2-19.冷たいプロポーズ
19.
「バード!」
それはあまりに冷たいプロポーズだった。
傷つけられたプライドから出たとしか思えない冷たい態度と言葉に、ベスの身体はカタカタと震えた。
「いい加減になさい! 平民の出る幕ではないと言うのが分からないのですか!!」
「うるさい。平民でなければいいんだろう? 貴族であるだけでいいなら、俺にだって資格はあるさ」
それは、ベスとシーラの耳に、あまりに奇妙に響いた。
言葉の意味を問い掛けようとしたベスに、意外な場所から答えが告げられた。
「ウィスバード・ヴァリアン侯爵令息。いや、そろそろ令息の言葉も無理があるご年齢ではありますか。ウィズバード卿とお呼びしてもよろしいですか?」
ユーリの声は、バードに負けないほど冷たく響いた。
許可を求める言葉ではあるが、頭を下げるでなく厳然と胸を張ったままのユーリは、バードの燃える様な怒りの視線を受けてもビクともしなかった。
家位は伯爵の方が下にはなるが、ユーリはケインズ伯爵である。いくら名家ヴァリアン侯爵であっても単なる令息と伯爵では根本的に立ち位置が違う。
「名門侯爵家の恥さらし三男です。どうぞごご随意に」
吐き捨てる様に許可を出したバードのその言葉は、けれどベスの胸こそ、切り裂いた。
「……侯爵、令息? バードが?」
「そうだよ、ベス。君の婚約者のフルネームだ。正式な婚約誓約書にサインしたのだろう? なぜ君達母娘が、それを知らないんだろうね」
ひゅっ。ベスの喉奥が、鳴った。
「跡取りではないことを良いことに、美しい花々の蜜を求めて渡り歩いているともっぱらの噂のプレイボーイだ。君も名前だけなら聞いたことがあるんじゃないか?」
確かに、ベスもその名前なら知っている。
一度目の婚約が白紙に戻されてしばらくの間は、なんとか社交界に顔を出していたのだから。
たくさんの美しい女性に熱心に愛を語り、けれど女性が本気になって追い縋った途端に、あっさりと切り捨てる、鬼畜のような男なのだと。
まさか、それが優秀な医師であるバードの事だと、誰が思うだろう?
「親が勧める縁談に見向きもせず、親の領地を引き継ぐこともせず。散々好き勝手に遊び歩いた挙句、エリザベス・インテバン男爵令嬢との婚姻を、卿は望むのか?」
ぞっとするような冷たい声で、ユーリが問い掛ける。
その瞳は声以上に冷たく光って見えた。
対するバードの瞳は怒りに燃えている。
それにしても、ベスなどよりずっと貴族的だと思った頬骨の高い輪郭線も、強い意志を感じさせた直線的な眉も、色の薄い金色の髪も、すべてが本当に青い血であるという証だったなど、ベスには思い付きもしなかった。
結局ベスは、騙されていたのだ。
バードは確かに結婚したくなかったのだろう。ベスとも。いやベスとだけは。
本気になられては絶対に困ると思っていたから、ベスには自身が貴族籍にあることを決して教えようとしなかったのだ。
教会に提出する婚約誓約書のサインを誤魔化すような真似までするほどに。
なのに。
「あぁそうさ。ヴァリアン侯爵家三男ウィズバードは心の底から彼女との婚姻を望む。この言葉に、嘘偽りは一切、ない」
どうして、今、この場でこれほどの嘘を吐くのだろうか。
「まぁぁぁ! ヴァリアン侯爵家の御三男であらしたなんて。素晴らしいわ、エリザベス。よかったわね。第二夫人でも貴女には過ぎた話だと思いましたけど、侯爵家から婿を取ることができるなんて。本当に素晴らしいことだわ!」
母シーラのはしゃぐ声だけが、ぐわんぐわんと揺れるベスの頭の中で遠くに響いて聞こえる。
ベスは、胸の痛みに泣き出す寸前だった。




