6 「人を殺したいと、私も思ってたことがある」
彼は嘘つきでしたが、しかしその質問に対し、とっさに嘘をつくことはできないようでした。彼は言葉を失いました。しばらく、私たちは見つめあっていました。彼から、私は目をそらしませんでした。まっすぐ見つめ、ただ返事を待ちます。
長いこと経ちました。私から、同じように目をそらさなかった彼は、ふ、と小さく笑って俯きました。
「どうしてそんなこと」
「勉強内容」
端的な会話でした。ああそうか、と上崎君は笑います。
「落下について、毒薬について、内臓について……誰かを殺すの?」
「……雅さんはおかしい」
上崎君は笑います。
「普通なら、そんな考えにはならないんだよ。おかしいでしょ。そんな」
彼は少し、混乱しているようにも見えました。
「あれなの? 雅さんは、そういう小説とか、漫画とか読むの?」
「違う」
このとき、私は覚悟ができていました。タイミングが来たのです。
「人を殺したいと、私も思ってたことがある」
実際に殺した、ということは言いません。しかし、この言葉だけで、彼にとっては十分だったようです。彼はくいついてきました。
「嘘だ」
「嘘じゃない」
「今は? 消えてしまった殺意は、一瞬の気の迷いだ」
彼は、うろたえていました。そんな彼を見るのは初めてでした。冷静沈着な彼が、長い髪を振り乱しながら叫ぶのです。
「簡単に人を殺すなんて言うもんじゃない!」
「相手は死んだ!」
私は叫び返しました。果たして彼は、その私の言葉から、私が相手を殺したと思ったでしょうか。それは、永遠の謎です。結局彼にそのことを聞く機会は、その先もずっとなかったのです。
そのため、予測になりますが、きっと彼は私が殺したことに気がついていたのだと思います。うろたえ、怒り狂う彼が、そのときはっと表情を歪め、二三歩、後ずさったのです。
浮かべていた表情は、明らかに恐怖の表情でした。眉が下がり、わなわなと全身を震わせている彼を、私はじっと見すえました。
「なんで、なんで」
怯えていたのは、自分の考えがばれてしまったから、という可能性もあります。両方入り混じっていたのかもしれません。その態度を見て、私はなぜか、怒りを覚えました。
「そんなになよなよしてたら、殺しなんて絶対にできない」
「う、うるさい」
「絶対に無理。殺す覚悟ができていないんじゃないの」
「そんなわけあるかよ!」
悲鳴です。彼は目に涙を浮かべながら言いました。
「俺がどんな思いで知識を詰めこんでると思ってる! 中学なんて早く卒業したい。本当は、金を貯めて、情報を集めて、あいつを殺してやる! でも、それができないから、仕方がないから知識を詰めこんでいつか来るその日に備えてるんだ!」
よし、と私は思いました。
彼の正義は、本物です。
「すぐに叶えてあげられるって言ったらどうする」
私は手を差し伸べました。
「え……」
「だから。すぐに叶えてあげられるよ。上崎君の努力次第だけど。話だけでも聞いてみない? 悪い話じゃないよ。私は、君をスカウトするために近づいていたんだ」
彼は、数秒の躊躇の後、私の手を取りました。震えながら、それでも目だけは凛として。私は、手を握られたときに、笑ったと思います。なぜ笑顔が溢れたかは分かりませんが、私はそのとき、にこりと笑顔を浮かべたのです。
その笑顔は、いつもイチサンが浮かべている笑顔に似ていたかもしれません。




