死ぬよりマシなゾンビズム 8
「実の所よぉ。お前さんがいなきゃいないで何とかなる筈だったんだよ」
少し酒が進み、酔っ払いの絡みその物の言い草で静夜がぼやく。
「勧誘しておいて酷い言い草だ」
「これがなきゃなぁ……」
ダンジョン由来の物質は、滅多な事では変質しない。それは関りのない静夜にとっても常識なのだが、折れ曲がった鍵を取り出した静夜はため息を吐いた。常識は大体間違えているのだ。
「普通曲がるか? お前さんがボカスカぶん殴るもんだからこんな風になっちまった」
古御堂との殴り合い、その時の一撃が一撃で鍵を曲げた。
しかも折れ曲がったのに元の形に戻る気配ない。びくともしないのだ。おそらく、ダンジョン由来の物質は滅多な事では変質しないというルールが適応されているのだ。
「おお……それ戻らないのか?」
と、テーブルの上に放り出された鍵を手に取る古御堂を、胡乱な目で見つめる。
「俺ァ知ってるぜ。それでお前さんが戻そうとするとそいつぁポッキリ逝っちまうんだ。あああ、ほらな? きっちり留めを差しやがった」
「未来予知が出来ているじゃないか……まぁなんだ、すまん」
「曲がった時点で使えねぇなぁ解ってたからそこは良いけどよ。お約束にも程があるだろが」
苦笑いをして折れた鍵を掻き寄せてポケットに納める。後で燃えないゴミにでも出してしまおう。
「って訳で俺は鍵をなくしちまったんだが、古御堂は鍵を持ってきているのかい?」
「鍵なら預かっているよ」
「そら重畳だ」
「この通りだな」
そう言ってテーブルの上に置かれたのは静夜が持っていた鍵と瓜二つの鍵だった。折り目まで同じ位置である。
「……ご都合主義ってこういう事かい?」
「シンプルに運が悪いだけさ。ご都合が悪い主義だったら納得だな」
「なんでこんな事になってんだよ?」
折れ曲がった鍵は当然使えない。きっと、静夜が力づくで戻そうとすると面白い位簡単にポッキリ逝ってしまう未来が幻視出来てしまう。
「弓代が俺をボカスカ殴った時だな。おそらく倒れた拍子に折れ曲がったのだろう」
「ええ……俺がわりぃのかよ」
しょんぼりした声で、これ以上の反論は特に思いつかない静夜である。喧嘩を吹っ掛けたのは静夜なのである。
「どうやって中に入るんだよ?」
「弓代がやろうとしていた様に、ガラスを割るしかないんじゃない? 鍵を壊して入れなかったなどいい訳にもならん。やるからには手段は選んでられんだろう」
その回答に静夜は結局黙る事にした。咄嗟に思いついた様々な不可能は、たぶん目の前の男にはあまり関係がなさそうである。
それに、古御堂の協力が得られなかった場合、静夜だってどうにかしてガラスを割っていた事だろう。違いはその気軽さ位でやる事は同じだ。
「オーケーだ。そうしよう。どうせあのビルぁぶっ壊しちまう予定だからな。ガラスなんて上等なもんはバイク泥棒みてぇに壊してまわっちまおう」
「できれば取りたくない手段のつもりだったが、随分ウキウキしているじゃないか?」
鬼が呆れてジト目をする。
「へへっ、解るかい? 俺ァあのビルが許せねぇんだ。少しでもぶっ壊せるならぶっ壊す事にしたんだ」
「だろうな。鍵があるのにガラスを割ろうとしていたくらいだ」
確かに、それはそうだ。たとえもともと鍵がかかっていなくとも、きっと何かにつけてあのビルを傷付けようとしていただろう。
「そこまで気に入らないか。さっき話にも少し出ていたな。ぶっ壊しちまおうと、本当に思ったわけだな?」
「まんまと思っちまったね。俺が気に食わねぇ理由が勘違いだったらありがてぇが、どうにも本物くせぇ。しかも、程度が悪くて気付かなかった事にゃ出来ねぇような状態だ」
「……それは、弓代が専門家だからわかるという事じゃなくてか?」
「俺ァそういうのにゃむしろ鈍い方だぜ。言われてみりゃ、誰でも気づくさ」
「変な所はなかったように見えるがね?」
「だよなぁ。薄汚れたどこにでもある様な廃ビルだ。そんで室外機にゃどっかの馬鹿が乗ったのか足跡まである。草塗れでその内壁が崩れてもおかしかねぇ。そんな所まで含めて何処にでもあるような廃墟だ」
「そうだ。どこにでもあるような所だっただろ?」
だから気が付かない。しかしだからこそいったい何を見逃してしまっているのだろう。古御堂の顔にはそう描いてある。
「あんビルは普通だよ。見た目は全く問題ない」
「……じゃあ何が気に食わんのだ? 一目瞭然といった割には何もわからんのだろう? そもそも本当にダンジョンになっているのかも疑問だ?」
「あー……。……ビルの中にゃ、自殺した市民の魂が囚われててよ? そんでもって、あの中に居る化け物共がその人間の体を操っている。そんな可能性が濃厚だって言ったら信じるかい?」
かつん。と、グラスの中で小さな氷が壁に当たる。
目を見開いた古御堂は、一瞬完全に動きを止めてから、やけくその様に目の前に置かれた焼酎のグラスを飲み干した。飲み干すな否やタッチパネルをいじって何やら追加注文を大量に入れはじめる。
「素面で聞かなければそれで十分だ。どういう事だ?」
「鬼ってのぁ飲めば飲むほど真面目になったりするのかい?」
「酒を飲まない鬼が不真面目なのは確かだ」
その返答に思わず苦笑する。
「それ未成年どうすんだよ」
「鬼は母乳にアルコール混じっているぞ?」
「え、マジかよ?」
「信じるなって」
その返答がちょっと面白いと思ってしまった静夜は言い返せない。肩をすくめて話の続きに入るとする。
「まぁいいか。なんでもズームォの話によると、この街の自殺者数がこの五年の間、ゼロなんだとよ」
「……それはさっき言っていたな。統計方法のミスとかではないんだろ?」
「さすがにいい事じゃないかとシンプルなこたぁ言わねぇよな」
「言いたいところだが言えそうにないな」
「八龍建設があのビルに施した魔術要素は社員の健康。福利厚生の為の幸運の呪い。社員の離脱を防止するための心的牢獄。職場と自宅の天秤破壊。労働に対する深刻なミーム汚染。おっと、もとより違法建築で成り上がったあいつ等の所業に口を出すのぁオススメしないぜ? 白紙社より本質は厄介だ。それに今はだいぶマシになったとか言ってたしな」
「健康に気を使っている分優しいとでもしておくか」
「そんな厄だらけの六反園ビルが白紙社に買い取られたのが五年前。呪いを弄繰り回すのをお家芸にしている白紙社があのビルを触媒にすれば相当なもんが出来上がりだ。この時点で関係性みつけてりゃ俺も手をだしたんだがな。知ったのはつい一週間前だ」
そうでなければ、あんなふざけた代物はとっくにぶっ壊していた。依頼がなくとも、視界内にあったゴミくらいは処分するのだ。
「今じゃ社員の代わりに自殺した人間の魂を閉じ込めて、魂の抜けた人間を外にほっぽり出している始末よ」
「魂が抜けた人間って、それは死体じゃないのか?」
「心と体が別物なんだよ。その辺歩いて飯食って生命活動してやがるさ」
「それ、何も起きていないという事なんじゃないの?」
古御堂は訳が分からないと怪訝な顔をする。
「八龍建設が調査したところによるとだ」
静夜は思い出す。
見せられた書類はさすがに持ち歩きをするようなものではなかったのでこの場にはない。それだけに印象に残った部分が語る言葉に強く出てきてしまいそうで、たぶん公平な事は言えないだろう。そして、同意を得たいと考えるからにはそれでいいのだろうと思っている。
「どこかで誰かが自殺しようとするだろ? すると建てもん中の呪物が、それをトリガーに魂を引き寄せる。体はそのままにな。そんで抜け殻になった体は呪物の力で勝手に動き出す。人間みたいに心臓を動かして、人間みたいに飯を食って、人間みたいな反応をする意思のない人形は今日も、今まで通りの人間みたいな顔をして振舞っている」
と、いう事になるらしい。資料を読み、自分が理解した事をそのまま伝えたつもりだが、声の抑揚にはきっと不快感が混じっている。
古御堂は言葉が見つからないらしく発言しようとしない。そのため、静夜は更に言葉を重ねる。
「この街で絶望して自分から死んでいった奴等に成り代わって、化け物共がそいつみたいな顔をして活動を続けている。いい事をしても悪さをしても、元の人間じゃない、得体の知れない何かがやった事なのに、あいつは晩年こんな奴だったよな。って語られる。それを俺ァ許したかぁないね」
静夜の声音は少し早口で、そこにはどうにも隠しきれない憎悪が滲んでいた。
「もしも、それが本当だとしたら……確かに気分の良い話ではないな」
「だろ? だから俺ァあれをぶっ壊すし、ダンジョンに取り込まれてもっと厄介なものになっちまっただろう呪物を白紙社に渡す事も絶対にできねぇんだ」
「嘘か本当か、確かめる方法ってあったりは?」
「ねぇよ。けど信じろよ」
「信じるかどうかは……今晩中に結論をだそう」
「ま、信じなくても良いように、仕事として破壊させるつもりな訳だしな」
それ自体はもう成功したと確信している静夜は気軽な物だ。と、古御堂がまだ値踏みをするような目で静夜を見ている事に気が付いた。たかが焼酎一杯。酒に酔った訳でもないだろうに、何をうじうじ考えているのか。
「聞くが、弓代の仕事というのは霊能関係の何かなのか?」
「そうっちゃそうだな。ま、俺にゃ霊感なんぞねぇけどな」
十を超える霊的存在に取り憑かれていると言われているが、普段は見えないから知った事ではない。
頭に幽霊の顔の皮が張り付いていると言われても全く気が付かなかったのが静夜なのである。
皆が見えると言っている中、その幽霊と顔を付け合わせ続ける事はざらだ。
逆に幽霊が見える知人達には見えないモノが静夜には見える事もあるのだが……。あれはいったい何を見ているのかと悩む日々である。
それは兎も角だ。
「けどまぁ、俺ァ白紙社と違ってやばいもんは売らねぇ方の呪いの専門家だよ」
「それは白紙社のライバルという事でいいのか?」
「向こうさんは俺を商売敵の害虫かなにかと勘違いしている節があるが、俺と奴等じゃ段違いであちらさんが大手になる。俺ァ個人で呪われて苦労している奴等から金もらって呪物を引き取る仕事をしているんだ。解りやすく言うと、呪いの肩代わりの専門家だな。これでも一応、国からも処理を頼まれているんだぜ」
「……ほほう?」
取引先に行政という実績があると信用がぐっと上がる。特に胡散臭い仕事程そういう物だ。
見事に古御堂は静夜への評価を上げたように見える。
もっとも、国と取引をするなんて事は実はたやすい話で、言い方次第では街のゴミ拾いだって国の仕事になる訳だが。
「俺ァ、言っちまえば呪われても絶対に平気な体質ってだけなんだ。って事ぁ、世界中にある手に負えない呪物やら魔道具やらを持ってても死なねぇって気付いてな? こりゃ商売になるって思った訳だ。事情があって数をこなすこたァ出来ねぇが、その分質は中々でね。世界中の専門家が匙を投げた呪いだって俺なら引き取る事ができる。って訳で国からの依頼だって舞い込んでくる寸法よ。呪いが効かないだけで、俺自身じゃ祓う事もできねぇんだけどな」
へへへ。静夜は笑う。
グラスをまた空にして、腕組みをした古御堂は少し上を見て、考えて、ぽつりとつぶやく。
「良く解らんけど、まぁ、不幸のゴミ捨て場みたいなものだな」
「もう少し言い方ぁねぇのかい?」
しかしその通りである。ゴミを捨てるにも金がかかるのが現代だ。呪いを捨てるのだって金がかかり、受け取り側は金がもらえるのだ。
「ともあれ白紙社がビルを呪いにしちまったからな。誰にも手が付くれられなくなったら俺んところに話はくるわな。今回の場合、手に負えないのが先かダンジョンが先かって話になるけどな」
「経緯は解った。それで、金を出すと言ったが、いくら出すんだ?」
「こっちが言い出しっぺだからな。古御堂から切り出させたのは悪ぃな。で、悪いついでだ。いくら必要か答えてくれねぇかい?」
「……白紙社はここから危険な呪物を持ち帰ったら二百万出す契約をした。そして、今までもきちんと金は払われていた」
「なるほどなるほど。白紙社を蹴るってこたぁ未来の稼ぎもなくなるよな」
さすが呪術界隈のトップランナー。金払いがいい。今までとこれからを考えれば数千万が必要になるだろう。ズームォに請求したら払うかもしれないが契約外の金を払わせると後が怖い。パトロンの格は八龍建設の方が上であるが、実のところ静夜は古御堂に支払う金銭は自前で用意するつもりでいた。古御堂を懐柔しろとは依頼されていないのだから、これは言い方を変えれば静夜の趣味の様な話なのだ。幸いな事に今まで集めた呪物とマジックアイテムを然るべき人物に売り払えば金は何とかはなるが、金の話をする古御堂は心苦しそうだ。金儲けを悪いと思っているかのような、奇妙な矛盾が垣間見える。
「いつ足抜けするつもりだったんだい? まさか爺になっても続けるなんてなぁなしだぜ?」
「……長くてあと一年だ」
悲壮感のある言葉だった。殺気にも気配にも、幽霊にも疎い静夜だが人の表情位は察するのだ。
「即金で出すなら二千万。追加は働き次第でどうでぇ?」
「……」
まさか二百万の仕事を毎月やるなんて話はないだろう。そう思って聞くのだが古御堂の反応は芳しくない。決して安い提示のつもりはないのだが、そもそも古御堂の目的は本当に金なのだろうか。
「おっと、ちがったか。なるほど、じゃあ何の目的で金がいるんだ。なんに使うんだ? いくらありゃお前さんが白紙社を切って俺に加担するんでぇ?」
詰問するように静夜が捲し立てる。
この義理堅そうな古御堂が、裏切りの代償に求める物はなんだ。静夜の話を聞くつもりになった理由は単純に負けたからか? 得体のしれない弓代静夜に何を感じ取った?
「……これでも、人を見る目はあるんだ」
古御堂がぽつりという。
「今まで見てきた中で、お前が一番不気味だったんだよ」
言われて静夜の表情が歪む。言い返してやろうかと思ったが、悪気はなさそうだし、古御堂がさらに続けるので黙らざるを得ない。
「不気味でな。得体が知れなくてな。現状を変えられるかもしれないと思った。鬼に勝てるくらいだ。ただ者じゃない」
古御堂の中で、鬼はコンプレックスであり、同時に絶対的な暴力の象徴でもあったのだろう。だから、鬼に勝てる人物は普通ではないのだ。
「現状を変える……なんでぇ。もとより辞めたかったんかい?」
尋ねると古御堂は首を振った。
「外皮内穿孔――いや、鬼だけが罹る奇病があってな。俺の義理の妹がそれに罹っている。入院費、治療薬の費用、意味があるかも解らない検査、これがとんでもない額になる。そして金をどれだけかけても治る保証がなく、もって一年だ」
「なるほど。一年か」
「そうだ」
その肯定は重たかった。
「――だから聞きたいと思ったんだ。弓代の怪我はどうして治った? あの現象魔法なのか、特殊能力なのか。怪我だけが治る物なのか?」
ああ、合点がいった。なるほど、それは話が聞きたくもなるだろう。
あの時の静夜は顔は頭突きのし過ぎで血塗れで、体はぼこぼこに殴られて、服の下はあざだらけだった。掌は剥き身の刃が食い込んで骨に達し、中指に至ってはちぎれかけていたのだ。
それが古御堂との決着がついた数舜後にはきれいさっぱり消えていたのだ。特殊能力なのか特殊アイテムの効果なのか、どちらであっても家族に病人を抱えている古御堂が興味を向けるのは当然の流れと言えただろう。
「……どれでもねぇよ。体質みてぇなもんだ。呪いが効かねぇのと同じ扱いで勝手に治るんだ。俺以外にゃ逆立ちしたって使いこなせねぇよ」
「そうか……」
目に見えて落胆した古御堂。申し訳ないがしかし、静夜の体質は静夜以外には適応されない事は間違いない。
「本当に世の中思うようにはいかない物だな。話しを戻すぞ、白紙社の仕事していたのは金払いが良いのもあるが、もしかしたら逆転の目があるかもしれないと思ってなんだ」
「なるほど」
白紙社が求めるマジックアイテム、呪物は何も人を不幸にするものばかりではない。逆もまた当然ある。白紙社が弄繰り回すと惚れ薬もカニバリズム発症薬になりうるが、そうなる手前でかすめ取ってしまえばそれは単なる奇跡の薬になる訳だ。
「目的にあうもんがあったら後先考えずにガメちまおうってか。そうだよな。白紙社を敵に回しちまうって事以外はそれで全部片が付く」
「そう言う事だな。だから、白紙社を裏切る事自体には、思う所はあるがいつかは訪れる可能性がある事だったな」
「けれど、今回のつもりじゃなかった訳だ?」
「今回だとは勿論思っていなかった。危険な物だと聞いていたからな。だとして病気を治すものではないだろうしな」
「紹介はナナホシだったんだよな?」
「そうだ」
「だったら、きっと古御堂のやろうとしていた事ぁバレてたな」
「……なに?」
「ナナホシは、企業が求める人財を調達する事に特化しているんだぜ。白紙社はいつだって人手不足だが、裏切れない人材を求めている。裏切らないじゃねぇ、裏切れないだ。どんな条件なら裏切っちまうか、白紙社はナナホシの人財データから把握していただろうな」
古御堂は知らないかもしれないが、ナナホシとはそう言う履歴書にない情報を把握する事を得意としている。古御堂が義理の妹の為に白紙社の仕事を引き受けているというのは当然バレているだろうし、白紙社の取り扱い物品を横領する可能性は当然考慮されている。
それを承知で雇うからには、古御堂に病気を治す類のアイテムの回収や管理を任せるとは考えづらい。
「……となると、地道に稼いで死ぬ前に治療費の自転車操業しかなかったな」
自嘲気味にいう古御堂は、おそらく静夜の言葉を信じたのだろう。
そんな殊勝な態度を取られると、どうしても良い顔をしたくなるのが人情という物だ。
「――よしっ、やっぱお前、今回のダンジョン潰しに付き合えよ。それに足してちょっとした俺の依頼を受けてくれるなら、全部何とかしてやるよ」
からりと笑って静夜は言う。
唐突な提案に古御堂はあっけに取られたように一瞬動きを止め、すぐさま鋭い目で静夜を睨みつけた。
「全部? 全部か――どういう意味で言っている?」
一瞬の期待。表情は意外にも穏やか。しかしその眼に在るのは警戒。探り。古御堂から感じられるのはそれだった。静夜が理解出来ない所では、あるは憤りや殺意などもあったのかもしれないが、感じられない物を感じ取ろうと努力するのは流石に馬鹿馬鹿しい。
「今回分の依頼料と、お前さんの妹の病気を治せる医者を紹介して、その手術費用は俺が受け持ってやるよって事だ。さっき言った二千万も当然出すぜ」
「――安請け合いにも程があるんじゃないか。成功するかわからない上にアメリカなどの海外で手術を受けるというならそれだけで何千万も必要になる話だ」
古御堂が早口になっている。期待してはいけないと思いつつ、もしかしたらという、可能性にすがる様に。
「まず診せんのぁ俺の知り合いの医者だよ。頭と性格が飛び切りおかしい奴だが比例して腕がいいんだ。つっても信用できなけりゃそのアメリカでの手術分の金ってなぁ工面するぜ?」
静夜は動じない。実際の所、追加出費になる何千万は流石に視線を逸らしたくなるのだが、尻の毛まで毟られれば払えなくはないし、表面位は繕える。
「……嘘は言っていないか」
「……解るのかい?」
「嘘を言っている人間の特徴はしっかり心得ているんだ」
ちょっとした特技を自慢するかのように言う古御堂を見て静夜は思うのだ。
……ああ、おっかないったらありゃしねぇ。
内心冷や汗をかいた。古御堂には嘘が通じないと確信した瞬間であり、自分が誠実な人間でよかったと思った瞬間でもあった。
「なら、俺がどこまでも本気だってのも分かっただろ?」
そう言って静夜が答えを待つために口を閉ざして沈黙を作る。
古御堂もつられて沈黙し、目を閉じた。短い間だったが、それは妙に長く、幾つもの逡巡があったように見えた。
「何をどう手伝えばいいかは全く解らないんだが……まぁ、よろしく頼む」
「わりぃな。ありがとうよ」
内心ガッツポーズを取り、静夜の想定した下準備は完了となった。
そう確信した静夜を横目に、古御堂は焼酎を飲み干す。
「そうだ。もう一つあったな」
焼酎を追加注文しつつ、古御堂は思い出したように言う。
「あん?」
まだあったのか、と静夜は少し面倒くさくなる。
「弓代のちょっとした依頼の事だぞ? ダンジョンとは別にあると言っていたじゃないか」
「ああ、そっちか。そりゃ大した話じゃねぇよ」
ほっと一安心。頼むのは本当に大した話ではないのだから。
「ちょっとした未来の話だ。俺の事をぶっ殺してくれりゃいいだけだからよ」
伝えられた古御堂の表情は奇妙な化け物を発見したかのような、戸惑いと後悔のそれだった。




