補遺3 月刊『異界』 令和6年7月号
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【補遺3】
媒体:月刊『異界』 令和6年7月号
特集記事(pp.34-41)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
《特集》 現代怪異ファイル
呪われた発掘調査報告書を追え!
─千葉市の閉架書庫に潜む「閲覧者の本」─
文・写真:黒沢 守(怪異研究家)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
[リード]
千葉県千葉市の某区の市立図書館。閉架書庫の奥に、ある
「発掘調査報告書」が静かに眠っている。書名は『骸ケ谷
(むくろがやつ)逆山遺跡 発掘調査報告書 ―令和5年度―』。
この本を巡って、いま、奇妙な噂がインターネット上で
拡散している。「読むと消える本」「閲覧者を取り込む本」。
怪異研究家の黒沢守が、現地に飛んだ──。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【1】「閲覧予約」の不思議
私が千葉市立図書館を訪れたのは、令和6年6月某日の午後で
あった。閉架書庫の資料を閲覧する場合、事前に予約申請書を
提出する必要がある。
担当の司書(仮にAさんとする)に申請書を渡したところ、
Aさんは少し困ったような表情を見せた。
「あの、その資料は、現在閲覧予約が一件入っておりまして」
予約者は誰なのかと尋ねたが、Aさんは申請書の控えを確認
した上で、こう答えた。
「それが……予約者欄が空欄でして。受付日の記入もありま
せん。閲覧希望日が『随時』とだけ書かれています」
申請者不明の予約。それも「随時」。図書館の業務として、
通常は受け付けない申請書のはずだ。Aさんに事情を聞いた
ところ、「いつ綴じ込まれたのか分からない」予約申請書が
予約台帳に挟まっていたという。
申請者がいない以上、予約は失効すべきだが、Aさんによれば
「次に閲覧を希望する者が現れた時点で、当該予約が充当
される」という申し送りになっているらしい。
つまり──私が今、その予約を充当する閲覧者になる、という
ことだ。
私は了承し、閉架書庫への案内を待った。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【2】書架の「4冊」
閉架書庫の薄暗い廊下を進むと、Aさんが目的の書架の前で
立ち止まった。
「こちらです」
書架には、確かに4冊の同一の本が並んでいた。
背表紙はいずれも同じ。請求記号も同じ。資産番号も同じ。
私はそのうちの一冊を取り出そうとして、手を伸ばした。
ところが、指が本の表紙を捉えた瞬間、なぜか指先が滑った。
何度試しても、本が手前に引き出せない。
「すみません、Aさんも一緒に試してもらえますか」
Aさんが両手で書架を支え、私が本を引き出す。
何度かの試行の後、一冊だけがようやく書架から外れた。
このとき私は気づいた。
**残った3冊の位置が、わずかにずれている。**
最初に4冊並んでいたとき、書架には4冊分の隙間しかなかった
はずだ。1冊取り出した今、残り3冊は等間隔で並んでいる。
書架の幅と本の幅から計算すると、計算が合わない。
Aさんも同じことに気づいたらしく、しばらく書架を見つめ
ていたが、「館内に持ち出しましょう」と短く言った。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【3】奥付の謎
館内の閲覧席に着き、私は本を開いた。
奥付には次の記述があった。
刊行 :千葉県特別埋蔵文化財調査室
校閲 :廣澤 文彦(嘱託・在任中所在不明により校閲継続)
印刷 :株式会社 白樺写真工芸
ここで重大な事実が判明する。
**「白樺写真工芸」は、令和3年8月に廃業している。**
私は商業登記から確認していた。当該会社の閉鎖事項証明書
には、「解散年月日:令和三年八月二十日」と明記されている。
つまり、令和5年度に刊行された報告書を、令和3年に廃業した
印刷所が刷っている──。
これは時系列的に不可能である。
しかし、私の目の前にはその「不可能な本」が物理的に
存在していた。表紙には、確かに『骸ケ谷逆山遺跡発掘調査
報告書』と印字されている。
私は奥付の写真を撮ろうとデジタルカメラを構えた。
シャッターを切ったが、確認すると奥付ではなく自分の手元が
写っていた。手ブレか構図ミスかと思い、何度か撮り直したが、
奥付がうまく画面に収まらない。他のページは普通に撮影
できるのだが、奥付に至るとどうしても焦点が合わない。
私の手元の問題かもしれない。だが、今思い返しても、
何度試しても撮れなかった理由は説明がつかない。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【4】廣澤文彦という人物
本書の校閲担当として記載されている「廣澤文彦」という
人物について、私は別のルートで調査を進めた。
千葉県内の郷土史研究家・古田氏(仮名・79歳)に話を
聞くことができた。古田氏は若い頃、廣澤文彦という名の
研究者の論文を読んだ記憶があるという。
「『千葉県下における埋没集落の伝承』という稿本があって
ね。大正期の民俗学者だ。骸ケ谷の伝承についても言及して
いた。爪に名前が刻まれる、という奇妙な伝承だ」
古田氏は当時の論文の写しを保管していた。私はそれを
見せてもらった。
表紙には「廣澤 文彦 稿 大正十一年」とある。
「ええ。大正十一年だよ。今から100年以上前だ。
どうしてその人の名前が、令和5年の報告書の校閲担当に
出てくるんだい?」
古田氏の問いに、私は答えることができなかった。
なお、古田氏は取材の翌週、自宅で倒れているのを家族に
発見されたという。命に別状はないものの、現在も意識が
戻っていない。「骸ケ谷の話を、もうしてはいけなかったの
かもしれない」と古田氏のご家族は語っていた。
取材の謝礼を返したい旨を申し入れたが、丁重にお断り
された。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【5】読了後の異変
私はその日のうちに、4時間ほどかけて本書を通読した。
内容は発掘調査の報告書の体裁を採用しており、表面的には
学術文書の形式に従っている。しかし読み進めるにつれ、
記述に奇妙な歪みが現れる──木口主査の現場日誌における
主語の消失、整理員の記録に現れる「視線の感覚」、
そして最終章「最終観測者について」。
最終章を閉じたとき、私は不思議な感覚を覚えた。
時計を見ると、午後4時22分。
しかし入館時の腕時計の記憶では、11時の少し前であった
はずだ。実に5時間以上が経過していたことになる。
不思議だ。私は本書の通読に4時間かかったと感じた。
しかし入館してから5時間以上が経過している。
1時間の差は、どこに行ったのだろうか。
帰路、私は何気なく自分の指先を見た。
左手の薬指の爪が、わずかに変色している。
朱色を帯びた、極めて薄い染みのようなものが、
爪の生え際から先端に向かって、爪の内部を進んでいる
ように見えた。
私の知覚の問題かもしれない。
しかし、本書の記述によれば、骸ケ谷から出土した
角質片(爪状)には、姓名と没年月日が朱で刻まれていた
という。文明十三年から、令和7年まで。
私の没年月日は、まだ訪れていない。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【次号予告】
本特集の続編として、次号では
『「最終観測者」とは何か――骸ケ谷の構造を読み解く』
を予定している。
廣澤文彦氏の足跡をさらに辿り、本書の編纂経緯と
「閲覧者の登録」のメカニズムについて、踏み込んだ
分析を行う予定である。
ご期待いただきたい。
黒沢 守(記)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
[編集部より] 令和6年8月号 お知らせ
前号(令和6年7月号)にて予告いたしました黒沢守氏の
特集続編につきまして、執筆者と連絡が取れず、原稿の
入稿が確認できないため、次号への掲載を見送らせて
いただきます。
黒沢氏のご家族からは、令和6年6月下旬以降、
ご本人の所在が確認できないとのご連絡をいただいて
おります。当該日付は、前号特集記事の取材日と一致して
いると思われます。
なお、前号の特集記事の校了原稿には、本来の本文には
含まれていない以下の文字列が末尾に追加されていたことが、
編集部の確認で判明しております。校了後の追加経緯は不明
です。
「爪を見るとき、すでに“それ”は始まっている。
順序を守れば、痛みはない。」
読者の皆様には、ご報告とお詫びを申し上げます。
月刊『異界』編集部
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




