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4 「……ヨーちゃんの出番は、今日も無かったですね」


 動きは一瞬でした。イチサンは背中に仕込んでいた小さなナイフを抜きとると、机に飛び乗り、一直線に長髪の女に向かいました。


 私は素手のまま、二人の男性に向かいます。小柄な男性の動きは鈍いものでしたが、眼鏡の男性はこういった事態にもある程度の耐性があるようでした。身体を後ろに引き、両手を前に出して構えようとしています。


 イチサンの動きは追いませんでした。眼鏡の男が構え終わる前に、私は彼の顔に思い切り右手の拳をぶつけました。鼻と、眼鏡の折れる音がしました。眼鏡の男はがあっ、と獣のような声を出し、反射的に構えようとしていた両手を鼻に持っていきます。


 机を蹴り、振り返るついでに私は右足を伸ばしました。回し蹴りは、小柄な男の顔の前をかすめました。惜しい。思わず舌打ちをしてしまいました。


 机に一度着地し、体制を立てなおし、すぐに小柄な男に向かいました。叫び声を上げながら、両手を顔の前に出しています。腹を殴ってくれと言わんばかりのポーズでしたので、望みどおりにみぞおちを蹴り飛ばすと、身体を半分に折ってそのまま倒れてしまいました。

 

 その後、私は素早くイチサンの様子を確認しました。


 赤い血を浴びているイチサンが、同じように私を見たところでした。仮面を通じて、目が合います。イチサンの向こう側で、長髪の女が首から血を噴き出して倒れていくのが見えました。イチサンの仮面の半分が、血に濡れています。


 血を拭うこともせず、イチサンはナイフをこちら側に投げました。私には当たらない方向に投げましたので、動きません。ナイフが私の頬の横を通ってすぐ、からんと床に落ちました。


 振り返ると、顔をおさえている眼鏡の男のすぐそばに、そのナイフが落ちていました。


 小柄な男がむくりと起きあがったのが見えましたので、私はすぐに後頭部にかかとを落としました。白目をむいて、小柄な男が前に倒れます。しばらくは起きあがらないでしょう。イチサンが眼鏡の男に向かって歩いていきましたので、私はイチサンの左後ろ、いつもの定位置につきました。


 眼鏡の男、いえ、私が眼鏡を叩き割ってしまったため、眼鏡を取った男は、うろたえているようでした。イチサンは、ゆっくりと歩み寄っていきます。


「あなたはどうしますか」


 静かに、イチサンは問いました。元眼鏡の男(今後はもう、面倒ですので男としましょう)がもし冷静であったのならば、イチサンがどうして長髪の女を殺し、小柄な男を殺さなかったかが分かったかもしれません。演技をすれば、数分間は生き延びられたかもしれないのです。


 しかし、この状況で冷静でいる方が無理でしょう。


「警察だ」

 男は言いました。傍にあるナイフを護身のために拾うと、イチサンめがけて突きだします。


「警察を呼ぶ、警察を呼ぶ、警察を呼ぶ」


 呪文のように唱えている彼の運命が、決まってしまった瞬間でした。


 念の為小柄な男がのびていることを再度確認します。視線を男に戻すと、ちょうどイチサンが左腕に隠していたナイフを男めがけて投げるところでした。空気を切り裂く音がして、まっすぐにナイフは飛んでいきます。


 混乱の叫び声をあげながら、男は持っていたナイフで向かってきたナイフをはたき落としました。これには、少し驚きました。思っていたよりも対応が素早く、的確です。


 しかし、イチサンの方が何倍も実戦に慣れているのは間違いなさそうでした。ナイフを放ってすぐ、イチサンは男に向かって走っていたのです。


 ナイフの次に、人が向かってきた場合、あなたならどうするでしょう。

 男は、ナイフに対処したときと同じように、自身の持っていたナイフをイチサンに向けて振りまわしました。


 イチサンはすれすれのところでナイフを避けると、伸ばされた腕をつかみ、男をぐるりと投げました。背中から落ちた男は、床にたたきつけられ、魚のように跳ねました。男の持っていたナイフが浮き、それをイチサンが宙でつかみました。


 魚のような男とは対照的に、イチサンは鳥のように宙に浮いていました。狩りをする獣のようでもあります。手には、男の持っていたナイフが握られていました。


 男の首に向かって、イチサンはナイフを深々と斜めにさしました。男の目が宙を睨んだまま凍ります。勝負あり、です。


 その傷だけでも十分な致命傷でしたが、イチサンはナイフを抜くと、その傷に重なるように、ナイフを再度刺しました。ナイフの傷は、バッテンの傷になりました。私の背後で倒れている長髪の女にも、イチサンは同じような傷をつけたはずです。


 深々とナイフを刺した後、余韻に浸るように、イチサンはしばらく動きませんでした。部屋が静まり返ります。血が滴る音だけが響く部屋は、異様な匂いに包まれていました。


「……ヨーちゃんの出番は、今日も無かったですね」


 言って、イチサンはナイフを抜きました。立ちあがり、さきほど男にはたかれたナイフを取りにいきます。


「なかなか、私の出番はありませんよ」


 私が言うと、そうですねえ、とイチサンは言いながら、口元の血を拭っていました。さて、と見る先は、小柄な男です。


「この男は、私の正義で殺せませんね」


 イチサンは困ったように言うと、尻ポケットから携帯電話を取りだしました。かけている先は、車で待機中の五十七番さんだと思います。


「もしもし、五十七番さん? 十三番です。ええ、仕事は終わりました、大丈夫ですよ。ただ、予想外の例外がいましてね。ええ、男です。四階の会議室です、エレベーターから一番遠い部屋でしたよ。はい、じゃあ待ってます。ええ。分からなかったら連絡を」


 その後の仕事は、あっけないものでした。八十七番さんがやってきて、気絶している小柄な男の首を、軽くはたくようにして折り、終わりです。

 私は、五十七番さんの正義を詳しく知りません。ただ、男性のみを殺すということは知っています。


 血まみれのイチサンが現れ、店中が混乱する中、私たちはいつものことだという顔をして店を出ました。血を拭かずに車に乗り、帰路につきます。


「お疲れ様」

 イチサンが小さく笑いました。私は何もしていませんけど、と返すと、彼は愉快そうに歯を見せて笑うのでした。


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