世界、変革。2
確か詰問していたのはこっちだった筈で。
あれ? 違う。なんでそんなに信じると言い切るのかを問い詰められていた、んだった。
「兎に角、お前だから信じてるんだ! せめて殺す時には一声かけろ!!」
別に殺されたい訳ではないが、そうでも強がらないと顔が赤くなりそうだった。
おそらく、何かの拍子にヴァーグにバレても、彼は全く気にも留めないだろう。
恋心に気付くと同時に失恋とは良くあるパターンだ。
「……逃げぬなら、わざわざ殺すまでもない」
「そうかよ」
釈然としないのはお互い様のようだが、これ以上この件にヴァーグが突っ込んで聞いてくるということも無さそうである。
普段は飄々としている彼が悩みこんでいるのは心配になるが、口にできないと言うなら別に無理矢理に話を聞く必要もない。
逃げないなら殺されないのだし、これまでどおりと変わりないのだと言い聞かせる。
そりゃ俺だって、死ぬよりは生きていたいし。
「……人間は、判らぬ」
「魔属だって判んねーよ」
憮然とそう切り返した。
その言葉を言われるのも、これで何度目かと思う。
判らないのにどうしてまた恋愛感情なんて厄介なものを持ってしまったんだ、俺は。
「―――いや……」
小さく、自分が言った言葉すら否定するヴァーグ。
そんな事は初めてで、取り敢えず俺は彼の言葉を待った。
「弥栄は、特に判らぬ」
「失礼だなお前は! 俺は魔属に比べたら全然普通だ」
「比べる対象が違うて居るわ、間抜けめ」
「まぬっ……」
色んな罵倒語を受けては来たが、間抜け呼ばわりとはまた珍しい。
会話しているうちに本調子が戻ってきたのか、ヴァーグはくつくつ、と喉の奥で笑った。
「己は下手に変わるなよ、弥栄」
「……はぁ?」
「変わらぬならばそれで良い」
「……意味が判らないんだが」
「ならば、それもそれで良いわ」
楽しそうで羨ましい限りだ―――どうやら彼の悩みとやらは話すうちに自然消滅したらしい。
話すうちに自然発生した俺の恋心とは反比例して。
―――どうすれば良かったのだろう?
他に、一体どんな対処の仕方があったのだろう?
言葉の裏に本意を隠して、そうして騙せばと。
無意識に願わなかったといえば嘘になる。
無意識へ祈らなかったと言えば嘘になる。
それでも叶わないからこそ叶う状況を只望むことの、何処がいけないのだろう?
これ以上は望まない。
今以上は叶わない。
だからただ、今暫くは平穏と共に有りたいと願う―――
予想外の眩しさで、俺は目覚めた。
「……ヴァーグ?」
ふと横を見れば、ヴァーグが居ない。
彼の言っていた鉱山の街までは後2、3日で着くと言われていたが、道案内が居なくてはどうしようもない。
……いや、そんな言い方をするのはやめよう。
ただ俺が、彼が近くに居ないと不安になるだけだ。
その全てが恋愛感情によるものだ、と断定など出来ないけれど。
名前を口にすれば現れる彼が現れず、またぞろ何処かでドンパチしでかしているのか、とちらりと怒りが過ぎる。
「……ヴァーグー」
再度、今度は若干の嫌味を滲ませて名前を呼ぶ。
「何ぞ、幾度も呼び付けよって。我を何だと思うて居る」
「2回しか呼んで無いだろ」
「十分であろう」
―――逆に、たった2回で来てくれる、と。
小さなことで喜んでしまう、自分がいる。
ふるふると頭を振って、そんな不健全な考えは隅へと追いやった。
「何処に行ってたんだ?」
「特に答える必要もあるまい。ただ見物をしてきただけの事」
「……見物?」
嫌な予感がする。
予感と言うよりは、何だか凄く嫌な響き、というのか。
生命の敵、と呼ばれた魔属が、わざわざ見物に行って面白いモノ―――何だか凄く知りたくなかった。
そんな嫌な話題はとっとと切り替えたいと焦る余り、つい焦った質問で話題を変えようとしてしまう。
「そういえば、ヴァーグにも性欲はあるのか?」
……馬鹿か俺は。
いや馬鹿だろう俺。
恋愛対象と意識してしまってから、俺の思考回路の一部はぶっ壊れてしまったらしい。使用不可能なまでに。
とんでもなく突拍子の無い質問に、流石のヴァーグもきょとん、とした顔をする。
……俺だってこんなこと聞きたくなかったぞ―――いや微妙に興味はあるかもしれないけど!
「……いきなり何ぞ」
「……ただ気になっただけだ。お前が見物に行くようなものから話題を変えたかっただけだ。忘れてくれ。ていうか忘れろ」
しかしヴァーグは、忘れろ何て言われて忘れる優しい魔属ではなかった。
「面白い事を聞くな、弥栄?」
此方をいじる気満々の面白げな言葉。
「面白がるな! 本当に、話題を変えたかっただけなんだよ!!」
「ほう?」
「楽しそうに聞くな! 答えなくていいからもう忘れろってば!!」
必死にバタバタと手を振る。
特に言葉を重ねられなくても、俺の失敗が楽しくて仕方が無いというのはありありと見て取れた。
「答えてやらんでもないぞ?」
「要るか!!」
拒否れば拒否る程図に乗るらしく、にやにやと楽しげに笑うヴァーグ。
久しぶりに弄りネタを見つけた小学生か。
「そうだな……無いことも無い」
「あるのかよ!」
こんだけイジりまわすのだからきっと無いのだと思っていた。
「人間の様に年中発情している訳ではないがな?」
「……あー、そう」
別に知りたくも無かったことを教えてもらってしまった。
―――いや、本当に知りたくなかったかと聞かれれば微妙だが。
「人間は本当に面白いな」
「あーそりゃ良かったな!!」
俺は自己嫌悪万歳の真っ最中だ。放っておいてほしい。心底。
なんてことを口走るんだ俺は。
自分の恋心を持て余していることくらい自覚はあるが、それでも魔属に性欲の有無を尋ねるなんて焼きが回ったものだ。
もっと冷静にならないと、彼にバレたらそれこそからかいの種になる。
「……なぁ、何でお前は俺について来るんだ?」
逃げなければ殺さないということは、そうまでして着いて回る理由があるということだ。
今までは只の好奇心だけが理由だったんだろうと思ってきたが、それ以上の理由がないと魔属憑き、等とは言われまい。
―――ただ付き纏われて殺されるだけならば。
「そんなに理由とやらが必要か」
「そりゃ、魔属憑きとか言われて、殺されるとまで言われればな」
「人間は細かい事を気にするな」
「細かくないんだよ……」
人間にとっては一つしかない命なんだから慎重にもなる。
魔属にも一つしかないのかもしれないが、その重さへの認識は天地ほどの隔たりがある気がした。
俺だって無茶無謀な性格をしていると理解してはいるが、それでも別に死にたくて無茶をしている訳じゃない。
魔属憑き……といざ名前を付けられると、それが微妙に引っかかってくるから不思議だ。
どうしてだろう?
百害あって一利なしと言わんばかりの篤亜の言い様を思い出す。
現実感は、相変わらず無い。
無いというか……ヴァーグにそんな危機感を感じる事が無いのだ。
危ないと思う気持ちはある。
人間の敵と言うのだし、実際に彼自身の口から街を幾つも滅ぼしたという話も聞いている。
「……ふむ」
少々思案顔になっていたヴァーグが小さく呟く。
「お前もしつこいの」
「しつこくもなるっつの……」
ぼそりと呟かれたひとごとの様な一言に、矢張り聞こえない様に呟く。
いつの間にか好きになっていた相手が何故自分を付け回しているのか、気にならない方がおかしい。
勿論、そんな理由を口に出すなんてことは出来ないが。
……あーでもこの虹彩だったら普通なのかぁ……?
「まぁ、教えてやらぬでもない」
にやにや、とまた意地の悪そうな顔で言って来るヴァーグ。
……そういう顔の時は大概こっちをからかう時の顔だ。
「冗談は無しだぞ?」
それでも教えてくれるというなら、長らくの疑問に答えが出る。
虹彩にきてからずっと不思議だったことの、答えが。
「……面白くないのう」
どうやらそのつもりだったらしく、言葉通り面白くない、という顔をするヴァーグ。
「まぁ良い、教えてやらぬでもないが逃がさぬぞ」
「っあ、ああ……?」
妙な迫力にビビる小心者の俺。
逃さない、と再度言われるのは、何故か怖い雰囲気だ。
勿論最初から魔属から逃げられるとは思っていないのだが、わざわざ言葉にされると、なんだろう、圧迫感があった。
「ふむ……どう表せば良いのやら……のぅ?」
のう、といわれても。
考え込むヴァーグの言葉をじっと待つことにする。
「魔属憑きの理由なぞ、単純なものだ。ただ人間には話さぬし、話しても理解されぬだけで」
「ふぅん? そんなものなのか?」
「お前は虹彩に来て殆ど我と居って知らぬだけだ。ほかの人間には魔属自体への恐怖もあろうな」
「……ふぅん」
そういえば、そうだった。
こちらに流れてきて出会い、交流を持ったのはほんの数人で、しかも、常に行動を共にしているのはヴァーグだ。
虹彩に住む人間の常識から、俺の常識はかなりかけ離れてしまっているのかもしれない。
自覚もなかったが。
ひらひら、とヴァーグは手を振り、何でも無いことの様に言った。
「俗に言う一目惚れよ」
「……は?」
物凄く馬鹿にした響きになってしまったのは、仕方ない。
仕方ない―――筈だ。
誰だってそんな愉快な理由……え、もう一回、何だってか。
「そんな心底心外と言う顔をするでない。何であれば繰り返し言うてやろうか」
「……要るかそんなもん」
何度も度肝抜かれてたまるか。




