死ぬよりマシなゾンビズム 12
そうして一旦解散して明日集合しようと話はまとまった。
古御堂は静夜とは違うビジネスホテルに部屋を取っているというが、二人とも駅周辺という事で途中までは同じ道を歩く事になる。
その道中で、ふと古御堂が足を止め、部屋の角を見つめる猫のように背の低いビルディングの隙間に視線を向ける。
「どうしたんだい?」
「奇妙な空気だな」
「……妙?」
「ざわついている。浮ついていると言ってもいいか」
「マジかよ。そういうの解んねぇよ。え、解かるのかよ」
お道化る様に反応したが、本当に驚いている。空気がざわつくとは? たまに知り合いが同じような事言うのだが、これをいう知り合いとは武道に長けていて、非常に強い。古御堂は武道などしていない筈だし、魔法も使えないと聞いている。ならばその実力は静夜が想定する常識の中に納まる筈だ。ビルを吹き飛ばしたり、街を吹き飛ばしたり、山を吹き飛ばしたり、出来ない筈である。
「あっちだな。宴会みたいな騒ぎを感じる」
「……十二時だぜ?」
スマホの画面を確認すれば丁度ゼロが四つ並んでいた。
「俺の故郷はもう殆どの店が閉まる時間だが……こっちはまだやっている所もあるだろう」
「ここだってそれなりに田舎だぜ?」
「わかってるが、随分騒がしいな。祭りでもやっているのか?」
「こんな夜中にかい?」
耳をそばだてても何も聞こえない静夜。その頭にはクエスチョンマークが乱舞する。……騒がしいか? むしろ静かすぎて遠方の車のタイヤの音が聞こえてくるほどだ。
古御堂の視線を追って静夜も黒々としたビルの影をみる。その長方形の集合に新しい物は見いだせない。
だが静夜は顔を上げた静夜は会話の中から連想をしていた。夜の祭りといえば、この街に来たタイミングで声を掛けられた事を思い出す。この街で夜祭をするからと言われた。
出歩いたところでそこに巡り合う自信はなかったが、もしかしたら古御堂が気付いたのは、この街を支配する奴等からの招待状かも知れない。
基本的に害はないだろう。むしろ赴かない事の方が事の方が余計な問題事を招きそうな気がしてきた。
「そう言えば夜市ってのをやってるって聞いたな。どこでやっているか解るかい?」
「……解るぞ。あっちだ」
指された先は、暗い道。大きな道には車がたまに通るが、向かう先も明かりは少ない。
が、言われて見れば、すこし賑やかな雰囲気を感じてしまうのだから不思議な物だ。
「行ってみないかい? どうやら中々見どころがあるって話だぜ」
「……ふむ?」
古御堂は唸ったものの、それほど抵抗がなさそうに頷く。
誰かに案内されているかのように古御堂が歩き始め、その後ろをついて行けば、徐々に、人の気配が増えていく。
実際すれ違う人が現れ、次第に増えていく。
「……異様だな。大丈なのか?」
言いつつも、古御堂の足は進む。止まらない。引き返さない。
すれ違う人々の全員が、怪しいお面をつけていて、顔を隠すものを着けていない古御堂と静夜がまるで異端児だ。
「ちょいとお待ちなさいそこのお方、ここは夜市。人間が進むには匂いが強すぎるよ」
これはいよいよ、何らかのルールがあるのでないかと思い始めた所でそんな風に声を掛けられた。
古御堂と顔を見合わせて、訝しげにしながらも呼びかけてきた露天商男の話を聞く事とする。
曰く、そこは特別な、人間以外の生命の為の屋台街だとか。
視線を向ければ、つい先ほどまではなかった筈の屋台がずらりと並んでいた。
焼き鳥、わたがし、たこ焼きなどの、縁日で見るような物から始まり、魯肉飯、胡椒餅、フィッシュアンドチップス、牡蠣入りオムレツ、ビーフン屋台にガレット販売、立ち飲み屋などにその他諸々。世界各国の様々な出店が犇めいている。
絢爛豪華な白熱灯の明かりがはるか向こうまで続いて、その往来は人間以外の何かが闊歩していた。人間の様な体系の全員が、奇妙なお面をかぶっているのはおそらくここで呼び止められたことに関係している。
「ん? 俺は鬼だぞ」
などと言う古御堂だが、呼び止めた露天商は古御堂の事を人間だとしか思っていない様子である。適当に聞き流した様子で敷かれた御座の上からお面を手に取ると、古御堂に向けてに差し出す。
手書きの値札には一つ三百五十円と随分安い。
古御堂と自分の分まで購入すると、無理矢理押し付ける。
古御堂の渋い顔を無視して静夜が面を装着して歩き出すと、古御堂も諦めて般若の面を被ってついてきた。
振り返れば、キセルを吹かす露天商が気怠そうに手を振って見送っていた。
多くの屋台から誘惑の強い臭いがしているが、静夜も古御堂も腹は満たされているので足は止まらない。
この通りを歩けば解かるが、古御堂が人間扱いされるのは当然だった。腕が六本あり這う男や、半透明の炎で出来た女、アメーバ状の粘性生物が静夜達と同じような面を体のあちこちに貼り付けて移動している。
これがあの緑と黒のねぇちゃんが言っていた夜市か。と納得したが人間ではない者たちが食べる物は果たして人間が食べていい物なのか。空腹時だったらこの誘惑に負けていたかと思うと少し考え物だ。
古御堂も同じなのか、食の屋台では歩みを止めない。他の人外生命に気を取られる様子はあるので浮足立っているのは解るのだが。
「すげぇ所に迷い込んじまったもんだな。脇道逸れるだけで帰ってこれなくなりそうじゃねぇかい」
「世の中不思議がいっぱいだな。スマホも県外だ。写真を取ったらどうなるものか」
「たぶんなんも映らねぇんじゃねぇの?」
「……そうか。凛音にも見せてやりたかったが」
残念そうに言いながら、古御堂はいじっていたスマートフォンをズボンに戻す。
屋台の従業員は一人残らず人間ではない。身体は人間の男性であると断言できるが、その首の上にのせられている物は人間のものではない。風船だったり時計だったり、なにかの計測器であったり、フィラメントが付いた電球などもいる。どうやって発話しているかは判らないが、彼等は皆道行く人々や客と威勢よく話していた。
言語が日本語ではないのに静夜たちは何を言っているかが解かるのが不思議でならなかった。
全員が一度食べたら病みつきになるから食べて行けと言う趣旨の事を言っていた。きっと二度目食べたら戻れない。
屋台が並ぶ通りの奥の道に差し掛かると、大口を開けた達磨が門のように聳え立っていた。口の中に入っていく通行の流れと、口の中から出ていく口の流れが左右で分れる。
静夜達は食われるように達磨の中に入っていく。
空中を浮遊する野良の達磨も大口の中に入っていく。
大口の境目を超えると、飲食の屋台がなくなり、雰囲気が変わった。
お香のような香りが付いた煙が辺りに漂い、白熱灯の鋭い光に筋を作る。
夜のコントラストが強くなる。
ずっと向こうが見えなくなるまで続く棚には人形や、破魔矢、招き猫、謎の鉢植え、置物、民芸品、様々な物が飾られ値札と共に並ぶ。
飾られている全て、どういう物かはわからないが、ここに並ぶと何らかのご利益を有していそうに見えてくる。
「神々しいな……」
「そうか?」
「解らないのか?」
「逆に解んの? マジかよ」
「どんな効果があるかは解らんよ。だが、下手に触れると拙そうだ」
『幸福の壺』と書かれ、『壱拾億円』と値付けされた壺に目を向ける静夜。下手にふれると色々拙そうなのは認めざるを得ない。
マジックアイテムばかりの蚤の市と言った様相の出店の前を冷かしながら進んでいくと、その道路の突き当りへとたどり着く。
桜が舞い散り、雄々しい欅がざわめき、紅葉が咲き乱れる。そして通路の端には雪かきの跡が残る。そんな異常空間の中心には巨大な屋台が一軒あって、ずらりとダルマが並び販売されていた。
「人間さんいらっしゃい。人間じゃなさそうなお兄さんもいらっしゃい。資格はありそうですね。いらっしゃい」
からくり人形と明確に解る皮膚をした、尋常ならざる美人が静夜達に声をかける。
他の通行人も、何人かは他のからくり人形に呼び止められて接客を受けている。ただ、資格がないと判断されたのか多くの通行人はそこを素通りして折り返し戻っていった。
「無病息災とかあるかい?」
「あるけどないですよ。ないです」
「おや?」
「もう病気に成っている人は無病息災では直らないですよ。直らないです」
不安を覚えるようなイントネーションの人形は、首をカタカタ振る。
不気味さに若干引きながら、ちらりと古御堂を見れば、古御堂は動かない。仮面をしているので表情も読めない。病気を治せないと知って落胆しているか、あるいはもとよりここには期待していないのか。
雰囲気からは解らないが、とりあえずならば何かないかと視線を泳がせる。
何も買わないと言う選択が頭から消えていたが、思考誘導を受けるのには慣れているので、気付きつつも別にいいと割り切る事にした。
そうして改めて店先の什器を見れば、赤い布の上に置かれた交通安全のお守りに目が向いた。
「――これは?」
「それはあなたのうってつけですね。うってつけです。お勧めします。お勧めです」
「あっと、あーっとな? どういう効果があるんでぇ?」
「どんなものでも行き来がスムーズになります。なります。自損事故は防げません。防げません。交通ルールを守れば自損しません。しませんから」
「そらぁ――そうだよな。事故っても言い訳出来るような生き方しなきゃだ。いいぜ、その通りだ」
信号無視をして事故が起こらないというのはお呪いでもなんでもない。という事だろう。自分が努力しなければご利益がないとは静夜にとってはすっと腑に落ちるしそうなので気に入った。
それほど高くないそのお守りの代金として小銭を渡すと、からくり人形は『毎度蟻』と繰り返しながら静夜から離れていった。
再度古御堂に目を向けると、古御堂は首をひねってから静夜の方に顔を向けた。どうやら、古御堂にはピンとくるものがなかったのだと解かる雰囲気だった。
「袋に入れておきました。おきました。満足して買ってくれたのでオマケをつけましょう。つけましょう。この不老不死の薬もオマケにつけましょう。飲んだら死ねません。死ねません。捨てても駄目です。駄目です。水を飲んだ誰か一人が永遠に死ねなくなってしまいます。死ねなくなってしまいます」
「いやそんなもん渡さねぇでおくれ? って……」
「消えたな。目の前で消えたぞ」
「厄がひでぇったらねぇな。これどうせ本物だぜ」
店先において逃げてしまおうか、そう思ってそっとその小瓶を置こうとする。
「お持ち帰りください。ください。店主よりのオマケです。オマケです」
消えたと思ったからくり人形が、静夜の眼前に現れ詰め寄ってきた。
驚きのあまり手を引っ込めて、そのまま店を離れる人の流れへと逃げてしまうのだった。
――歩きながら、チェーンのついた小瓶をまじまじ見つめて溜息一つ。
「本物だから俺に押し付けたんじゃねぇのかこれ。呪いじゃねぇもんは専門外なんだけどなぁ」
「不老不死なんて呪いみたいなものだろう」
「――ちげぇねぇな」
溜息が出てしまう。
「古御堂、これがあれば妹さん何とかなっちまうぜ?」
「いくらなんでも永遠に死ねなくなるは……いや、俺も飲めばいいのか?」
「……覚悟の決まり方いかれてねぇか? つうかこれたぶん一人前だぜ」
「……半分飲んだら半分不老不死になるとかにならないか」
「そう言うもんじゃねぇだろうな。少なくとも呪いっつぅのは一口目を飲んだ奴がやられるもんだ」
「ままならない物だな。なら流石にいらんな……いや……いやいらんな」
古御堂は後ろ髪を引かれる様にしては首を振る。
気持ちが解かるだけに、意地の悪い質問をしてしまったかと申し訳ない気分だ。
ほんとうに、こんな扱いに困る物捨ててしまいたいが――振り返ると、店先に立った美人店員が瞬きせずに静夜を見送っていた。その後ろに並ぶすべてのダルマも静夜を見ている気がして、首を竦めて前に向き直る。
「あー、帰ろうぜ。珍しい体験したもんだってんで寝ちまおう。案外これも、夢かもな」
「飲み屋で潰れていたら、それも末代まで語れる珍事だな」
古御堂はフッと笑う。
「所で古御堂は何か買ったのかい?」
「……病気平癒」
「その手があったか」
だったらきっと、そんなに未来は暗くないのだろうと、ダルマの浮かぶ空を眺めてそんな事を想ったのだった。




