しらない、嘘。5
兎に角カードを受け取り、財布の中に入れる。
と、名前が弥栄―――異世界なのに漢字だ―――になっているのに気付いた。
「……ってコレ、偽名とかにしないのか?」
「何故?」
「いや……偽造身分証って言ったら偽名かなー、と……」
「わざわざ偽名にする必要性が判らぬ。お前の場合は異界流れ故、そもそも持ち合わせておらぬから偽造するのだろう」
「そう、だけど」
「ならば名を確認されようが問題はあるまい」
「……それもそうか」
後ろぐらい犯罪歴なんて最初から存在しないのだ。
なら、堂々と本名で押し通せばいい。
向こうに異界流れの名簿でもあれば話は別だが、十重や篤亜が名前を教えるとは思えないし。
「身分は旅演にしておいた」
「りょえん?」
また歩き出したヴァーグに着いて行きながら、ふわ、と首を傾げた。
身分って事は、職業か何かなのだろうが……
「旅をしながら芸を売るものの事だ。勿論、只の旅人も旅演に含まれるが」
「へぇ、つまり俺みたいに色々な所を回る奴は旅演って事か。他に身分ってどんなのが有るんだ?」
「先ずは王族。最も上の身分でもある彼奴等は名字を持つ故、それも見分ける一つであろうな」
「ああ、それは十重にも聞いたな……」
「異界流れにも名字を持つ者が居ようが、名乗るのは危険に間違いは無い。そう聞いたのだろう?」
問い掛けに小さく頷く。
「そして、王族に仕えるぐうし」
「ぐうし? って具体的に何処までがぐうしなんだ?」
「宮史、だ。何処までと聞かれれば微妙ではあるが……基本的には王宮に入れるならば宮史だな。兵や護衛軍などは軍史に当たる。身分的には差ほど上下は無い」
「軍部とそれ以外って事か」
「後は全て一律の身分になるが、商貨、作果、工稼。身分制には組み込まれぬ奉衆」
「ふぅん……って、アレ? 子供を与えてくれるっていう、神殿の関係者は?」
「それは奉衆だな」
「精霊付きは?」
「そもそも身分ではない」
複雑だ……
つまり身分とは別に職業があるって事なんだろう。
奉衆っていうのが、士農工商以外の職業とか、身分なのかな? イマイチまだ良く理解できていない。
「重華も奉衆に入る?」
「入らぬ。重華は寧ろ魔属に近い。あらゆる束縛を受けぬ上、己の職務のみ全うする故な」
「……身分制外まであるのかよ……」
つまり、人の外に近くなるって事?
コレはいよいよ、身分制のガイドブックが欲しくなってきた。一般常識を知らないやつは目立つ。目立ってはいけない異界流れなのだから、魔属でも知っているような常識は知っておかなくてはならないだろう。
当たり前になるまで覚えればいいのだが、それができる気もしない。
「取り敢えず、旅演って言えばいいんだな?」
「そう言う事だな」
「身分証があれば疑われない?」
「……それとはまた別の話よ。異界流れである以上、若干の違和感は拭い切れはしまい」
「そうか……」
「例え上手く紛れ込んだ気で居っても、所詮上辺のみの事―――本質は交わらぬ」
「じゃあ、何年虹彩に居ても、浮き続けるって事?」
「それとはまた違うてくる。端から見て判らぬ程には慣れるが、同じ異界流れには判ると言われておるな」
「……へぇ」
「同じ異界流れと言えど油断はならぬぞ。全ての異界流れが善良とは限らぬ故」
「判った」
気を付けるのは気を付けるとして、当座の問題は目立つ事だ。
「……ヴァーグ、街に着くまでに色、隠してくれ」
「面倒な。このまま入った所で誰も言い咎めまいに」
「言い咎められるかどうかが問題じゃないからな」
「むぅ」
嫌そうに眉を顰める。
身分証作るのは面倒じゃない癖に、色を変えるくらいが嫌なのか?
よく理解できない。
言い咎められないのは判りきっている。生命の敵にわざわざ関わりたくないだろう。
今こうして彼と行動を共にしている俺自身、出来れば関係したくなかった。
「仕様も無い」
「本当に、頼んだからな」
「善処はするがな」
「……」
魔属が善処……
物凄く信用ならない。
大きくため息をついて、俺は道を進む足を僅かに早めた。
まだまだ、王都まで距離が有りそうだ。




