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五分前仮説のブランニューワールド  作者: 幾楽あくた


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死ぬよりマシなゾンビズム 13


 吸い込まれそうな青い空には雲一つない。


 丘には長い、細い小路が観覧車に向かって伸びている。辿り着けないのに振り返れず、前にしか進めない、そんな夢だと自覚した。

 赤子か子供か、泣き声が何処からか聞こえていて、それに誘われているのは解る。どうにかしてあやしてやらなくてはと、出来もしないのに強い使命感が静夜の思考を――いや、静夜の存在を占めていく。


 それを認識して、ぽつりと感想を漏らすのだ。


 あーあ、煩わしいったらありゃしねぇ。


 一体どの精神体からの精神攻撃かは知らない。この赤ん坊の泣き声に深く関わった

らきっと目覚められなくなるのだろう――どうせ治るので一日ぐらいだろうが。

 そんな認識を改めてすれば、その音は蝉と同じ様なものとなる。無視して当然、気を取られるのは文字通り時間の無駄と。

 何百回目かの悟りを開くと、夢の中で静夜は観覧車が見える丘の上の、白いベンチに座っていた。


「しーずや君。あーそーぼ」

「今留守だ。後にしてくれ」

「本人が返事をする居留守ってなかなかできないよ?」

「相手したくねぇんだよ。察してくれよ」

「照れ屋だね。僕はこんなに君がお気に入りなのに」

「そういう所が相手にしたくねぇところなんだよ」

「ひっどいなぁ。僕にそんな口を利けるの君だけだよ?」

「文句はあるめぇ?」

「ないね。全くない」


 隣にクレープを持った、今日は少年の姿をした存在が座っていた。それは最近のお気に入りの姿だ。


「そんな事よりさ。僕の不満は僕の予言を無視し続けている事なんだよ。秋田の美人さん紹介するって言ったよね? 銀髪ダークエルフだよ? おっぱいでかいし、処女だし、エッチも上手になるよ。秋田いこうよ。なんでいかないの? どういう事? 鬼と知り合って何してるの? あんなのとどうやって知り合うのさ。もしかしてそっちの趣味?」

「心底うるせぇったらありゃしねぇな」


 げんなりして静夜はぼやく。


「僕が紹介しようとしたあの娘は性格だってめちゃくちゃ良いし出会いの調整も完璧だ。彼女はきっと君の助けを待っている」

「余計なお世話を通り越して頭おかしいだろ。わざわざ銀髪女を不幸にしているんじゃねぇだろうな?」

「僕は、紹介すると決めたんだ。君だけだよ? 言う事聞かない奴。ほかの皆は素直だって自慢するよ?」

「他所は他所。ウチはウチ。世の中の母ちゃんは良い事を言うもんだ」

「そんな事言っていると。僕は僕なりにやっちゃうよ?」


 いいのかなぁ? とニヤニヤしてクレープを齧る。


「好きにすりゃいいさ。俺の都合で女泣かすよりゃマシだ」

「泣かせなんて言ってないけど?」

「お前の言う通りにするなら二股掛けろって話だろが」

「全員本命だってば。でも、うーん……世の中の男女比いじっちゃおうかなぁ」


 何やら物騒な事を言っているが、これに関しては無視していいと静夜は判断する。もしも男女比とやらが変わった所で静夜の考えは変わらないのだから。


「そもそも、女が目ぇ潤ませて告白してきたのを聞こえなかったと言ってはぐらかせってのが気に食わねぇ。好きなら好き、惚れたら惚れた。合わないならごめんよ。これでいいだろうが」

「違う違う」

「あん?」

「『えっ? 今何か言った?』だよ。それで相手が『何でもない』と楽しそうに笑ったなら成功だ」

「その女大丈夫か?」

「頭は弄ってないよ?」

「尚更どうなっているんだよ」


 心底呆れて静夜はげんなりする。


「そりゃ、そういうルールだもの」


 曰く、ハーレムを許容できる人間にのみ適応される特別な世界のルールだとか。特別サービスで遺伝子の許す限り顔を良くしているとか。そんな不気味な文言を聞かされるので全部聞き流す事にする。言われた所でその内容の一割も事の重大さを理解できている気がしないし、理解できる範囲であっても真面目に取り合うには馬鹿馬鹿しく、そして本当だとしたら恐ろしすぎて知りたくもない話である。


「俺ァハーレムなんて興味がねぇよ。そもそも人を幸せにできるような生き方しちゃいねぇ」

「そうやって君何人振ったのさ?」

「どうせカウントしているんだろ? デバガメ坊主が」

「恋人の幸せ願って身を引くってさ。僕等には当然ない選択だからね。姉さんとか滂沱の涙だったよ」

「誰だよ……」

「ハーレムを作ってくれるなら、君に憑りついてる有象無象を祓ってあげるよ?」

「祓われたくねぇんだよすっとこどっこい」

「おっと、そうだったっけ?」


 おちゃらけた発言にも聞こえるが、ことこの存在に限っては本当にうっかり考慮に入れていない可能性がある。

 彼にとって静夜の心の機微や事情などは些事であるし、自分が面白いと思った事こそが優先すべき意見なのだから。


「でも、その辺の事情で恋人作るの二の足踏んでるよね」


 それは確かにそういう側面もある。


 静夜の体を狙う精神体はどれもこれも強力だ。運よく静夜の体質よ拮抗しているからこそ静夜は静夜でいられるのだが、この均衡は崩れる可能性はいつでもある。精神体が全滅する事もあれば、世界の修復力が精神体の能力に負ける事だってある。どちらに転んでも、静夜はお終いなのだ。


 そんな状況だ。恋人を作るのは出会いや好み以前に心理的ハードルが非常に高い。

 自分が死んで恋人を残すか、逆に自分が死んで恋人が他人のものになるのか。悲劇を超えて喜劇ですらある。


「俺の色恋に口出しなんて今どき近所の世話焼き婆ァもしやしねぇよ」

「その婆ぁより年上なんだから仕方がないじゃないか」


 少年の顔をした年長者は楽しそうだ。


「恋人作って恋人を不幸にしてたら世話ねぇよ」

「不幸なの?」

「……あん?」

「別に見た目は変わんないし、記憶は地続きじゃん? 君は君よりスペック高くなるしさ」

「……」


 相思相愛の大切な人が出来たと思ったら静夜は他人になり、相手は静夜を失う事になる。相手が静夜の変化に気付かずに傷付かないかもしれないが、だから良いという事はないのだ。


 一瞬黙ってしまう静夜だったが、直ぐに気を取り直す。


「俺ぁ不幸だって思ってんだよ」

「そっかぁ。そういう物なんだね」


 この通り、静夜の考えを素直に言えば理解を示される。なぜならば、本当に静夜の様な下等な生き物が何を考えているかが解っていないのだ。


「駄目かー。僕達としては君が女の子とイチャイチャするのを見たいんだけどなー」

「……エロい事ならたまにしてるだろうが」

「わかってない。君は全く分かってない。君がたまにハニートラップに引っかかるたびにウチの強火勢をなだめるの大変なんよねぇ」

「は?」 

「あー。それは忘れてくれていいよ。問題ないから」


 何か恐ろしい事を言われた気がするが、忘れていいと言われたからには、目を覚ました時には忘れているだろうし、考えるだけ無駄だろう。


「それはそれとしてさ、なんで遊びの相手しか相手にしないの? 相手が本気にならないように手抜きするのなんなの?」

「エロガキが……」


 たまに見られているのも知ってしまったから自分が気に入った相手ほど尚更簡単に抱けないのだ。


「もう覗いて楽しむ段階は終わっちゃっているよ?」

「心を読むなよ。テメェ等が欲情しなくても俺が嫌なんだよ」


 意思疎通が可能で、見た目が静夜達と同様の人類。これで裸を見ても何も感じないから気にしないでくれと言われても全く信用できない。犬や猫ではないのだ、嫌な物は嫌に決まっている。


「なら覗かないし覗かせないと約束するよ。だから恋人作ろ? ねっ?」

「……気が向いたらな」


 あまりにもしつこい物だから、ついに静夜も少し譲歩する。


 静夜だって人恋しいと感じる時はある。作った所で幸せに出来ないし、結果的に自分も不幸になると確信しているから、恋人は作らないのだ。だから、今も気は向かない。絶対的存在が望むものだから、まぁ気が向いたらという程度の言葉は吐いても良いか思っただけであるが。


「僕等はですねぇ! あのですねぇ! 君と女の子とのですねぇ! イチャラブがみたいんですよぉ!」

「うるせぇっ! 興味がねぇ訳じゃねぇからグダグダ言うんじゃねぇよっ!」


 夢の中で血管が切れんばかりに怒鳴り返したのだった。

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