死ぬよりマシなゾンビズ厶 エピローグ
「山田、伊藤伊藤、木島、ノア。ばいばい」
首尾よく古御堂に憑りついた少女が、手を振った。五人の男の影はそれを機にしたかのようにほろほろと崩れ、この世から消えた。
泣きもしない。多分悲しくもない。特に感慨深いような様子も見せない少女だが、この世ではないどこかに消えてしまった男たちを少しだけ、探すように視線を泳がせた。
もしも、この後古御堂に憑りついた彼女が情操教育をうけたのなら、今の事を思い出してどう感じるのだろうか? などと、今は静夜の方がよほど感傷的に思っていた。
「とある未来予言によると、表玄関から出たら不幸な結果を知る事になるそうだ。んで希望がほしけりゃ裏口がおすすめだそうだぜ」
「予言……それは占いという事か?」
「さてね。どっちにしたって結果は変わっていないそうだからな。だったら心に優しい方がいいんじゃねぇの?」
それに、何が起きたかなんて大体わかっている。
「……そうか」
そう言って古御堂は手を握った少女の顔に視線を向ける。
「世の中には、気休めが欲しい事もあるな」
「そりゃそうよ」
ダンジョンコアを叩き壊した直後、鳴り響いた絶叫とその他諸々の生々しい音。見なくても何が起きたかは想像は付く。が、見なければそれは結局想像の域を出ないのだ。もっと残酷な現実も、随分気楽な現実も、不確定のままである。
「その未来予知では……いや、なんでもない」
未来予知にいろいろ夢を見て、そして古御堂は知らない方がいいと思ったのだろう。不幸も、幸運も、あらかじめ知らされていたら耐えられないと知っているのだろう。
「未来で知って得する事なんざ明日の天気位のもんだ」
「晴だよ」
「そらいい事を聞いた」
シキの右手には無事だったチョコレートの紙袋。そして左手には静夜が渡したシルバーのリングが握られている。
シキ、それが少女につけられた名前である。
この名前は古御堂がシキと名付けた物だ。
彼女がなぜダンジョンコアが消えたにも拘らずしぶとく生き残っていたかの考察をしつつ、彼女の正体に言及した結果、ならばそれに由来した名前しか思いつかないと言った古御堂が、数分腕組みをしてひねり出した名前である。
六反園ビルの、六反園シキ。
中々にいい名前である。
静夜の提案したノロッ子はあえなく却下された事をここに蛇足として記しておく。
「――さて、それじゃあこことはおさらばだ。さっさといこうぜ」
くたくたの体に鞭打って静夜は歩き出す。
階段を降りる間三人は無言だった。
静夜は疲労から無言であり、古御堂は未だに死者がどれだけ出たのかを気にしている様だった。もっとも後悔しているという事ではなさそうだったが結局無言だった。そしてシキはこれからどこに連れていかれるのかという、漂泊の気持ちを抱えてで無言なのだろう。
一階について視線を入ってきた方に一瞬向ける静夜。明るい光が差し込んだ向こう側は静かなものである。そこが一番楽に出られる方向なのだが、静夜は踵を返して逆方向に向かい歩き出した。古御堂が静夜の顔を確かめるように一瞥したが、それに関しては何も言わずシキの手を引き後ろについていく。
ガラス戸ではなく、鉄扉になっている裏口のノブをひねる。少し強い抵抗、軋む音、浮いた錆びが差し込む日差しに妙に目立った。
外はまるで時間が止まった様に静かで、誰もいなかった。鼓膜が錯覚を起こしそうな無音の中で、シキだけが世話しなく周囲を見渡していた。
「怖いか?」
「怖くないよ?」
表の通りには出ない様に裏の細い道にそのまま出る。
どこか遠くで首吊り紐がきぃきぃと鳴る。
知らない風呂場で赤い湯が排水溝に飲まれている。
いびつな呼吸音と弱まる心臓の音はもうすぐ止まる。
静夜は気付いて、古御堂は察して、どちらも覚悟の上だと無視して歩く。
「歩くのが大変か?」
「大丈夫。大変になったら消えるから」
「消える? 消えるかぁ」
古御堂とシキがそんな会話をしていると、路地の向こうから一人、生きている女が歩いてきた。
二十代半ば、キャミソールだけに見える服装、靴を履かずに裸足、泣き腫らした目。何があったのかを色々と邪推してしまう風貌だった。
その女はふらふらと歩きながら、静夜の目の前までやってきて、そして立ち止まらず脇を通り抜けていく。
古御堂の脇も、シキもすり抜け――。
一瞬だけシキを見てほほ笑んだように見えた。
思わず三人こそ立ち止まり、その女の行く末を見守ってしまう。
女は、六反園ビルの前で止まり、じっと草臥れた建物を見上げた。
数秒後。
女は空に向かって両手を伸ばしたかと思うと、ぐっと、力を入れて伸びをした。
ああ、何か吹っ切れたかのように。
その女がその後どういう行動をするか、興味はあったが関わるのは違うのだ。
静夜は再び歩き出し、心配そうに見つめていた古御堂もその後に続いた。
さっきの女性の行末など知らないが、勝手な想像を二人はしていた。
これがきっと気休めの様な希望という事なのだろう。
だったらきっと悪くない。
そういう事にしてくれないか?
真夏の空は黒と錯覚するほどの濃紺で、向こうに見える入道雲の白さが眩しかった。
それだけの快晴。湿気を含んだ灼熱の太陽。
達磨は相も変わらず、ふわりふわ。
かくして、弓代静夜の仕事は終わりを迎え、世界は何も変わらずに回っていく。
死ぬよりマシなゾンビズム・完
ひとまず一章(ある意味プロローグ)おしまい。
2章から改行とかを微調整しつつ投稿します。
章の各話のタイトル全く決まりません。あとから変えるかもしれないです。読んでくれる人が増えたら募集でもしようかな……。
書いた作品はどんなものでも評価されると嬉しいです。面白い・つまらない。それだけでもやる気につながります。よろしくお願いします。




