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文書 No.021 民俗調査記録(大正期) 千葉県下における埋没集落の伝承(三)

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【文書 No.021】 民俗調査記録(大正期) 千葉県下における埋没集落の伝承(三)

文書種別:D/廣澤文彦 民俗調査記録(大正期)

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  『千葉県下における埋没集落の伝承』

      廣澤 文彦 稿



   第三章 骸ケ谷の民俗について(補遺)



         (前二稿に引き続き、追加の考察を記す。)


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(八)伝承の地理的背景について


骸ケ谷の伝承が千葉市域に限定される理由について、

地形的な観点から考察を加える。


当地域は台地と谷が複雑に入り組む地形を有しており、

古来より「谷津やつ」と呼ばれる湿地性の谷地形が

各所に発達している。

これらの谷津は、外部からの視線を遮る地形的特性を持ち、

閉じた共同体の形成に適した環境を提供していた。


骸ケ谷の伝承が「天を憎む」という観念を核に持つことは、

まさにこの地形と無縁ではないと考える。

谷底からは空が見えにくい。

空が見えにくい場所に住む者は、空ではなく土を見る。


なお、旧版地形図(明治二十年代測量)と

現在の地形図を重ねると、当時は存在した複数の谷津が

現在では消滅していることが確認できる。

埋め立てによる消滅が多いが、

一部の谷津については消滅の記録が行政台帳にも残っていない。

「記録されないまま消えた谷」が存在する可能性がある。


また大正十一年の踏査において、

筆者は「谷に入ったつもりが出発点に戻っていた」という

経験を二度繰り返した(前稿参照)。

地形的な錯覚か、あるいは谷そのものの性質によるものか、

当時の筆者には判断できなかった。


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(九)記録の媒体としての身体について


骸ケ谷の民俗において、爪が「記録の媒体」として

機能していたとする観念は、

文字を持たない集落における情報保存の様式として

類例がないわけではない。


しかし骸ケ谷の特異性は、記録が個人の死後も

「土の中で更新され続ける」という点にある。

土は記録を保存するのではなく、記録を継続する。

この観念が実際の儀礼行為と結びついていたとすれば、

土坑の形成は記録装置の設置であったと解釈し得る。


なお、「むくろがやつ」という地名の「むくろ」について、

「むく・ろ(剥がれたもの)」という語源異説(付録No.006-A参照)を

採用するならば、谷とは「地表の皮膚が剥がれた傷口」を意味する。

傷口に爪(記憶)を埋めることで土地が治癒する——

この観念において、埋めることは回復ではなく継続である。

爪が土に収まるとき、土は「傷が塞がった」のではなく、

「傷が内側に折り込まれた」状態になる。

骸ケ谷における堆積の逆転は、

この「折り込み」の物理的な表れとして解釈し得る。


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(十)出土記録との照合


深度2.8メートルの土坑から検出された角質片(爪状)は、

整理台帳の最終計数において124枚を記録している。


老婆が口述した「百二十四の名前が揃ったとき、地は満ちる」

という伝承と、出土した角質片の計数が一致することは、

本伝承の記録的信頼性を傍証するものと考えられる。


なお、SK-07の覆土から検出された水銀朱の分布は、

伝承にある「伏倒土神の儀」の手順と空間的に対応している。

竪穴住居跡(SI-0666)における主柱穴の延伸方向は、

「逆さまに歩む神」の構造的な表現として理解することができる。


第5表(N-001〜N-010刻印内容)に示した没年月日のうち、

N-001・N-002の「文明十三年」(1481年)は

筆者が踏査した大正十一年の約440年前にあたる。

土坑の形成がこの時期から継続していたとすれば、

骸ケ谷の記録システムは少なくとも440年間稼働していたことになる。


N-110(明治三十九年)からN-111(本調査関係者)までの

118年の空白については、説明がない。

本報告書の調査によって空白が埋まったと解釈することは可能だが、

その解釈を筆者の立場から断言することは適切でない。


当調査室による発掘調査の成果は、

私が大正十一年に記録した口述伝承の内容を、

考古学的に裏づけるものである。


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             廣澤 文彦 (日付記入なし)


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