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 白い雪が残る道路。

 ふたり。ならんで歩いていた。

「今日、うち、親いないんだ……」

 ぽつり、といった。

「そーか」ぶっきらぼうに、返事した。

「でも、まさか……こんなことになるなんて。本当に、するの?」

「……当然だ。今夜は寝られると思うなよ?」

 彼が覚悟を決めろと、投げかけた。

 その言葉を受けた人物が、うつむいた。









 先ほどと同様に。

ふたり。ならんで進んでいた。

「なあ、正志」

「んだよ、エビヤ」

 この二人だった。この二人が歩いていた。

 少年が問う。

「……マジでやるの? 勉強合宿なんて。それも泊まり込みで?」

「だから当り前だろが! 何回聞くんだよ!」

 嫌そうに訊ねた少年に、彼が怒った。

「そこまでする必要ないと思うんだけど」

「必要あるんだよ! 追試まで落ちやがって」

「だってメンドいじゃん! やりたくないし」

「ついに言ったな。そのままに」

「わざわざ日曜日午前中のテニスタイムを潰してまで勉強するなんて……」

「仕方ねえだろ。お前が再追試をくらったからだろーが。――それに、そもそも、雪が積もってるからテニスできねえだろ」

「でもさあ、ボクも、ケンやトラといっしょに雪ダルマを作りたかったんだけど! なあ正志、今からでも間に合うよ! 川沿いテニスコートに戻って、カマクラを――」

「間に合わねえんだよ! ――再追試は明日とか、時間がなさすぎんだろーがよぉ!」

 彼が嘆くように天然少年に突っ込んだ。





 お昼前。

 海老井、と立派な表札の屋敷。

 少年の部屋で再追試対策が進められていた。

 呼び鈴が鳴った。

 玄関へ。がらがらと引戸をあけると――


「……来ちゃった。えへへ」


「……はああ」

「ちょっとちょっと、ねえねえ! なんでため息なのかな? 正志くん!」

 厚手のコートに手袋の冬用装備の彼女が立っていた。

「やー。でもでもエビヤくんち大きいね。お屋敷じゃん。和風。わっふー。玄関とっても広いし、キレイだし。あ、廊下に見えるあれは黒電話。映画以外ではじめて見た。和風の雰囲気がぴったりだね。――あ、そうだそうだ。靴どこに脱いだらいいかな? みんなの靴は?」

「あ、ああ、うん。靴はそっちの棚がお客様用だからそこに入れて。いまスリッパ出すね。――でもミナモトさん、なんでうちに?」

「ああ、皆元。何しに来たんだよ」

「うんうんうむうむ。それはだね、今朝、テニスコートで雪が積もってテニスできないってなった時、エビヤくんのお家で追試の勉強をすると話していたでしょ? それで親御さんもいないって聞いていたから、私もそのお手伝いに、お昼ごはんを作りに来た!」

 彼女のアピールする手には、スーパーで購入したと思われる袋が吊り下がっていた。

「え、でも、ミナモトさんに悪いんじゃないかな?」

「いやいや、そんなことないよ。困った時はお互い様だよ。――それに、その……この前、追試対策の勉強中にお邪魔しちゃったし……」

「ん? なんのことだ皆元」

「いいえなんでもありませんなんでもありませんよ正志くん」

 彼女はごまかした。

「え、でも、なんでミナモトさん――」

「あ、迷惑だったかな? でも、私がご飯作っている間、勉強できるし、勉強時間を確保するためにも、いい考えかと思ったんだけど」

「ああ、うん。それは、助かるし、迷惑なんてとんでもないし、むしろ助かるからありがたいんだけど……」

「うん。ならいいんじゃない?」

 少年は、疑問を口にした。


「いやそうじゃなくて……なんで、ボクの家の場所を知ってるの?」


「ん?」彼女が、かわいらしく首を傾げた。

 少年は軽いホラー味を感じていた。

「ミナモトさんに家の住所を伝えた覚えがないんだけど? あれ、なにかで教えたことあったかな……?」

「あれあれ? そうだったっけ? だったっけかなー。いやまあうん。とにかく私、知っていたし、どこかで聞いたんだよ。うん。きっと、たぶんそうだね。うん」

 え、なにそれ、わからない。――みたいな彼女である。

 こいつ、尾行していやがったな。――と彼は見破った。

 彼女はそのまま、ごまかした。




 玄関から移動する。

「それじゃあエビヤくん。お台所お借りしまーす」

「うん。この廊下の突き当たりにあるから。あ、給湯器の使い方とか、わからないと思うから案内するね。ボクも一度行くよ」

「うん、ではではお願いしまする」

「皆元に台所の使い方をおしえたら、さっさと勉強の続きをやるぞ。飯を作る時間が勉強に回せるようになっても、その時間の分をロスしたら本末転倒だからな」

「ああ。わかってるよ正志。――ミナモトさん、この廊下の左側――1番玄関に近い扉が、ボクの部屋ね。ボクと正志はそこで勉強してるから、なにかあったら声かけて」

「おっけー」

「反対側のふすまの部屋が居間――リビングだけど、暖房つけていないし寒いから、食事なら調理して、そのままダイニングでするのが良いと思う。テーブルもあるし」

「なるほど。――あ、廊下の突き当たり。そこがダイニングだね?」

「うん。ここだね」少年がドアを開けた。

 立派なダイニングルームがあった。

「うわうわーっ。ひっろぉいっ。すごいなぁエビヤくんちは!」

「ああ、そうだな。広大だよなぁこの家。庭とか池があんぞ」

「え。ホントに? にわにわイケ? すっご!」

「そうでもないよ? 鯉3匹しかいないし」

「まず鯉がいる時点ですげえよ。……てか、鯉いたのか」

 彼が軽く驚くようにツッコミした。

「あれあれ? 正志くんも知らないの?」

「ああ、エビヤんちに来たのは今回が2度目」

「へー。ふーん。そーなんだ。2人はもっといっしょに遊んでいるものかと思ってた」

「仲良くなったのは中学からだしな。それに俺たちは基本テニスするから、家にいてもできねえだろ?」

「うん。ボクんちにテニスコートはないからね」

「作れそうなくらい広いけどな、この家。――エビヤに勉強を教えるのも、テニスコート帰りにファーストフード店とかに寄ってやってたし」

「ほー。ちなみに正志くん、2回目って言っていたけれど、訪問1回目は?」

「小5のとき、入っていたテニスクラブでゲームしようって話になってな。その時に10人くらいでお邪魔したことがあんだけど、それが最初だな」

「なるるほどど。そーなんだ」

「いやー懐かしいなー。青辰小学校時代だね。すごかったよ、あの大乱闘は伝説となっているよ」

「伝説? なんのことエビヤくん」彼女が聞いた。

「うん。クラブのみんなで、ぶっ飛ばし系格闘対戦ゲームをしたんだけど、1人だけめちゃくちゃ強くて、一度もステージから落ちないんだよね。あのピンクの丸いヤツ使っているのに。全員が『アイツを落とせぇ!』って盛り上がって。最終的に7対1のリンチ状態なのに、危なげもなく返り討ち。いやいや、逆に空気を読めよって思うほどの圧倒的な――」

「アイツの話はやめろ……」

 彼がうんざりしていた。



 彼女が台所の使用方法を確認し終えた。

「それじゃミナモトさん。ボクと正志は部屋に戻るから。なにかあったら声かけて」

「わかった。――あ、そうだ。エビヤくん。もう1人、私の友達を呼んでもいいかな? ちょっと料理を手伝ってもらおうと思って」

 彼女がスマホを見せる。――電話で呼び出すようだ。

「ん? 別にいいけれど。ミナモトさん誰を呼ぶつもりなの?」

「いや、皆元。あんま知らないヤツを他人の家に呼ぶのは――」

「だいじょぶだいじょぶだいじょーぶい。正志くんもエビヤくんも知ってる人だから。呼んでからのお楽しみってことで」

 そう言った彼女が笑っていた。



 彼らは廊下を通って部屋に戻る。

「誰か来るなら、玄関の鍵、開けておいた方が良いね。ウチの鍵、クセがあるし」

「そうか。ならその方がいいかもな」

「でもミナモトさん、誰を呼ぶつもりなのかな? ワシオさんとか?」

「いや。なんか、皆元があんな風に笑っているときは、たいがい…………いや、決めつけは良くねえな。マトモな人間を呼ぶ可能性もあるわけだし……」

「ん? なに。どういうことだよ正志」

「なんでもねえ。とりあえず、さっきの図形の角度の問題、さっさと終わらせるぞ」

 彼はとりあえず彼女を信じて、再追試対策の教えに戻った。




 10分後。

 海老井、と立派な表札の屋敷。

 少年の部屋で再追試対策が続けられていた。

 呼び鈴がなった。

 彼は、天然少年に課題を与えて、部屋を出て様子を見に行った。

 出会って――落胆した。

「…………信じた俺がバカだったか……」

「え、なんで正志くん。そんながっかりした顔してるの?」

 彼女が不思議そうにしていた。


 そこには小柄な少女がいた。

「ミナから呼ばれて来たわけだけど。ああ、正志、あんたも来ていたわけね」


「……はあ」うんざりの彼。

「ん? 正志、どーしたわけ?」

「おい、皆元。ちょっと、来い……」

「え。なになに正志くん?」

 玄関の隅に移動した。例の少女に聞こえないように。

「……なんでおまえ、アスカを呼んでんだよ」

「え。ご飯の用意を手伝ってもらおうと思って」

「そうじゃねえよ。それはさっき聞いた。――それで、なんでよりにもよって、その人選がアスカなんだよ」

「え。なにか悪いかな?」

「悪いだろ。……仲が悪いだろ、エビヤとアスカ。なんでそのアスカを呼ぶんだよ……」

「いやいや、だからこそだよ?」

「どういうことだよ……?」

 彼があきれながら訊いた。

 彼女は自信を持っていた。

「この2人、もっと仲良くするべきだと思うんだよね。そこで、このお昼ごはんに招いて、いっしょに食事して、仲良くなってもらおうという私の作戦!」

「……余計なお世話だと思うが」

「そうかもね。……でもでも、仲良くなって悪いことはないよ。それに、アスカも呼んだら来てくれたんだから、少なくともエビヤくんのことがキライってわけじゃないと思うよ」

「ああ、まあ、そうだろうけど……」

「まっ、アスカの場合は、ただヒマだったから来てくれたのかもしれないけどね。今日もテニスコートに来てたし、日曜日の午前中はヒマなのかも」

「……」

「それにそれに、真斗くんからこの間『帰り道で偶然アスカさんと出会ったんだ』って聞いていたの」

「モノマネすんな。別に似てねえし、ムカつくから」

「えー。似てないかな? でもまあ、たしかにたしかに正志くんと比べたら――」

「その双子ネタは要らねえんだよ。しつけえな。――で、それがどした?」

「で、真斗くんがアスカとあったというのが、それがこの辺りなのね。だからだから、アスカの家もこの辺りなんじゃないかなー、と推察したわけですよ」

「……そーか」

「それに、さっき正志くんとエビヤくんを尾行した後で、スーパーに寄ったんだけど――」

「おまえ、尾行したってふつうに言いやがったな……」

「おっとっと、まあまあ」ごまかした。ごまかせていないわけだが。「とにかく、先ほどスーパーに買い物に行った時、その途中でテニスコートから帰宅中のアスカを見たの。だから、やっぱり、アスカの家はこの辺りだと思うの。住所とか連絡したらすぐに早く来てくれたし。だから、やっぱり家も近所で――」

 そこで小柄な少女が声かけた。

「ちょっとミナ、正志、ふたりでラブラブと話してないで、早く行きましょ。もうすぐお昼なわけだしご飯作るんでしょ?」

「あ、うんそだね。でもでも、私達そんなにラブラブに見えるかなぁ? えっへへへー」

 彼女がへらへら笑う。

「……むむっ」そのリアクションを見た少女が訝しむ。

「皆元。冗談いってないで、早くアスカを案内してやれよ」

「イヤ、その前に……ちょっと正志。正志。こっちに来なさい」

「ん? なんだよアスカ」

 少女に呼ばれて逆の隅に移動した。彼女に聞こえないように。

「なによアンタ、ミナにまったく相手されてないかと思ってたけど、脈あるんじゃないの?」

「は?」

「だ・か・ら、あんたミナのこと好きなわけでしょ?」

「あ? いやそんな」

「さっきの反応からして、脈ナシじゃないわけよ」

「ん? いやだから」

「女の子はね、脈のない相手にあんなに思わせぶりな照れ笑いしないわけ」

「む? いやそれは」

 そこで彼女が聞いてきた。

「ねえねえ、正志くんとアスカ、何話してるの? 早く行こうってい言ったのアスカじゃん」

「え、ああ、そうね。そうだったわけね。――行きましょうか」

「うんうん。こっちこっちね。この廊下の突き当たりが台所だから。広くてビックリするよ」

 彼女が少女を奥のダイニングへ連れていった。

 彼が面倒くさそうに一言。

「何事もないといいんだけどな……」




 さらに30分後。

 ダイニングから声がした。

「正志くん! エビヤくん! ご飯できたよー」

 そんな声で男子達は移動した。

 ダイニングに入室。

「げっ! って、ええぇっ!?」

「……なによあんた」

 少年と少女、邂逅の反応である。

「ほらほらエビヤくん、せっかく手伝いに来てくれたのにそんな嫌そうな顔しないの。――ほらほらアスカも、お邪魔してる身なんだから家の人にツンケンしないの」

 彼女が険悪な2名をなだめた。

「はやく食おうぜ。時間ねえんだからな」

「うんうん。そうしようそうしようるい。――じゃじゃーん。カレーです!」

「ああ、配膳してあるし、わかってるよ」

 彼がダイニングテーブルの席に着いた。

 彼に続いてそれぞれ着席する。

「エビヤくんち今日はご両親いないって聞いていたし、それなら夜も続けて食べられるモノがいいかと思ってね。そいえば、甘口だけどだいじょうぶ? もしかして、カレーは激辛じゃなけりゃ食えねえってクチ?」

「いや皆元。甘い辛いで好みは分かれるだろうけど、甘口が食えないことはないだろ……。逆はあるかもしれねえけど」

「あは。まあそうだよね。ところで正志くんちでは、いつもナニクチを口にしているのかな?」

「うちは、甘口か中辛、もしくはそれを混ぜた中間だな」

「なるほどー正志くんはそういうクチかー。そういうクチなのか」

「ああ。……クチに関するダジャレは、つまらないからあえてスルーしたんだが……」

「むむ?」彼女が口をとがらせた。「ところでエビヤくんは甘口カレー大丈夫?」

「うん。ボクも大丈夫だしカレーは好きだよ。――あ、でもそうだ。カレーなら冷蔵庫にラ――」

「らっきょうなら、もうすでにテーブルに出ているわけだけど?」

「あ、ほんとだ」

「おおー、さすがアスカ。察しが良いね」

「そうでもないわ。カレーならコレでしょ。探しておいてよかったわけよ」

 自慢げな笑みで、少女が答えた。


「んじゃ、いただきます」「うん。いただきます」

 手を合わせて、口々に唱える。

「はい、どぞどーぞどーぞ。めしあがれ!」

「ええ、心して食べなさいよ。あたしたちが、わざわざ、作ってあげたわけなんだから」

「モグモグ。――おー、うまい。ミナモトさんさすがだなぁ。おいしいよ」

「そう? ありがとう。――で、で、で、正志くん正志くん、お味はいかがで?」

「ん? ああ、いいんじゃねえか」

「そう? それはよかった」

「正志、あんたもっと味わって食べなさいよ。女子の手料理よ? それも美少女2人による手料理よ? そうそう味わえるようなものじゃないわけよ」

「へいへい」

「いや、……アスカちゃん、自分で美少女っていうのは、どうなのか、と思うんだけど」

「ん、なによ」にらむ。「なにか間違ってるわけ?」

「いやなんというか……」にらまれる少年はボソボソと「……その見た目なら、少女というより幼女の方が適しているような気がする……」聞こえないように述べた。

 そうだな。――呟きが聞こえていた隣の席の彼が、心中で同意した。



 ――ガリジャリ。

「――うぐっ」

 食事の最中、彼が口を押さえた。

「えっ! どうしたの。正志くん!」

「えっどうしたわけ! ちょっと正志?」

 彼は苦しそうな顔をしている。

だが、心配するなと言うように、制止を表わす手のひらをかざした。

「正志、これ水」

 隣の少年が水を注いで渡した。彼は受け取って、ゆっくり口に含み、飲み込んでいく。それで彼は口の中のモノを流しこんだ。

「ふう。サンキュー。たすかった」

「いいよ、どうしたの?」

「……いや、べつに」

「ふー。でもでもよかったよかった。無事だよね。毒じゃないよね? 混入した覚えがないし」

「いやミナ、そんなモノ入っていたら殺人事件よ。入れた覚えがあったら怖いわ。でも、さっきの感じだと気管に詰まったって感じじゃないわね。なに、どうしたわけ?」

「……いや、なんでもねえけど」

「なんでもないわけないでしょーが! あれだけ騒いでおいて!」

 彼は渋々話した。


「……口の中で、なんか、砂を噛んだときみたいな感じがしただけだ」


「砂? 調理してた過程で入ったわけかしら……」

「うそ、……ごめん。正志くん」

 彼女が申し訳なさそうに謝る。

「別に気にすんな皆元。故意じゃねえんだから」

 天然少年が聞いた。不思議そうに。

「ん? コイ? それなら庭にいるけど?」

「魚類の鯉じゃねえよ」

「あんた、数学と英語だけじゃなくて、国語も補習受けたら?」

「む。」少年はムカついた。が、冷静に答え返した。「――いや、次の再追試でダメだったら補習になるだけで、まだ補習にはなっていないから。それに国語は平均点以上をマークしているから、補習は必要ないよ」

「ふーん。あんたの学校ではそういうシステムなわけね。でも、故意って言葉もわからないのは、受験生として致命的じゃないの?」

「いいや、そんなことないよ。ちょっと聞こえなかっただけだから。本当はわかっているって。――ボキャブラリーのことだろう?」

「語彙じゃねえかよ」

「なんで英語できないのにそれが答えられるわけ? てか間違ってるのにドヤ顔でいうな!」

 彼らのツッコミが冴えわたる。

「エビヤ、ちなみに恋愛の『恋』でもねえからな」

「ははは」少年笑う。「いやいや正志、それが違うことくらいはわかるよ?」

「おまえのことだから、次はそれを言ってくる可能性、絶対あるからな」

 彼は友人の頭脳をよく知っている。――言いそうだった。


「でもでも、ごめんね正志くん。野菜は切る前にちゃんと洗ったつもりだったけど……」

「いいや、気にすんな。それにコレ、たぶん野菜じゃねえと思う……これは、たまご、だな」

 彼が違和感を覚えたのは、ちょうど付け合わせのゆで卵を口にしたときだった。

「ん? え、卵」

「え、あんた、卵を食べた時に違和感があったわけ?」

「ああ、そうだけど……なんだ?」

「……いや、えっと」なにか煮え切らない様子の彼女。

「……あー、悪かったわね正志」

「ん? なんだアスカ。悪かったって」

 彼が聞いた。

「……卵の殻を剥いたの、あたしなわけ、よ」

 少女は眼をそらして、申し訳なさそうに、言った。





「ああ、なるほどね。アスカちゃんのミスかー。――まあ普段料理しないなら仕方がないか。じゃあ、卵を食べるときは殻が付いていないか気をつけて食べた方が良いね」

 少年が遠慮なく、仕返しのように嫌味っぽく言った。

「……む。」少女が睨むが、冷静に答えた。「そうね。悪いけど、卵食べるときは殻があるかもしれないから注意してほしいわけ」

「ああ。まあ、気にすんな」

「うん。ごめんねアスカ」

「いいえ。ミナはちゃんと『古い卵は殻が剥きにくくなるから気をつけて』って注意してくれてたわけだし。――あたしが『賞味期限が早いものから使った方が良い』って、冷蔵庫の卵と交換したわけだから……」

「ああ、なるほどね。そういうことか」

 少年が納得した。

「……なによあんた」

「いや別になんでもないけど? まあでも、異物混入だからね。気をつけた方がいいね」

「…………ハイハイ、そうね」

 やはり険悪な2名だった。


 彼女が思い出したように口を開いた。

「あ、異物混入か――混入――『入っていた』といえば、そういえば――」

「ん? どうした皆元」

「ねえねえちょっと聞いて。このあいだ、そういう関連の出来事があったの」

「そういう関連って、どんなだよ……」

「ええ。実は実は、つい先日、牛丼屋さんに行ったときのことなんだけど」

「皆元おまえ、恥じらいもためらいも戸惑いもなく、『牛丼屋に行った』と発言したな!」

 ふつう女子ってそういうの嫌なんじゃねえの? と彼は彼女の精神性が心配になった。

「うん。でも、まあこのメンバーだし、いいかと思って。――でねでね。当り前だけど、お店に入って注文して――」

「なに食べたんだ?」

「キムチチーズ牛丼にトッピングで生卵。あとコールスロー」

「お、おおう。」あまりの堂々とした問答に、彼の方がためらいを覚えた。「マジで恥じらいがねえな……。しかもなかなかにマニアックなメニューを……」

「うんうん。別に私、女の子が牛丼好きでも恥じることはないと思うんだよ」

「ああ、まあ、べつに俺も個人の好みにつべこべ言う気はねえし、そう思うけど……」

「うむうむ。それはよかった。なんか妙に牛丼という代表的国民食をディスって『デートの昼食に牛丼ないわー』という女子がいますが、私は違うからね」

「牛丼が代表的国民食なのかどうかは、ちょっと知らねえけど。――てか、そんなこと言われてもどうしろってぇんだよ……」

「ええ。そんなわけで、私、デートならば牛丼屋さんも嬉しい女の子ですので。とまあ、そういう情報を開示しておくよ」

「だからそんな情報を告げられても、どうしろつぅんだよ……」

「遊園地やケーキ屋さんも、デート場所としてもちろん素晴らしいとは思うんだけど、でもでも牛丼屋さんという日常感のあふれる場所の方が、『あなたとならば何処だって楽しいし嬉しいですよ的な気持ち』が伝わるし親密になれると思うんだよね」

「……ふーん。つーか、だから、それがどうした」

「ん? いやべつにどうもしないけど?」

「ムダな話がとめどないぜ……」あきれた。

「でもでも、牛丼屋さんで喜んでくれる女の子、ポイント高くない?」

「それ言ったことで台無しにした感があるぞ?!」

「ま、でもでも、ここまで言ったけど、私、特別に牛丼が大好きってわけでもないんだけどね?」

「本当にここまで言っておいてじゃねえか」

「私の好きな食事ランキングなら5位くらいだし」

「かなり上位じゃねえか?! 皆元ほんとは牛丼大好きだろ」

 ボケボケとスルーと突っ込みを繰り返していた。


「それでミナモトさん。それで、その牛丼屋さんでなにかあったの?」

「ええ、そうよ。ミナ。さっき気になることを言っていたみたいだけど?」

 険悪な2人組が彼女にたずねた。

「あ、そうだったね」

「この感じだと、なにかあったわけでしょ?」

「うんうん。まあね。ここからが本題なんだけど――」

「本題までかなり長かったな……まあ、いつものことだが……」

 彼がげんなりしていた。


「――注文して、牛丼が届いて……あ、キムチチーズ牛丼ね」

「ああ、さっき聞いたぞ。生卵付きだな」

「うんうん。そのとおーり。正志くん良く覚えてたね。――うん。それがテーブルに届きました。アツアツです。おいしそう」

「ああ」と彼。

「ええ」と少女。

「うん」と少年。

 三者三様に返事した。

「でもでも、ね……」

 彼女はためらいがちに、続きを語る。


「その届いた牛丼のどんぶりの中に、プラスチックが入っていたの……」


 不穏な空気の彼女に、少女が聞いた。

「え、入っていた? ――ってミナ。まさか……プラスチックの欠片が」

「……」彼、無言。

「そうか。皆元さんが『入っていた』というのは、そのことだね」

「うん。そうなの……。きっと製造過程で入っちゃったんだね」

「ちょっと、いや、入っちゃったって……ねえミナ。そのプラスチックって、袋とかに使われる柔らかいヤツなわけ? それとも硬いヤツ?」

「えっと、硬い方だけど」

 少女がテーブルを叩いて立ち上がった。


「ちょおっと、それ、本物の異物混入なわけじゃないのよっ!」


「……なるほど」

 彼は気がついていた。




 少女は身を乗り出して、彼女に詰め寄る。

「ミナ。それって、本当の話なわけ? マジのガチなわけ?」

「うん。そだよそうだよ。もちもちろんろん。嘘じゃないよ。命をかけてもいいよ?」

「いや、命って……そんなモノかけなくても信じるけど……」

「いやいやぁ大事件だよね。私、どんぶりにそんな物が入っているなんて、想像していなかったよ」

 彼女がへらへらと笑う。

「ああ、はいはい。そーかそーか」彼がテキトーに返した。

「そっか。よく気がついたね、皆元さん。ボクだったら、よく見ずに食べて、気づかなかったかもしれないなぁ」軽い返事だった。

 男子はもぐもぐとカレーを食す。

「アンタたち! もっと真剣に、まじめに聞きなさいよ。大事件じゃない!」

「まあまあ、アスカ。落ち着いてよ。――というか、とても反応がいいなぁ。話した甲斐があるよ」

「ミナ、そのお店って、どこ?」

「え、青辰中央通りの牛丼屋さんだったかなぁ」

「……」真剣な少女。

「あの、アスカ?」

「それから、ミナ。これは、ちゃんと聞いておくべきだったんだけど――」

「ん? え、なに」

 険しい顔で、少女は問うた。

「ちゃんと、店員には話して――クレームを入れたわけ?」

 圧。その問いには、重圧があった。

 唖然としつつも、彼女が答えた。

「え、いや、べつにいっか、と思って、なにも言っていないけれど……」


 がたん。

 少女が座していたイスを乱暴に払いのけた。食卓を離れて、部屋の出口に向かう。


 総員。唖然。

 硬直の空気の中、彼女が話しかけた。

「あの、アスカ。どういたしました、か?」

「ちょっとお店にクレーム入れてくるから。廊下の電話。借りるわよ」

 少女は怒っていた。

 ダイニングを出ていった。


「ちょっ、ええええっ! アスカ。まって」

 彼女が慌ただしく急いで、立ち上がる。だが――

 ――がどん!

「ぐぎゃあああああ!」 

 彼女が叫んでぶっ倒れた。

「うううううう。痛い。きゅ急に立ったから、小指のテーブルをカドの足にぶつけたぁあああ! い、痛いいたいいいいいい!」

「おっとあぶねえ。テーブルが倒れて大惨事になるところだったぜ」

 彼は、彼女によって蹴飛ばされたテーブルを支えて惨劇を回避していた。


「おい皆元。今の言葉、正確には、テーブルの脚に足の小指をぶつけた、じゃねえのか?」

「いや正志、冷静に訂正している場合じゃないと思うよ。――皆元さん。だいじょうぶ?」

 男子二人は席を立って彼女の安否を確かめる。

 その当人。うずくまる彼女が、必死に伝える。

「ぐううう。だ、大丈夫じゃないかも……めちゃ痛い。――いやいや! でもでもそれよりも――早く、アスカを、止めないと!」

「ん。ああ、まあ」

「おい、正志くん!」

「お、おう。なんだ?」

「全部、わかってるんでしょ? 早く、アスカを、止めてきて!」

 彼女が痛みをこらえて懸命に伝える。

「いや、そう急がなくても――」

「早く! 店員さんにご迷惑おかけしちゃうでしょ! だから!」

「はあ、しゃーねえな……」

 うんざりと、彼が動き出す。












「……あったわ」

 電話台に置いてあった電話帳で該当店舗の電話番号を発見した。

 ダイアルを回す。

 ジーコジーコジーコジーコジーコジーコジーコ……

 ――――がしゃん。

 彼が割り込んで、受話器置きを押し込んで入力を中断させた。

「ちょっと正志。何すんのよ!」

「いや、さすがに止めるわ。お店の人に迷惑だろうが。意外にダイアル入力が早くて少し焦ったぞ」

「なに言ってんのよ正志。店に迷惑って、悪いのは異物混入した店側でしょ。間違いはちゃんと言わないと。そういう不祥事は無くならないわけよ」

「皆元が言ったアレ、異物混入とかじゃねえから」

「は? ミナは嘘じゃないって言ったわよ? 命を懸けてもいい、て」

「ああ、そう言っていたな皆元は。――だが嘘じゃねえけど、原材料に含まれているだろうし、あれは正常なことだからな?」

「はあ? キムチチーズ牛丼の生卵付きにプラスチックが含まれていることが正常なわけないでしょ!」

「よく注文メニューを覚えてたな。ま、とにかく事件性はねえから」

「なに言ってんのアンタ、プラスチックが入っていたら異物混入の大事件じゃない。バカなわけ?」

「このポンコツめ、バカとが言いやがったな……。めっちゃムカつく」

「てか、何が言いたいわけよ? 事件じゃないって、どういうことよ」


 彼が説明する。

「この件は、オンとかインとかで言えば、インの話なんだ」

「怨とか陰とか? な、なに、この案件は呪われているとかいうわけ? あ、あたしをビビらせようってわけ」

「そうじゃねえよ!」訂正する彼が、疲労の溜息をついた。「はあ、ポンコツの上にビビりかよ、アスカ」

「び、びびびってなんかないわよ。てか、呪いとかありえないわけだし」

「――俺が言ってるのは、英語の方だ」

「英語? ONとINって、どーゆーわけ? なにかの『中に』って意味のやつ?」

「ああ。そうだ」

 彼が頷く。

「んで、今回の皆元の話しは、ONではなくてINの方なんだよ」

「は? どっちも『中に』って意味なわけでしょ? いや、ONの方は、なにかの『上に』という意味かしら……」

「だから、例のプラスチックは『内部に含まれていた』つーことで――」

「プラスチックは牛丼の上に乗っていたのではなくて、内部に混ざっていたってわけ? よりいっそう危ないじゃない! ミナが見つけられてよかったわ。間違って食べちゃっていたら、大変なことになっていただろうし」

「食べねえよ。食べるわけねえだろ」

「はぁ? だから、あんたなに言ってるわけ? わかりづらいのよ!」

「アスカ、皆元は何の中にプラスチックが入っていたって言っていたか、覚えてるよな?」

「ええ、もちろん。『届いた牛丼の中に』プラスチックが入っていたって言っていたわ」

「ちがう」

「は?」

 少女が首を傾げる。

「よく思い出せ。皆元は『届いた牛丼のどんぶりの中にプラスチックが入っていた』つったんだ」

「そうだったっけ? で、それがナニ? 同じでしょ? 牛丼の中に入っていたんだから」

「ちがうって。入っていたのは、『牛丼のどんぶり』だぞ」

「だから何よ。同じでしょ。同様なわけじゃないの」

「つまり『どんぶりの中に』プラスチックが入っていた、と、ただそれだけの話なんだよ」

「あー、もう。なんなのよ。それは異物混入じゃないの! どんぶりの中に入っていたのなら、それは牛丼に入っていたってわけでしょ!」

「さっき言っただろ。ONではなくて、INの話しなんだって。んで、牛丼ではなく『その器』にプラスチックは入っていたんだ」

「器に入っていたら、牛丼に入っていたってわけでしょ?」

「この件は、どんぶり――器の内部にプラスチックが入っていたことなんだ」

「は? 意味がわからないんだけど。それに、どんぶりってふつう陶器でしょ? 中にプラスチックって……ん?」

 少女がようやく、引っかかりを掴んだ。


「だからこの件は、『器がプラスチック製だった』と、ただ、それだけのことなんだよ」


「は、はああああ!?」

 少女がすっとんきょうな声をあげた。








 廊下の電話台の前で、ようやく落ち着いた少女に彼が言って聞かせる。

「皆元が話したのは、その牛丼屋では、落としたら割れる陶器ではなくて、割れにくいプラスチック製の食器が使われていた、と本当にただそれだけの話なんだ。事件性も何もない。ただのムダ話だ」

「ちょっ……ええぇ……なにそれ」

 少女が落胆していた。

「それを、あえてぼかして、異物混入の大事件だ、というように表現したんだ」

「ミナ……なんて、お騒がせな……」

「お騒がせは、お前もだけどな、アスカ。……はあ」

 彼も疲れていた。


「まったくミナ、なんでこんな嘘を……」

「いや、厳密には嘘ではないんだがな」

「まあ、そうだけど、勘違いしちゃうわけじゃない。なんであんなこと言ったんだろ?」

「なんでって、そりゃあ、コイの件と同じような理由だろ」

「ん? コイの件?」

「ああ」

「ちょっ、ちょっと待ってよ。それってどういうわけ? 恋って、恋愛ってこと? ――もしかして、ミナはもうすでに正志のことが好きで、意識してほしいから、かまってほしいがために、そんな話しをしたってわけ?」

「んなわけあるか!」

 つっこみした。

「なに? お前ら、わざとか? やっぱ、わざといってんのか?」

「なによ、あんたが『恋』っていったわけじゃないのよ」

「恋愛の『恋』じゃねえよ! ……って、いやまさか、数分後にこのツッコミをするとは思わなかったぜ……」

「はぁ? なに言って、ん……あれ? こんな流れ、前にもあったような……」

「ああ、その件だよ。――エビヤが、故意って言葉から、魚類の鯉だったり、ボキャブラリーの語彙だったり、言っただろ? それと同じだ」

「は? あの天然ボケと同じって、なに言ってんのよ。どういうことよ。――いま話題は、ミナがなんで嘘をついたか、でしょ? いや、嘘じゃなかったわけだけど」

「ああ、だから同じなんだつーの」

「は?」

「はあ。話が戻るから、あんま、話したくねえんだけど……」

 仕方がない、というように彼が話し出す。

「思い出せよ。あのとき、アスカ、お前が卵の殻の件で、なんというか落ち込んでいただろ。エビヤとも雰囲気が悪かったし」

「ああ、うん。そうだったわね」

「だから、皆元は悪い空気を――話題を変えるために、そういう話をしたんだろうぜ」

「……ああ、そういうわけね。ミナ、あの子、気遣いのできる優しい子ね。空気が読めるというか。納得したわ。――でも、待ちなさいよ。それと、あいつ――エビヤのボケとは関係がないでしょ。なんでそんなこと言ったわけ?」

「それも同じだろ」

「は?」


「あのときも、俺が異物を噛んで、皆元が落ち込んでいただろ。――だからあいつ、エビヤが話題を変えるために、あえてボケたんだろ」


 ――あ、でも、これを言ってしまったら、あいつらの気遣いが台無しかもなあ。

 そう思った彼だったが、もう言ってしまったので仕方ない。


「……え。いや、そんなバカな。あいつに、そんな気遣いができるわけ……」

「なんでだよ。あいつ、気遣いできるし空気も読めるヤツだぞ」

「…………え、そんなわけ」

「なにショックを受けたみたいな顔してんだよ。たしかにアスカとは、相性が悪ぃかもしねれえけど、基本的にいい奴だからな、エビヤは。だからあんなにも小学生どもに好かれてるんだろーしな」

「…………」

少女は不満げだったが、不満は出なかった。

 

 


「ア、アスカ……」

 廊下の奥からよろよろと壁に手をついて涙目の彼女がやってきた。

「ミナ……」

「ごめん。私、勘違いさせるようなこと、言っちゃって……」

「いいえ、ミナは悪くない。悪かったのは勘違いしたあたしなわけよ」

「でもでも、あれは――」

「もういいのよミナ。全部、わかったわけだから。大丈夫。怒ってないわよ」

「アスカぁ……」

 ひしっ、とヨロヨロの彼女が抱きついた。

 そっ、と少女が抱きしめ返した。


 少年もやってきた。

「友情だね。名場面な雰囲気があるよ」

「だがコレって、どんぶりがプラスチック製と気づかず勘違いしたポンコツと、机に足の小指をぶつけて悶えていたヘッポコが、ようやく事情を理解しただけの場面だぞ?」

「……雰囲気だけ、だったね」

 それを見ていた少年たちは冷静だった。


「あすかぁ、ごめんね。勘違いさせちゃって」

「いいのよ、ミナ……。あたしこそ、ごめん」

 和解する少女たち。


「なあ、もうカレーの続き食ってもいいか?」

 彼がうんざりしながら訊ねた。

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