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男爵令嬢エリザベス・インテバンは、皆に「不幸だ」と指差されている  作者: 喜楽直人
第一章 突然背負った借金と契約としての婚約
24/136

1-24.騎士のように

※えんがちょ注意※





24.




「いいや? 俺とベスとの婚約は、教会で許可も受けた正式なものだ。この婚約は破棄できない」


 颯爽とした声に、ゲルスが「誰だ!?」と声の主を探す。

 ゆっくりと階段を上がってくるのは、昨夜別れた際に、「明日は無理だ」と言っていた筈のその人だった。


 その人に向かって、ベスは必死に手を伸ばした。


「バード! バード、バード! 助けて、バード!!」


「いいね、それ。愛しい婚約者に熱く名前を呼ばれるなんて、最高だ」


 長い足で飛ぶように階段を駆け上がったバードは、殴り掛かってくる破落戸を右へ左へと軽くいなし、あっという間にその場に立っているのは、バードとベスと、ベスの腕を掴んでいるゲルスのみだった。


「5人もいたのに」目を見張るベスに、バードは「姫を守る騎士が下っ端ごときに負ける訳がないだろう」片頬笑んでみせた。


「ううう」「うう、ボスぅ」

 死屍累々その場に倒れる破落戸がボスであるゲルスへ助けを求める中、バードはゆっくりと歩いてベスの前までやってきた。


「さぁ、迎えにきたぞ、お姫様?」

「ふふっ。こんな時でも、貴方は冗句を口にしなくては気が済まないのね」


 物語の中の騎士がエスコートを誘うように差しのべたバードの手に、自身の自由な手を重ねようとしたベスの身体が、意志に反してぐいっと後ろに引き寄せられた。


「おぉっと! ウチの若い衆に暴力を揮った挙句、借金のカタまで奪い取ろうとするとは。インテバン男爵家ともあろう由緒ある貴族が、これほどの額の借金を踏み倒すおつもりですかな? これは憲兵サマに相談しなければなりませんなぁ」

「先に殴り掛かったのはそちらの方でしょう」

 ベスの反論に片眉を上げただけで答えたゲルスは、床で伸びている部下の破落戸どもを見下ろしながら、尊大な言葉でベスとバードへ脅しをかけた。

「しかし、先に拳を当てたのは、そちらの方だ」

「っ」

 その言葉に、ベスは一瞬怯みかけた。


 しかし、次の瞬間、捕らわれていた身体が、ふわりと自由になって目を瞬いた。


「……好きにすればいい。俺は逃げも隠れもしないさ。けれど、憲兵に相談なんか持ち掛けて、本当によろしいのですか? ねぇ、大叔父様」

「なに?!」

 啖呵を切ったバードが、突然、ふわりと歩を進め、くるりとその場で回転した。


 ──そうベスは思ったのだが、実際には自分も一緒に回っていたらしい。


 バードはベスの身体を強く引き寄せ、巧みに足の位置を入れ替えて抱き込むようにしてゲルスの腕をベスから剥がした。

 それはまるでダンスのステップそのものの。観客が床に這いつくばる破落戸と素養のないでっぷりと太った禿げた男だけなのが勿体ないほどの優雅さだった。


 気が付けば、ベスはバードの逞しい腕の中にすっぽりと守られていた。



「……ダンスが、お上手なのね?」

 見上げたバードに向かって囁く。

 そのベスの言葉にバードは目を眇めて頷くと、


「次は、綺麗に着飾った婚約者殿とオーケストラの演奏に合わせて踊りたい」

「私、ダンスはあまり上手じゃないの。足を踏んじゃうわ」

「俺のリードに任せて欲しい。それなりに上手なんだ」

「そう。それなりなの?」

 先ほど、ゲルスの手からベスを奪い取ってしまったステップは見事だった。

 あれでそれなりとは、謙遜が過ぎる。


「おい! 儂を無視するな!! 変な手妻でも使うのか、この男」


 禿げあがった頭から湯気でも上がりそうなほど顔を真っ赤に染めたゲルスがカンカンになって、その手を頭の上で振り回した。


「見ていろ! インテバン男爵家は大旱魃を危機を、親族から借りた金で乗り越えておきながら返さず暴力で追い返したと訴え出てやるからな! そこら中へも言いふらしてやる」


 唾を飛ばして騒ぐ後ろから、冷静な声が掛けられた。



「憲兵をご所望らしいので来てやったぞ。それで、お前の名前は? ザコタ商会の経営者一族というのは本当か?」


 恰幅のいい、憲兵隊の制服を来た男性がひとり、階段を上って来るところだった。


 ただし、このインテ地方で見かける一般的な憲兵のグレーのそれとは色も違えば肩章も違っているのが近づいてくるとよくわかった。鮮やかな青のそれは憲兵隊大隊長の制服だった。


「け、憲兵様! あの、えぇそうです。私がザコタ商会のゲルスです。インテバン男爵テイトとは祖父が兄弟の又従弟……じゃなかったテイトの叔父です。えぇ」


「ほう。憲兵隊に届いた報告によると、10日ほど前に、ザコタ商会の会長の依頼でインテバン男爵家に弔問にでた遣いの者が、道中盗賊に襲われたそうだ。身ぐるみを剥がれ重傷を負って捨て置かれたようだが、九死に一生を得て王都の病院に入院している。その名前も、”ゲルス”というそうだ。名字も屋号もない。単なるゲルスだがな。そうして、ザコタを屋号とする一族に、ゲルスという名の男はいないと証言している」


 コツコツと踵を響かせて階段を一段一段のぼりながら、その人はゲルスに問い掛ける。そうして、ついにその凛々しい顔がはっきりとベスにも分かるところまで近づいてくる。その顔に、ベスは密かに息を呑んだ。


「もう一度聞こう。お前は、誰だ?」


 スラリ。銀色の刃がゲルスの咽喉元へと突きつけられて、ゲルスは息を止める。


「くっ。ひっ、ひっ……ヒェェ」


 じょろじょろという、くぐもった音と共に、嫌な臭いが辺りに広がる。


 そのまま力なく頽れた男に刃を突きつけたままだった大隊長の肩章を着けた憲兵隊の隊長が、後ろに控えていた憲兵隊に一味を拿捕するよう指図した。


 その、大隊長の肩章を着けた憲兵の顔に、ベスは見覚えがあった。


「ユーリ!?」




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