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男爵令嬢エリザベス・インテバンは、皆に「不幸だ」と指差されている  作者: 喜楽直人
第一章 突然背負った借金と契約としての婚約
8/136

1-8.現実を見つめて

8.



「あのね、おかあさま。いろいろと声を掛けてみたのだけれど、その。この地方では王都のようなアパルトメンはないでしょう? ただ、空き家ならあると教えて貰えたわ。あの……大飢饉の際に、この地方を出ていった方の、元のお住まいなので手入れはされていないらしいけれど、そこだったらお家賃もいらないらしいの」


「お仕事はまだ見つからないけれど、とりあえず農家の作業をお手伝いならさせて貰えそうよ。早朝の収穫手伝いなの。お給金は出ないけれど帰りには軽食を出してくれるのと収穫したお野菜を少し分けて貰えるそうよ。軽食は持って帰ってもいいそうなの。そうしたらおかあさまと一緒に食べられるわね」


 方々手を尽くして得ることのできたその結果では、どれだけ明るい声で報告しようとも、その内容に母シーラが満足することなどないことをベスにもわかっていた。


 けれど、他にどうすればいいというのだろうか。

 男爵家としての地位まで明け渡す訳ではないから、領地経営の仕事はそのまま続けるしかない。

 父の死亡を認めて届けを出しても、現状、夫のいないエリザベスでは爵位を継ぐことはできないのでそれを放棄できる。そうすれば臨時の日雇いのような真似をすることもないだろうが、父がすでに死んでしまってこの世にはいないのだと、自ら認めるような行動を起こすことに、未だベスは抵抗があった。

 王都から問い合わせがあって、きちんと手続きをするようにと催促されない限り、ぎりぎりまで父の安否についてはどんな小さな希望でも持ち続けていたかった。


 故に、ベスにできることといえば、解雇した昔の使用人の伝手を辿って日中のわずかな時間のみの拘束で済む仕事を探す事だけだった。



「そんな……農婦の、さらに手伝い? 軽食に収穫物の持ち帰りごときの為に、貴族令嬢が肉体労働をしようだなんて。何を考えているのですか! 由緒正しきインテバン男爵家の唯一の跡取り娘としての自覚と誇りはどこにいったのです!?」


 ベッドの中から怒鳴られて、ベスは身体を縮こませた。

 それでも、胸の前で合わせた両手をギリギリまで捩って言い募る。


「ですが! おかあさま、この屋敷にいれるのも、あと3日しかないのです」

「あと3日もあるではないですか! そうです、今すぐに誰か財産のある男性に娶って貰いなさい。この際、少しくらい年が離れていても構わないわ。あぁ、でも財産の無い方は駄目よ。意味がないわ。それと、平民も、絶対にダメ」

「おかあさま!」


 この期に及んで、何を夢のような話をしているのだろうか。そのような良縁があるなら、当の昔にベスは飛びついていただろう。 

 二度目の婚約が白紙になってしまって以降、後妻の話すらベスの下へ舞い込んでくることはなくなってしまったというのに。


 爵位は最下位、領地は財産というより負債に近い状態で、しかも一度目の婚約が白紙に戻った理由は、令嬢による婚約者の男性への暴力沙汰だと知らぬものはいないらしい。


『最初の婚約で相手に浮気されたのも、当然の地味さだ』

『しかも暴力女だそうだ。アレを娶るのは男爵程度の爵位では足りないだろう』


 まだ領地の天候が安定していた頃に、父と一緒に参加した新年を祝う夜会で指差された時の記憶が戻ってきて、ベスを苦しめた。

 その会話のことなど、すっかり忘れてしまったつもりだったが、心の奥底でまだ抜けない棘の様にベスの心を苛んでいたらしい。

 その会話に気が付いた、元婚約者の不実な行動を一緒に見ていた友人が「真実を知らない馬鹿が口を出すからおかしくなるのよ」とベスに代わって憤慨してみせてくれたので「気にしてないわ」と笑ってみせたけれど、本当はあれから10年以上が経った今でも忘ることなどできていなかったようだ。

 その上、二度目の婚約時におきた大災害についても本人の知らぬ間に、話題にされていたらしい。

 その災害がベス一人の婚約と関係する訳がない。だが、根拠のあるなしなどそういったゴシップを喜ぶ人にとってはどうでもいいことなのだ。誰も本気でそんなことは思っていない。しかし、その方が話が面白いから。それだけで十分なのだ。ゴシップ紙のコラムのオチとして使われることもあったほどだ。


 ベスも父テイトもその類のものは読みはしないが、わざわざそのゴシップを送ってまで教えてくれるおせっかいな人には事欠かなかった。


 白紙になってしまった二つの婚約よりも、その後に浴びせられた全く関係のない周囲からの心ない言葉の方がずっとベスには辛かった。

 そうして、優しい言葉でネタを探す視線を浴びるのも、それを上手に受け流すことも苦手なベスは、母シーラと共に屋敷へ籠りがちになっていった。


 つまりは、今のベスには社交界での伝手もなければ評判も地に墜ちたままで、条件の良い結婚相手など見つけられる訳がなかった。


 それも、残されている猶予は、たった3日だ!


 面白半分で疫病神扱いをされている令嬢を娶ろうとするお金持ちで爵位のある男性なんか、いる訳がない。いたとしても、ベスのような地味な見た目の行き遅れなどを選ぶ訳がない。


 それが、どうして母シーラにはわからないのだろうかと、ベスは苦い思いで自らの市場価値について判断を下した。





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