最後の、さよならを。2
消えかけの声は、何を言いたいのだろう。
戦争はそんなものだ。
どちらも死んで、どちらかが妥協するまで続くものだ。
これは、余りにも力の差がありすぎるから片方しか負けのない、そんな戦争だ。
頭のどこかで、それを判ってしまって居る。
畜生。
俺は、何も出来ない。
俺は―――魔属の国を創った。
その時点で虹彩を変えている。
だから、もう、異界流れとして虹彩を変えることは出来ない。
畜生。
畜生。
話し合いの余地すらない戦争を、どうやって止めればいい。
いいや、これは戦争ですらない。
殺戮だ。
それを、どうやって止めればいい。
―――畜生……っ!!
かちり、と何処かで歯車が噛み合う音がした。
「……ヴァーグ」
「何ぞ?」
「一人になりたい」
「構わぬが、何処ぞの者に付いて行くなよ?」
「行かないよ、子供であるまいし」
「我よりは子供だ」
「……そうかなぁ?」
年齢だけだと思うんだが。
不思議そうな顔をしつつも、兎に角ヴァーグはその場から消える。
しん、と辺りに孤独が満ちた。
俺に出来ない? 異界流れに出来ない?
そんな事、誰が決めた。
誰が。
「おい」
この呼びかけで、判らないとは言わせない―――!
『……お前、俺をよく呼び出そうと思うな……』
呆れた様な、けれどどこか感心した様な。
脳裏に響く、凛然とした声。
姿は当然見えない。
全ての音は、生命は、存在は、その活動を停止している。
動いているのは、俺と、その声だけ。
超越者。
多分、そうとでも呼べばいいのだろう。
漸く、似合う言葉を見つけた気がする。
「呼び出した用件位、判ってんだろ」
『……まぁ、判らないでもない』
「お前が言ってた事と違うこと、起きかけてるぞ」
『これから起こるのは戦争じゃない。一方的な殺戮だ』
「ならいいってのか!」
思いもせず、大きな声がでた。
平静な超越者の言い様に腹が立った。
『……良い悪いの問題なんざ、魔属には無関係だ。歯向かってきたら、機嫌を損ねたら潰す』
「それも関係ない。マルダラは戦争っていう殺戮を起こす。俺はまだ戦争を止めてない」
『あのなぁ……』
「止めてないぞ」
『……正義感がクソ強すぎる……』
どこか諦めた様な声が聞こえる。
そうだ。
諦めてもらわないといけない。
俺はこういう人間なんだ。
どうしても我慢できないんだ。
だから、出来る事を、考えられる事を、全て使って何とかしようとするんだ。
それに、超越者を呼びつけて、交渉しようと思うもう一つの理由もあった。
「俺は、まだ還ってない。虹彩を変えたことになってはいない、だろう?」
『その理屈もまぁ、判らないこともない。出来ないこともない』
「なら!」
『但し』
ぴたり、と、俺の激昂を止める。
まるで冷たい刃を突きつけられた様な感覚に、一瞬俺は何処に立って居るのか見失いそうになった。
『制約が出来る』
「……制約?」
意味が判らなくて、思わずそのままを復唱する。
『前の望みは叶えてやれないし、選択肢も一つしか無くなる』
「前の奴は……それなら俺は諦める。選択肢って、どういう事だ? ―――詳しく、教えてくれ」
『教えた瞬間に選択したことになるぞ。俺との制約は、絶対の誓約だ。それでもいいか』
「……」
すぅ、と、一つ息を吸い込んだ。
瞼を閉じる。
少しだけ、目裏にヴァーグの姿が浮かぶ。
おそらく、選択は容赦なく彼と俺の関係を変えるものになるのだろう。
声の示すところは、結局のところそこだ。
それを暗に示して、俺に選択させようとしている。
それは優しさなのか残酷さなのか見分けが付かないけれど、俺にはそれでもよかった。
先に選べるのなら、選ぼう。
選択肢を削るなら、削ろう。
俺は、嫌なんだ。
あいつが、今以上”人”から離れてしまうのが。
”魔属”なんて色気のない言葉で一纏めにされて、恐怖の対象にされて、勝手に喧嘩吹っかけられて。
恋の仕方さえ知らないだけのあいつが、これ以上”自分”さえ失くしてしまうのが。
だから、き、と前を見据えて、俺は言う。
「聞かせろ」
俺は、選択しよう。




