死ぬよりマシなゾンビズム 11
「――って訳でよ? 俺ァ死なねぇんだよ。こんな感じでな」
都合良く、人気のないビルに四方を囲まれた空き地を見つけたのが幸した。
静夜が自らの腹に刃物を突き立てた所で騒ぎ立てるギャラリーは居ない。
宙を浮遊する達磨の数体だけが、一瞬ぎょっとしたように見えたが、見えただけでどうせ気のせいだ。
黄昏のオレンジは建物を黒くし、静夜の肌を赤く映し、陰影が濃くて、血は黒く見えるが、滴る血は一瞬煌めくのだ。
そして古御堂は騒ぐよりも絶句していた。
「つってもな。実は痛いもんは痛いんでな。わざわざこれやる趣味ァねぇんだ」
口の中に逆流してきた胃からの血を吐き捨てて、ついでに刃物は鳩尾から引き抜いて、静夜は苦笑いする。
「……嘘を言っても解ると言った筈だぞ? わざわざ見せつけるんじゃない。心臓に悪いぞそれは」
「そいつぁ悪かったな」
苦笑いは止まない。
「何が言いたいかってぇと。これをやって死ねるようになった俺は、十中八九俺みたいな他人だ」
「なるほど?」
「なんで、俺が俺じゃなくなっちまったらよ。そいつがめちゃくちゃいい奴であってもぶっ殺してほしいんだよ」
「……いやだが?」
「なぁに、死体はぜってぇにみっかんねぇえ手段を考えてあるから安心しろい」
「なるほどなぁ。そういう問題じゃないんだがなぁ」
眉間に皺を寄せて、鬼の渋面はいよいよ最高潮だ。
その様子に静夜は苦笑いだ。
「別に俺ァ俺を乗っ取る奴が憎い訳じゃねぇ。が、俺じゃない俺が俺みたいな顔をして、俺の人生を塗り替える事が、許せねぇんだよ」
「気持ちはまぁ、理解できなくもないか」
「例えばだぜ? 俺が結婚とかするじゃねぇか? するってぇと、な?」
古御堂はじっと静夜を見つめる。本音かどうかを見極めているのだと気付いた静夜は目を逸らさない。本音なのだから逸らす必要もない。
短い間が空いてから、古御堂は小さく嘆息した。
「……約束は出来ないぞ」
「おう、ありがとよ。交渉成立だ」
古御堂が厳しい顔で渋々頷いて、それに静夜は軽く礼を言い、そして苦笑いを見せる。
「――って具合に、始めは文字通りぶっ殺してもらおうと思ってたんだけどよ」
事実、古御堂の願いは金銭に換算したら人間一人殺すのには十分な理由になる訳だが――。
「どうやら、お前さんの能力次第じゃもう少し罪悪感なく済むかもしれねぇぜ?」
他の信用できる人物達にしてきた依頼とは、一味違う。そう、希望の様なそれを見つけてみるのも悪くないかもしれない。そう思って静夜は古御堂に言う。
「例えば、俺が転生者に負けちまうなんて事ぁない。と信じられたりな? それがなくても俺が俺のまま、普通に死ねる方法を見つけだしちゃくれねぇかい? 気が向いたらでいいからよ」
こうして、存外お人よしの鬼との交渉は成立する事となった。




