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エリート官僚 本人の断りもなく飛ばされた異世界で頂点を目指す  作者: 田丸 彬禰


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会議は踊る

 魔族の国の王都イペトスート。


 そこはこの世界最大の国家の王都ではあるが、それにふさわしい華やかさはない。


 さて、その理由であるが、王政とはいえ、実質的には軍事政権であるから、大衆は抑圧され、常に監視されているからからと言いたくなるのだが、そうではない。


 魔族というその響きからは想像できないのだが、信じられないくらいに実直で華美を嫌う質実剛健な国民性。

 そこに貧乏性という基本属性が加わる。


 それが上から下までしっかりと。


 この国で芸術家が育たないのはそのためである。

 ただし、この国では職人は尊敬される職業なのだから工芸全体がそうかと言えば違うのだが。


 ついでにいえば、魔族の国に限らずこの世界ではガラスは非常に高価で貴重品である。

 ガラスを窓に使用しているのは各国の王城と最高位の権力者の自邸くらいで、ふんだんにガラスを使用しているのはそのガラスのこの世界唯一の生産者である「幻影の大海賊」を率いるマルシアル・ボランパックに繋がる大海賊たちくらいである。

 そして、陶磁器も同じ。

 だが、魔族の国は大国。

 その王城であれば、当然ガラス窓があり、ガラスや陶磁器の器も使用されていてもおかしくないのだが、ここでも「質実剛健」精神が発動され、ガラス戸が使用されるはずの部分には別の世界の蔀戸、その親戚のような木戸が設けられ、王でさえガラス製のコップの代わりに、この世界の多くで使用されている素焼きや木製の器で酒や茶を飲んでいた。


 そのようなことで魔族の国の王都は華やかさとは無縁ではあったのだが、賑やかさは町中に溢れ出していた。

 その中心はあちらこちらにある混沌を体現したような市場。

 ただし、それに反比例するような清潔さも兼ね備えている。

 これは十一代目の王が日本から持ち込んだ「ゴミはゴミ箱へ」という精神が根づいているためである。


 さらにいえば、軍事政権の都とは思えない緩さがイペトスートにはあった。

 王をはじめとした国を動かしている者にとっては侵攻を抑える算段で手一杯でそれどころではなかったというのが本当のところだったのだが、その運営の大部分は住む者たちに任せられていた。

 ただし、たしかにすべてが緩いが、最低限のモラルも守らない輩は官憲の手を煩わせることなく速やかに処分がおこなわれており、十分過ぎる秩序は保たれ、住む者にとって心地の良い場所となっていた。


 だが、イペトスートの中心にある王城はそのような雰囲気とは無縁だった。


 集まった者たちは、たった今届いた喜ばしからざるニュースを、その内容に相応しい表情で聞いていた。


 むろん、それは各地からやってくる敗北と逃走のニュースであり、もちろんそれは全体としては最も重要なテーマであったのだが、彼らの表情を暗くしているのはそれとは別のものであった。


 南西方面でおこなわれた勇者討伐戦。


 その失敗を知らせる情報である。


「……つまり、王都から勇者討伐のために派遣した将軍たちは……」

「すべて勇者とその同行者ふたりに討ち取られたと……」

「ガスリン」


 すべての報告を聞き終えた王は軍の総司令官である者の名を呼んだ。


「おまえは最高の剣士である将軍の地位にある者が束になればたとえ勇者でも簡単に討ち取れると主張した。あの時おまえはひとりあたり三人もいれば十分と言っていたが、私は念のためその倍の数を派遣した。それにもかかわらずこの結果だ」


「どうしてこうなったのだ?」


 このような場で感情を激発させ怒号を飛ばすような者は魔族の王にはふさわしくないというプライドが怒りをかろうじて抑え込んでいる。


 そのような心情がはっきりと窺える王の声に最高の戦士と呼ぶにふさわしい大きな体を小さくした総司令官が応える。


「勇者の実力を完全に見誤ったようでございます。……申しわけございません。陛下」


 大失態を犯した男が口にしたのは短い謝罪の言葉だけだったが、男がこの後にどのようして責任をとるのかは誰の目にもあきらかだった。

 だが……。


「いや。私は説明を求めているのであって謝罪しろだの、まして責任を取れと言っているわけではない。そもそも責任とは最終判断をした王である私が負うべきものであり、策を出した者が負うべきものではない。ガスリンよ。私が言いたいことがわかるな。これは命令だから絶対に忘れるな」


 つまり……。


 自刃は認めぬ。


 これが現在魔族の国を治める王なのである。

 むろん甘いわけではない。

 部下の才能は最後の一滴まで使い倒すというその姿勢はむしろ辛辣。

 だが、つまらぬことで有能な部下に自刃を強いて軍の弱体化を招いた前王はもちろん、歴代の王のなかでも群を抜いて秀でた統治者。


 それがこの王に対する正当な評価とされる。

 ちなみに、魔族の王は名を持たない。

 もちろん、王位に就く前には名はあるが、王になったときに名を捨てる。

 これが魔族の国の慣例となっている。


 その王の言葉は続く。


「軍を束ねるガスリンに改めて命じる。忌々しい勇者を討ち取る策を出せ」


 そもそも臣下たるもの王の命にはすみやかに答えなければならない。

 特に本来なら死をもって償うべき自らの責を許された直後である今は尚更。

 だが、残念ながら失敗した今回の策より良いもの思いつかない。


「陛下。発言のご許可を」


 下を向き沈黙を続けるガスリンの代わりにその声を上げたのは副司令官アパリシード・コンシリアだった。

 許可を示すように王が頷くと、ひげ面の男の口が再び開く。


「地方に配置している将軍級の戦士と配属されている上級魔術師をすべて引き揚げ勇者討伐に向かわせてはいかがでしょうか?」

「つまり、ガスリンの策の拡大版というわけか」

「そのとおりです。陛下。残念ながら現状を勘案するかぎり勇者とその仲間が個としては我が軍の誰よりも武勇に優れているのは間違いございません」


 敵は自分たちより強い。

 すなわち、自分たちは相手より弱い。


 軍の最高幹部のひとりがこのような言葉を王の前で言える。

 これが現在の魔族の国の体制。


 いや。

 現魔族の王の姿勢。


 むろん、王はその言葉に激発することはない。


「……続けろ」


 王がそう言葉を口にすると、言葉を切り、その言葉を待っていたコンシリアは小さく頷く。


「……そうなればあとは数に頼るしかないです。三人でだめなら十人で。それでもだめならその倍であたる。そして、勇者の力に底が見えない以上、我々は持てる最大戦力で奴に挑む以外にはありません。さらに、報告によれば、勇者の同行する『銀色の髪の魔女』と呼ばれる女魔術師の魔法で多くの者が倒れているとのこと。そうであれば、こちらも相応の魔術師を向ける必要があるでしょう」

「つまり、すべての力を注いで勇者たちを袋叩きにするということか」

「言葉を飾らずに言えばそうなります。陛下」

「この場で一番気位の高いおまえのものとは思えぬ策だ」


 それは聞きようによっては皮肉とも取れる。

 そのような王の感想だった。

 だが、男は恐縮することなく笑顔の欠片も見せない表情でその言葉に答える。


「国家の存亡の前にはそのようなものなど些細なことでございます。陛下」


 副司令官の言葉のすべてを理解した王は司令官である男に視線をやる。


「ガスリンはどうだ?」

「……副司令官の策に付け加えるものは何もございません」

「つまり、賛成か。もはや体裁などに構っていられぬ状況ということか。理解した」


 彼らの真意を受け止めた王は頷き、後は裁可というところで、発言を求めて手を上げた者がいた。


 ダミオン・ドゥドゥル。


 作戦の度に地方から中央への兵力引き抜きをおこなうガスリンやコンシリアとは意見が合わず評定の場に何度も激論を交わしている視野が広いことで知られている将軍である。

そして、王を正視しながら開かれた彼の口から流れ出したのは当然のようにコンシリアとは対極の言葉。


「言うまでもなく、現在人間どもは周囲すべてから我が国に侵入しています。そのような状況で指揮官たる将軍たちだけではなく前線では常に不足している魔術師まで引き抜いてしまってはかろうじて持ちこたえている戦線は完全に崩壊してしまいます。そうなれば、たとえ勇者を打ち倒したとしても残るは王都のみ。王は民なき支配者となります」


「……なるほど。どうだ、コンシリア。ドゥドゥルの疑念を解消する策はあるか?」


 王はその言葉とともに先ほどの案の提案者に視線を送ると、問われた男が重々しく答える。


「残念ながらございません。ドゥドゥルの申したとおり、私の策を用いれば戦線はあっという間に崩壊し、残された民はすべて人間どもに殺されることになるでしょう。しかし、この際それもやむを得ますまい。このまま今の状況を放置すれば半年後には勇者が王都に到着してしまいます。その間、我々はこれまでと同じように兵力を小出しにしていてはただ将兵を減らすだけで勇者に傷ひとつもつけることができないでしょう。そして、迎えた王都での決戦。そのような状況ででは敗北は避けられないでしょう。そうなれば、その時点で地方の町をどれだけ維持していても最終的には結果は同じことになります。とにかく今は勇者を葬ること。それさえ叶えば人間どもの侵攻は止まり、数年後には奪われた町も奪還できます」


 もちろん、その言葉にドゥドゥルはすぐさま再反論の声を上げる。


「住む民がいない町を手に入れてなんとする。しかも、その策では失敗したときに次策が打てず滅びを早めるだけではないか」

「今は次の手を考えている場合ではない」

「それは近視眼に過ぎる。我らはこの国を永遠に続ける責務を負っている。まずは足止めを図りながら勇者の力を正確に把握し弱点を見つけることに専念すべきだろう」


 むろん双方譲らず、いつものように堂々巡りが始まる。



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