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2-18.バードの怒り

18.



「くだらない。実に、くだらない。聞く価値もない話だ」


 吐き捨てたような言葉に、その場にいた全ての人の視線が集まる。

 声へ、ハッキリと籠められた怒りに、ベスは身を竦めた。


「バード……」


「これはインテバン男爵家の存亡に関わる重要な取り決めです。平民が出る幕ではないのよ。伯爵家の方からの寛大な申し出を断る事なんかできないわ。よく聞きなさい、エリザベス。平民との婚約に囚われる必要なんかないの。伯爵からのお志を慎んでお受けするのよ」


 母シーラが唾を飛ばす勢いで抗議した。


 バードとの婚約に囚われるも何も、ない。

 実際、バードにとってこの婚約には、愛も恋も存在していない。

 それは契約上のものでしかなく、その未来ゴールに婚姻というものは存在していない。

 ただバードにだってプライドというものがある。

 こんなにすぐに白紙なるのも、それを言い出すのがベス側からだということも不本意に違いないが、それだけだ。

 誠心誠意謝罪した上で金銭的トラブルさえ解決できれば、バードとしてはすぐにでも破棄に応じるものだろうことはベスにはわかっていた。


 だから、ユーリがその、ベスの記憶にあるよりずっと低くなった声で冷静に諭す言葉を、まるで犯罪者が裁判官から刑を告げられているような神妙な気持ちで聞いていた。


「インテバン男爵家の母娘に掛かった経費の一切と、婚約を白紙に戻す慰謝料について、そちら側の請求について提示して欲しい。できる限りの補償を約束しよう。それと……君の望むような新しい婚約者も紹介しよう」


「!!!!!」


 ぎゅっと、胃の腑が捩れて吐き気がするような気分に、ベスは陥った。


 バードの隣に、自分ではない、ベスなどよりずっと若く、ずっと美しく賢い、相応しい令嬢が立つことになるのだ。

 そうしてそれを、第二夫人として夫となるユーリと暮らすことなく一人で領地を切り盛りするベスはこの地で見守ることになる。

 当然だが、そこにはバードの元秘書であるアジメクもいなければ、サクもいない。

 ただひたすら母シーラの機嫌を取りつつ、領地を治めるという責務とインテバン男爵家の後継を育てるという責務にひとり追われながら暮らしていくことになるだろう。


 バードとの婚約に拘っているのはバードではない。ベス自身だ。


 一日の始まりに、バードと今日は会えるだろうかと願い、一日の終わりに、バードと一緒に、見て感じて話し合ったその内容やその仕草を思い出しては明日も会えますようにと願う。

 対等な立場で話し合い、協力し合って仕事をする喜びも。楽しみを分かち合う感動も。すべてベスに与えてくれたのは、バードだった。


 最初の婚約者の裏切りから17年の時を経て、少しずつ固くなっていったベスの心を優しく解きほぐしていってくれた。


 偽りの婚約者でもいい。

 お芝居だけの、未来のない婚約者役のままでも良かった。


 この胸に生まれたばかりのちいさな光を、ベスは大切に育てていきたかった。



 けれど。やはりそんな幸せは、ベスには過ぎたものだったのだろう。

 いつだって、ベスのこの手を、幸せはすり抜けていくのだ。





「俺の望む婚約者。結婚の、相手ねぇ」


 鼻先で笑い飛ばすように呟いたバードは、口元を拳で抑えるようにしてほんの少しの間、黙り込んだ。


 そうしてなぜか強い視線でベスを射貫くように見つめながら、はっきりとその言葉を口にした。



「俺は、エリザベス・インテバン男爵令嬢を結婚相手として望む。彼女以外は要らないね」





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