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月虹群雲、朱き君。  作者: 雨宮ムラサキ
世界、変革。
28/33

世界、変革。3

 そして、ヴァーグは黙った。

「……」

「……」

「…………で?」

「…………でって?」

「我は相談とやらをしたぞ」

「…………………はい?」

 今の相談だったのか?!

 ていうかお前、俺に相談する気があったのか?!

 ……相談された側としては、何時までも混乱していては駄目だ、とひとまず深呼吸する俺。

「もう何処から突っ込めばいいのか判らなくなる位色々間違ってるけど、まずは一つ」

「うん?」

「恋愛相談を当の本人にしちゃ駄目だろ」

「相談相手になると言うたのは己であろうに」

「俺であってもだ!」

 ていうか寧ろ俺であったからこそだ!!

「後そういうのは大々的に言い触れ回った方がおかしな推測と恐怖を生まなくて済むだろ」

「そうなのか?」

「そうなんだよ」

 何を考えているか判らないからこそ、人間は警戒する訳で。

 付き纏われたら殺されるとしか思われてない相手では、どう頑張っても恋愛成就には程遠い。

「ていうか普通に口説けよ、顔だけはいいんだから」

「……褒められては居らぬな」

「褒めてないからな。しかし……街を壊して喜んでる連中に口説かれても、嫌なのは嫌か……普通は嫌か……」

「嫌なのか」

「嫌だな」

 ふむ、と小さく考え込むヴァーグ。

 さて、他に何かツッコミどころはあっただろうか?

 ……。

 ・・・・・・。

 まて。

 待て待て待て。

 一番突っ込まなきゃいけない自分の思考回路に突っ込みを入れてないだろ!!

 何で俺はこんなナチュラルに相談に乗ってやってるんだ!

 俺自身の恋愛事情と直結してるんだぞ!?

 何で!!

「弥栄?」

 いきなりばたばたと暴れだした俺を不審に思い、ヴァーグが首を傾げる。

「あーなんでもないなんでもない、ちょっと考えさせろ馬鹿魔属」

「ふむ?」

 さりげない罵倒語にも反応しないで、じー、と待つヴァーグ。

 あれ?

 その違和感はずっと感じていたものかもしれなかった。

 そのままずっと消し去れずに居たものかもしれなかった。

 ある程度人間に興味が有るくせに、それ以上の歩みよりはしないで破壊の方を選択する。

 魔属の歩み寄り方は、酷く偏っているのだ。

 自身の恋愛すら成就せずそのまま消えても構わない、というのか―――普通は引き止める場面で突き放し、突き放す場面で拾い上げる様な。




 言うなれば、酷く諦めの良い子供なのだ。




 その答えに辿り着いた時に、ざわ、と脳内で何かがつながった気がした。

 魔属を畏れる理由も判る。

 子供は絶対的強者に立った時に行う残虐性は、人間の子供が蟻に対する時の様だと表現できる。

 魔属は子供なのだ。

 大人の居ない―――価値観を一つにまとめる大人の居ない、子供の集団なのだ。

 ただ存在し得るだけの知識と力を与えられ、存在し続けるだけしかないからか、何かに興味を求めて止まない、そんな子供たち。

 だから恋愛は相手の感情が必要なのだとも判らない。

「なぁ……俺がお前のモノになるとして、そうしたらお前、どうする?」

「……嬉しいな」

 そんな前向きな発言は始めて聞いた。

 感情の偏った子供なのだ、と思いながら対応すれば、それなりに魔属をこちらの思い通りに動かせるのではないか。

 ちらりと、そんな考えが浮かんだ。

 自分の恋愛など後からでも出来る。そう、幾らでも。

 今も虹彩中で起きているだろう魔属の問題を消したいと思った。

 方法が正しいのかどうかは判らない。出来るのかどうかも、正直判らない―――思いつきで虹彩を引っ掻き回す事にはなるけど。

「……お前は、俺に惚れてるんだよな」

「そうだな」

「……。」

 照れる。照れる。照れいや、照れるな俺。頑張れ俺。

「俺はお前のモノになろう」

「……ほう?」

「代わり、魔属の国を創れ。そしたら俺はお前のモノだ。どうだ、判り易い構図だろう?」

 成程、と小さくヴァーグが嗤う。

 対等に交渉をするなど恐らく俺が初めてに違いない。

 何処と無く楽しそうなのはそのせいだろう。楽しそう、とただ表現するには、若干嗜虐性がありすぎて、ぞわぞわするのも事実だが。

 しかし、その楽しそうな表情もふと曇る――というか、逡巡する?

 逡巡する様は何度か見てきたが、これはまた違う雰囲気の逡巡だった。

「それでは、代価を違えて居るぞ、弥栄」

「……代価?」

「虹彩は、変えない」

「……」

 一気に冷や水を浴びた気分。

 そうだ。

 俺は彼と約束してしまっている。この虹彩は変えない―――つまり、異界流れの理を覆すと。

 だが同時に反発する感情もある。

 この場合変革するのはヴァーグであって、あくまでも俺ではない。

 俺と言う代価を手に入れる為の手段の一つ、である筈だ―――いや、自分の恋愛成就まで目論んでる訳じゃない。目論んでない。全然。うん、全然。

「俺が変える訳じゃないだろ、変えるのはお前だろ」

「で、あってもだ。その変革に異界流れが関わる以上異界流れが変えた事になる」

「そうなのか?」

「重華から聞いておらぬか、異界流れを取り合って戦争が起きたと。それも虹彩を変えたという事になり、結果、どちらのものにもならず異界流れは還ったと聞いて居るが」

「……そんな結末だったのか」

 途中までしか知らなかった。

 それなら、確かに此処で取引してヴァーグが魔属の国を創れば、俺は虹彩を変えてしまった事になる。

 そして、帰る。

 ……困ったな、この展開は正直予想外だった。

 いや、もうひとつ方法があったか。

「じゃあ、俺が虹彩を変えても元の世界に還らないってことにしたらどうだ?」

「つまり?」

 猩猩緋の瞳が、獲物を捕らえたように輝く。

「簡単だ。お前は魔属の国を創り、纏める。俺は虹彩に残り、お前のものになる」

「以前の代価は反故にしてもか」

「そうだな。そこは我慢して貰うけど」

 ていうか恋愛成就するんだからそこ位我慢しろ馬鹿魔属。

 内心思った事は当然口には出さない。

「……面白い提案ではあるな」

「……」

 考え込む風情のヴァーグ。

 魔属の国を創るともなれば、それなりの障害もあるのだろう。当然恋愛とそれを天秤にかけることを責めたりは出来ない。

 俺にできる事は彼の答えが出るのを待つことだけだ。

 その答えによっては今まで通りの関係が続き、また別の答えによってはがらりと変わってしまうだけ。

「ああ、その前に聞いてなかった……魔属の国を創ることなんて可能なのか?」

 俺は大前提であるそれを聞いていなかったことに気付いて、思案中のヴァーグに話しかける。

 ナチュラルに会話を続けてしまったから、その点を見逃していた。

 どこか上の空に、それでもヴァーグは答えてくれる。

「それならば……まぁ、不可能と言うでもない。そもそも居付く場所の無い魔属のこと、居付く場所さえあれば基本的に其処から動く事はすまい。他の国に手を出すか否かと言われれば―――やってみねば判らぬが恐らく問題なかろう」

「何で?」

「争いたければ近場に居る魔属で事足りようが。街を滅ぼしたければ先ず己の居場所を壊す。創りたがる魔属も居るから……まぁ不可能ではない」

 俺が思っていたほどの障害は、どうやら無い様だった。

 後は―――ヴァーグの結論だけ。

「創ろう。色付きに声を掛ければ簡単な事。出来ぬでも無い」

「そうか」

「代価、此度は違えるで無いぞ」

「判ってる」

 少しばかり脅しも入った声。

 それも仕方のないことだろう。

 渡りに船とばかりの俺の恋心を知らない彼にとっては、前回の代価と同じ様に違えられてしまう可能性のある約束なのだ。

 それにしても―――魔属と言うのは本当に約束を重んじる種族なんだなぁ……

 それが、周りに伝わっていないだけで。

「我は少し外す。何者かが来ても迂闊に話すな」

「……判った」

 恐らく色付きの魔属たちに話を通しに行くのだろう。

 そう思った俺は大人しく頷く。

 部外者の俺が口を出すものではない―――いや、ある意味物凄く関係者なんだが。





 ざらり、と音が死んだ。





 そんな光景を、俺はもう慣れてしまった。

 だって3回目だし。

 こいつと会うのは、2回目か。

「……今度は何だ? 変え方が気に食わないってか?」

『俺にそんな口利けるのもお前位だな』

 矢張り楽しそうに声が答える。

 以前に姿―――?―――を現した時にもそんなことを言っていたな、と無責任な事を考えた。

 現れた時には厄介な事しか言ってこないので、俺としては”彼”の来訪は喜ばしくないのだ。

 その為の嫌味にも全く気分を害された風はない。残念だ。

『その逆だよ。面白すぎてもう一回話す気になった』

「……」

『魔属の国。属するものが無い魔のモノ達の国なぞ、愉快すぎてこれ以上があるかよ』

「……そうかよ。で、あんたがそう言うってことはこれは可能なんだな」

『賢いな。その通り。これは実現する』

 余りにもはっきりと断言される。

 その言葉には迷いも入っていなかったし、躊躇いも入っていなかった。

「随分はっきり言う。外れたらどう責任取るんだ、あんた」

『責任! 責任ね、そんな事を言うのはお前位だろ。それに俺の言う事は絶対に外れない』

 む、とした。

 外れないと言って居るが、既に一つ外して居るはずなのを思い出したのだ。

 前回話したときに、宣言されている事。

「外れただろ。俺は戦争は止めてないぜ」

『止まるさ』

「……」

 断言。

 いつもそうだ。

 こいつ相手のときは必ず断言口調で話される。

 対等でない関係に慣れきっている―――とでも言うのか、躊躇が無い。

『今の所空いてる土地って言ったらマルダラ近辺の山岳地帯だ。そんな目と鼻の先に魔属の国なんぞ出来てみろ、戦争どころの話か?』

「……成程」

 確かにそれは悠長に他の国に攻め入っている場合ではない。

 ごく身近に魔属の脅威が纏まって生じるのだ、まずはその会議から始まることだろう。

 そしておそらく、その会議が纏まる事はない。

 何しろ破壊と創造を繰り返すのが魔属なのだ。

 その脅威から身を守る方法が確立でもされない限り―――その会議は永遠に纏まらない。

『あと、自分から進んで魔属の花嫁になりに行く真っ正直馬鹿の顔も見たくなった』

「煩い、誰が真っ正直馬鹿だ」

『ま、お前にとっても渡りに船の条件だっただろうけどな』

「……本当に、何者なんだ……?」

『それを教えてやる訳にはいかないな。流石に』

 何もかも見抜かれている。

 ―――ヴァーグにも告げていない、自覚したばかりだという恋心まで。

「……なぁ、こんな事って可能か」

『うん?』

 恐らくそうして交換条件を出されることも初めてなのだろう、姿の無い声は楽しげに聞き返す。

 そして俺は、興味本位の交換条件を口にした。

 この虹彩に辿り着き、恋心を自覚した時から望んだ、その条件を。

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