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月虹群雲、朱き君。  作者: 雨宮ムラサキ
厄介事、気配。
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厄介事、気配。1

 ウルパについてまず目に付いたのは、どこか浮き足立った、まるで祭りでもあるかのような活気だった。

「あの、すいません」

 何かの準備をしているらしい男の人に声を掛けてみる。

 真昼にフードを被った怪しい風体であるのは判っているが、振り向いた彼はあからさまに嫌そうな顔をした。

「何か?」

「凄く活気付いているみたいなんですけど、何かあるんですか?」

「……あんた、コレ目当ての旅演じゃねぇのか」

「旅演は旅演ですが。コレ、ってなんです?」

「今マルダラから国王らの一団が来てるんだよ。数年ぶりの訪問だとかで、街中歓迎の催しで一杯って訳だ」

「へぇ……有難うございました」

 返すや否や、また何かを組み立てるのに戻る。……もしかしたらその催しで使うものを作ってるのかもしれない。

「ヴァーグ、マルダラってのは国か?」

 すぅ、と音もなく隣に立っていた彼に小声で問い掛けた。

 その声を合図にする様に歩き出しながら、ヴァーグが説明をしてくれる。

「マルダラはハルパの隣国に当たる。遥かに富んだ国だ、ハルパはマルダラの庇護下に入りたがっておる。今回の来訪も、その会合をする為に違いあるまいよ」

「大きいのか?」

「大きい」

 きっぱりと言った。

 ヴァーグが大きいというのだ、実際に、ハルパとは格の違う国なのだろう。

「どの位?」

「国土自体もかなりの差があろうが。それだけではなく、地下資源が豊富だな」

「へぇ……」

「……王が無能でも、そうそう国が傾く事はあるまい」

「ヴァーグ?」

「何でもない」

 ぽつりとこぼされた一言に、どこか残念がるような響きを感じる。

 まぁ、傾かない国には興味がない、とか、そんな事なんだろうな。何しろ魔属なんだから。

 しかし……王が無能でも、か……

 まるで、マルダラの王は無能だ、とでも言っているかの様な、そんな言い回しだった。

 それがふと気になり、聞いてみる事にする。

「今のマルダラ王は、どんな人なんだ?」

「一言で評すば、天賦の才に恵まれた王、であろうな。我も直に見た訳では無い故、噂ではあるが」

「じゃあ、良い王なんだな……」

「才を持つが則ち良い王には繋がらぬ。所詮は人の子、才があろうが無かろうが、な」

「……ふぅん?」

 じゃあ結局どんな王様なんだよ……

 ま、きっと才能を無駄遣いしている王様、なんだろう。俺は簡潔に結論付けた。

 ヴァーグの説明は、偶に意味を掴み辛い。

 説明は有り難いから、その位は仕方無いかもな……

 浮足立って賑わう街を見渡して、俺は折角だから暫く観光していこうか、と考えつく。

「ついでに何か見ていこうかな……?」

「見るのは勝手にしても、周りには気を付けよ」

「……周りって……何で?」

「人も増えて居る故、差ほど見咎められるも無かろうが、逆に危険も増える」

「危険って具体的には?」

「……少しは己の見掛けを自覚せよ。人浚いに目を付けられたら終いぞ」

「……そっ、そうなのか……」

 ちょっと、その線は予想もしてなかった。

 確かに人よりは目立つ容姿をしてはいるし、欲望の対象になるのも、薄々とは感じてはいる。

 しかし……人浚いとは、物騒な……

「いや、精霊付きを演じれば、何とかやり過ごせるんじゃないか?」

「無理だな。寧ろそれを付加価値として高値が付きかねん」

「……へぇ」

 がっくりと肩を落とす。

 そうだな、そもそも狙われるから、精霊付きも隠そうとするんだしな。

「……なぁ」

「何だ」

「何度目かの質問かも忘れたけど、お前は俺に何で付いてくるんだ?」

「語る必要性を感じぬ」

「……」

 ふぅ、とため息をついた。

 こんな風に不意打ちみたいに聞けば答えるかもと思ったんだが、全く通じない。

 ……あれ?

「なぁ、ヴァーグ」

「……何だ」

 少し辟易した風に、ヴァーグが振り返る。

「俺が浚われたら、お前はどうする訳?」

「無論、付いて行くが」

「……なら、浚われてもいっか」

「待て、何故その結論に落ち着く」

「え、だって俺が何処に行っても、お前は付いてくるんだろ」

「まぁ、な」

「なら、浚われてもいいじゃないか」

「……」

 釈然としない表情のまま、ヴァーグはまた歩き出した。

 ヴァーグが付いてくるなら、別に慌てる必要もない、と思ったのだ。

 彼が何を考えているかは判らなくても、魔属が後ろに控えているのは心強い。ある意味聖霊が居るより。

 ……巧くつつけば、人浚いの一団ごと潰せる。

 まぁ―――本当は、そんな理詰めの計算じゃなく、心強いんだけど、な。

 色を変えた、さらさらと揺れる灰色の髪に目を奪われていると、いきなりヴァーグが俺の手を引き、人混みの奥深くへと紛れ込む。

「なっ、何だ?」

「王の奴らが通る。見つかりたいか」

「いや……」

 ざわざわと人が集まりだし、丁度その中間あたりでヴァーグは止まった。

 確かに後ろに行きすぎるのも目立つだろうから……それなら彼の選択は正しい。

 ……しかし、正直隣に立っているクソ目立つ男を隠した方が目立たない様な……

 がらがらと音を立てて馬車が通り過ぎていく。

 今までも何度か馬車を見ては来たが、全く格の違う金の掛け方だ。勿論装飾が豪華だというのはある。しかし、それ以上に造りがしっかりしていた。

 王の馬車だけがそうというのならまだ不思議にも思わない。

 何台か編成で行く馬車の全てが同じ様な造りなのだ。

 成る程、国が豊かっていうのは、こんなところに出るらしい。

 その中の一台が通り過ぎた時、隣のヴァーグはすぅ、と目を細める。

 不機嫌そうな、面白くなさそうな顔。

 チッ、と小さく舌打ちするのが聞こえた。

「……ヴァーグ?」

「面倒事の気配があるな」

「嫌なのかよ」

「……時と場合に依ろうよ」

 本当に嫌そうな呟きが帰ってきた。

 魔属は面倒事を好むと聞いているけれど、ヴァーグは全ての面倒事を歓迎するタイプではないらしい。

 こちらとしてはほっと出来る情報だ。

 ヴァーグの性格がうまく掴めない以上、細かな情報で彼の敵に回らない選択をしなくてはならないのだ。

 ……敵に回るも何も、魔属はそもそも最初から、生命の敵か……

 ふぅ、と大きくため息を零す。

 それを目敏く見咎めたヴァーグが問いかけてきた。

「如何かしたか」

「いや……お前が面倒だっていう面倒なら、想像を絶する位面倒なんだろうな、と」

 言い訳がましく、少し早口で告げる。

 まさかお前は横に居ても最初の立ち位置から敵だしなとか考えてました、なんて言えない。

 別に俺の言い訳を信じたという風でもなく、ヴァーグは鼻で笑った。

「ならば、わざわざ面倒事に首を突っ込まぬ事だ。我一人ならば幾らでも避けようがあるからな」

「……それも、そうなん、だよ……なぁ」

 確かに彼の言う通りで、普段面倒事を起こす側である魔属なら、それの避け方も熟知している筈だ。

 それとは違い、俺は自分で避けて行かなくてはならない。

 そして、俺はあんまり―――賢い性格をしている、とは思えなくなっていた。

「……まぁ、なるようにしかならないし、忠告だとだけ思っておく」

「そうか? ならばならで、我は構いはせぬが」

「ああ、有難う」

 面倒事の気配を感じたというのだ、マルダラ王には近付かない―――少なくとも、その一行の近くには。

 俺だって、好き好んで面倒事は要らない。

 ……いや、あの村での出来事は、うん、何て言うかだけども。

「急ぐぞ」

 馬車の一団が通り過ぎた頃に、ヴァーグが言ってくる。

 別に急ぐ旅ではないのだし、彼が何を急かすのか判らない。

「え、何で?」

「先ずは宿を取らねばなるまい? 野宿が所望ならば、まぁ考えぬでもないが」

「……それもそうか……」

 西の空を見れば、もう既に太陽が沈みかかっていた。

 王の訪問の歓迎式典を見るにしても見ないにしても、今日一日のうちにウルパを出ることは出来ない。

 食料も買わなくてはならないし、他にも必要なものは沢山ある。

「でも、宿屋の部屋、空いてるかな? ヴァーグ、穴場みたいな宿屋知らないか?」

 式典目当てで、旅演も増えて居るみたいだし、本当に急がないと。

 そんな俺の感情くらい判るだろうに、ヴァーグはつん、とそっぽを向いて返す。

「我が知る筈が無かろう」

「……だろうな……」

「第一、空いておらねば空けるだけの話。人が多ければ客の一組が変わって居ろうが誰も気付くまい」

「ちょっと待て、お前どうやって空けるつもりだ」

 何か凄く、黒い方法の予感。

 嫌な予感を感じた俺から質問に、ヴァーグはにやり、と笑った。

「行うはこの我ぞ、一から説明が必要か?」

「……………………要らない」

 何となく、誉められない方法だとは判る。おそらく、泊まっていた一組を何処か遠くに追いやり、のうのうと泊まるとか、そんな手段だ。

 最悪、前の客の命の保証は出来ない。

 もっ、勿論俺はそんな手段で手に入れた部屋には泊まれない!

 本気で宿を取らないと……ヴァーグが!

 ぐっと握り拳で覚悟を決め、俺は宿を探し始めた。

 探す道すがら、真剣にヴァーグを説得したのは言うまでもない。








 何とかギリギリで宿を取り、俺は鞄を下ろした。

 後1部屋だったのだ。

 もう少し入るのが遅かったら、野宿かヴァーグによる物騒な取引かのどちらかだったに違いない。もしかしてもう既に物騒な方法を使ったから残っていた、とは、思いたくない。

 取り敢えず一息ついて、俺は立ち上がった。

「さて、と」

「何処にゆく?」

 不思議そうに首を傾げながら、髪を黒に戻したヴァーグが問いかけてくる。

 一目が無くなった瞬間に解くのを見ると、もしかしたら色を変えるのは嫌いなのだろうか。

「夜店。露店みたいなのあったから、のぞきに行こうかと思って」

 乱雑とした露店の空気は嫌いではない。

 寧ろ好きだ。

 旅の楽しみと言ったら、そんな露店街を歩く事だろう。見るだけでも面白い。

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