6 それが僕の正義です
館長室は、スポットライトで照らすのではなく、頭上のシャンデリアによって照らされていました。きっと、上崎君を警戒させないためでしょう。椅子に座っている仮面をかぶった館長を見ただけで、誰しもが警戒してしまうのは仕方がありません。私は彼の手を握り、館長の前まで連れていきました。
「連れてまいりました」
言って礼をすると、隣で上崎君も丁寧にお辞儀をしたようでした。
「上崎優斗君。こんにちは。この会社、黒路映画館の社長です。館長と呼んでくださいね」
「館長……」
館長の声は、幼女の声から大人の女性の声にかわっていました。凛とした、できる女性をイメージしていそうな声です。
「お花」
館長は言って、手を伸ばしました。上崎君ははっと身体を揺らすと、慌てて手にしていた花束を館長に渡しました。ありがとう、と館長は言い、じっと花束を見つめました。
「黄色の薔薇、綺麗だ。ありがとう、飾っておきます」
館長は花束を抱いたまま、静かに頭を下げました。上崎君もそれに応えるように、深々と頭を下げました。さて、と館長が言って、首を右に傾けました。
「今から話すことを、信じても、信じなくてもいい。私の質問に対して、君は話してもいいし、黙ってもいい。君はまだ社員ではありませんから、あなたは自由です。私はあなたに可能性をあげているだけなのを、まずは理解してくださいね」
「……なんの、可能性ですか」
「殺したい人がいるのでしょう?」
館長の会話には、寄り道がありません。ここで上崎君がいいえと言えばそこまでだと思っていましたが、彼は素直に「はい」と返事をしました。
それはそれで驚きだったので、私は思わず首を彼の方に向けてしまいました。彼の横顔は、不安げではありましたが、決断をしたような表情に見えました。
「どういう人か、聞いても?」
「……誰にも言わないでください。あなたも、それから……あなたも」
あなた、とは私のことのようです。名前を呼ばない、という約束を、こんなときでもしっかり守ってくれています。
彼の情報ばかり聞いて、彼は分からないことだらけは、いささか不公平な気がします。彼の誠意に敬意を表して、私は「もちろん」という代わりに自分の過去を述べました。
「私は飲酒運転による交通事故によって、唯一の家族だった姉を失った。その犯人が生きているのが、私はどうしても許せなかった。だから殺した」
上崎君の表情を、私は見ることができませんでした。彼は隣で、そう、と小さくつぶやいただけです。何を考えていたかは、分かりませんでした。
「僕は……両親を殺されました」
家族が殺された。私と同じような境遇か、と思いましたが、どうやら少し違うようでした。彼は淡々と続けます。
「両親は、殺されても仕方の無いような危ない仕事を……合法では無い薬を売るような仕事をしていたのです。両親は、万が一殺されたときは、というような手紙を残していました。そこには、仕方の無いことだ、私たちも悪いことをした、誰も恨むべきではない、と書かれていました」
ここで一旦彼は呼吸を整え、しばらく間を開けて、再度話しはじめました。
「両親は、僕が友達の家に泊まりがけで遊びに行っているときに殺されました。夜に、寝ているところを殺されたそうです。別室に寝ていた姉も殺されました。姉はそのとき、まだ十歳でした。手紙は、僕と姉に向けて書かれていました。姉が殺される理由は無いのです」
上崎君の声が震え始め、少し声が大きくなりましたが、私は黙って前を向いていました。
「犯人は見つかっていません。僕は犯人を見つけて、姉を殺した理由を聞いて、その理由が何であれ、姉を殺したようにそいつを殺さなくちゃいけないんです。だってそうでしょう? どうして、姉が殺されなければならなかったんですか」
すん、と彼は鼻をすすりました。「なるほど、よく話してくれました」と、館長が言います。
「人を殺す覚悟があるのですか」
「覚悟も何もありません。当たり前のことではないですか。姉のために、姉の魂と僕の心のために、僕は殺人をするのです。罪の無い姉が殺されたのです。罪人を、僕が殺さなければと思うのです」
「それがあなたの正義ですか?」
正義という言葉に、彼は微塵も怯えませんでした。その不安定な言葉に、彼は真っ向から向きあったのです。
「はい。それが僕の正義です」
「よろしい。黒路映画館の社員となり、この会社のためにしっかりと働くことができたのなら、報酬としてその殺人を支援しましょう。加えて殺人後の安全を保証します。あなたは罪に問われて逃げまどう日々を送らなくてもいいですし、長いこと牢屋に入らなくても済むのです」
この提案には、さすがに上崎君もすぐに返事ができないようでした。少し愉快そうに、館長は訊ねます。
「合法ではありませんよ。合法では無い仕事をしてもらいます。あなたの隣にいる人は、自分の正義のために様々な仕事をこなしました。大金の受け渡しの仲介や、誘拐をされたふりをして敵のアジトを見つけ出す仕事、子どもしか入れない危険な店に入っての潜入調査もありました。彼女は、目的を果たすために、たくさんの仕事をこなしました。その覚悟はありますか」
「仕事をすれば、殺せるんですよね」
上崎君は、覚悟の決まった声で言いました。
「そうですね」
「犯人が分からないのです。情報と、金も欲しいのですが、報酬にそれを頂くこともできますか」
「できますよ」
間髪いれずに、彼は言いました。
「入社させてください。お願いします。何でもします」
そう言った彼を横目で見ると、深々と頭を下げているところでした。
「よろしい。入社を許可します」
館長が、手をぱんと打ち、満足げに頷きました。
こうして上崎優斗君は、黒路映画館に入社したのでした。




