戦場へ
「フランベーニュ軍はキドプーラへの本格的な攻撃をしてこない。なにしろ、攻撃してしまっては、こちらは巣穴から出てこなくなる。本来それこそが望ましいものなのだが、草原まで引きずり出して叩き、逃げる我々を追いかけるように渓谷地帯に入る計画の彼らにとってその状況は非常に都合が悪いのだ」
「そういうことで警備は緩めてはならぬが、後方にいる者は明日に備えてゆっくり休んでくれ」
「ということで、我々もこれで解散。明日は少し遅めの朝食後に、戦場に出向くことにしよう。彼らは我々が外に出なければ何もできないのだから何もない。ゆっくりと最後の晩餐……ではなく、彼らの最後の朝食を楽しんでもらおうではないか」
むろん、そう言ったグワラニーも、翌朝、食事中に届いた情報、そこで知らされた敵の増援部隊の第一波の顔ぶれを聞いたときは驚きの色を隠せなかった。
「ド派手な軍旗?確認されただけでも三十八もの紋章?」
「はい」
「そのすべてに盾が描かれているとペパス将軍は申しておりました」
「それ以外に何かあるか?」
「薔薇が描かれているものがいくつか……」
「数は?」
「最大で三つ。三つの薔薇が描かれた旗が二種類あるそうです」
「なるほど」
「承知したと将軍には伝えてくれ」
伝令兵が退室すると、グワラニーは苦笑する。
いや。
困惑したと言った方がいいのかもしれない。
「バイア。フランベーニュは何を考えていると思う?」
「さあ」
こちらはどちらかといえば、嘲りの香りのする笑みを浮かべたバイアはそう答える。
そして、ふたりが微妙な表情をする理由。
それはもちろんその旗にある。
この世界の人間の国の多くで軍旗に関して細かな規則があった。
むろんそこには現れたフランベーニュ軍も含まれる。
フランベーニュ軍の場合、軍旗に盾を描くことができるのは爵位持ちの貴族のみ。
そして、軍旗に薔薇を描かくことができるのは、フランベーニュ王国が建国されたときに十大貴族の称号が与えられた者たちだけ。
さらにいえば、その薔薇の数は爵位を示し、最大となる三つの薔薇は公爵の証。二種類ということは十大貴族の頂点に立つタルドゥノア公爵家とシャンティオン公爵家の者が戦場にやってきているということになる。
絶好の獲物。
いや。
絶好のカモというところなのだが、そのような者たちがやってきたことを知ってなぜグワラニーが困惑するのか。
なぜここで貴族たちが姿を現したのか?
むろん、正規軍と違い何事にも時間がかかる貴族たちの寄せ集めが姿を現したということは、当然やってきたのは緊急事態に急遽参集した軍ではない。
つまり、これでボナールの登場が予定されていたことが確定した。
だが、なぜボナールが貴族たちを同伴してきたのかという新たな疑問が浮かぶ。
もちろん貴族たちがボナールに負けない一流の武人ということなら問題ない。しかし、自称ならともかく、本当の意味で爵位持ちの貴族が一流の武人であることは滅多にない。
これだけの数の貴族が皆その例外の者たちということがあるはずもなく、それが十万という集団で現れたのは別の理由からということになる。
「まあ、少なくてもこれはボナール将軍が望んだことではないでしょう」
「彼ら大貴族が、有名な将軍とはいえ、平民であるボナール将軍の命に黙って従うのは難しいでしょうし、たとえ従ったとしても、ボナール将軍が考案した策を理解し動けるとは思えませんから」
「まあ、その通りだな。では、どうしてということになるのだが……」
「ボナール将軍は常勝。つまり、今回も勝利。そして、渓谷地帯を抜き、マンジューク銀山をはじめとした鉱山群奪取は確実。それに一枚噛んでいい思いをしようと国王にねじ込んだのでしょう」
「あり得るな。いや、それしかない。そうなると敵ではあるが、お守りを押し付けられたボナールには同情してやるしかないのだが……」
「そうなると餌役は最初の二万ではなく、貴族たちということになるのかな」
「ボナール将軍としては、食われるだけの餌役を自身の大切な部下に任せなくて済むのです。当然そうなるでしょう」
「だが、我々がフランベーニュの軍旗表を持っていることは知らないはずだろう。つまり、貴族たちが来ているなど我々は知らない……」
「むろんそれはそうでしょう。ですが、ある程度の力量がある者が甘い陣形を見れば、貴族の部隊が弱兵集団であることがすぐにわかります。しかも、十万という大軍。叩く気になる。つまり、餌役としては最適というわけです」
「押し付けられたのだから、有効に使わせてもらうというわけか。まあ、それくらいやってもらわなければ割に合わない」
「ということは、十万の貴族軍を食らいに我々が草原におびき出され、食らいついたところで、左右両脇にボナール軍が転移してくるわけか」
「報告では朝まで相当な頻度で魔術師が転移を繰り返していたそうですから間違いないでしょう」
「ご苦労なことだ。むろん、後方は遮断せずにいつでも退却の道を残しておくわけだな。だが、残念だが、我々がその道を使うとき、彼らの姿はこの世にはないのだが……」
「フランベーニュは三十万で済む損害が四十万になるわけだ」
「この戦いで夫や子供、それに恋人を失ったフランベーニュの女性たちの恨みを一身に浴びるわけか。私は」
「それについては私も分かち合いましょう。もっとも、それは今回だけではなくどの戦いにおいても同じ。そして、その悲しみはフランベーニュ側にあるだけではありません。我が国でも同じ。さらに言うのなら、彼らは軍人以外も殺した。それに対し、我々がおこなうのは戦いの場における軍人のみ。同じ四十万でも大きな差があります」
「ああ」
それについて何か言いたそうな表情を浮かべたグワラニーだったが、それについては何も言うことはなかった。
そして、その一瞬後。
「では、そろそろ行くとしようか」
「『フランベーニュの英雄』の最後の戦いとなる戦場へ」




