為政者の香り
グワラニーの言葉にボナールは薄く笑う。
「……まず、言っておけば……」
「グワラニー殿の指摘は正しいと言わざるを得ない。そして、私がここで約束したことを王都の者たちが守らないということは十分にあり得ることでもある。だが、それとともに約束しよう。少なくても私はここでの取り決めを守ることを約束しよう。命を賭けて」
「命を賭けて?」
「ああ。そして、ついでに言っておけば、これまでのことはともかく、今回の件に関しては破られるときは、グワラニー殿の軍が噂の勇者に粉砕されるか、我が国の指導者がこの世界一愚かであった場合のみ」
「私が思うにそのどちらもないと思うので、取り決めは守られることであろう」
「ほう」
自信満々のボナールの言葉にグワラニーは目を細め、声のトーンが一段階下がる。
「その根拠は?」
疑わしさの香り満載ともいえるグワラニーの問い。
だが、心の中ではその言葉には半分ほど同意していた。
そして、その答えはすぐにやってくる。
「勇者はともかく、後者の話をすれば、あれだけの力を見せられて、それでも目先の利益に釣られて約束を反故にするような為政者たちに指導されているのであれば、残念だが我が国は滅びるべき。そういうことだ」
そう言ったボナールは数瞬の沈黙後、もう一度口を開く。
「この決闘がどのようなものであっても、我々フランベーニュ軍は戦いをやめねばならない。生き残るために」
「むろん、私は一介の将軍。差配できるのは自分が受け持っている地域のみ。だが、もし、ここで生き残ることができるようであれば、王都の者たちに掛け合うつもりだ。対魔族協定から離脱し、休戦すべきだと」
……この判断は正しい。
グワラニーは心の中で呟く。
……たしかに西方ではフランベーニュ軍が優勢に戦況を進めている。
……だが、ここで勝利を収めた我々がミュランジ城とボルタ川を抑えたら補給を断たれた前線の兵士は根無し草になり、餓死を待つだけとなる。その時になって停戦交渉をしても徹底的に毟られる。
……それに対し、ここで戦いをやめれば、相応の占領地を残せる。
……武人という話であるが、「フランベーニュの英雄」は為政者の資質を持ち合わせているようだ。
……そういうことなら……。
「ボナール将軍はなかなかの良識家のようだ」
「そして、将軍の言葉は正しく、実を言えば、我々としてはここで結んだ約束をフランベーニュが破ってくれることが一番望ましい。なぜなら、戦いの口実、もちろん我々は戦争中であるからそのような口実は不要なのだが、少なくても休戦をすると約束をする以上、我々からそれを破ることができぬ。そうなれば、さらに先に進むためには正当な理由が必要となるのだから」
「さらに、ここで結んだ約束を盾にすれば、フランベーニュの分断が図れる可能性がある。すなわち、為政者と為政者たちの愚かな判断によってひどい目に遭う平民という構図だ」
「むろん、人間が我々をどう思っているかは知っている。すぐには分断できることはないだろう。だが、小さな罅くらいは入れることはできる。そして、一度罅が入ればあとは広げるだけ」
「なんのために?」
「むろん戦争が終わった後に安定した統治ができるように揉め事を起こさないようにということだ」
「統治?支配ではないのか?」
「恐怖と力による支配。そんなものはいずれ崩壊する。私はそのようなものを望んではいない。だから、できれば直接統治ではなく間接統治が一番望ましい形であろう」
「間接統治?なんだ?それは」
「むろん、言葉どおり、現在権力を握る統治者ではなく我々の代理人たるフランベーニュ人によるフランベーニュの統治」
「……『フランベーニュの英雄』のような国民から絶大な支持を得ている者が新しき為政者が望ましい」
これは将来的にフランベーニュを率いるがあるかという問い。
だが……。
「なるほど。壮大な構想だが、私が知る『フランベーニュの英雄』にはその役は荷が重い。別の者を探すべきだろう」
むろん拒絶。
ボナールはそのまま言葉を続ける。
「ちなみにそれは魔族の王が描いたものなのか?」
「単純に私の妄想だ」
ボナールは思った。
この魔族は只者ではない。
人間種の若造。
それにもかかわらず、純魔族の将軍たちが絶対的な忠誠を示す。
さらに言えば、たった今披露した構想。
一介の軍人では思い浮かばない支配者の発想だ。
もしかして、この者こそ魔族の王なのではないかと。
「もしかして、グワラニー殿こそ魔族の王ではないのか」
ボナールとしては当然すぎる問いではある。
……未来はともかく、残念ながら現在は違う。
グワラニーは誰にも聞こえぬ声でそう呟き、薄い笑みを浮かべる。
「どのような根拠でそのような結論になったのかはわかりませんが、違いますね」
「では、王族か?」
「いやいや違いますね。それも」
「信じられないな」
「まあ、ボナール将軍が考えているのはある程度は想像できますが、嘘ではありません。これ以上は我が国の事情ですので話すことはできませんが」
「それより……」
「将軍から申し入れがあった決闘の件についてお答えしましょう」
「将軍の言葉を信じ、条件付きで受けるということにしましょう」
やや唐突ともいえるようにグワラニーは話題を変えた。
むろん取り立ててそうしなければならない理由はない。
だが、ボナールやロバウの目にはそう映った。
ただし、それによってやってきた話題こそ自分たちがここにいる理由。
しかも、前向きな回答。
蒸し返すような愚は犯さない。
「その条件とは?」
「実をいえば、私は剣の心得がない。つまり、素人以前の者である私が将軍と決闘をおこなうなど問題外」
「だが、決闘で勝利すれば無傷のクペル城が手に入るだけではなく、そちらがモレイアン川と呼ぶ大河の東岸全体も自動的に手に入るのだ。悪い話ではないでしょう」
そこまで言ったところでグワラニーの笑みは黒味を増す。
「どうせ、こちらが決闘を断れば、クペル城を自身の手で徹底的に破壊し、さらに井戸には毒を投げ込みすぐには使えないようにするなどと脅すつもりなのでしょう」
「まあ、そう言うことで将軍の相手は私の代理人がおこなう。この条件であれば決闘の申し出を受けましょう」
「どうでしょうか?」
「……承知した」
こうしてこの長い戦争の歴史上初めて魔族と人間との決闘がおこなわれることが決定された。




