物準備室に一緒に行った。


「みかちゃんに触れられないのがつらかったです。」


と部屋に入った瞬間、彼を抱きしめた。

そして、彼の耳の縁をなぞって舐めてみた。


「ちょっと、馨?」


と困惑する彼をよそに


「お腹が空いちゃったんで、美味しくいただきますね。」


と耳元で囁いて、酸欠になるくらい長めのキスをした。

頬が赤く染まり、息が荒くなった彼の蕩けそうな顔がさらに僕を飢えさせた。

彼のワイシャツのボタンを上から外す。


「はぁ、がっつきすぎだ。」


と握りこぶしで肩を叩かれた。


「痛っ。」


「腹が減ったなら、奢るぞ?」


「僕はみかちゃんが欲しいんです。」


「そんな事言っても、俺は食えないよ。」


とメロンパンを奢ってくれた。

教室に戻って、そのパンをやけ食いした。


「あれ?お砂糖ちゃん。ダイエットは?」


「やめた。」


と荒々しく答えた。

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