この筆者、危険につき
つい先日の話である。
気がつくと窓の外に人が立っていたのでお客さんだと思った。
私はこんな性格なので、身内以外の来訪者は、公共放送の集計人か、水道局の人くらいしか来ない。
辺鄙なところに住んでいると友達もできる筈もなく、当然お客さんも来ない。
怪しいなと思っていると、窓から中を覗くような動作があった。
自分の心臓がf1カーのエンジンみたいに高速で脈打って緊張する。目の前にいるのは泥棒だ。鎧の入っている箱を引き寄せる。
飼い犬が吠えているのを、どこか水の中に入っているようなくぐもった音として聞いていた。
いつも通りに日本鎧を着ながら、結び目を作ることができず、三度もすね当てをつけ直す。時間がない。寸刻が惜しい。
当然だが、私の鎧は本物であるが、まさか今日、その日を迎えるとは思ってもいない。私は、寒かったので家の中に入れた飼い犬に「静かに」とだけつげて忘れ物ながないか確認した。
確認しなければならないほどに緊張していた。喉はカラカラに渇いてはりつく。声がでないかも知れないと思った。ワンコの首輪にリードをつけようとしてやっぱりやめる。
「ワン」
外につれていくことを躊躇した私を非難するように、実に低く鳴いたワンコの頭を思わず撫でる。とても暖かくて醜くて、いとおしい大事な家族だ。撫でて初めて籠手の中の手が震えていないことに安堵した。
「まさか、こんなに早く実践で着ることになるとは……」
今までのことを思い出さないといけないのだけれど、何やって来たかこの肝心なときに思い出せない。なにもしてこなかったかもしれない。
外からは物音が聞こえる。泥棒は物置を物色し始めたようだ。
目をつぶって面ぽうの角度を調整する。顔と首を守る重さ800グラム近い鉄の防具だが、薄っぺらい紙でできた偽物を身にまとっているような気分だった。12月というのに、真夏のように暑い。
全身の毛が逆立って威嚇する猫のように立つ。とっさに持った模造刀のなんと軽いことか。
音をできるだけたてずにドアを開けると、全身黒い服で、明らかに泥棒です、といった風情の男が倉庫の窓を開けようとバールをかけたところだった。
ヒュー、ヒュー、と自分の息が掠れているのが分かった。
飼い犬が廊下の窓から心配そうに見ているのを尻目に、抜刀して鞘を投げ捨てた。この戦いが終わるまで、鞘はいらぬ。
向こうもこちらを気配で察する。
すらりとした抜き身の刀身は刃渡り一メートルちょっと。白銀で、鏡のように周りを写す日本刀は、昨日磨きあげたばかりだった。
「………………ッ!!」
逃げた。その背中を上段の構えから今まさに振り落とさんと言う気迫で全速力で追いかけた。
そりゃ泥棒さんも、盗みに入った家から鎧武者が出てくるとは思わんわな。
人があんな風に頭からつっころぶのを初めて見た。こっちとしては、追い付くと切らないといけなくなるから、その都度歩くんだよ。そして走って逃げ始めたら、こちらも走る。
子供の時の鬼ごっこを思い出した。人は本当に怖いとき、足がもつれて走りたくても走れない。ただ、白い不織布マスクのむこうで泣きながら助けてほしいと懇願する彼が、二度と泥棒をしないことを願って、見逃してやった。
やったー!!!勝ったぞー!!!
その日に限っては、もう、戦勝記念日だった。帰ってすぐに同居人たちに教えたいと思った。
泥棒は道にチャリンコを置き去りにして逃げたから、また取りに来るだろうか。そしたらいいのに。今度は西洋甲冑を着てやる。
この筆者は特別な訓練を受けています。真似しないでください。




