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『何処で(前編)』「どこで」パート①【IDECCHI51】

 2時限目の授業。地理の時間。



 担任教師の蒼崎は今日、家庭の事情で休みなのだと言う。従って今日は自習だ。



 数学教師の田村が蒼崎から用意したと思われる自習用プリントを配ったが、10分もしないうちに終わる簡易なものだった。



 賢一達のクラスはあっという間に私語で溢れるようになった。あんまり頭のよくない賢一でもあっという間に答えられる5問の問題だ。誰もがプリントを見た瞬間に心が躍り、これからどう自由を謳歌しようか考えたに違いない。




 賢一はそんなに喜んでもいなかった。根暗な彼は一緒に話す友達なんていないからだ。ちらっと同じ班の小島を見てみる。彼は塾の課題だろうか? それとも彼の趣味で読むものだろうか? 鞄から難しそうな書籍を取り出して読み始めた。



 井藤と西原はいつもながら小声の謎の会話を開始した。



 賢一は昨晩早くに寝てしまい、机に顔を伏せて寝る気にもならなかった。そうしたところで、井藤と西原の謎トークが意味も解らないまま耳に入ってくるだけで、とても寝付けやしない。



 図書館で借りて愛読している『四月猫ヒノキの冒険』も家に置き忘れてしまっている。小島のように本を読んで時間を過ごす手もない。




 こんな時によく想う。最近知り合った悟という人物が同じ教室にいて、同じ班にいたらきっと退屈はしないのだろうなと。



 彼はいま隣の教室にいるのだろうか?



 もしかしたら体育の授業でプール場にいるのかもしれない。水泳部で光っていた彼の泳ぎを披露しているのかもしれない。技術の授業で一生懸命工作に取り組んでいるのかもしれない。彼に会うのは放課後の図書室だ。それまでは顔を合わせることもない。



 退屈だ。実に退屈な時間だ。



 井藤と西原の会話はハッキリと聴こえれば、実は楽しい内容のものなのかもしれない。全然ハッキリ聴こえないから誰かの悪口を言っているようなものにしか聞こえない。確かめようとも思わないが。



 じゃあ男子同士で小島と話してみればどうだろうか。これを機に話しかけてみるのも良いことだろう。いや、でも賢一にそんな勇気なんてある筈もない。



 彼は顎に手をあてて考え始めた。



 仕方なしに地理の教科書を開く。賢一が退屈している今も何処かで誰かが何かをして過ごしている。場所は南米だろうか、標高の高い山上で民族衣装を羽織った婦人が笑顔で写っている。それをボーっと眺めながらも、賢一はあたまの中で紙飛行機を作って空いている窓にむけて飛ばしてみた。この婦人に届くわけではないだろう。だけど想像は自由。彼は一人ニッコリ微笑むと、机に顔を沈めた。とても寝られそうにないし、井藤と西原の謎トークも耳にしないといけないっぽいが、気分は悪くはない。賢一は想像のその先へ目を閉じて向かった――





 とあるゲーム会社で新企画の打ち合わせをしていた魚住純一は休憩時間に想像にふけっていた。加藤は他職員と煙草を吸いに行っているらしい。生憎自分は煙草を吹かす人間ではない。お酒も飲めない下戸だ。思えばそうした背景から、加藤を含めた職場の仲間と充分な交流を果たしてないのかもしれない。



 ブラックのコーヒーを飲みながら魚住はふと空いている窓から紙飛行機が飛んできたイメージが湧いてきた。唐突に何故だろうか。しかしこうした感覚を覚えるのは珍しいことだ。新しい発想に繋がりそうだと思った彼は適当な紙飛行機を作り、空いている窓から飛ばしてみた。ベランダから飛ばしたその姿に加藤たちは驚いたようだった。魚住はニンマリして加藤たちに話しかけた。



「今晩飲みにいかねぇか?」



 手紙にはこう記した『あなたは今何を想っていますか?』と。





 最近羽振りがいい『新宿なんでも探偵事務所』は最近温かくなってきた気候に合わせて窓を開けていた。するとどこからともなく紙飛行機が飛んできて事務所の机の上に漂着した。うたた寝をしていた蒼井雪は目を覚ました。



 紙飛行機を広げてみる。そこには『あなたは今何を想っていますか?』と記してあった。すぐに茜を呼び、この不思議な事態を知らせた。茜は「面白そうじゃん?」とケラケラ笑い、その場で時空区間を創りだし、紙飛行機をその中へ飛ばした。「何てことするの!?」と怒る雪だったが「いいじゃん。誰にも危害加えるワケじゃないし♪」と微笑む茜にはとても何も言えない雪であった。





 はるか昔のコッツウォルズの草原、ジェイコブは母親が服用する薬を買いに街へ出ていた。何でも効き目が相当ある良い薬らしく、かかりつけの医者であるマクベスも絶賛している薬だ。しかし余りにも人に知られ過ぎたため、ジェイコブが薬局に向かった時には既に売り切れていた。



 肩を落として草原の帰路を辿るジェイコブ、そんな彼の足元に紙飛行機が飛んできた。驚いたジェイコブだったが、その紙にはよくわからない言語で何かが記してあった。珍しいことがおきたものだが、学者が彼のご近所にいるわけでもない。そう思った彼は手持ちのペンで手紙にこう書き加えた。



 -What are you thinking now?-



 村の教会にまで行き、彼はその5階から紙飛行機を飛ばしてみた。その紙飛行機は空高く舞い上がり、はるか上空へと飛んでいった。彼はひたすらに驚くばかりだった――





 就職活動に励む佐久間慎時はまるで手応えのない面接のあとに肩を落として帰路を辿っていた。そんな彼の足元に紙飛行機が舞い降りてきた。広げた紙飛行機には素っ気ない日本語の一言とお洒落な英語が記されていた。



 別にどうしたこともないと思った彼はもとにあった状態にして紙飛行機を飛ばした。するとその紙飛行機は不思議な力で浮上し、空高く舞い上がっていった。



「おいおい、マジかよ!?」



 不思議な現象に思わず声をだして驚いた慎時だったが、同時に何年か前に不思議な夢をみたことを思いだした。どうやらこの世界はまだまだ終焉を迎えないようである――





 慎時の飛ばした紙飛行機は関門海峡で日の入りを眺める斉藤夕樹の足元に届いた。「なんだ? これ?」と驚く彼だったが「面白い。飛ばしてやろうじゃないか」と手紙の内容を確認したのち、再び折って海峡に浮かぶ太陽に向けて飛ばした。 





 夕樹の飛ばした紙飛行機はバイオリンを奏でる亡霊の元に届いた。彼女は演奏を止めて紙飛行機を手にとった。



「ふうん。これは面白い遊びね。ねぇ? 美里」



 顔が腫れあがって白目を剥いた化物がケラケラと笑っている。朱美だった亡霊は美里だった亡霊に紙飛行機を飛ばすよう頼んだ。美里は紙飛行機を手に取り、空高く飛ばした。そしてゲラゲラと大笑いをしてみせた。



「こんなのになっても、面白いことがおきるものね。さて演奏を始めますか」



 彼女の奏でる演奏には喜びと怒りと悲しみと安楽の全てがこもっていった――





 化物の飛ばした紙飛行機は化物の手元に届いた。



 ここは現実に存在しない遊園地。真っ白な顔をした小林真美は広げた紙飛行機をみて微笑んだ。



「こんな素敵な呪いかたもあるのね」



 これは断じて呪いなどという類のものではない。でも彼女にはそう映ったようだ。彼女は「彼を愛しているわ」と手紙に吹き込むと手紙を空高く飛ばした。



 そして遊園地で絶え間なく施されている惨劇を穏やかな表所を浮かべながら、ずっと眺め続けていた――





 真美の飛ばした紙飛行機は未知なる生物が支配する惑星に住む兄妹の元に届いた。コータローは首を傾げるばかりだったが、ミコトは「すごい! すごい! 紙飛行機が飛んできたよ! すごい!」と感動するばかりだ。そんな彼女をみて彼はいつも癒されてしまう。彼は「俺は彼女を愛している」と吹き込み、彼女に紙飛行機を飛ばして貰うようにした。



 ミコトの飛ばした紙飛行機は空高く飛んで消えていった――

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