1-23.悪夢のような
※おげふぃん表現注意※
23.
「なにをするんです、離してください」
振りほどこうにもベスの腕を掴んでいるゲルスの力は強くて、振りほどけない。
その内、廊下の陰に潜んでいたらしい男がわらわらと出てきて、ベスと母シーラを取り囲んだ。
「どういうことですか? 言われた通り、私たちはこの家から出ていくと言っているんです。離してください」
「だから、言っておいただろう? この家から価値のあるものを持ちだしたらいけないって。なぁ、そうだろうエリザベス?」
ぞくり。ベスの背筋に冷たいものが走る。
「ど、どういう、意味ですか?」
「この寂れた古臭いボロ屋敷に価値などあるものか! 価値があるのは、お前だろう、エリザベス? お前の婿になれば、誰でもあっという間に、男爵サマだ!」
ちげえねぇ、とゲハゲハと下品な嗤いに取り囲まれて、ベスの血の気が下がっていく。
「駄目ですよ、ボス。誰でもじゃねえです。チンコはついてねぇと!」
「おぉ、そうだったな。さすがに女じゃあ、婿には入れねぇか!」
ガハガハげへげへ。
まるで悪夢の中にでも踏み入れてしまったかのような会話に眩暈がした。
見れば、横に立っている母シーラはすでに半分気を失っていた。
くらんくらんと頭の位置が廻っていて、ベスは恐怖と不安で泣き出したくなった。
「さぁ来るんだ、エリザベス。お前の婿殿になる相手に紹介してやろう。こんな汚い屋敷にお連れする訳にはいかないからな。それに、お前のその陰気で平凡な見た目を誤魔化さなさくては。喜べ、お前が今まで身に着けたことのないような豪華で華やかな衣装を着させてやろう」
ぐいっと手を強く引かれた瞬間、ベスの頭にその人の笑顔が閃いた。
「婿入り相手の紹介など要りません。わ、私には、すでに婚約を結んだ方がいます!」
ベスは、心を強くして立ち向った。その力をくれたのは、ずっと苦手だと思って敬遠していた、一人の医師だった。
今度こそ流されたりしないと。負けて堪るものかものかと背筋を伸ばして睨み合った。
「なんだと?! そんな奴、この間来た時にはいなかっただろう、エリザベス」
大きな腹を震わせたゲルスから唾を飛ばして怒鳴りつけられたが、ベスだって恫喝に負ける訳にはいかない。
演技などしたこともなかったけれど、できるだけそうと聞こえるように、堂々と主張した。
「いいえ。もっとずっと前から誓いを交わしていたのです。ただ父が渡航中でしたし、公表していなかっただけです」
──あぁ、天にまします主よ。お許しください。
真っ赤な嘘ですが、今だけの非常手段ですから、とベスは心の中で必死で懺悔しながらも表には出さずに、強気で言い返した。
「ふん。男爵の了承を得ていなかったのなら無効だろう! 第一、単なる平民との婚約なんぞ、借金の額をチラつかせれば、お相手は一発で引くだろうよ、エリザベス」
ぎゅっと腕をつかむ手に力を籠められて、ベスは呻き声を上げた。
そうして、ゲルスの言い分ももっともかもしれない、と思う。
どう考えても、ゲルスの部下たちは荒くれ者の破落戸だ。
ゲルスからも先日会って話をした時とは違って、反社会的な匂いがする。
大叔父を名乗って訪ねてきた人を頭ごなしに疑うことはしたくなかったが、ベスの考えが甘かったのだろう。大叔父であるということも嘘で、借金自体も詐欺の可能性も出てきた。
言葉巧みに丸め込まれたベスが周囲に相談したことによって、詐欺話に真実味が出てしまい、このままベスの身が売られてしまったとしても、借金のカタになったのだと思われてしまう可能性が高くなってしまった。
嵌められたのだ、とベスは悔しさに涙を浮かべた。
きっと、バード医師の申し出も、無効になる。
反社会組織に対抗してまで、ベスを助ける義理はバード医師にはないだろう。
それにそれだけの力があるとも思えなかった。




