ブレイク ザ シークレット
ご注意!
お分かりかと存じますが、今回は1話解決ではありません。
『事件編』『解決編』と続いてきた最後『解答編』にございます。
また、この『W』全体の最大のネタバレが含まれております!
まだ推理し足りない方は、一度お戻りください。
もうすべて推理、考察がお済みの方。
まだだけど、それでも読みたいその話!
そんな心意気をお持ちの方。
どうぞ、お楽しみください。
正志が冷蔵庫のケーキを食べてしまったようだ。
どうやら『これは知り合いに差し上げるものだから食べないでね』という母さんの注意を聞いていなかったらしい。
代わりに僕が怒られた。
叱られることになり、理不尽だな、と、そんな気持ちがあった。
けれども、それでも、――
――弟の代わり叱られてやるのは、悪い気分ではなかった。
――――――――――――
白い雪が残る道路。
ふたり。ならんで歩いていた。
「……今日は、災難だったね……」
「はあ。……ああ、そうだな」
彼女の言葉に、彼が溜息をつきながら肯定した。
「しかしかしかし、エビヤくんにはまいったねぇ。まさか勉強をサボりたいからって、あんな事件を起こすなんて……。常識的にアレはどうかと思うよ」
「……」
「正志くんが怒るのも無理はない。せっかく教えてあげていたのにあんなことして……」
「……」
「思い出したらイライラしてきたなぁ。やっぱり私も一発くらい張り倒してもよかったかもしれないなぁ」
「……事情のわかっていねえヤツに張り倒されんのは、あいつも不本意だろーしな」
「ん? え、なになに、事情のわかっていないって……」
「おい、皆元」
「え、なにかになにかに、正志くん」
「あのエビヤの話しぜんぶウソ。つーか、ハッタリだぞ?」
「ちょっ、ななっ……、て、えぇぇぇえええええええええええええええぇ!」
彼女が驚いた。
「なんで!? なんだと、どうして、どゆこと? わけがわからないんだけどっ!」
「おい、皆元。音量を考えろ。ご近所迷惑だろ」
「怨霊なんて、私、べつに呪われてなんていないよ!」
「声量の方に決まってんだろ。うるせえんだよ。はあ……おいおい、このヘッポコ、勘違いが留まるところを知らなすぎるぞ……」
「いやいやいやいや、ちょっと待って。アレ、嘘なの?」
「ああ。そうだ。――皆元が納得しているし、言う必要がねえと思っていたんだが……。けど、まあ、あいつの尊厳のために言っておくことにした。部屋を荒らしたのはエビヤじゃねえよ」
「でもでも、正志くん、殴ったじゃん!? エビヤくんを」
「アレは、ただ嘘をついたアイツが、ムカついたから殴ったんだよ。それにさっきも言っただろ。事情のわかっていねえ皆元が殴るよりも、俺が殴りたかったんだよ。……いやしかし、アイツの腹筋どうなってんだよ……まだ手がいてえ」
「私が事情をわかっていないって……どういうことなの? 正志くんは全部わかってたっていうの? いつから?」
「ほぼほぼ、はじめっから、全部わかってたけど」
「ちょっとまってよ! どういうことなのよぉおおお! わけわかめなんだけどっ!」
彼女が頭を抱えた。
「わかめ?」彼も。
彼女はとにかく喋る。
「まてまてまってよ。はじめから全部わかっていた? どういうこと? 正志くんだって推理していたじゃん。考えてたじゃん」
「ああ、そうだな。――まあ、あれは推理していたんじゃなくて、推理しているフリをして、どうすれば事を穏便に済ませることができるかどうか、考えていたんだけどな」
「オンビンにって? どういうこと? 部屋が荒らされていたんだよ。穏便に済ませるような事柄じゃないよ! 事件だよ。被害が出ているんだもん!」
「……俺としては、あんな茶番してねえでさっさと名乗り出てりゃ早いのにしねえのがムカついたつーか、俺が考えたトリックを利用しやがったことがムカついたつーか、あいつの自己犠牲の精神つーかそういうとこにムカついたというか、だからまあとにかくムカついたから殴ったんだ」
「結局、正志くんがムカついたしか言ってないんだけど?!」
「とにかく、俺が言うことじゃねえんだよ。――もしもアスカに聞かれても、俺が知っていたとか言うんじゃねえぞ」
「わかめがわけなんだけど? ああ、こんがらがった。わかめわかめなんだけど、あれれ?」
「とにかく事件はこれで終わりだ。――解散だ」
ついに彼が、繋いでいた彼女の手を放した。
彼女が食い下がってくる。
「あ、そうだ。でもでも正志くん、エビヤくんの言葉に注意しろ、っていっていたじゃん。あれは、エビヤくんが犯人だから、ボロを出すかもしれないからじゃなかったの?」
「ちげえよ。俺は『エビヤの今までの言葉を良く思いだせ』つったんだ。ヒントとしてな。かなりボロを出してるから。つーか、あの後も、あからさまなくらい言っていたしなぁ……。それさえわかっていれば、驚くほど今回の件は簡単だ」
「あー、もー、わかめん!」
「ああ、俺も皆元の言葉がわかめだよ」
彼があきれていた。
「とにかく俺、帰るから。――じゃな」
「おいおい、正志くん正志くん、こんな状態の私をおいて行くのか? めぇーっちゃ気になるんだけど! どういうことなのか! わかめわけわかめん!」
「……俺、これから用事あるから」
もうスルーを決め込んだ彼である。
走り去った。
「ちょっと、おい! 正志くぅううううううーん!」
彼は止まらなかった。
少女が路上にいる彼女を見つけた。
「あ、いたいた。ちょっとちょっとぉ! ミナ、ミナぁ!」
「あ、アスカ……」
「はあ、やっと見つけたわ」
「どうしたの、アスカ?」
「ねえ、ミナは、あの部屋の件、納得してるわけ?」
「……ううん。」彼女が頭を振った。「納得してない、よ。でもでも、エビヤくんが自白して、正志くんももう終わりだって。だから、これ以上は……」
「諦めるのは、まだ早いわけよ」
「え、どういうこと」
「ミナ、あなた自身で今回の事件を解決すればいいのよ!」
少女は、ニッと笑顔を見せた。
彼女達は喫茶店に詰めていた。
飲み物を注文し、ちびちびとあおりながら、唸っていた。
「うーん。うぬーん。わからない……わかんない……わかめないなあ……」
「ええ、ずっと考えてるけど、何の進展もしないわね……。ネタに詰まった作家のような気分。いや、実際は知らないわけだけど。こんなかんじなのかしら?」
「そもそもそもも、エビヤくんが犯人だって話が完璧すぎて、つけこむ隙がないんだよ。あの話で納得できるもん。ふつう、アレで終わりだと思っちゃうよ!」
「でも、よ。ミナ。あの話にも、おかしな点があるわけじゃない?」
「おかしな点? そんなのあった?」
「ええ、まず窓が開いたままだった点よ」
「え、窓のこと?」
「あいつ、あたしたちに気づかせるために、扉が風で揺れるように窓を開けたままにしたって、いっていたわよね?」
「うん。そうだね。それで、扉がガタガタしていたから、気がついたんだけど」
「でも、よ? いつ風が吹くかなんて、わからないわけじゃない?」
「あ、……あっ! そうだね」
「だから扉がいつ揺れるかなんて予想できないわけ。あれ、おかしいのよ」
「なるほど。そうだそうだね。アスカの言うとおりだ」
少女が再び疑問点をあげる。
「それとあの足跡のこと」
「え、あしあと? アスカ、それってトリックのアレ?」
「そうアレ。ミナの見たところによると、足跡の形状からして、あれは犯人が逃げた時のものだって言っていたわけじゃない?」
「うん。そうだね」
「エビヤの話を思い出しなさい。窓から外に出て足跡を二重にするトリックを仕掛けたと言っていたけど、それだとおかしいわけ」
「え、っと、……あ、たしかにそうだ!」
彼女が思い至った。
「エビヤくんのあの話であのトリックなら、侵入してから脱出するのではなくて、脱出して侵入する――出て戻るということになる。つまり『戻る足跡』の方が強く残るはず」
「ええ、そういうわけ。――それなのに『出た足跡』の方が残っていたのはおかしいのよ」
「うーん。でもでも……」
「なに、ミナ」
「もしもエビヤくん以外に犯人がいたとすると、外から窓の鍵をどうやって開けたのか、という別の問題が出てくるんだよ……」
「それは、まあそうね」
「ならなら、やはり別の人間が玄関から侵入? でもでも、そんなことしたら、ガラガラって開閉音で正志くんやエビヤくんが気づくよね? そもそも、玄関から入って廊下にいたら、家の中の人物――私とも鉢合わせする可能性があったわけで。それにれに、別の犯人がいたとして、それでエビヤくんが犯人だって自首した理由がわけわかめん……」
「埒が明かないわね……」
少女がうんざりしていた。
「もう、じゃ、しかたがないわ。あいつ呼びましょ。アイツ!」
「え、アスカ。あいつ、って?」
「あたし、あいつに用事もあるしちょうどいいわ。ミナなら連絡先を知ってるでしょ?」
彼女はなにか嫌な予感がした。
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そんな訳で、電話越しの激しい攻防の末に――
彼が喫茶店にやってきた。
「いや僕……今日は用事があって忙しいんだけど……」
疲れた顔をしていた。
「どうせ、たいした用事じゃないでしょ? 真斗。ヒマでしょ?」
「いや、そうでもないんだけど……」
「じゃあ、なんの用事なわけ? またデート?」
「いいや、違うけど……」
「ならいいじゃない。ここはあたしが奢ってあげるから、少しくらい付き合いなさいよ」
「……わかったよ。じゃあ、すこしね」彼が渋々と了承した。「――あの電話の勢いだと、家にまで押し掛けてきそうな感じだったし、ここで用件を済ませよう……」
「なに真斗、家に入られたくないわけ?」
「まあね。……今、僕の部屋、散らかってるから、誰かを中に入れるのは気が引けるんだよ」
「……ふーん」
少女が興味なさそうに返した。
「いや、その、ごめんね。真斗くん」
なんというか居た堪れない様子の彼女が謝った。
「ああ。うん。……で、そもそも僕になんの用なの?」
「ええ真斗。実はあんたに聞いてもらって、考えてほしいことがあるのよ」
少女が会話を進める。
「あんた、電車のとき、すごい洞察力と推理力を発揮していたわけじゃない? ――だから、今回の件も、聞けば気づくことがあると思うわけよ」
「今回の件……なにか、厄介事があったってこと?」
「ええ、そういうわけ。ミナ説明してあげてよ」
「え、あ、うんうん。そだねそーだね。わかめわかった。実は――」
「……わかめ?」
「――エビヤくんの家でのことなんだけど……」
とりあえず、彼女が事件の説明をした。
少年の妹の部屋に侵入者がいて、室内が荒らされていたこと。
4人で侵入ルートを捜索したこと。
それぞれの思いついた推理、疑問点。
伝えられるだけすべてを話した。
話を聞き終わって、コーヒーを一口飲んだ彼が呟いた。
「……はあ……ああ、なるほど」
もう本当に面倒くさそうだった。
「ええ、そういうわけよ」
「うん、はい。それで真斗くん。どうかな? わかった?」
「ああ、うん、まあ……」
彼が、やるせないような、やる気がないような感じで、答えた。
「よし。なら問題ないわね。――ほら真斗。ミナに教えてあげなさいよ。わかったんでしょ?」
「ああ、その、まあ。なんとなく、大方、大体、わかったんだけど……」
「わかったんだけど? なによ」
「コレ、僕が暴いちゃって、いいのかな?」
彼がためらうように、確認するように言った。
「なにいってんの? わかったんでしょ? なら、教えなさいよ」
「……ほんとにいいの?」
「いいつってんでしょ! ミナがわかるように教えてあげなさいよ!」
少女が怒るように彼に促した。
彼が口を開いた。
「わかった。じゃあ、皆元さん」
「うん。なに?」
「リセットだ」
「ん。リセット? なにを」
「頭の中を。一度、すべて白紙に戻して考えてくれ」
「すべて白紙に戻すって?」
「正志の推理も、エビヤくんが犯人だと自白したことも、そのトリックも、ぜんぶ忘れてくれ。――それら、全部が、ムダだから。考えることの妨げになると思う」
「え、ええ!? 全部ムダって……」
「これは、もっとシンプルなんだ。とにかく、そういうことだから。わかった?」
「え、まあ、うん。はい。わかりました」
彼女はとりあえず、納得した。
「それじゃあ、皆元さん。あの例の部屋の窓なんだけど、――あの窓を自由に開閉できる人物は、誰が思い浮かぶ?」
「え、それは、外からは開けられないし。――エビヤくんしか、いないんじゃないの?」
「それはそうなんだけど……エビヤくんができるなら家の中にいた正志もできる、もっといえば皆元さんやアスカさんにだってできるだろ。家の中にいる人物ならできる。――けれど、僕が言いたいことはそうじゃない。もっと自然に、自由に、窓を開閉できる人物がいるだろ?」
「え? そんなヒト……ん? あれ? 真斗くん、もしかして――」
彼女は気がついた。
「――エビヤくんの妹さん。静佳ちゃん、のこと?」
彼が話す。
「……部屋の主だったら当然のように窓を解放できるだろ? 僕が言いたいのは、まずそういうこと」
「なるほど。……でもでも、彼女自身が、自分の部屋を荒らす理由なんて――」
「それは、……ひとまず置いておいてくれ」
彼が続けて訊ねていく。
「そして、『その子』は窓から外に出る。――それで、そのまま戻ってこなければ、現場の状況は説明がつくよね? 一致する」
「え、まあ、うん。そうなるね。あれは『外に出た足跡』の形だったし」
彼女は一応、納得する。
「でも皆元さん。この足跡には妙なところがあるよね?」
「え、妙なところ?」
「先ほどの話しの続きだ。――もしも『その子』が窓から屋敷の外に出たならば、外出したとしたならば、『玄関の前』の石畳まで足跡があるんじゃなくて、『外の塀の方』まで足跡があるはずじゃないかな? 歩く距離を短くしたい、ショートカットしたいと思うだろ」
「あ、たしかにそうだ! ていうか、泥棒でも普通はそうだよ! 塀の方まで――敷地の外の方に向かって足跡が残るはず。なんで玄関の前に……」
「それはなぜか? ――考えられるのは、屋敷の玄関に用事があったから」
「うん。――だけどだけど、それ、おかしすぎるよ。それなら玄関に用事があるなら、家の中から、廊下から、向かえばいいよね? わざわざそんなことをする理由がないもん」
「ああ、そのとおり。――つまり、廊下に出られない理由があった」
「廊下に出られない、理由?」
「うん。思いつくのは、家の中の人物――正志や皆元さんと鉢合わせする可能性があるから、じゃないかな?」
「どういうことなの? べつにエビヤくんの妹さんなんだから、家の中で出会っても、私や正志くんが『うわっ居たんだ』って驚くくらいだよ?」
「つまり『うわっ居たんた』ってくらいで済まないんだろうね」
「んん?」
彼女が首を傾げている。
「まとめるよ。――『その子』は、家の玄関に用事があった。家の中で、正志や皆元さんと鉢合わせしたくなかった」
「うーん。なにがなんだか……」
「あー、うん。さすがヘッポコ探偵だなぁ……」
「もう! ヘッポコ言わないでよ!」
あきれる彼に、彼女が憤慨した。
――これで彼女でもわかるだろう。
そう思って彼は聞く。
「皆元さん。――あの足跡が出来たのは、『いつ』だと思う」
「えっ、それは――えっと、私がエビヤくんの家に着いたときはなかったから――そのときから、あの部屋を見つけるまでの時間……?」
彼女が考える。
「あっ! ちがう。私がアスカを呼んだんだった。――ねえ、アスカ。エビヤくんの家にアスカが到着したときに足跡ってあった?」
「………………」
「………………」
「いやいや、もしも足跡があったら、アスカは気がつくよね?」
「…………」
「…………」
「つまりつまり、アスカがやってきて、ご飯食べて、ひと騒動あって、お皿を洗って、――そしてあの部屋を見つけたんだから。それまでの時間ってことだよね?」
「……」
「……」
「ん? どーしたの?」
「……ねえ真斗。ミナって、ヘッポコなの?」
「……だから、さっきそう言っただろ……?」
「なになになによ! なんなのよ! 2人して」
「皆元さん。いま、まとめた条件に合致する人物、でてきたよね?」
「へ? え? ん?」
彼女混乱。
彼が条件を再確認する。
「家の玄関に用事があった。家の中で、正志や皆元さんと鉢合わせしたくなかった」
もしも出会ってしまったら『うわっ居たんた』では済まない人物。
「そもそも、皆元さんが玄関に――家に呼んだんだろ?」
彼女が混乱と動揺を引きずりながら、やっと気がついた。
「えっ? あれ、も、もしかして……アスカ……?」
混乱より立ち直った彼女が、心の激動のままに問い質す。
「まってまってまってよ! だって、さっき『エビヤくんの妹さん』って言ったよね?!」
「言ってないよ。僕は『部屋の主』といったんだよ。あと『その子』。――それは皆元さんが勝手にそう思って、そう言ったんだ」
彼は冷静に答えた。
「てか、今回の件は、全部が全部、皆元さんの勘違い――いや、早とちり、か――それが原因で、それが『すべて』なんだよ」
「ちょっ、ちょっとまって、まだ混乱が治まっていない。え、なんで、アスカ? 条件はピッタリなんだけど。なんで部屋の中にいるの? エビヤくんち――海老井さんちの一室に……」
「だから、そういうことだろ。――その部屋は、アスカさんの部屋なんだろ?」
「ちょっ、ななっ……、て、えぇぇぇえええええええええええええええぇ!」
彼女が驚いた。
「なんで!? なんだと、どうして、どゆこと? わけがわからないんだけどっ!」
「いや、皆元さん。音量を抑えて。店内なんだから」
「怨霊なんて、私、べつに呪われてなんていないよ!」
「声量の方に決まってるだろ。うるさいんだよ。はあ……いやいや、このヘッポコ探偵、勘違いが留まるところを知らなすぎるよ……」
「いやいやいやいや、ちょっと待って。なんかデジャヴだ……」
彼女が頭を押さえた。さらなる混乱。だがしかし――
「それより、なんで、あそこが、アスカの部屋? え、ってことは、犯人はアスカ? なんで自分の部屋を? わけわかめなんだけど!」
「わかめ?」
「とにかく、意味がわからない!」
「それで、すべて解決するだろ」
彼が事もなさげに言った。
よくわかる彼の解説。
「皆元さんも言っていただろ。――アスカさんの家がこの辺りにあるんじゃないか、って」
「え、まあ、うん。言ったけど、うん」
彼女は気が抜けた生返事だった。
「だから、アスカさんの家はエビヤくんの家、海老井家が自宅なんだ」
「は?」
「皆元さんがスーパーで買い物している時に、アスカさんが帰宅しているのを見たらしいけど、そのとき――皆元さんが買い物をしている間にアスカさんは自宅に帰った。つまり海老井家に帰ったんだ」
「え?」
「玄関を開けたらガラガラって音がするらしいけど、エビヤくんによると音をさせないコツがあるらしいし。そもそも自分の家なんだから、それはわかるだろ」
「えっと?」
「それで、アスカさんは自室にいた。例の部屋ね。――その後、皆元さんが海老井家に到着。アスカさんを呼び出した」
「え、まあ、あの、はい」
「そこで呼び出されたアスカさんは、先ほどの行程を実行。――窓から出て玄関に回り込んで、あたかも今やってきたという風を装ったんだ」
「あ、えっと、うん。……理解了解」
「これがすべてだよ。――ただその後、アスカさんの部屋を皆元さんが開けたことで、騒ぎになってしまった、と」
「え、え、でもでも、ちょっと待って。でもでも、部屋が、荒らされてて……」
「ほら、それは、アレだよ。――窓から外に出るために、『靴』が必要だろ? だから、その代用品――冬場は収納しているビーチサンダルとか浴衣用の下駄とか、履物を収納スペースから取り出したからじゃないかな? 現場を見ていないから、僕にはわからないけれど」
「でもでも、あの部屋の状態は、それだけじゃないような…………あ。」
気がついた。ピンときた。――彼が来たとき、言っていたから。
――もしかして、ただ、掃除をしていなくて散らかっていただけ?
――その状態に、押入れをひっくり返して履物を取り出したから……
「え、あの、そうなの? アスカ?」
彼女が、少女に確認した。
「ええ。まあそういうわけだけど?」
その言葉はまるで、開き直った犯人の自白のようだった。
彼女は察した。
……ああ、なるほど。
たしかに、あの荒れ果てた部屋を、自分の部屋だとは言い難い……。
気持ち的に。
乙女的にも。
だから、言えなかった。
少女はバツの悪い顔をしていた。
「……なんというか、あの場には正志がいたわけでしょ。だから、よりいっそう言えなかったわけ。直にあの部屋を見た男がいるのに、あの散らかった汚部屋が実はあたしのだなんて、言えないわ……」
「……な、なるほど」納得の彼女。
「……あの、アスカさん、でもこの場には、僕がいるんですが……。これ、ほんとに言っても良かったの?」
「真斗は直接その部屋を見てないから、どれだけ部屋が汚れていたとか、わからないわけでしょ? だからセーフよ。――もちろん、あんたから正志には言わないでよね?」
少女が脅すように言った。
「大丈夫だよ。言わないって」
――言うまでもないし……。
と彼は言わなかった。
けれど彼女には、まだおかしいと思うことがあった。
「でもでも、なんで窓を閉めなかったの。開けたままになってって――……あ。ああ。」
だが、言っている途中で思いついた。気がついた。
――閉められないわ。
――アスカの身長では。
窓の下から地面まで2メートル弱。
跳び下りられても、戻れないし、手も届かない。
――あとエビヤくんの部屋の窓の前を通過しても、身長が低いから、見えないし。
思えば足跡の間隔についてもそうだ。
――アスカならちょっと小走りでも、普通の人が歩く位の歩幅かも。
ほぼすべてに納得できた。
彼がまとめる。
「わかったよね? だからコレ、ぜんぶ皆元さんの勘違いで早とちり。だから、エビヤくんやアスカさんはたぶん、うまく事を収めるために言い訳を考えていたんだろうね……」
――まあ、恐らく全て気がついていた正志もだろうけれど。
彼はそれを言わなかった。
「えっと、なるほど。わかったよ。……ごめんなさい?」
彼女が謝った。疑問形で。
「いや、ミナは悪くないわけよ。元はといえば、言わなかったあたしが悪いもの」
それで彼女が思い出す。
「まって、ごめん。そうだった。まず確認をするべきだったんだけど……海老井家がアスカの家ってことは――」
「ええ、あたし本当は海老井明佳っていうの。えっと、なんだっけ、前に名乗った……あ、思い出した。可児江、っていうのはなんとなくその場で考えた偽名なわけ」
「そ、そうなんだ。じゃあやっぱり……」
この件が判明して、最大の疑問を問う。
「アスカは、エビヤくんの妹ってことぉ!!??」
「ちがうけど」
否定。すこし怒ったように。怒りを含む物言いだった。
「え、え? ちがうの?」
「ええ、ちがうわ」
堂々と否定される。
「あ、そうか……」
思いついた。
「義兄弟ってことね。どちらか養子なのね。血の繋がっていない……」
そういえばこの2人、似ていない。
それに、思えばこの少女も中3だ。同い年の兄弟なんていない。
「まったく違うわけなんだけど!?」
それも少女は否定した。怪訝な顔で。
「え、どういう……でもでも、あそこがアスカの部屋なら……はっ!」
閃いた。
「アスカとエビヤくんは、許嫁ってこと? 親公認の同棲? だから同じ家に……」
「ちがうわよ! なんですごい速度で正解から遠ざかっていってるわけ!?」
少女が怒鳴った。
「はあ……」彼がしんどそうにしていた。
彼女は、わからない。
「え、どういうこと? じゃあ、いったい……」
少女が不満そうに暴露する。
「あたしが、あいつの姉なわけなんだけどっ!」
理解までに8秒を擁した。
――あれ? あね、あれ、あねね、あれれ? あねって、姉? お姉さん?!
「え、って、えええええええええええええええええええええええええぇ!!」
今日一番の叫びだった。
――あれだけの奇声を上げて、この喫茶店を追い出されなかったのは奇跡的だなあ。
そんなことを思いながら彼はコーヒーを啜る。
その正面の席で、彼女達が白熱していた。
「ちなみに『静佳』っていうのは、あいつの嘘なわけだから。妹はいないわ」
「え、そうなの!?」
「ええ。そういうわけ。てかミナ。あんなに驚くことないじゃないの」
「いやいや、だってだって、あの部屋は、エビヤくんの妹さんの部屋ってことで話が進んでいたもん。だから、その流れで、当然アスカも妹だと思うでしょ。――それに」
「ん? それに、なに」
――この幼女みたいに小さい子が、あのエビヤくんの姉って無理があるよ!
その言葉が口元まで出てきたが、ひっこめた。言ったら怒りそうだ。
「いや、なんでもないよアスカ」
ごまかした。
彼が確認する。
「そもそも皆元さんはなんで妹さんの部屋だと思ったの? ――僕の予想だけど、それも皆元さんの勘違いなんじゃないかな?」
「え」
――なぜ妹の部屋だと思ったのか。
それは、荒らされた部屋の私物を見て、だ。
その服の大きさ。趣味。そういうことで判断して……
「あ。私がエビヤくんに『妹さんの部屋のなの?』って聞いたんだった」
彼女が思い出した。
「ああ。それでエビヤくんも妹の部屋だって言っちゃったんだろう。その方が自然だし」
「な、なるほど……」
「そもそも皆元さんなら、部屋の中を見ているわけだし、部屋の中にあった私物でアスカさんの部屋だってわかったんじゃないかな? 注意して見ていれば……」
「いや、まあ、それは……そかも……」
思えばそうだ。
洋服の趣味。キャラデザインのゲーム機。ちょっといい感じのテニスラケット。
――あっ、あれ、アスカのじゃん。
今さらながらに気がついた。
だが、それでも彼女が、負け惜しみのように言った。
「でもでも、この二人が姉弟だなんて、気がつく要素がゼロじゃん。無理だよ。わかんないよ」
「そうでもないんじゃないかな。いろいろヒントはあったと思うよ」
皆元さんなら気づけたはずだよ、と彼が付け足した。
「え。」
「僕が確信したのは、2人とも、同じものを携帯しているからだし」
「なになに同じモノ? キーホルダー? ストラップ? そんなモノ知らないんだけど……」
彼女にはわからない。
彼が答える。
「シオだけど?」
「し、シオ? そ、それってお塩、調味料のこと?」
「うん」
「え、エビヤくんもアスカも、そんなもの持ってた? どこのこと?」
「ほら、エビヤくんがイタズラで、僕のペットボトルに塩分投入してたじゃん。皆元さんが片付けてくれたやつ」
「えっと、あ。ああー」
思い出した。――放課後の教室でのことだ。ラブレターの話をしていたときのアレだ。
「アスカさんも持っているらしいよね。皆元さんがテニスコートで倒れたとき、ミネラル補給用の塩入りドリンクをくれたって聞いたけど」
「あっ! ああ、あぁー。そうだ。そうだった」
さらに思い出した。――それはテニスコートで私の胸パッドが……おっとっと。
けれど――
「あれ? それ、私、真斗くんに言ったっけ?」
「……ああ、聞いたよ。覚えておいてくれよ」
彼がそう言った。
「あれあれ? でもでも、2人ともなんでそんなお塩なんて持ってるの……?」
「たぶん厄除けじゃない? お守りみたいな」
彼が少女に目線を飛ばした。
「ええ、まあね。お母さんがそういうのが好きで、持たされてるわけ。神社で購入できる霊験あらたかな『祓い塩』とか『清め塩』とか呼ばれてるやつ。あれ、料理にも、食用にもできるらしいから、食べても問題ないわけ。心配無用よ」
「へー。なるほど……あ、あーそっかそっか……」
彼女が納得。
「他にも、要素はあったけどね。――僕があやしいと思ったきっかけは、駅前の喫茶店でこのメンバーで話したとき、アスカさんとはじめて会ったときだけど」
「えっとえっと、あ、ラブレターの……ああ、うんうん」
記憶を探る。――あの、意地を張ったときのことか……。
「あのとき、アスカさんの机に入っていたラブレターに、フルネームで名前が書かれていたか、僕が質問しただろ。そのときアスカさんは『え――』と一瞬だけためらって、それから答えていた。それは――」
「ん? 『え――』って、あ、もしかして『海老井』って――」
「うん。間違って本名で答えてしまうところだったんだろうね」
マジかよ、みたいな眼で少女が彼を見た。
「真斗、あんたよくそんな細かいこと覚えてるわね……」
「いや、ほら、自分の名前で言葉が詰まるのは不自然だと思ったから、さ。だから覚えてたんだ」
「なるほどね……」
一応、少女は納得した。
「まあ、これら以外にも、ヒントはあったんだろうけどね」
「あ、うん。言われてみれば、うん。そうだね……」
彼女には思い当たる節があった。
つい数時間前。
みんなでカレーを食べた時。
――らっきょうなら、もうすでにテーブルに出ているわけだけど?
察しが良すぎた。『ラ』から始まるカレーの付け合わせなら、流行の『ラー油』とかもあるはずなのに。
――でもでもカレーといえば福しん漬けじゃないの? いいや、それはご家庭によるかな。
そのときは、そう思っていた。その理由を理解した。
それから、どんぶりプラスチック事件の際。
――ちょっとお店にクレーム入れてくるから。廊下の電話。借りるわよ。
廊下の電話を借りる? なぜだろう。自分のスマホから掛ければいいのに。店舗の電話番号も、ネットで検索すれば、手間がなくて早いのに。
思い至った。
あの散らかった部屋に、スマホが充電器に繋がれたまま置いてあった。
少女は携帯電話――スマホを自室に忘れてきていたのだろう。
いや、自宅だし、持っていく必要を感じていなかったのかもしれない。
――てか、あの部屋にあったスマホも、アスカのと同じ機種だったわ……。
思い返せば、それだけ不自然があった。
――よく気がつかなかったなぁ、私。
さらに思い出す。
彼の言っていたヒント。
――『エビヤの今までの言葉を良く思いだせ』
「ねえ、アスカちゃん?」
「え、なによ、どうしたのよミナ。急に『ちゃん付け』に戻したりして?」
「あっ、いや、気がついたの。エビヤくんがアスカのことを呼ぶとき、『ねえ、アスカちゃん』って呼んでいたなぁ、て。――アレもしかして、『姉さん』とか『姉ちゃん』とか、呼びそうになっていたのを、ごまかしていたのかも!」
「ええ、まあそうでしょうね。毎回、あれでバレるんじゃないかってヒヤヒヤしてたわけよ」
「ああ、そういうことだったんだ」
気がつかなかった自分に落胆するほどに、理解していった。
しかし、彼女は気がついた。気がついていた人物がいたことに。
「ていうか、真斗くん。アスカとエビヤくんが姉弟だって、気づいてたんでしょ? どうして、私に教えてくれなかったのよ!」
「そりゃ、まあ、本人が説明しないのに、わざわざ言うのはよくないと思ったんだよ。僕らも双子だし、そういうのにうんざりする気持ちはよくわかるから」
なにより個人情報だからね、と最もな理由を付け足した。
「ああ、なるほど」
理解と納得。
「てかてか、なんでアスカも言ってくれなかったの? エビヤくんの姉だって」
少女が渋々話す。
「そーね……まあ、悪かったわ。ごめん。騙すつもりはなかったんだけど。言う必要もないと思っていたから、いや、騙すつもりもあったんだけど。でも知られないなら、もうそれでいいと思って。――仲のいい姉弟でもないし、むしろ仲悪いし。……だから、あんまり聞かれたくなかったのよ。ほら双子ってだけで結構いろいろ聞かれるわけだから。自分で言うのは、憚られたわけ。だから、バレたくないけど、でも誰かに気がついてもらって、見破ってほしかったというわけ……ちょっと、矛盾してるけど……」
「ああ、なるほど……」
――ていうか、エビヤくんとアスカ、双子だったんだ。二卵性なのかぁ。
ごくごく身近に瓜二つの双子の存在があった。だから、双子といえば『そっくり』という先入観もあったのだろう。
「真斗や正志、ミナには、いずれは話そうと思っていたわけなんだけど、なんというか……タイミングがなかったというか……それに、ミナには今日その、あたしの部屋を見られて、……怖かったのよ」
「……怖かった?」
「……ほら、あんな部屋を見られて、あたし掃除が苦手だから、その不潔だと思われて、引かれて嫌われて、友達じゃない、もう話してくれないんじゃないかとかおもったわけ……」
「あー、なるほど。わけわかめったよ」
「わかめった?」
彼女の相槌に、彼が疑問を持った。
「……だから、よりいっそう言えなくなっちゃったのよね」
「うんうん。なるほど。――アスカ」
「なに、ミナ?」
「このアスカのポンコツ!」
彼女が思いっきりよく言った。
「えっ、ちょ、ポンコツって……」少女は戸惑う。
「うん、そうよ。アスカのポンコツ。そんなことでねえ、部屋が汚いくらいでねえ、私が嫌いになるわけないでしょ! 私のことを見くびってもらちゃあ困るわ!」
「いやそれは……」
「うんうん。たしかに私、部屋が散らかっていて、ビビったというか、驚いたというか、引いていたのは事実です。認めましょう」
「あ、皆元さん、やはり引いていたんだね……」
「真斗くん。うるさい! ――けれどけれども、それでアスカとの関係が変わるはずないでしょ! アスカはアスカだもん。べつにそんなことで嫌いにならないよ」
「……ミナ」
「だからだから、心配無用です! アスカはこれからも友達! オーケー?」
「お、おーけー」
「うん。それならヨシ!」
彼女が満面の笑みで、頷いた。
彼が頃合いを見て訊ねた。
「ところでアスカさん。僕、聞きたいことがあるんだけど……」
「なによ、真斗」
「え、なにかに? 真斗くん。まだ事件に不明な点とかあった?」
「み、ミナ。事件って……」
「あ、うん、ごめん。まったく事件じゃなかったもんね。それでそれで、なにかわかめないことでもあったの、真斗くん?」
「わかめない? ……いや、あの部屋の件はもう終わり。別件、聞きたいことがあるんだ」
「だから、なによ」少女が問う。
彼が訊ねる。
「なんで僕らに近付いたの?」
「ん? 真斗くん、どゆこと? 質問の意味がわからないよ。アスカと出会ったのは偶然じゃないの?」
「いや、偶然じゃないよ。たしか僕ら――いや、まず正志とのファーストコンタクトは、あの川沿いのテニスコートの近くの高架下でアスカさんが壁打ちしているところに、正志が声をかけた、そういうことらしいけど」
「うむうむ。そうだね。真斗くん。――いや、それ、アスカから近付いてじゃないじゃん。正志くんから声かけてるもん」
「でもさ、あの川沿いのテニスコートは、交通の便が悪い穴場だよ? テニスをするにしても、他にも場所はある。しかも、正志とエビヤくんが利用する早朝からアスカさんはその場にいた。――わざわざ、仲の悪い弟が利用しているテニスコートに」
「あ、まあ、たしかに……」
「……」少女はまだ、話さない。
「それに、僕とはじめて会ったときも、気になることを言っていたんだよ」
「気になること?」
「アスカさん、僕を正志と間違えて声をかけたらしいけど、それから後、喫茶店で――」
当時のことを思い出す。喫茶店での会話を。
『へー。じゃ、やっぱ正志じゃないんだ』
『うん。僕は苗倉真斗。正志は弟だね』
『ほー。一卵性双生児ってわけね。そっくりだし。ええ、そっくり』
『……よく言われるよ』
『ま、はじめからわかったけど。聞いていたわけだし。でもホントそっくりだわー』
『あんた、友達いないし、やっぱヒマなわけでしょ』
『酷い!』
『そう聞いていたし。もちろんデートとかでもないわけでしょ』
『やはり酷いっ!』
『だからあたしの話しをゆっくり聞いてくれてもいいわけじゃない?』
そんな会話をした。
「すでに、僕のことを知っていた。――聞いていたと言った」
「いやいや、真斗くん。不思議なことないじゃん。――てか、それはもう解決じゃん。だから、弟のエビヤくんから聞いたんでしょ?」
「仲が悪いのに?」
「え、いや、でも、姉弟なんだから、それくらいの会話するでしょ?」
「そうかな? ――でも、それでも、わざわざ弟の友達に会いに行こうとするかな?」
「え、まあ、たしかに。――でもでも、するんじゃない?」
「いやいや、皆元さんだって、わざわざお母さんやお父さんのお友達に、会いに行ったりしないだろ?」
「そりゃあしないよ。用事がないと。私とは関係ないし」
「兄弟の友達も似たようなものだよ。皆元さんは一人っ子だから、この辺の感覚はわからないかもしれないけれど。――そして、その反応からして、皆元さんがアスカさんに話したんじゃないよね。僕らのことを」
「え。ああ、うん。そうだね。あのときはアスカに苗倉兄弟のことについて、話したことはなかったなぁ」
「うん。そういうことだよ」
彼が改めて訊ねる。
「だから、アスカさん。僕ら兄弟のことをどこから聞いたの? そして、なんの用?」
このことは、彼にとって重要だった。
少女が決意をして、話し始める。
「……そうね。実は、アンタたち兄弟には、あたし、言わなければならないことがあるわけ」
「……うん。なにかな」
彼は覚悟を決めて、言葉を聞く。
「あの、その、……ありがと、ね」
「……………………はい、なんて?」
少女の言葉の意味が、まったく理解できなかったので、彼は首を傾げた。
★
弟が不登校になった。
理由は明白だ。――あたしだ。
先日、電車でチカンの冤罪をかけられた男を助けた。すべてを見ていたので「その人やっていませんよ」と証明してあげた。その人物が無罪だったのは明らかだった。
しかし、チカンされたと主張する側――あの女たちは、あたしの中学の先輩だった。
いじめられた。
あたしはそういうことに我慢できる性格じゃなかったから、すぐに親や先生に報告した。
だけど、いじめ問題には『どちらが悪い』というのは通用しない。
例えば、体操服を隠されて、汚されて見つかったときも――
「本当にその生徒がやったのか? 証拠はあるのか?」
――先生にはそう言われて、結局どうしようもなかった。
そんなわけで、あたしは転校した。
幸い、いじめられていたという事実は明らかだったので、転校の手続きは滞りなく進み、中学校入学一週間未満で転校。あっと言う間のスピード感だった。元の中学校――森中であたしのことを覚えている人間はそういないだろう。
だけどまあ、地元ではない中学への転校で、さらに中学生活最初の一週間を『病欠』という扱いで過ごしたせいで、すでに固まったグループ関係に馴染めず、友達とかぜんぜんできなかったわけだけど。
――おいコラそこ。それは関係なくて性格がキツイせいじゃないのか? とか思ってんじゃないわよ!
まあとにかく、そんな感じの転校だった。
けれど、それは問題の移し替えだった。
それから弟が学校をよく休むようになった。
「ちょっと、あんた、ちゃんと学校行きなさいよ。あたしだって、ああいうことがあっても、結局、転校までして学校はちゃんと通ってるわけなんだから」
「ああ、もちろん。――ちょっと今日は、調子悪いだけだから」
「そう。問題ないわけ?」
「ああ、大丈夫だよ」
あたしは、まだ気が付いていなかった。
単純なことだった。
あたしが転校したことで、いじめ――仕返しの標的がいなくなったのだ。
それなら別の『誰か』が連中の標的にされるだろう。
同じ学校のあたしの関係者――苗字の同じ、弟。
珍しい名前だ。そうそうない。
興味を持った――悪意を持つ連中なら、すぐに気がつくことだろう。
それに気がついたのは、1ヶ月も後だった。
弟は完全に学校を休むようになった。
「あんた、学校では、あたしとは関係ないって、そう言いなさいよ」
「は? ナニ言ってるんだよ。ねえちゃん」
「だから、アンタとあたしは無関係。それで、いじめられなくなるわけだから!」
ただの同姓。それで、ごまかせばいい。珍しい性だが、いないことはない。
それで、弟は――
「なにいってんだよ。いじめなんてないよ。それに、ねえちゃんは関係ないだろ!」
「関係ないって何よ! あたしはあんたを――」
「先に無関係って言ったのはねえちゃんだろ!」
「っ……ああ、もう! そうよ。知らないわよ! もう!」
弟との仲は、よりいっそう悪くなった。
弟とは、何も話さない日々が続いた。
家族でありながら、会話はしない。
姉弟でありながら、無視する存在。
でも、それでも――
アイツがいじめられたのは、あたしのせいなのに……
せめて、すこしでも責めてくれれば、楽だったのかもしれないのに。
――ねえちゃんのせいでいじめられた。どうしてくれるんだ!
そんな風に感情を、怒りをぶつけてくれればいい。
それなのに「ねえちゃんは関係ない」の一点張りだ。
ああ、もう! あいつは!
それから、弟は1年以上、学校に行くことはなかった。
――あたしは正しいことをした。
だから後悔はしない。そう思っているんだけど……だけど……
――あのとき、もしも声をあげなければ、弟に辛い思いをさせなくてよかったわけ?
そんな自己嫌悪と否定と矛盾に押し潰される地獄の日々が続いた。
弟が学校に行くようになった。
――え。なんで。どういうわけ?
わけがわからない。今まで1年以上ずっと休んでいたのに。
思い切って、それとなく母に聞いてみた。
「ああ、苗倉君って、分かる? 覚えてる? 明佳」
だれだ。どういうわけだ。まったく知らない。
母が微笑みながら言う。
「青辰小学校からの同級生らしいんだけどね。その子たちが助けてくれたらしいのよ」
え。その子『たち』?
「ええ、そうなの。克也から聞いたんだけどね。なんと苗倉君も双子でねー」
母が嬉しそうに話す。
「うちとは違って一卵性の双子らしいのよ。そっくりらしいわ。弟くんの正志君は克也のテニス友達でね、お兄さんの真斗君は成績優秀なんだけどオタクらしくて――」
それで、あたしは地獄の日々から解放された。
知らない間に、すべて解決された。
だから、あたしは――
★
「だから、あたしはアンタたち兄弟に感謝してるわけ。――だから、弟のことも含めて、お礼を――感謝をするのが、筋ってもんでしょ?」
「…………」無言。
「だから、それが言いたかったのよ!」
少女が真っ赤な顔して、強い声で言った。
意外な展開にあっけにとられていた彼だったが、やがて理解した。
「な、なるほど。事情は、わかったよ」
「ええ、まあ、だから、そういうわけ!」
「うんうん。ふむふむ。なるほどう。義理と人情だね。まったく……かわいいなぁアスカぁ!」
がばっと彼女が抱きしめた。
「ちょっ、ちょととお! なにしてんのよ、ミナ!」
少女がテレた。
「うん、事情はわかった。けれど、べつに感謝とかいらないよ。――僕も正志も、ただやりたいようにやっただけだから」
「それでも、あたしたちが救われたことに変わりはないわけだから」
「そっか」
また、少女が決意する。
「だから、あたし、今から正志にも、同じように事情を話して、謝って、礼を言ってくるわ」
彼が思い出した。
――そうか。だから、さっき正志に言うなといっていたのか。自分で伝えるために。
「べつにいいよ? 僕の方から正志に伝えておくから」
「ダメよ。こういうことは自分で言わないと。――それに、ほら、……」
少女が申し訳なさそうに、話す。
「あたしのせいで、あたしの部屋のことで、弟が、克也が――あいつが変にごまかしたから、正志とケンカして……帰っちゃったし。このままじゃ、いたたまれないのよ!」
「ああ、なるほど」
「だから、ちょっと正志を呼んでくれないかしら? あいつにも、ちゃんと事情を説明して、あたしが悪かったって、言って。克也と仲直りさせて――」
「うーん。でも、呼び出すのはちょっとなぁ。正志も今日は用事があって忙しいらしいし」
彼が困ったように言う。
「用事があってって、でも、あたし、伝えないと――」
「いま正志、エビヤくんちに勉強を教えに行ってるから、邪魔するのはマズイと思う」
「は?」少女困惑。
「え?」彼女も困惑。
少女が言う。聞いていなかったのだろう。
「いや、だから、さっき言ったでしょ? 正志は克也とケンカして、帰ったって」
「うん。でも、また行ったんだよ」
「へ?」困惑少女。
「だから1回うちに帰って、またエビヤくんちに行ったんだよ。勉強道具と泊まりの着替えとか準備して。さっき、この喫茶店に僕が呼ばれるちょっと前に」
「へ? どゆわけ?」
「正志は『エビヤのバカが再追試になったから、今日泊まり込みで教えてくる』って言ってたよ。――もともと、そういう手筈だったんじゃないかな? あいつ、もともとテニスするつもりで出ていって、エビヤくんの再追試を知って、勉強合宿を計画したから。着替えとか持ってないし。もともと一度、家に戻るつもりだったんじゃない?」
「え、じゃあ?」
「うん。だから、今はエビヤくんの家にいると思うよ。勉強教えてると思う」
「え、でもでも、正志くんとエビヤくん、ケンカしたんじゃ……」
「うーん、どうだろうね。――あ、それより、アスカさん。数学できる?」
「は? へ? え、まあ、得意科目なわけだけど?」
困惑しながらも答える少女。
「それなら、僕や正志にお礼とかいいから、エビヤくんに数学教えてあげてくれないかな? 明日の再追試に合格できるように。時間がないらしいし」
「まあ、ええ、えっと、うん」
困惑しながらも、少女は了承した。
「それは助かる。ちょっと正志に伝えておくよ」
彼がスマホを取り出し、操作。耳元にあてる。
「あ、もしもし正志? ――うぜえ電話かけてくんな、って? うざいとか言うなよ。それよりも、アスカさんが――ん? もう知ってる? ああ、違う違う。部屋の件じゃない」
その内容で少女が理解した。驚いた。
「ちょっと、え、正志のヤツ! わかってたわけ?!」
「……」彼女は無言だった。
「アスカさんが数学できるらしいから、エビヤくんに教えてくれるってさ。たしか再追試は、英語と数学だろ。おまえ数学得意じゃないだろ。――だから、英語を教えるの方に専念し――命令すんな? 命令じゃなくて提案だって、提案。ホラ、時間ないんだろ?」
彼がスマホをポケットに戻した。
「うん。それじゃアスカさん。エビヤくんの数学よろしく」
「え、ちょっと、真斗?」
そこで、ウェイターがやってきた。
申し訳なさそうな顔で。
「すみませんお客様。店内での通話はご遠慮いただいておりますので――」
「あ、ごめんなさい。もう帰りますので……」
彼が謝った。
D.S.
彼が友人宅に戻ってきた。
「おかえり正志、着替えとか持ってきたんだよね」
「ああ、エビヤ進んでるか?」
「ううん。ぜんぜん?」しれっと言った。
「……おい。」キレそうな顔だった。
「いやいや、嘘だよ。ボチボチにやってるよ。てか、顔めちゃくちゃ怖いんだけど?」
「ボチボチじゃ間に合わねえんだよ……。てか、このピンチに『あいつら』は……何もないところから事件を起こして、余計な時間を取らせやがって……」
「いや、まあうん。まったくなんだけど……。やっぱ、正志は全部わかってたんだね?」
「ああ、まあな。だからおまえの演技に乗っかって、解決ってことにしたんだからな」
「ああ、うん。ありがとね」
「お礼を言われることじゃねえよ……。ムカついて殴ったのは本当だしな。――しかし、あいつら、皆元もアスカも、本当にお騒がせな……」
「うん。まあ、でもさ」
「ん?」
「まあ、お騒がせな事件だったけど、ボク、後悔はしてないよ?」
「……」
「後悔はしてない。さっきああいう『解決』をしなかったら、ボクが自首していなかったら、たぶん、皆元さんとね――あの二人の仲が悪くなってたかもしれないし。それはダメだろ。――せっかく友達になったのにさ。だから間違ってるのかもしれないけど、後悔はしないよ」
「はあ、まったく、こいつらは……毎回ヒトのために苦心しやがって……」
「ん? こいつら?」少年が疑問に思う。
「なんでもねえよ。――なら、それでいいだろ」
そこに、電話がかかってきた。
お読みいただきありがとうございました。
お疲れ様です。
タイトル回収ですね。
『w』=ダブル
そんなわけで、2組の双子が活躍を……ん?
なんですか?
ダブルの頭文字は『D』だって?!
…………。
……………………。
…………いや、ええ、知ってますよ?
いえ、だからですね。
『W』=わかめ
という意味だったんです。今回、あからさまなくらい使われてましたよね?
そんなわけで『ツインスタンダードわかめ』でした。
いや、まあ、タイトルとか、意味とか、なんでもどうでもいいんです。
読んで楽しんでもらえれば。
とにかく、お読みいただきありがとうございました!
いや、あと1話あるんですけどね?




