死ぬよりマシなゾンビズム 9
引き籠りだったり、疲れ果てたサラリーマンだったり、天寿を全うする老人だったり、それは色々いるらしい。
生まれる運命にない、死産となる子供に憑りつくケースもあるが、ある日突然、前世を思い出したという形で発症する事が非常に多いらしい。静夜もそれに該当する予定である。
前世を思い出すと、否応なしに不可逆の精神汚染に見舞われる。精神汚染の種類は人格改変。異なる世界で過ごして死んだとされる人物の人格が、発症者を乗っ取る。
異なる世界の人間が楽をして、この世界の常識を全て学習した状態で人格が他人に置き換わるという訳だ。
しかも、乗っ取った側は、『思い出した』と確信し、今までの人生の続きをしているつもりなのだ。今までの人格なんて欠片も残っていないのに。
いわゆる転生者と言われる怪物どもの多くはそうしてこの世界に根付いていく。
「意外といるもんだぜ、そういう『転生者』ってのはよ」
もう日は傾き、心地よい風が夕涼みに丁度良い。店を出たあと、目的地もなく、どこか人目に付かない場所はないだろうかとさまよっていた。
「それは知っている。いや、お前の言った通りで乗っ取っているのだとしたら、それは知らなかったんだがな」
何とも言えない、歯切れの悪い受け答えの古御堂は静夜の後ろを歩いている。
「だが、思い出したのと乗っ取ったの違いは曖昧じゃないか? 少なくとも外からは確認ができないし、その、弓代が当事者だとしても、まだ体験はしていない訳だろう」
「おう、脳味噌焼き切れるかってくらいの頭痛がして、意識朦朧でトラックにはねられて植物状態にさせられたけど、まぁ未遂だぜ」
「植物状態になったのにお前はこうして話が出来ているなら、それは……」
「その辺もなぁ――」
掻い摘んで話そうか……。
朝から酷い倦怠感に苛まされたのは誕生日を一週間後に控えた十七の終わり頃のだった。
倦怠感が頭痛を呼んだのは通学路も序盤の三叉路だった。
頭痛は意識を朦朧とさせ判断力を奪う。兎に角学校についてから保健室に駆け込もう。そう思っていた。引き返すという選択肢は存在せず、そもそも恐ろしいまでの倦怠感を伴って通学すること自体が、本来ならありえない事であったのだ。
足は意思に関係なく動き、視界は妙に色彩が鮮やかで、少しでも動く全ての物が理解できて。普段なら気が付かないような些末で些細な何もかもに気が付けるが、思考はしていないという不気味な脳の在り方。
推し量った様なタイミングで車道に飛び出す子供が見えて。それに気が付いているのはどういう訳か静夜だけで。そもそもそれは、静夜にしか多分見えていなくて。
そして気が付けば車道に飛び出していて、目前にはトラックが迫っていた。
「たぶん転生トラックの解釈違いだろうよ」
「なんだそれは?」
「トラックにはねられると効率よく転生できるってジンクスがあるんだとよ。本来ははねられた側は死んじまって、他の人間として生まれ変わるって話だった筈なんだ」
「寡聞にして初耳だな」
「が、俺の場合ぁ、跳ねられても体は死なねぇで残って、心が変わっちまうっていう風にしたらしいな。あるっちゃあるらしいんだが、その場合体が駄目になっちまうような衝撃はあまりないらしいんだが」
「詳しいんだな? どんな資料を読めばそんな事が知れるんだかは解らないが、勉強になる」
「……馬鹿馬鹿しいんであんまり言いふらすなよ?」
「呑みの席でドヤ顔で語ってやろうかと」
「やめてくれ」
「トラックにはねられたと思ったら他人になっていた件とか盛り上がりそうじゃないか?」
「もうそれ解かってんじゃねぇの?」
と、まぁ。そんな訳で静夜はトラックにはねられ、頭を強打した。
トラックの運転手には本当に申し訳ない事をした。唯一、静夜が意識不明ではあったが生きていた事が救いだったと今でも思っている。
とにもかくにも、静夜は意識不明のまま病院に搬送され、目覚める確率は限りなく低い、いわゆる植物状態という診断が下されたのだが、静夜は目覚める事となった。
目覚めたあの日の出来事を滔々と語りだす。
十七歳の終わり際にあった激変を。
過去の話を。
昔話を。
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