隠れてそうな陰謀
36日目の朝を迎えた。
……迎えていると、僕は思う。
「お久しぶりです アキ様」
寝起きで幻でも見ているのだろうか。
それかこれは夢なのだろうか。
僕の体の上に、シルバーウルフのシルヴィアさんがいる。
リリーを白銀に染め上げたような容姿をした彼女が何故か僕の布団の中に入っていた。
……窓から差し込む日差しが眩しいと感じる事ができている様子から、どうやらこれは夢ではないらしい。
「なんでここにいるんですか?」
「今日は私が起こしてあげる当番なので! アキ様には最高で相応の対応をせよと指示を受けましたので! というか、私がこうしたかったので!」
朝から何を言っているのか分からない。
寝ぼけた頭をスッキリさせる為に、とりあえず彼女と一緒に上半身を起こす。
瞬間、大きな音を立てながら扉が開かれた。
いや開かれたというべきか、吹き飛ばされたと呼ぶべきか……
「銀狼、殺すぞ」
朝から聞きたくない言葉TOP5にランクインしそうな音と声をリリーから耳にしてしまった。
そんな事はお構いなしに、シルヴィアさんは僕の腕を離そうとしない。
血の戦場が始まる前に、僕は彼女たちに伝えた。
「ノックをしてから入るようにしてね。……違うな、もっとわかりやすく言うと、ノックをして僕から返事が無ければ絶対に入ってこないでください。つーか入ってくんな! 怖いから! 起きたら誰かがいるって怖いから!」
僕はモテモテ青春主人公君になるつもりはない。
食事と睡眠だけは、せめてゆったり楽しませてくれと願いながら、彼女達に何度も懇願した。
◇◇◇◇◇
時刻は9時くらいだろうか。
朝ご飯を食べようとすると、そこにはトランさんが座っていた。
「私も人の事を言えないが、ずいぶんとお寝坊さんだな」
「ここだと絶対的な安心感があるせいか、ぐっすり眠れるんですよね。今まではなんだかんだで気が抜けない所があったので」
人を殺しまわる人間が人間の住む場所で宿泊する。
自分が思った以上に、精神的負担があったみたいだった。まぁここは魔王城なのだけれど。
「その気持ちはわかる。私はそれを300年くらい味わって来たからな…… っと。そんな私達の睡眠を邪魔する知らせが、つい先ほど人間達から送られて来た」
隣でお茶を飲むトランさんから手紙を渡される。
その手紙の中身を要約すると――
――我々は全面降伏します。条件として可能な限りそちらの要求を受け入れます。一度直接会って話し合いをしましょう。
……何度読み返しても、そこに書かれていたのは人類の完全なる敗北宣言。
ヴェルサイユ条約もビックリな無理難題も受け入れちゃうよ、とでも聞こえそうな文字がそこにはビッシリ書かれていた。
「僕が眠っている間にトランさん直々に攻め込んだって昨日言ってましたけど、ここまで言わせるくらいにメチャクチャしたんですか?」
「いや、数発打ち込んだだけだよ。中心に建っていた一番大きい城をメインにな」
「それ敵の本拠地だったんじゃないんですか!? それが効いちゃってるんじゃないんですか!? てかだいぶ効いてますよコレ!?」
全面戦争する心構えでいた僕は、つい腑抜けた声をだしてしまう。
プライドを捨てた媚びる文章、全面降伏、無条件。
どんな状況になれば、こんな対応をされるのだろうか。
なんて事を目を細めながら考えていると、もう隣の席にアリディラさんが座りながらこう言った。
「右下に判がおしてあるじゃろ? それは王にしか刻むことが許されていない特殊な印、つまりは本物であるとみて良いという事じゃ」
投げかけようとした疑問を、先回りで解決してくれるアリディラさんがそう言うのであれば間違いないのだろう。
相手の意見が割れていたとしても、少なくとも最高権力者がこの提案をしてきた、つまり国からの正式な提案とみていいだろう。
「日時と場所は全て自由に決めて良いそうだ」
「至れり尽くせりって感じですね」
無条件って事は、とりあえず勇者全員殺せだとか、食物の半分を渡せとか、そんな無茶も通るのだろうか。
とりあえず食料品、そして武器、防具を中心に回収すれば人類側を確実に手中に収める事ができると思う。
「これについて、アキの意見が聞きたい」
久々に真面目な表情をしながら、トランさんは聞いた。
「……どうにかして時間を稼ぎたい、という意思が見え隠れというか、なんというか、無条件で降伏だけは絶対にしたくないんだろうなって伝わってきますね……」
それは当然の考えで、魔物側に無条件で降伏、イコール死という図式が人であれば誰もが考える公式。
だからこそ、この文章はそのまま受け取ってはいけない。
だとしたら、無条件で降伏はしないけど、とりあえず使者を寄越せという形になる。
「……自称神が創り出した地図を覚えてますか? 勇者の数、魔王城付近より城塞都市のほうが圧倒的に多かったですよ。つまり彼等にはまだ戦えるだけの力がある。しかも勇者が多数存在している」
思い出したくも無い二日前の出来事。
魔法により盗み見できた勇者の位置の大半は、前線ではなく城塞都市ゲートラントに集まっていた。
これはとてつもない戦力だ。
要するに、彼等にはまだ抵抗するだけの力と、勝利する可能性を持っているハズ。
「……彼らは勇者の数が少なくなると1人当たりの力が強くなる、という特性を少なくとも上層部は把握している。つまりは最後まで戦えば勝ち目があるかもしれないという状況なんです」
「アキも勇者だからこちらの戦力も同時にあがってしまうと考えれば?」
「僕が魔王側の人間と考えれば、純粋な勇者側の力が余分に強くなったとしても不思議じゃないと思うんです。そうでなくとも、勝ち目は0ではないんです。過去に4人の勇者で倒せている実績があるのですから」
「では、このまま戦い続ける事が人間側の最善策ではないのか?」
「そう、少なくとも諦めるにはまだ早い。ついでに言えば降伏する判断も早すぎる。更に消えたと認識している神もまだどこかにいるという可能性をこれっぽっちも考えていない」
はぁ、と大きなため息をつく。
やはり思考を停止して怠惰を楽しむのはまだ早いみたいだった。
「……僕が今までの旅を通して感じた事の1つは、人間側が異様なほどに危機感が無いという事です」
「どういう事だ?」
「何故、この世界で唯一で最大の危険物であるダンジョンの封印を誰も守っていなかったのか。 ……知らない訳がないんだ、現存している魔王が偽物と把握していた連中が知らないハズが無い。つまりは300年前に起こった真実を誰かが知っている事になるのだから」
封印が開けられたから他の場所を守れ、なんて中にある重要性を知っていないと指示できない。
普通は、何故封印が解かれたか、そこには何があったのかを調べるに決まっている。
「なのに何故、誰も守っていなかったのか。それは仮に本物の魔王に全ての魔力が渡ったとしても、何の問題もないと判断されたからではないでしょうか」
「……現に今、問題が発生しているように見えるのだが?」
「きっと彼らは、今になってようやく予期せぬトラブルと言える物を抱え込んでしまった…… と見ていいでしょう。それが何なのかは分かりませんが、きっと彼らは魔王に勝てる何かを知っている、所持している、期待している、待ち望んでいる」
あくまで推測なのは言うまでもない。
だけども、だいたい巨大な敵って存在はこちらの予測の更に上を高々と飛んでくる。
だから今考えている最悪な状況よりも、大きな災厄が待ち構えているに違いない。
「……神をみた時と同じような感じで、城塞都市の様子は確認できます?」
「私が開放されてから何度も試しているが、無理だな。魔力が途絶える。城塞都市だけにこの結界の類が張られているようだ」
「……はぁ。その中に、逆転の切り札が隠されているのか、それとも絶対に開かれたくないパンドラの箱があるのか……」
核ミサイルでもつまれているのではないだろうか。
環境ごと破壊する、世界規模の破壊兵器が。
……なんだかそれも、ありそうな気がしてならない。
「……そう考えると、『日時と場所は全て自由に決めて良い』という提案は素晴らしいですね。勝者が敗者の城にわざわざ時間をかけて出向く訳がないと考えると、これほど以上に適切な言葉は僕には思い浮かばないです」
普通であれば、こちらから出向くという選択肢はないだろう。
一番偉い奴だけこちらに来て貰えばいい。ただそれだけで十分なのだから。
「彼らは時間が欲しい。もし提案が却下されれば、彼らは死に物狂いで攻め込んでくるかもしれません。勝つ為に、時間を稼ぐ為に ……まぁ今までの推測は深読みしすぎなんじゃないかって思う所もあるんですけどね。神をおびき寄せる時に接触した兵士達が『魔王より賞金首を探しに行こうぜ』なんて言うくらい他人事でしたし、なんか裏がありそうな気がするんです」
ポリポリとお菓子と口にしながら、ゆったりと紅茶を飲みながら僕はそう言った。




